第7話 種族のお勉強

 恐怖の眼、畏怖の眼、眼。眼。眼。

 無数の眼に晒される人がいる。


 バケモノ。


 誰かがそう呟く。


 化物バケモノ化物バケモノバケモノバケモノ化物化物


 そのつぶやきから無数の眼すべての言葉が等しく突き刺さる。


 ナイフを振りかざしながら突き立てようとする眼。

 お前が――――いなければ――――



「うわアアア!!」


 布団から飛び出る様に起きる魔王。

 身体の何処にも穴はなく、血もついていない。痛みも違和感もない事に安堵し、ベッドへたり込む。


「……いや、ナイフくらいじゃオレも死ぬことはねえよな……」

「そうですねえ陛下。龍人族の槍であれだけ貫かれながらも死なないのなんて魔王様くらいですよ」

「うわアアア!!!」


 再び飛び起き、声の主に顔を向ける魔王。

 その場にはメイド、アイリが扉の前に立っていた。アイリはどうやら身の回りの世話をしていてくれていたようで、濡れタオルや水差し、精油壺の乗ったワゴンが用意されていた。


「おはようございます、陛下」

「ああ……おはよう、世話してくれたのか、ありがとな」

「いえ、職務ですから。陛下はアレから三日間お目覚めになられなかったんですよ」

「三日も!?」


 龍人族のクーデターから三日間。

 隠居していたとされていた魔王が、龍人族側兵士数十人を殺害し、その首謀者を降伏させたという事で『魔王様の復活だ!』『魔王様が救ってくださった!』『人間族は終わりだ!』といった好意的な者たち。

 片や『また、虐殺が繰り返されるのか……』『今度は息子達が使い捨てにされるのかしら……』『龍人族を殺すだなんて、結局魔王はあの頃のままなんだよ』

 といった否定的な者たち。

 前者は好戦的な種族や思想を持った者たちが多く、後者は平和を望む者たちだった。

 100余年前の民衆は戦いの渇望と魔王への畏怖により半ば洗脳の様に戦場へと突き動かされていた。それが100年の時を経た結果、戦いを望む者と望まない物が対立する形になっていた。

 そんな波紋を広げる魔王の民衆デビュー。これまで民衆には転生したこと自体が秘匿され、隠居として扱われてきた『魔王』という存在が復活した事を知らしめるような出来事になり、この三日でこの謀反が起きた事実よりも魔王復活という事の方が大きな意味を作ってしまった。


 そんな状況で軍上層部や中央機関幹部達は大慌て……していたのだが、当の魔王本人は、

 ベルがいない貴重な時間がああああ!と叫びまわっていた。


 そんな状態を冷めた目で静観するアイリ。


「……では簡単な報告だけ。この三日間であった出来事についてですが、謀反を起こしたフブリス男爵は自らの非を認めた上で、亡くなった48人の龍人族の名簿と各所への謝罪に向かったようです。その状態はヴォルフ様自身がただいま追従中です」

「わざわざヴォルフが付いて行ってんのか……まあ強さはよくわからないけど四柱名乗ってるんだし大丈夫か。オレもその48人の遺族の方には何かしらしておきたいが、どうするかな……」


