ワケアリ物件。

 職業斡旋所から戻った私は、そのまま厨房にこもり、ボブ先生から秘伝のレシピなるモノを教わり、それが私たちの夕食となった。

 大好物のエビフライにライス、カボチャのポタージュにオニオンサラダである。

 

 そして、その席で私はもしかすると仕事が決まるかも知れないの、とみんなに打ち明けたのだ。

 

 

 

「──まあ、もうお仕事が決まられたのですか?」

 

 イライザが心底驚いたという顔でカボチャのポタージュを飲もうとした手を止めた。

 

 

「そうなの。

 確かに元貴族って評価が低いらしくて、所長さんも紹介できる所が殆どないって言われて絶望しかけたのだけどね、たまたま人が足りなくなったお屋敷があって、そこでは元貴族だろうが平民だろうが、条件さえ満たしていればいいという所だったのよ」

 

「シシリアお嬢様、まさか思い余って愛人──」

 

「ジョーンズ、その愛人候補からは離れてちょうだい。今はそういうの殆どないらしいわよ。

 それにイヤイヤではなくてね、働かないで済むなら愛人でもいい、って言う人も居るらしくて、そちらで需要が賄えるそうなの」

 

 エビフライにタルタルソースをたっぷりつけて頬張る。

 やっぱりボブ直伝のタルタルソースは絶品ねえ、と私は思わず笑みを浮かべながら、今日仕入れた情報を披露した。

 

「何と! 私の若い頃とは事情がかなり変化しているのですねえ……しかし、貴族の女性がそのような事を恥ずかしげもなく言えるものなのでしょうか?」

 

 50に手が届くオジサンと言われる世代のジョーンズにはにわかに信じられないようだ。同世代のボブも嘆かわしいという思いなのかしかめっ面をしている。

 

「私ぐらいの嫁入り前の娘は流石に少ないそうだけれど、年配のご婦人はやっぱりね……」

 

 

 それまで仕事をしたこともない貴族の婦人がいきなり平民になる。

 フルタイムの仕事をしても1ヶ月の給料で1着のドレスも新調できない。生活するだけで精一杯だ。

 今まで下に見ていた使用人たちから逆に命令されるようになる。

 

 精神的、経済的にもかなりストレスが溜まるのではないかと思う。

 私はたまたま前世の普通の庶民の暮らしを知っているし、共働きの家庭も当たり前にあったから、


「お金がなければ己を養うために働くのは当たり前」

 

 だし、正直なところ平民になったところで、

 

「んじゃ食べるために働くか」

 

 と普通に思えるのだ。働くなんてプライドが許さない等という感覚は一切ない。

 

 元から我が家は裕福ではない貴族だったので、父がマメに領地を見回ったり収入を上げるべく働いていたし、母も手伝いをしていたので、ゆとりのある生活をしていた貴族は落差が激しい、というべきか。

 

 

 だけど、だからといって元貴族だった女性を一概には責められないのだ。

 

「外で仕事をしたり領地を管理するのは夫の仕事。

 妻は子を産み育て、家を守るのが仕事。

 ホームパーティーなどで社交をこなし、新しいドレスで客をもてなすのも仕事」

 

 というのが貴族の世界では当たり前なのだ。

 根本的な生き方が違うのだから、いきなり平民になれと言っても戸惑うばかりだろう。

 インドの人にあなた明日からアメリカ人ね、というようなものである。

 

 愛人でも何でもなるから、以前と近い生活をしたいという願望があってもしょうがない気もする。

 私は無理だけど。


 


「それでは、シシリアお嬢様が紹介された仕事というのはどのような?」

 

 イライザが不安げに私を見た。

 

「グロスロード侯爵家の子守りなの。メイド仕事も手が足りない時はやって欲しいそうなのだけど、基本はご当主様の7歳の姪っ子のサラ様のお世話らしいわ」

 

「……子守り……ですか」

 

「所長さんが言うにはね、ご当主様のお姉様の子を養女にされたそうなの。お姉様が病気で亡くなられて。

 ご主人はかなり歳の差があったらしくてもうお亡くなりでね、そちらのご両親はもう足腰も悪いご年配で面倒を見るのは難しいということで、まだ独り身の当主様が引き取る事になったらしいのよ。

 ただ、サラ様もかなり病弱らしいの。

 当主様も仕事で不在がちだし、以前からいるメイドたちも先代からいるから年配の方が多いらしくて、始終付きっきりにさせるのは可哀想だから、って事で若い健康な女性を専属で子守りに、という話なの」

 

「まあ、お気の毒ですわね……そんな小さな歳でお母様を亡くされるなんて……」

 

 イライザは目を潤ませる。

 

 

「そうよね……」

 

 

 

 ただ、みんなには言えない事がある。

 

 その子が相当なワガママで、手に負えないほど悪さもするらしいとか、人が居つかず、4人目である赤毛のお姉さんが辞めて私で5人目だとか。

 心配するに決まっているものねえ。

 

 

 

 ……それでも、私には元貴族でも働かせてくれる現時点で唯一といってもいい職場である。

 絶対にやり遂げて見せるわ、お店を開く野望は捨てないんだから。

 

 子供なんて多少なりともワガママなものよね。

 体も弱くて頼りになる母もいなくて、不安で仕方ないのよきっと。いくら身内がいるとは言え叔父様だものね。母親に甘えたい年頃だし。


 ……佐奈ちゃんは大人しくて余りワガママは言わない子だったけど、同じ年頃の女の子の付き合いは少し経験があるんだもの。何とかなるわよね?

 

 

「それならまあシシリアお嬢様の初仕事としては宜しいですよね。少なくとも朝から晩までこき使われる事もなさそうですし……」

 

 ジョーンズが幾分安心したように呟いた。

 

 そう。みんなに心配をかける訳には行かない。

 これから彼らも新たな職場で苦労するかも知れないのだから晴れやかに旅立って貰わないと。

 

「困ってるから来週から来て欲しいんですって。

 来週からといってもあと3日で今週終わるわね。

 それまでボブには料理教えて貰わなくちゃならないし、イライザにも掃除のコツも聞いておきたいわ。

 結構慌ただしいけど、よろしくね」

 

「お任せ下さい! 窓ガラスを時間をかけずに綺麗にする方法などもお伝えしますので、適度に力を抜いてくれぐれも無理はせずに働いて下さいませ」

 

「分かったわ。健康でも基礎体力はまだまだ仕事をバリバリやれるレベルじゃないものね。

 あとジョーンズ、来週から家の引き渡しなどの手続きお願いしても良いかしら?

 侯爵家がここから馬車で2時間ほどかかるから、休みが頂けるかも分からないし戻るのが難しいかも……」

 

「かしこまりました。心配なさらなくても大丈夫ですよシシリアお嬢様」

 

 

 

 

 

 今夜から最後の夜までは、父様と母様の寝室で眠ろう。長いことお世話になった屋敷とも家族とも言える使用人とも来週でお別れだわ。

 

 

 

 

 父様。母様。

 

 どうか、頑張って長く働けるよう祈ってて下さい。

 

 

 

 

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