単純おバカと言われたような気がしないでもない。

「……シシリア様、とっても美味しいですこのシチュー! サラダもいつもと違うドレッシングのようですけれど、コショウが効いててふわっと香るのがまた食欲をそそりますわね!」

 

「シシリア様がこんなに料理がお上手だったとは、長いこと勤めていて存じ上げませんでした」

 

 

 もう立場は変わらないし、1人で食べるのも寂しいから、とイライザとボブ、それに執事のジョーンズ、みんな同じテーブルで夕食を食べた。

 

 

「そう? 嬉しいわ、ありがとう!」

 

 よし、私の前世の努力も無駄ではなかったわ。

 私は内心で拳をぐぐぐっ、と握りしめた。

 

「ですが、料理などされているのを見たこともございませんし、厨房に入られたのも私が勤めるようになってから初めてですよね?」

 

 ボブはちぎったパンをシチューに浸して食べながら首を捻った。

 

 

 

「……あのね、きっと信じては貰えないと思うのだけれど……」

 

 私はみんなに、天国の両親がこれからの私の未来を見るに見かねたのか、前世の記憶が甦ったこと、その前世では結婚していて、料理や掃除、洗濯なども普通にこなしていた事を説明した。

 

 本当は、隠れてやってたとか誤魔化そうと思ったけれど、貴族の令嬢だから生活スタイルバレまくってるし、隠れてやれる環境にないんだもの。

 

 【神のお告げがあって料理に生きなさいと言われた】とか適当な事を言って誤魔化そうかとも考えたけど、立て続けに精神的なショックに遭われたから……! とか思われて100%医者を呼ばれるに違いないので、信じて貰えなくても正直に説明する事にしたのだ。

 

「なるほど、そうだったんですねえ」

 

 モグモグとサラダを食べながらジョーンズが頷いた。

 イライザもボブも少し驚いたような顔はしていたが、疑っている気配は全く見えない。

 

「……えーと、あれ? 信じてくれるの?」

 

「シシリアお嬢様は、私たちを騙すような嘘をついた事はございませんし、その必要もありませんもの」

 

「そうだよなあ。

 もう大分前になるが、遊んでてスカートを破いてしまわれた時も、奥様が気に入っておられた花瓶をよろけて割った時も、しらばっくれる事も出来たのに、えうえう泣きながら『あたちがやりまじだぁぁほんとうにほんとうにごめんなざあぁい』って土下座してたもんな」

 

「まあ嘘をつこうとしても挙動がおかしくなりますしねえ、オヤツつまみ食いした時とか、もう見るからに犯人という目の泳ぎ方しておられましたし。

 気づかないふりをしてあげましたのに、結局謝りに来られましたしねえ」

 

「腹芸が出来ないんですよね、シシリアお嬢様は。

 ですから嘘をつこうとするとすぐ分かるんですよ」

 

 

 誉めてるのか貶されてるのか、結構な言われようであるが、疑いもせず信じてくれたのは嬉しかった。

  

「……何となく信じてくれた経緯が複雑だけど、ありがとう嬉しいわ。

 ええとだからね、イライザがしていたような仕事も私出来るし、メイドの仕事は出来ると思うのよ」

 

「──それは結構な話でございますが、シシリアお嬢様を雇って下さるところは少ないかも知れませんね。

 元貴族ってだけで、高慢でプライド高そうな印象を与えますし、実際ほんとに何も出来ない方は多いですからね、平民になった貴族の婦女子の方は。

 扱いづらく、雇いづらいと考える方は多いでしょう」

 

「そう……まあ普通はそうよねえ……」

 

 前世の記憶がないまんまの私なら、高慢とかではなくても、何も出来ない子だったハズだもの。

 料理も掃除も経験値がモノを言うのだし。

 

 ジョーンズが申し訳なさそうな顔をしつつも更に念を押してくる。

 

「でも、だからといって【何も出来なくていい、1から教えるから】みたいなメイドの募集は絶対に止めて下さいね」

 

「あらどうして?」

 

「十中八九は愛人候補でございます。元貴族なら礼儀作法も弁えてますし、自慢もできますから。

 シシリアお嬢様は可愛いので売り手市場です」

 

 

 ……おおう。

 額面通り受け取るなという事だわね。

 

 

「ありがとうジョーンズ、覚えておくわね。

 ……まあルーツおじ様から紹介状も頂いてるし、あんまり酷いところは紹介されないと思うのだけれど……」

 

 愛人は勿論お断りだけど、だからといって仕事はしないと生きていけない。

 

 アクセサリーや指輪なども少しはお金になりそうなモノは2つ3つあるけれど、父様と母様がプレゼントしてくれたもので、今となっては形見である。いよいよとなった時まで大事に取っておかねばなるまい。

 

「ま、幸いな事に体は健康だし、少しぐらい労働環境がハードでも何とかなるわよ。平気平気」

 

「……本当にシシリアお嬢様は奥様と一緒で能天気なんですからもう。

 宜しいですか? 仕事の件でも何でも良いですから、何かあればいつでも相談して下さいね? 

 こちらに住所も書いてありますからね。

 御守り代わりに是非お持ち下さいませ」

 

 イライザに紙の入った小さな布袋が渡された。お手製のようで、外側には私のフルネームが刺繍されている。

 

 子供か。これではまるで迷子札みたいだけど、過保護だからなーうちの使用人たちって。

 イライザはまだ25になったばかりだと言うのに私を娘のように思っているらしい。有り難く受け取った。

 

「ありがとうイライザ」

 

「私からはこちらを。

 日常生活で困らないように一般的な生活用品や食材の買い方ねぎり方、信頼できる医者一覧など細々とした平民マニュアルを書いてみました」

 

 だから子供か。

 でも助かる。

 

「私はシシリアお嬢様のお気に入りのメニューを仕事が決まるまで全て伝授致しますから、是非とも習得して下さい。日にちがないのでビシビシ行きます」

 

 こっちはスパルタ式か。

 しかしやる。

 私の店がオープンした時には目玉メニューにしてやるからな。覚えとけー。


  

 

 でも明日はまず職業斡旋所に登録に行かないと。

 無事に仕事が見つかるよう天国から応援してて下さいねー父様母様に前世のみんな!

 

 

 

 私の鼻息は荒かった。

 

 


 

 

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