 そう悩む魔王に対してアイリは眼を細めながら淡々と呟く。


「そして陛下。朝のお食事を摂っていただいた後は三日間寝ていた分のお勉強のお時間ですよ」

「お、おいオレは病人だぞ!?もう少し安静を取るためにだな!!」

「なりません。これは……ベル様からの言いつけですから」

「魔王のオレよりベルの言葉を優先させるとか越権じゃね?」


 オレより発言力のある側近ってどういう事だよ……と渋々ながらも寝巻を脱ぎ始める。


「そういえば、オレ異様に身綺麗なんだけど。濡れタオルか何かで拭いてくれたのか?」


 魔王が意識を失う直前、装備もズタボロになり、吹き飛ばされまくった結果土汚れがひどい事になっていたはずだが、服は綺麗な寝巻に変えられていた。


「ええ。私が全身を隅々まで綺麗にさせていただきました」

「いやなんかそれはまた別の意味で凄い嫌なんだけど。まあ無事な様で何よりだよ……」



 魔王は自分に触れられる事を過度に拒絶する。

 龍人族48名からの一方的な攻撃に対して反撃する事無く、生身に触れるだけで消滅させてしまう体質。


 ――――黒蟲の呪い。


 ひとたび解き放たれると全てを喰らいつくし塵も残さない暴食の王(黒蟲)に倣った魔王の自嘲でもある。

 魔王は代々その能力を冠した異名を名乗る習わしがあるが、魔王は自分の能力は誇るものではなく恐怖するものだった。


「まあもちろん進んで触りたいとは思いませんので全身防護服を着させていただきましたが」

「オイイイ!いや、直に生身で触られてないのはわかってはいるがわざわざ言う必要はないだろ!」

「いえいえ、私に綺麗にされたという事でいやらしい欲情の眼を向けられるのも嫌でしたので」

「……オレ、一度でもそんな目でオマエを見た事はねーだろよ……」


 アイリの減らず口に対して呆れた顔で呟く魔王。だがその言葉を受けて内心はホッとしていた。

 相手を消す暴食の呪いの効果は生身で触れなければ作用しない。生身をどちらかが晒さなければ問題はないのだ。

 その為、普段魔王が城下町に出ていく時の全身甲冑は他者を護る役目もあった。


 だが、ここ数日で龍人族の他に生身で触れた者がいた。


「まてよ、そういえばヴォルフは触っても大丈夫って言っていたがどういう事なんだ?てっきり触れた奴ら全部が消し飛ばされるモノだと思っていたんだが」

「……陛下の体質に関しては私の知るところではありませんけど……推測はいくつかあります」

「本当か?推測で良いから教えてくれよ」

「折角なので、それは勉強と併せて話しましょうか。その方が興味も持てているので頭に入るのではないでしょうか、魔王様」


 魔王様、の言い方を強調した言い方をするアイリ。苦々しい顔をしながら魔王は溜息を吐く。



「あーわかったわかった……口車に乗ってやるから。とりあえず朝飯はあんの?」

「はい、陛下。外に仕えてるモノに消化の良いものを運ばせる様に伝えてありますよ。お着替えが終わる頃にはこちらに届くと思いますよ」

「……アイリ、防護服着てたらベルとかにしてるみたいに着付けとか手伝ってくれんの?」

「なんですか突然。命じられるのであれば行いますよ。職務ですから」


 なんかそういうんじゃなくて忠誠心とかそういうのでさぁ~と魔王はぼやきながら身支度を終えた。



 * **


「と、人間族領であるスティーゼ帝国と周辺諸国が連邦を成して行われる我々魔族領との戦争は400年以上前から続いてきたのです。ここまでが昨晩行った部分の復習ですがちゃんと覚えていますか?」

「……おう、大丈夫だ。イケるイケる」


 食事を終え、勉強部屋という名の書斎に移動したオレはアイリ先生の元、復習を行っていた。

 三日前、日が昇るまで仕込まれた勉強は頭には全く入っていなかった。

 その為復習をこなすだけで数刻が経過していた。


「まもなくお昼時ですが……先ほど話していた推測に関してのお話をしましょうか」

「結構疲れて腹も減ってきたこのタイミングでかぁ~」


 机に項垂れて疲れを表現するオレにかまわず、アイリは言葉をつづけた。


「では、まず私達魔族領内にも様々な種族がいますが、どのような種族がいるかご存じですか?」

「毛深い犬みたいな犬人族、毛深い狼みたいな狼人族、毛深い猫みたいな猫人族……毛深いのばっかだなオイ」


 問いに対してつらつらと思い浮かぶ限りの種族を答えていく。

 犬人族、狼人族、猫人族,etc,etc。

 この種族達には先祖になる獣の血が流れており、見た目は二息歩行をする動物にも見える種族だ。

 総称として獣種。


 ポワンの様な魚人族。

 魚人族、と一般的には一括りにされているが、彼らの血にも先祖になる魚の血が流れており、様々な種族がいる。見た目は血筋によっても様々だが、同じ血の者でも見た目が人族寄りの者や獣寄りの者と差があり、獣種以上にその見た目の差がある種。その差がある理由については未だ研究中だそうだ。

 その中でも誇り高い血族の魚人族になると家名と族名を強調する者もいるらしい。

 こちらも総称としては魚種と呼ばれる。


 巨人種、巨人族。

 強靭で4~8メートルの巨大な肉体を持つ種族。一般的に『巨人族』とは言われているが、肉体の突然変異によって生まれた種族としては遠類の炭鉱族ドワーフとしての括りに入るそうだ。

