外伝 第1話 勇者のプロローグ
先週分出せなくてすいません。
ちょっと設定の見直し等を行うためしばらく更新は2週間に一回になるかとおもいます。ごめんなさい。
少しでも楽しんでもらえる作品にしようと思いますので、よろしくお願いします。
また、今回全体的に魔術と魔法の表記ゆれを統一しました。
今後魔法と魔術は棲み分けした表現として使っていこうと思います。
自分自身混合して表現することはあるかもしれませんが、修正していきます。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺、鈴村鈴太郎は異世界に飛ばされてやってきた。
生温い水に少しずつ沈み、沈んだ先から身体が砂になるような錯覚。ひどい耳鳴りで極度の船酔いの様な感覚に苛まれ、目を覚ました時には知らない世界だった。
大学を中退し、フリーター生活をしていた自分にとって新天地は漫画やアニメの世界のようで心躍る場所に思えた。
神の御加護や魔法もあり、創作の世界にしかいない様な他種族もいる。
そんな異世界にワクワクしたのも一週間。
過ごした時間は一ヵ月。その間に俺は絶望した。
魔法だか魔術とかいうものの使い方も分からず、神の加護は無く、肉体的に劣っている人間種であるという事だけ。
結局この世界でも俺がやる事といえば――――
「おい、リン!何を呆けてるんだ!しっかり働かねえと給料ださねえぞ!!」
「す、すいません!!」
土方の厳つい筋肉だるまのおやっさんにドヤされているのがオレ、鈴太郎ことリンだ。
異世界の照り付ける様な日差しに辟易としながら手押し車を走らせる。
日本にいた頃と比べると、蒸し暑さよりも熱さで灼けそうな暑さで、それ以外は元の世界と大差のない日雇い肉体労働だ。
なんなら暑さくらいしか日本と比べてマシと思えるところはなく、生活水準や文明レベルが元の世界と違いすぎる為、毎日心が折れそうになっている。
こちらの世界に飛ばされる前の記憶はおぼろげで、時折フラッシュバックと共に少しずつ思い出すことがある。そうして名前や生まれ、年齢等の情報を思い出していく。
だけど、思い出す記憶は「前の世界の方が良かった」事ばかりで、毎日生きることに必死な今の自分にとっては思い出さない方が幸せだと思えるな。
「ほら、今日の給料だ。大事に使えよ」
「ありがとうございます」
もう一ヵ月近くお世話になっている工事のおやっさんから手渡される小さな麻袋。
中に入っている硬貨で2日分の食費が賄える程度だ。
「水分補給ひとつにしても買わないといけないなんてなぁ……」
腰のベルトに掛けていた革袋の水筒を呷りながらもう何度めになるのかわからないぼやきをつぶやく。
(こんな暮らしをしていてもどうしようもない)
この世界でなら俺も何か変わるかもしれない、と思い続けて一ヵ月が経ってみれば結局日本にいた頃の自分と変わらない状態になっていた。
このままじゃいけない、と思っていても今の現状から踏み出す一歩も目標も無く、毎日を使いつぶしている様な感覚。
帰るにしても探す方法も見つからない
結局は異世界転移したところでなんの力も持っていないんじゃ――――
「辛気臭い顔してどうしたリン!酒でも飲んで女遊びでもするかぁ?」
「金が絶望的に足りない。女遊びどころか酒を飲む金もないよ、カーン。それとも奢ってくれるのかい?」
「そりゃ無理だな!俺も毎日の飯代で手一杯だ!小食のお前なら余裕あるだろ?」
「お前が食いすぎなんだよ。そのでかい口と同じで胃袋も相当でかいんだろうな」
ガハハ、と大口を開けて笑うカーンとは、この世界に来た時に良くしてくれた男だ。
彼からしてみたら異国人で人種も違えば身元も不明な俺を助けて今の仕事に誘ってくれたのもこいつで、本当に助けられたよ。
「最初にあったときはおろおろしていたと言うか、カタコトみたいな感じだったのに、随分公国語も達者になったもんだな」
「元から結構喋れてただろ。カーンに喰われるんじゃないかって恐くてビビってたんだよ」
こちらの世界の公国語、という言語は基本的に日本語と英語が混ぜ合ったような不思議な物だった。
元からある程度には英語が話せていたのもあるが、こちらの世界に飛ばされた時の手荷物に英会話辞書アプリの入っていたスマホはとても重宝したんだよな。
とは言え、スラングが全く分からなかったり、こちらからの言葉は理解されるのに相手の言葉が聞き取れないレベルで理解できなかったり。
最初のころは会話が噛み合わずに苦労したが、今はもう慣れたものだ。
だが、それ以上に慣れるのに苦労したのは――――
銀の髪……いや、毛並みに、ふさふさの耳。長く突き出した鼻に、時折覗かせる鋭い犬歯。
「犬面の二足歩行動物を初めてみたら大体面食らうと思うんだよ。俺が犬派で良かったな?」
「あァ?!俺は犬じゃねぇ!狼!
