第8話 魔法のお勉強


* * *


「んん……ああ……寝てしまってたのか」

「ええ。ご昼食召し上がってからぐっすり寝られてしまいましたよ」


食後、勉強に戻った魔王だったが睡魔に負けて机に突っ伏すように寝ていた。

ノートには前の時から数行しか書かれていなかった。


「何時間くらい寝てたんだ?」

「大体3時間くらいでしょうか。おやすみいただけたようなので勉強を再開しましょうか」

「うげぇ……」


机に項垂れながら呻く魔王にアイリはため息を吐きながら教科書を開く。


「まあ、陛下は一応は病み上がりですから起こしませんでしたが、勉強はここまでにいたしますか?今日から魔術の話を――――」

「やるやる!続けてくれ!」

「ホント、陛下はちょろいですよね」


オイコラどういうことだ、という言葉を無視し、魔術についての講義を開始するアイリ。

アイリは懐から陣の書かれた色々なものを取り出す。赤い宝石、魔術陣の描かれた紙、鉄の塊。


「こちらは魔術媒体に使われる一般的な物です。媒体というのは魔力の宿るモノや魔力を通す事で発動するモノ、様々ですが、魔力効力を引き上げたり、拡張するためのモノですね」

「拡張っていうと、魔術陣に他の景色を移すとかか?」

「そうですね。拡張はそういった効果をいいます。ほかにも設置型の結界や遠隔式の魔術罠等、術者が相当量の魔力を注いで起動さえ行えば、その場にいなくても効力を発揮するものが多いですね」


説明しながら、アイリは一つの赤い宝石を手に取る。


「そしてこれが朝のお勉強の時に話していた魔石ですね。これをこの魔術陣の上に置くと……」


赤い魔石が乗せられた魔術陣は、文字と線に光が走り空中に展開されていく。

魔石の真上で陣は円を描きながらくるくると周り、その中心に炎を灯した。


「これは魔石の魔力を空気中に浮かべるというだけの魔術陣ですが、置く魔石によってここに浮かぶ属性が変わります。この石は見ての通り炎の魔石ですね」

「これ場内の灯りにでも使えそうだけどな」

「魔石もタダじゃありませんから……ですが、『光を灯す』魔術陣を刻んだ魔道具が場内の灯りなので概ねあってますけどね」


他にも場内に魔力で駆動しているモノはたくさんありますよ、というアイリ。


「例えばいま話に上がった灯りについてですが、こちらも部屋にあるスイッチが魔力の遮断のオンオフを切り替えているんですよ」

「てっきりスイッチに魔力吸われてるのかと思ってた」

「それですと……ベル様のような魔力が無い方が使えませんので……」


一応は付けるたびに呪文を唱える形でも起動はできるらしいが、魔術適正の無い者などのためにそういった設備になっている。

城下の街ではそういった魔力を用いた設備は高級の部類に当たるため、通常の火種による灯火が一般的であるらしい。


「でもそう言う魔力はどこで賄っているんだ?誰かが夜くるたびに毎回場内一夜分の魔力を注いでるのか?」

「いえ、陛下の余りある魔力を使わせて頂いておりますよ?」

「えっ?!」


初耳であった魔王は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「俺全然使ってる覚えないんだが……勝手に魔力を吸う道具でもあんのか?」

