シシリア改、初日から黒歴史を作る。
「……うーん……いや、気の毒だなあとは思うのよ? アーク家は領地の住人から陰口も聞こえて来ないしさ。
きっといい経営者だったんだろうね。
それに、両親が揃って亡くなられたのも本当に残念だと思うんだわ、私はね?」
職業斡旋所の所長はこの男社会で珍しく女性だった。50代ほどのがっしりした、如何にもプロ意識が高い責任感の強そうな感じの人である。
何でも前任者は男性だったそうなのだが、仕事に困ってるか弱い女性に付け入るようにセクハラまがいの事をしたり、顔の良し悪しで贔屓をしたりとやりたい放題で、襲われそうになった女性が我慢できずに自警団に訴えて捕まったらしい。
最初はその元所長も、その女が色仕掛けで仕事を貰おうとしただのアッチから誘われただのと品位を疑われるような発言をしていたようだが、捕まったと聞いた被害者の女性が私も私もと名乗りを上げて、見事仕事はクビ、現在も牢屋にいるらしい。
私が仕事を求めてる時にそのスケベ親父じゃなくて本当に良かったわ。
とひと安心したのだけれど。
「元子爵令嬢さまだものねぇ……」
所長さまが紹介状を読んで溜め息をついた。
ジョーンズが心配していた通り、『紹介しにくい元貴族』のレッテルが私の就職を妨げているようだ。
流石うちの使用人は少数精鋭だけあって、先を読む能力が高かったわね。
「あの、ですが私は高慢でもないですし、趣味でやっておりましたので料理や裁縫、掃除も出来ますわ。メイドとしては勤め先で即戦力になると思いますのよ?」
プレゼンになるかとハンカチに刺繍をしたものを見せたり、パウンドケーキを作って来たのを食べて貰い「美味しいねえ!」といい反応も貰えたのだけれど。
「いや、こっちはね、働く人をサポートするための場所だし、仕事も沢山あるんだよ。
シシリアさんが見所があるお嬢さんなのも分かる。
でもねえ……募集されてるのは殆ど元貴族はちょっと、ってヤツばかりでねえ」
「……そう、ですか……」
使用人が3人しかいない貧乏子爵家であったとは言え貴族は貴族。
……これは思ってたより厳しい戦いになりそうだ。
アクセサリー売り飛ばすしかないかも知れないわーごめんねー父様母様。
登録は済ませたものの、先行き暗そうだわとガッカリしていると、ノックの音がしたと同時に乱暴な音を立てて扉が開いた。
「所長! もう私あそこは耐えられないから辞めさせて貰う事にしたわ!! 別のところ紹介してっ……て、あら、お客さん来てたのね。ごめんなさい! ちょっと腹立ててたもんだから……所長、受付の所にいるわ。
お騒がせしましたー」
20代半ばと思われる赤毛の鮮やかな女性が、かなりお怒りモードでやって来て、また慌てて出ていった。
「あー、またか……続かないねえあそこのお屋敷も……」
所長はこめかみをグリグリと揉み出した。
何やらトラブル発生のようだ。
「あの、それではまた改めて出直しますね。紹介できる所が御座いましたら何卒よろしくお願いいたします」
ソファーから立ち上がると、そう声をかけ出ようとした私に、カッ、と目を見開いた所長が一緒に立ち上がった。
「シシリアさん、ちょっと待った! 紹介できるよ! 元貴族だろうが平民だろうが問わないという貴重な所が! 職場は馬車で2時間近くかかるが給料も悪くない。週に1日休みもあるよ!」
「……所長さま、私なにやら嫌な予感が」
今紹介できる案件って、どう考えてもお姉さんがお怒りモードで辞めたと叫んでた所なのでーは?
なのでーは?
「大丈夫だよ! 難しい仕事もないし、メイドスキルは殆ど無くてもいいってとこなんだ!」
……ジョーンズ、来たわよ。これね? これなのね?
「いえ、お断りしますわ。私は愛人候補になるのは求めてないんです。きちんと仕事がしたいのです」
ビシーッと世慣れた風に返した。
世間知らずに思われてるかも知れないけれど、昨日の私と今日の私はマイナーチェンジされているのよ!
てれれってってってー、って2回位レベルアップしたんだから!
もう私はシシリアではなくシシリア改なのよ!
私の台詞にちょっとポカーンとした顔をした所長は、納得したような顔になって……何故か爆笑した。
「クックックッ、シシリアさん、あんた面白いねえ!
いや違う違う、愛人とかそんなんじゃないんだよ!
それにそんな話は滅多にはないんだよ。嫌がる人に無理矢理なんてのも昔はあったかも知れないけどさ。
今はそんな騙すような事はないよ、安心しな」
「……違うのですか?」
──ジョーンズ、早とちりしたみたい私。
大変、熱まで出たみたいで頬がすごく熱いわ。
ドヤ顔で勘違い発言をするという黒歴史が刻み込まれたシシリア改1日目は、まだ始まったばかりだった。
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