「ハハハハハ、わかってるって」
「その眼やめろ!!」
どうやら色々な種族がこの世界には居て、そのうちの一つなんだろう。
狼男とかだったら満月の晩にこういう見た目になりそうなものなんだけど。
カーンの姿を見ているとシベリアンハスキーを彷彿とさせるんだよな。
実家で飼っていた犬は柴犬だったが、犬が好きだから懐かしい気持ちにさせるよ。
「なあ、その耳少し触らせてもらえねえか?買っていた犬思い出すんだよ」
「お、おいやめろ近づくな。気持ち悪いからやめろ!てか犬じゃねえっての!!」
そんなこんなで逃げ惑うカーンを追いかけまわして無駄な体力を消耗する俺たち。
元々肉体労働直後だったのもあってすぐバテた俺をみてカーンは溜息を吐きながら笑っていた。
「リンは不思議な奴だよ。公国だと狼人族は毛嫌いされて差別されてる。なのにお前は普通に話してくれるだろ?不思議というか変だ」
「それで言うならカーンはその顔以上に変な奴だよ。身元も知れない嫌いな人間を助けるなんて。逆にあそこで助けてくれなければ死んで夢に出てやってたところだよ。そんな恩人……?を無下にするのはただのクズだろ」
「育ち良さそうな見た目して、そういうトコ言うのが変なんだよ」
俺がこの世界に飛ばされたばかりの時に、その服装と持ち物に対してどこぞの良いところの貴族かなにかかと勘違いされて物乞いに囲まれた挙句、追剥に絡まれてしまっていた。
そこにカーンが割り込んで助けてくれたのだ。ヒロインだったらドキッとでもしてしまいそうな程の割り込み方だったね。
カーンはヒーローというより忠犬にしか見えないんだが。
「それに、リンは懐かしい匂いがして気になったのもあるしな。普通の人間だったら見てみぬふりだったな」
「匂いってそれはまた犬みたいなことを言うなあ」
「だから犬じゃねえっての!ったく。実際悪い奴じゃなさそうだったから助けただけだよ。口と頭は悪いやつだったがな!」
口ごもるカーンを弄ると耳を伏せ、しっぽを小刻みに振らせている。
喜びの時の振り方というより、不機嫌な時の反応だな―――犬の場合であれば。
「悪かったって。少しくらいは酒でも飲みに行くか」
「おっ奢ってくれるんだろうな?」
「安酒3杯までな。それ以上飲まれて潰れても俺はお前を介抱できる余力はないからな」
「湿気てんなぁ」
奢ってもらえるだけありがたく思ってくれよ、と苦笑いをしているとカーンは尻尾を高く上げて立ち止まっていた。
「カ―ン、どうし 」
「逃げろ、リン」
突然カーンは周りを警戒するように鼻をすする。
「――――血と腐肉の臭い、グールだ。」
グール。
人間の変異した姿。
この世界にいる魔物の中で最古種の一つで、アンデットとなって人を喰らい、その体内に持つ毒に侵されたモノは次のグールとなり人を襲うとか。
ハザードなバイオって感じがする魔物だな。
「それもかなりの数がいる!日が落ち切る前に奴らが出てくるなんて何かおかしい。魔力の詰まった
「はぇ?何だって?」
「北の方から、かなりの数のグールがこっちに向かってきているみたいだ。騒ぎになる前にとっととリンは逃げた方が良い」
カーンは、肩を掴みながら諭すようにゆっくりと、俺に伝えてきた。
尻尾抜きでカーンの表情から感情を読み取ることは難しいと日頃から思っていたが、今のカーンは冗談で言っていないことが判った。
「……お前はどうするんだよ」
「こっちまで騒ぎが来てないならきっと北の関所からの臭いだ。そこまで走って俺の腕っぷしを証明して英雄にでもなってやるさ」