「陛下が百年お休みになられている間に貯めた魔力でもありますけどね。城外にある充魔施設にて貯められております。」

「なんかオレ発電所みたいな扱いだな……」

「発電所なんて言葉よくご存知ですね……でも言い得て妙ですね。陛下の体質は魔機化エクスマキナに近いですから」

「魔機化……?」


魔機化、という言葉に疑問符を浮かべている魔王に対してアイリは説明を続けた。


魔機化とは、身体が鉄と鉛等で出来た存在に変貌する事で、大抵は動かない鉄塊となるという。

だが、その鉄塊には命が続く限り熱や魔力といったエネルギーを放出する特性があり、発電施設等に用いられる様になるという。

魔力で直接熱や電気を生み出すのと比べ莫大なエネルギーが無コストで出るため、奴隷や罪人の魔機化させる研究といったこともかつてあったらしい。



「その魔機化とかいうのになったらマジで発電所扱いかよ……シャレにならねえな」

「引きこもりの陛下は実質発電所ですけどね」

「いや外には出てえんだけどな?オレは」


アイリの心無い突っ込みに呆れた顔で返す魔王。その反応にクスクスと笑うアイリ。


「ちょっと脱線してしまいましたが……折角なのでそれに沿ったお話をしておきましょうか。午前中にすこし呪術の話も出してますし」


新しい紙を出して何かを描き始めるアイリ。


「まず、陛下が覚えたがっている魔術についてですが、この魔術というモノについてどういうものかの理解が必要です」


バンッと机に置かれた図解。


真ん中には"魔法"と書かれており、上から右回りに文字が追記されてゆく。

"魔法"を中心に、四方向に"魔術"、"呪術"、"気功"、"錬成術"という図式が完成した。


「まずは魔法。魔術と混同されがちですが、正確にはもっと大きな存在、魔力そのものの事を指し、区別されています」


アイリの指先が中心の"魔法"から上への線に続き、"魔術"を指す。


「魔術とは、魔力を用いて自然現象を呪文スクリプトで意図的に発生させる術の事です。これは火・風・土・水の四大属性や、電気、冷気、熱気などの様なモノを操れます」


中心の"魔法"から右への線に続き、"呪術"を指す。


「呪術とは、自他問わず肉体や霊体に魔力を付与する術のことです。呪いCurseという言葉から勘違いされがちですが、祝福やまじないといった意味も含まれていますので、対象者の弱体の他に、回復魔術とよく言われるモノも正確には呪術にあたります」


中心の"魔法"から下への線に続き、"気功"を指す。


「気功とは、自己鍛錬の末に自身の血肉と魔力が融合し身体能力を向上させるモノです。陛下もこの気功が宿っていなければ、龍人族との戦いの際も危なかったのではないでしょうか」


中心の"魔法"から左への線に続き、"錬成術"を指す。



「錬成術とは、魔力を用いて何かを具現化したり、物質の形状を変化させる術です。術者のイメージや才能、知識によって変わりますが……この魔鉄などは錬成術による産物ですね。単なる鉄や鋼に魔力を付与する、ということができます。」


魔王はアイリに促され、机の上に置かれていた金属を手に取りながら説明する。

鎧などの装備に使われている素材だったが、加工前を見るのは初めてだった。


「魔力の付与っていうと呪術と一緒のように思うが、どう違うんだ?」

「簡単に言えば生物か否かですね。呪術は肉体にまつわる魔力の付与、錬成術は鉱石や装備等に対する魔力の付与です。ですが例外として魔石に対して行う付与は呪術にあたります。魔法としてはこれも生命に分類されるのかもしれないですね。」


魔石を手渡された魔王だったが、魔鉄と違い魔石は指先に触れた瞬間に砕け散ってしまった。


「――――――~~~~ッ!!!?」


魔王の全身を熱い魔力が駆け巡る。溶岩が血流を通過し燃えたたような錯覚が遅い、思わず飛び退いてしまった。


「ああ、やはり魔石の類は黒蟲の呪いの対象になるのですね」

「オイ、オレで実験するな。なんだコレ、ドラゴンか何かの魔石だったのか?」


魔王は自分の身体が実際には燃えていないことを確認しつつ、避難の声をあげる。

そして魔王が感じた魔力は龍人族から吸った総量よりも数倍多く、強烈だった。


「ええ、よくわかりましたね。皇帝龍エンシェントドラゴンの亡骸から発掘された魔石ですよ」

「オイ、なんでそんな高価そうなモノを……」

「いえ、割と場内には備蓄されております。それにアレでも中古品でしたから」


アレだけの魔力を持っても中古品かよ……と呟く魔王は机の上に残された金属魔鉄に触れる。


「で、こっちは魔力付与されているのに壊れないんだな。これが生物扱いじゃないからってことなのかね」

「推測ですが、錬成術で加工された魔力は魔力という形から融合して変化しているのかもしれませんね。気功も似たもので血肉が魔力と融合して成るものですが、陛下がヴォルフ総隊長に触れても四肢炸裂はしないようでしたので、錬成術で出来た鉱石や装備でも同様なのではないでしょうか」

