道筋は決めたわ!

「……さて、と」

 

 

 

 思いっきり泣いたらだいぶ気持ちも落ち着いたので、改めてこれからの人生を考えてみた。

 

 

 どうやら私は生まれ変わっても家族との縁に恵まれなかったようだ。置いていかれるばかりである。

 

 ベッドから降りて鏡台の前に座った。

 

 

 

 のほほんとした父も、しっかりしてるのにどこかとぼけた所があって、ふわりとした笑顔が可愛らしかった母ももういない。

 

 だがまだ私は18歳。

 客観的に見ても結構可愛いのではないかと思う。

 

 黒髪の癖のないロングヘア。

 サイドだけを耳が隠れるか隠れないか位に短くするというデザインは、昔話の本で読んだかぐや姫のようで、色白でぱっちり二重の、美人と言うよりは可愛い顔立ちの丸顔によく似合っていると思う。

 

 まあ平民になるのだから、いくら可愛かろうがまともに嫁ぎ先が見つかるかどうかも定かではないが、また家族に置いていかれるのなら、新しい家族はいなくてもいい。何度も辛い思いをするのはゴメンだ。

 

 

 夢で見た前世で亡くなる数年前までの私は病んでもおらず、むしろ楽観的で陽気でクヨクヨしないタイプの前向きな人間だったのだ。

 

 生まれ変わってからも穏やかな両親に育てられたせいで、ひねくれもせずお気楽に幸せに暮らしていた。

 アゴで使うような傲慢さは両親も私も持ち合わせてはいなかったので、使用人との関係も円満。

 

 ベースが陰か陽かと言われたら確実に陽の人間。

 

 

 

 未だに何故この国に生まれ変わったのかも分からないままだし、神様が私を転生させた理由があるのかも未知数だ。もう神様なんて信じてはいないけれど。

 

 だが、さっき甦った過去や現在の状況に引きずられて落ち込んだままでいるのは、私にとって何のメリットもないと判断した。

 

 

 前世の夫と出会った頃まで遡れるなら2度と同じ過ちは繰り返さないと断言できるが、国そのものが違う。


 

 それならば、私はこの国で精一杯生きるしかない。

 

 虫とか植物とか動物とかではなく、せっかく再び人間として生まれ変われたのだから、せめて私は生きていく事で誰かの役に立つ存在でありたい。

 それでこそ生まれ変わった甲斐があると言うものだ。

 

 

 唯一前世で良くやったと自分を褒められるのは、未来がある女の子を助けられた事くらいだものね。

 

 

 

 

 そして、私は前世で1つだけ夢があった。

 年を取ってからでもいいから、人が笑顔になる食べ物を売るお店がやりたかったのだ。

 

 結果的に夫を太らせてしまい、命を縮めてしまった部分もあるが、食べ物自体は悪ではない。

 

 やはり美味しいものを食べると人は嬉しかったり楽しい気分になるし、気持ちが上がる。

 喜んでくれる誰かの笑顔を糧にして私は生きていこう。 

 

 

 

 私はこれからお金を貯めて、一人で生きていけるように食べ物のお店を開こうと決めた。

 

 ケーキ屋でもパン屋でも定食屋でも何でもいい。

 どちらにせよ私の自慢できるような技能はそれしかないのだから。


 

(いやでも待って……)

 

 

 前世の料理に対する知識はある。

 

 だが屋敷にはコックがいたので、私は厨房に立つ事もなかった。この国では下位ながらも貴族の令嬢が厨房に立つ機会などは殆どない。

 

 まず今の私がどこまで出来るのかを確かめなくては。

 

 私は鏡台から髪ゴムを掴むと邪魔にならないよう髪をひとまとめにして立ち上がった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

「シシリア様! いくらこれから働く事になるからといって、私たちがいる間はそんな事なさらないで……え? シシリア様何か手慣れてませんか? 今まで料理をされた事……ございませんよね?」

 

 厨房を覗くと、コックのボブがジャガイモの皮剥きをしていたので代わりにやらせてもらった。

 うん、包丁使いは問題ないわね。

 

「あ、えーと、それはおいおいね。

 ところで今日のメニューは何だったのかしら?」

 

「今夜ですか? えーと、コンソメスープと、パンにサラダ、あとポテトフライとマスのムニエルでもと思っておりましたが」

 

「私もこれからボブやイライザ、ジョーンズと同じく平民になるのよ。甘やかしてはためにならないわ。

 私、メイドでも下働きでも飲み屋のウェイトレスでも何でもやって、お金を貯めてお店を出したいのよ。今夜の食事は訓練だと思って私に任せてくれないかしら?

 出来たら皆にも一緒に食べてもらって、意見を聞かせて欲しいの」

 

「それは、もちろんシシリアお嬢様のご希望であれば構いませんが……」

 

「ありがとう! それじゃ厨房の外でゆっくりしてて。

 出来たら呼ぶから」

 

 私はボブを追い出すと、冷蔵庫を開けて中身をチェックした。

 

「……んー、とりあえず簡単に、サーモンのホワイトシチューとパンをトーストして……フレンチサラダと……あら卵もあるわね。食後のデザートにプリンでも作って冷やしておこうかしらね」

 

 冷蔵庫の食材を見た途端にパッとメニューが浮かぶのは前世の知識のお陰か。

 

 私は鼻唄を歌いながら鍋を取り出した。

 

 ──良かった、ちゃんと体が思い通りに動かせる。

 

 正直私に仕事なんて出来るのか不安だったけど、前世で専業主婦として当たり前にやっていた掃除や洗濯、料理などはこれなら問題なさそうだし、案外住み込みのメイドの仕事なら早く見つかるかも知れない。

 

 今だけはいるか分からない神様に感謝だわ!

 

 

 私は玉ねぎも冷蔵庫から出してスライスすると、バターと小麦粉を出してホワイトソースの準備を始めた。

 

 

「……まあ、何にしても食べてもらってからよねえ」

 

 

 新生シシリア、頑張ります!

 

 

 

 

 

 

 

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