人間嫌いなお前がなんでそんなことを――――と言いかけたが、その理由がわかってしまった。
俺はこの世界の人間と比べてもあまりに非力すぎるんだ。
ここは、走りだせば100mを一歩で跨げる人間がいる異世界なんだ。
そしてその人間の速力の数倍を行く獣人達。
一ヵ月で絶望した理由の一つ。
見た事は無いが、そのグールとか言うゾンビもどきも俺なんかでは手も足も出ないのだろう。
カーンは、俺が逃げる時間を稼ぐ、とそう言っているんだ。
「いや、でもそれなら一緒に逃げればいいだろ!?お前がいれば……!」
「確かにな。でも、もし追い付かれてからだとお前を護るのはもう無理だ。お前みたいな加護も得られてない人種を抱えながら逃げるより、俺が北の関所で一人で少しでも時間を稼いだ方が良い」
「なんでそこまでして俺を……」
「そりゃまあ……あれだ。懐かしい匂いがしたからだよ」
そうは笑っているが、カーン眼は全く笑っていない。
「ここから南へ駆け抜けろ。2時間も走ればここより大きい街がある。狼人族の俺はその街に入れねーが、お前なら入れるはずだ」
「…………」
「そんな顔すんな。世間知らずなお前でも……もう何処でも生きられるだろ?」
俺がどんな顔してるっていうんだよ。
「なあ、それでも一緒に……」
「ばーか。お前のお守りなんていつまでもしてたまるかよ。それに、俺の腕っぷしは知ってんだろ?」
カーンは俺から顔を背けて背を向けてしまった。
「ったく、お前みたいなグズと一緒に一ヵ月程度一緒にいただけでほだされるなんてな。だけどここでお別れだ。100でも200でも頭を潰したら俺も逃げるさ――――ウッ!!??」
カーンの萎れ下を向いている尻尾を思いっきり引っ張り上げてやった。
意図せず冷や水をかけられたような顔をしたカーンの顔はこの上なく間抜けで噴飯ものだが、ムカついてしょうがない。
「馬鹿にしやがって。誰が子守りの必要なグズだって?俺だけ逃げてもこの街全部がそのゾンビみたいなのになったらどっちにしろ追い付かれちゃうだろうが」
「いや、でも少しでも逃げれば……」
「俺がこの街に危険を警告をして周る。その間にお前は北で食い止めとけよ。きっと援軍を送ってやる」
カーンがそれをしないのは、狼人族だからだ。
ひと月も居ておきながら、ちゃんとした理由は聞けていないが、少なくても人間社会の中で彼らの様な亜人は人間の偽物として差別されている。
狼人族がどんなに警告してまわっても、それこそ狼少年扱いされるのが関の山だ。
そんな無駄をするくらいなら足止めの手数になろうとしているんだろう。
お人好しみたいな事をするのは、お前には似合わないんだよ。
「呆けてないで早く行けよ。それとも俺が信じられないって言うのか?」
「いや、でも異国人のお前じゃ――――」
「犬面の奴よりマシだよ。良いから速く行けよ。来てる軍団がどのくらいやばいのか知らないけど、できる限りのことはする。信じろ相棒」
「相棒……」
犬面と言われたカーンが憎まれ口でも叩くかと思っていたが、相棒という言葉が刺さったのか言葉に詰まっている。尻尾には出ているんだが。
「ほら、速く行ってこい!戻ってきたら今度こそ酒を飲むぞ。折角だから全財産はたいてやる。英雄になってこいよ相棒」
「……クハッ、良いね、リンの金を全部飲み干してやるよ!後ろは任せるぞ。……相棒!」