「……?????」

「あー……錬成術と気功で出来たモノは陛下が触れても問題ないということですよ」

「なるほどな!」


アイリが半ば投げやりにそう結論付けながら話を進める。


「この4分類を基本分類として一般的にはこの図の中から反対側にあるものは取得が難しいとされていますね」

「ってことは俺は魔術は使えないのか?」


魔王の才能は身体能力的に気功にあたるのだろう、と考えての発言だったが、アイリは首を横に振った。


「いえ。この基本分類から更に突然変異種という分類が出てきます」

「突然変異種?」

「はい。こちらも更に4つの分類が存在しているとされています」


アイリは紙に追記していく。

"魔術"と"呪術"の間に"神言術"

"呪術"と"気功"の間に"変容体"

"気功"と"錬成術"の間に"魔機化"

"錬成術"と"魔術"の間に"召喚術"



「先ほど話題に上がった魔機化ですが、これはこの錬成術と気功の間に位置する突然変異種の一つですね。錬成の力が気功として身体を金属として融合・一体となったと考えられています」


他にも生まれつき金属の性質を持った生物として生まれ武器になる者、木と土の身体となり高純度の魔力を宿した聖水を吐き出す者など、魔機化の中にも無数の変異の記録が残っているという。

突然変異種自体が極稀な存在であり、その中でも魔機化というのが最も希少な存在だ。


「そういった突然変異種は先天的なモノであるとされています」

「俺の体質はこの突然変異種なのか?」

「陛下は変容体というモノだと思います。呪術的な他魔力への干渉、不死の身体能力は気功的な真髄といったところかと」


本来の呪術や気功単体の延長では本来そこまでの能力にはなりませんよ、と呟くアイリ。

歴代の魔王によって種類は全く違うらしいが、先代の魔王も突然変異種だったという。


「残り二種の説明ですが、召喚術は、存在している物質を魔力付与で変化させる"錬成"と、魔力を用いて無から有を生み出す"魔術"の上位互換にあたり、魔力のみで武器を創造したり、果ては生命を生み出せるとされています。こちらについては資料が少なく断片的な情報しかありません」

「最後の神言術は?」

「神言術というのは魔術と呪術の極地でありながら至極単純で、言葉一つで世界を歪める事ができるお力ですね。言葉のみで愚者を殺し、空を駆け回り、空間を歪めることができます。このお力については種類はなく唯一無二です」

「単純でわかりやすいなあ……使いやすそうだし困らなさそうだわ」


自分の持つ呪いと比べて見ると、強制的に発動してしまう自分の呪いよりよっぽど使いやすく羨ましいとかんがえてしまう魔王。


「基本的にそういった突然変異種というのは忌み児と扱われやすく、殺されやすい傾向にあるのも事実ですね。どうにもそういった力を持つと気を病んでしまう者が多いのだとか」

「あ~……」


魔王は想像を巡らせる。

神言術を生まれつき持っていたりしたらふとした時に言葉で事故が起きることは想像に難くない。

敵に対しての死の言葉が仲間にも向くかも知れない。ちょっとした口論ででた口先の言葉が魔力を持ってしまうのかもしれない。

そしてそう思うのは本人だけではなく周りの者たちも同じだろう。

変容体の俺も目を覚ました時には事故でその場にいた者を消してしまったことがある。

あの時の周りの恐怖の眼、殺意の眼。脳裏に強くこびりついている。

召喚術に関しては分からないが、魔機化して生まれた者が意識を保ったまま発電所として使われるのを想像すると――――


「陛下?どうかしましたか?」


ほの暗い想像をしていたところでアイリの声に魔王はハッとする。

考えに夢中で全く声が聞こえていなかった。


「ああ……ちょっと別の事かんがえてしまってた。なんだ?」

「こほん。理由はわかりませんがこの突然変異種の共通として、基本分類の中の項目は一定水準以上の能力を持つ事が多いそうです。ですので陛下も――」

「魔術が使えるのか!!」


食い気味に反応する魔王にアイリはクスクスと笑いながら悪戯っ子の様な顔を向ける。


「まあ、魔王様は魔術に関してだけは才能がないかもしれませんけどね?」

「いや、ここはやる気出させる言葉をかけろよ」

「ともかく、基本分類の四種に適正がある可能性があります。この内容は概論として重要な部分になりますので、しっかり覚えていただきたいのです。色々な実例を交えながら一つ一つ細かく説明していきますよ?」

「おう」


こうしてこの勉強会も夜更けまで続いていった。

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