大口を開けて笑いを上げるカーンは、本当に愉快そうに笑い、相棒という言葉を言い残すとともに、バンッと爆竹でも爆ぜた様な音を残して北へ跳び出して行った。
数秒もかからず、カーンの姿は見えなくなる程遠くなってしまった。
「……ホントこの世界の奴らの運動能力はチートだよ……」
そう呟いた自分に対して周りにいた人間達は先ほどの音にびっくりした様に俺の方を見ていた。
周りにいたのは、仕事仲間の
「みんな!北の関所の方からグールが大量に来ているらしいんだ!それを皆に伝えてくれないか!」
声を上げた俺に対して、ここひと月仕事を共にしてきた奴らの反応は
「あぁ?突然何言いだすんだよリンタロー。あの犬公が騒いでたが関所をグール如きが超えられる訳ないだろ」
「カーンは仕事仲間としちゃ優秀だから良いがあ、信用できるかは別問題だもんなあ」
「アイツとの付き合いもお前よりは全然長いってのに、なんだってお前に話して俺たちには言わねーんだよ。きっと揶揄われてるんだよ」
「そうだそうだ」
仕事仲間達は口をそろえて信用できないと言う始末。
確かにカーンは冗談好きだが、命に関わる様な冗談を言ったことは無い。
このひと月、カーンのおかげでこの世界の常識も知れたし、助けられ続けた。
「それでも、頼むよ。援軍に加わってくれとまでは言わない、ただ危ないってことを一緒に言い回ってほしいんだよ」
「……いや、でもなぁ……」
「なんだなんだどうした、さっき変な音したがなんかあったのか?」
「あ、おやっさん!」
工事を仕切る親方......おやっさんと親しまれて呼ばれている彼はどうやら先ほどのカーンの発射音が気になって戻ってきたようだ。
おやっさんにもカーンに言われた事を伝えるが、他の人たちと同じような反応をされた。
「流石になあ。ここは戦争地域からかなり離れてるし、グールが突然そんなに沸いたってなると、北にある港町が丸まるグールになったとしかなあ」
そんな大規模な被害が起きていたら流石に風の噂でもこっちに来ているはず、ということだ。
「でも、カーンは俺……いや、俺達の為に北の関所で戦おうとしてるんですよ。それに俺は援軍を呼ぶって約束したんです。だから……」
「うーん……」
難色を示すおやっさん。正直この工事現場か宿屋と飲み屋くらいしか俺の行動範囲は無い。
ここの仕事仲間以上にこの話を信じて貰える人達はいなさそうだったけど……
「いえ。すいません。忘れてください。飲み屋でも宿屋でも回って警告だけでもしてきます」
この世界に来てから『自分の身は自分で守る』というのが常で、警察や自警団の様な組織があるのかどうかも俺は良く知らない。
なんか昔から戦争は絶えない世界らしいから軍隊とかもいるのかもしれないけど、どこに行ったらいいんだろうな。
宿屋か飲み屋で話を聞いて――――
「まて」
駆け出そうとしたところをおやっさんに引き留められた。
「もしもその話が嘘だったりしたら、カーンとリン、お前ら二人とも一ヵ月ただ働きだ」
「え?」
「お前は正直非力だし半人前だ。だけどな」
俺の目をじっと見るおやっさん。その眼を逸らさないように自分も見据える。
「お前は頭も悪くなくて、誠実な奴だ。俺達を遊び半分で悪趣味な冗談はいう奴じゃないのはわかる」
「おやっさん……」
身元も分からず、身体能力に劣る俺の事を雇い続けてくれたおやっさん。
たったのひと月だけの関係。されど一ヵ月ほぼ毎日仕事で顔を合わせてきた仲だ。
元々職人気質で漢気に溢れていた人が、こうして評価してくれて信じてくれるのは正直、嬉しかった。
「誤報なら誤報で良い。その時はみっちり働いてもらうからな。おら、お前たち聞いただろ!」
「うっす、親方がそういうなら付いて行きますよお」
「しょうがねえなあ。ここで付いて行かないのは格好つかねーしなぁ」
「そうだそうだ」
感極まっていると、さっきまで否定的だった仕事仲間達は手のひらを返したように賛同し始めた。
……いや、ありがたい。すぐに信じてくれなかった事だとか、都合がいいだとかそんな仄暗い考えも浮かんでしまったが、助けてくれることには変わりはないのだから。
「みなさん、ありがとうございます」
くそ、少し涙目になってきた。俺をそんな目で見るな。まだ笑ってくれた方がマシだよ。
「よっし、お前ら! 足に自信がある奴は近隣の住民たちに避難を促せ!俺は知り合いの民兵とか傭兵辺りに話つけてくるからよ。この時間だと早く行かねーとあいつら酒飲み始めるぞ」
「オレらは避難誘導だ!行くぞ!」
指示を受け、早速動き出す仕事仲間達。
皆にお願いをしたものの、俺はこういう時何をしたらいいんだろうな……
「リン。これを持っていけ」
何か手荷物を漁っていたおやっさんから、俺の肩幅くらいの長さの剣……いや、短剣を手渡された。
「ありがとうございます……でもこれは……?」
「無いよりマシ程度の護身用だ。グールを倒すには首を斬るか頭をかち割るしか無いが、リンがそんな事をしようとする状態になった時には、もう遅いだろうからな」
グールの足でも斬り付けて逃げる為に渡してくれたのかと思ったのだが違っていた。
「もし噛まれたら、グールになる前にその剣で自殺するんだ」
たとえ非力な俺でも一度感染すれば厄介な軍団の一人になってしまう。
その前に、死んでくれと言っているんだ。
「……わかりました。ありがとうございます」
異世界に来て、魔物という化け物に出くわすのも初めてだけど。
映画や漫画でしか見なかった様な、死ぬ方がマシという状況になると言う重みがより一層この短剣に増した。
おやっさんは徐に右拳をこちらに向けてきた。
「もし生き残ったらその剣を返しに来い。俺の親父の形見でお守り代わりだったんだ。大事に使えよ」
「そんな大事な物を貸して、もしも嘘だったら――――いえ。わかりました。絶対に返すので、おやっさんも生きていて下さいよ」
おやっさんの眼を見返して、突き出された拳を当て返す。
今更、信じてくれている相手の厚意を試すような言葉を口にしたくなくて。
じゃあ、お前も避難しておけよ、と言い残しておやっさんは駆け出して行ってしまった。
そして、残された俺だが…実際問題俺の力では戦力面ではなんの助けにもならないが、だからと言って子供や老人達と一緒に避難するのは不本意だ。
言い出した俺も何かしたい。
そう思って、声を張り上げながら避難を促した。
例え異国人の見た目をしている俺が馬鹿にされようとも。
異世界に来てから……いや、生まれてから始めて俺は、人の為に何かしようと一生懸命になった気がする。
そうして鉄臭い匂いと腐った肉の匂いと言うものが何か解るまで、声を張り上げて走り回った。
* * *
カランカランと鳴り響き続ける警鐘の音。
俺や他の仲間たちの避難誘導を真剣に考えていなかった者たちが一部パニック状態になっていた。
北の関所を越えたグール達は、1000体を超えているらしい。
そんな化け物の数を減らせているのか、それともお友達を増やしているのかも分からない。
グールの脚はそこまで速くないと思っていたのだが、存外関所から街に来るまでが速かった。
そんな中俺は、人混みに押されて足を挫いたお婆さんを背中に抱えながら避難所に向かっていた。
避難所の場所もどう言うところなのかも知らなかったが、背に乗るお婆さんと世間話をしながら流れに乗って歩いていた。
元々体力的には劣る俺が人ひとりを抱えるというのが既に無謀で、周りの人たちの流れに対してかなり出遅れてしまっていた。
「すまないねえ……本当にありがとうなぁ」
「いえいえ……そういうのは無事に助かってからですよ」
何度と無く繰り返された会話。
時折背後を振り向いては目の当たりにする赤い光。
グールは火に弱くよく燃えるとかで、オイルを撒いて足止めをする事も多いそうだが、燃え上がるその光はボヤ程度の炎どころではなさそうだった。
まだまだ逃げ走る人々が後ろには迫っており、この街の人々がこんなに多かったのか、と驚き続けてる。
お婆さんのナビで進んでいた道だったが、高級宿の前で誰かの名前を叫んでいる夫婦と子供が居り、お婆さんの親族だった様で合流出来た。
息子さんがお婆さんを背負い直し、一緒に避難する流れになった。
「リンタロー様、本当にありがとうございます。まさか母が足を挫いて歩けないほどだとは……」
「お付きの方とは人混みに紛れて逸れてしまった様ですよ」
「ありゃあ逸れたんじゃなくて、ワタシを見捨てて一足先に逃げたんだよ、全くとんだ奴だよ」
「ハハハ……」
背中にいるときにも散々聞いていた事だったので、空笑いするしかないのだけど。
「申し遅れました、私はエルロ――――」
「キャアアアアアア!!」
息子さんの声を遮り、すぐ後ろの方で叫び声が上がった。
(なっ!?ここまで来るのは流石に早すぎるだろ!?)
グールの集団が駆け足で迫ってきているのが見えた。
顔はただれ溶け、筋肉や骨を剥き出しにしながらも向かい続けてる者もいた。
だが、最大の特徴は
「クソッ!早いと思ったら亜人のグール達も紛れてたのか!!」
息子さんが悪態を吐いたグール達は、様々な獣種達だった。
純粋な人間族をもタガの外れた化け物にしてしまうグールと言う毒に感染したのが、カーンの様な狼人族や犬人族とか言う獣種だった時。
本来の人間達がグールになった時と比べてその感染効率は比べるまでもないだろう。
「俺を置いて逃げてください!俺に合わせて走ると間に合いません!」
「リンタロー!?」
「……ごめんなさい!!」
お婆さんが声を上げるが、息子さんは一言の謝罪と共に駆け出した。
俺の全力のダッシュの数十倍はありそうな速度で人ひとりを抱えながら逃げる息子さん。
……その奥さんも子供も凄まじい速さで走っていくのを見ると、人間としてのスペックの差を感じるよホント。
そんな人間と、鈍足になっているにも関わらずタメを張る獣種のグールたち。
壁を走り屋根をつたい人を飛び越え、縦横無尽に人を襲うグール。
噛まれても直ぐにはグールになれないのか、即死レベルの出血をしても意識を保ち叫ぶ人間も居る。
(確かにコレはさっさと自殺した方がマシなのかも知れないな……)
今から逃げても追いつかれるのが目に見えていて、あんな風にすぐに死ねないのを目の当たりにすると死が救いにしか見えなくなる。
俺は短剣を引き抜き、自分の喉に向ける。
元の世界じゃ散々頭では考えていた行為だ。
今となってはこの方が救い――――!
「――――畜生!突然呼ばれた世界で家族に謝る機会もなく死ぬだって!?」
元々家出同然で逃げた生活だ。
「死にたくない、生きたい、生きていたい!」
けれど、この世界での一ヶ月で痛感した。
「死ぬくらいなら、一人でも多く殺す!」
元の世界の家族も生活も平和で幸せだった。
「生き残って、元の世界に帰る――――!」
例えこの場での死が救いだとしても、俺は無駄に死ぬのなんて
「絶対に、嫌だ!」
自分への発破をかけ、喉に向けていた短剣を構える。
情けなく震える手足が酷く冷たく感じた。
走馬灯の様に駆け回る日本の光景、迫る死の恐怖、理不尽なこの世界への怒り。
全部がないまぜになって、時間がゆっくりに感じる。
前方には死と不死を司る牙が迫ってきている。
「死ねえええええええええええ!!」
自分の恐怖を誤魔化すように口から絶叫と共に、身体は勝手に前へ進みながら剣を横薙ぎに振るう。
短剣の刃は大口を開けた獣の口をとらえ、上顎と下顎を分断するが、喉骨で食い止められる。
下顎をだらんとぶら下げながらもグールはなおも噛みつこうと力を入れ続ける。
咄嗟に刃のを下からカチあげて堪えるが、全体重をかけて伸し掛かられる。
「グッ……」
重心をずらすために身体をねじって避ける。
そのまま、全体重をかけていた獣は地面に倒れこむ。
本来なら咄嗟に踏みとどまりでもするものだろうが、アホみたいに転んでいるこの隙を逃す手はない。
「このクソがあああああああッ!」
全体重をかけて首に突き立て捻り折る。グールは折られてからも数秒手足をバタつかせたが、ようやく動きを止めてくれた。
「ハァ……ハァ……これでやっと一体!!」
さっき見かけただけでも10人の獣種がいた。
他の獣種は、と見まわしたときには後続にいた女を噛み飽きた3匹の獣が次標的としてこちらを睨んでいた。
「やばッ」
3匹の獣は一瞬で距離を詰め、全身を噛み付いてきた。
――――噛みつかれてしまった。
「クッソ……!」
激痛が噛みつかれた箇所から蝕み、全身に広がる。
「ぐあああああああ――――あ?」
――――――――――――――――――*――――――――――――――――――
個体名称照会:鈴村鈴太郎. . . . . . . . . . . . . . . . : NOT_FOUND_NEMS(0x0000001B)
. . .
. . . . . .
. . . . . . . . . . . .
当該個体の体内情報の確認を行います. . .
個体組織読み込み. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : NOT_FOUND_NEMS (0x00000F6E)
再試行. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : NOT_FOUND_NEMS (0x00000F6E)
再試行. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : NOT_FOUND_NEMS (0x00000F6E)
再試行. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : NOT_FOUND_NEMS (0x00000F6E)
* * *
再試行. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : NOT_FOUND_NEMS (0x00000F6E)
再試行. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : NOT_FOUND_NEMS (0x00000F6E)
. . .
. . . . . .
工程を省略. . .
ProjectNEMSの確認 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : 成功
個体名:ghoulへの変換 . . . . . . . . . . . . . . . . . : ERROR_BAD_NEMS (0x0000015G)
再試行. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : ERROR_BAD_NEMS (0x0000015G)
再試行. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : ERROR_BAD_NEMS (0x0000015G)
再試行. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : ERROR_BAD_NEMS (0x0000015G)
* * *
再試行. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : ERROR_BAD_NEMS (0x0000015G)
再試行. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : ERROR_BAD_NEMS (0x0000015G)
. . .
. . . . . .
. . . . . . . . . . . .
Apの適合チェック. . . . . . . . . . . . . . . . . . . : 成功
組織内部におけるPluginの確認. . . . . . . . . . . . . . : NOT_FOUND_NEMS (0x00000F6E)
管理者権限付与. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : Level 5.
権能付与. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : Lazy.
内部組織再構成. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : 成功
patchの適用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : 成功
ようこそ. 鈴村鈴太郎.
良い旅を. . .
――――――――――――――――――*――――――――――――――――――
暗転した頭の中に強制的に流れ込んでくるような大量の
全身を蝕んでいたグールの牙の痛みが消えている。
なおも牙を突き立てようとしているグール達だが、その牙が身に突き刺さることは無い。
『 退け 』
その一言でグール達は自分から離れていく。
今の自分には何ができるのか、出来るようになったのかがわかる。
目の前にいるこの化物達を消すことも。
邪悪な化物は――――
『 塵となって消えろ 』
先ほど頭の中に流れてきた
なぜこんな事が出来るようになったのか。
なぜこんな力を与えられたのか。
それはわからない。だけどハッキリしたことは、力を手に入れた事。
そしてその力を手に入れてなおも俺が望むモノ。
「俺は元の世界に帰る為にならなんでもしてやる――――!」
その日、この世界での勇者として俺は生まれ変わった。
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