 炭鉱族は逆に身長が低いが、筋力や身体能力は巨人の力を引き継いだ上で高い器用さを持ち合わせている。


「炭鉱族に関しては今も人間族領側の者ではありますが、その他に名の上がった種族達は我々魔族領へ下った者たちであり、更に大きな括りとして亜人種族と呼ばれています」

「亜人?」

「はい。多種多用にいる為に、細かい種族の括りに関しては頭の固い歴史家の方たちが物議を醸していますが、世間一般に広まっている表現ですね。他にも異人、等という表現を使う方もいますが」


 この亜人種族という括りに入る者たちとして、


 人間族。

 本来は魔力も自己精製できず、繁殖力もさほどなく寿命も短い。素の膂力や速さ等の身体能力も決して高くはない。

 亜人種族の系譜の中で最も古い種族であり、本来であれば淘汰されていてもおかしくない種族だが、形を変えずにここ数百年を戦い抜いてきている種族であり、その歴史が、彼ら一人一人が違った特性を持たせるに至ったらしい。


 長命エルフ族。

 名の如く、永き命を与えられている種族で、寿命による老衰はほぼ無いといわれている。

 長命による経験値は人間族より脅威だが、繁殖力に乏しく、人間族と比べると大きな国をいくつも持っている、などという事はない。

 見た目も人間族ととても似通っているが、基本的に華奢な身体付きに長い耳が特徴で、木の上で生活しているのが大きな違い。

 魔力の精製はできないが、魔術との親和性は人間以上であり、眼が良く、弓術に秀でている。


「代表的な亜人種族はこのような所です。そして魔族。こちらも頭の固い方たちによって正確には魔種と名付けるべき、等の話もありますが、一般的に魔族と呼称されますね」


 魔族と呼ばれている括りの中に、小鬼ゴブリン族やオーガ族、オーク豚人族などと多種多様な種類の種族が混じっている。

 龍人族と龍族は、狼人族と狼の差の様に二足の人型を成すかどうかの差でしかないが、それらも混同されがちだ、とアイリは言う。


「私の様な蜘蛛人アラクネもそうですが、ここに挙げられた者達と亜人種族の大きな違いがなんだかわかりますか?」 

「……足の本数とか……?」

「……違います。私の手足は8本ありますがそういう括りではないです。正解は、魔力を自己精製できるかどうかです」


 魔力……というのが、魔術を使用するための燃料エネルギーとして用いられるという事だけは知っていたが、どういうものかはよくわかっていないな。


「そういえばポワンとかが魔術は使っているのをみたが、その話だと魚人族は魔力を精製できないのにどうやって使ってるんだ?」

「亜人種族は種族や相性にもよりますが、基本的には空気中の魔力へ呪文スクリプトで命令し、それが魔術と化します。それによって自然現象を作為的に引き起こす事や、他者へ干渉を起こせます。ちなみに、ひと口に魔術といっても、ポワンが使用しているのは呪術というモノになりますが……この話はまたいつかにしましょうね」

「おい、オレの顔をみて理解できなさそうだなと思っただろ」

「いえいえ、まさか」


 クソ、小ばかにしたような半笑いしやがって。

「んで?その魔力を自己精製できるっていう違いがどういう事になるんだ?」

「基本的に魔族は身体の構造が魔力によって構成されているのです。分かりやすい例は霊体族レイスでしょうか。あの身体を構成しているのは魔力そのものですから、あれに実体があるのが我々の様な魔族なのです」


 レイス……あいつらは物理的な障壁超えてくるから、魔鉄とかみたいな装備じゃねえとすり抜けてくるからあぶねぇんだよなぁ……。時々ズボラなレイスが壁すり抜けて移動してる時に当たりかけた事が何度かある。


「そして、もう一つの魔族と亜人種族との大きな違いは、死後に魔石となるかどうかですね。理由はわかりませんが、魔族は死後、心臓へ魔力が集まり石になり、魔術行使の媒体にも使われる貴重な石になります」


 魔石はその大きさと魔力の濃度によって価値が大きく変わり、龍族の様な強大な種族の魔石はとても価値があるのだそうだ。


「……でもオレが殺しちまった龍人族は魔石とか言うのにはならなかったけどな」

「それはきっと、陛下の体質によるものだと思いますよ。そこで私の推測になるのですが」


 あくまでも推測ですよ、と念押しをするアイリ。

「陛下のそのお力は、魔力に関するモノを消滅させるモノだと思います。魔石も死後、心臓へ集めるという事なので、死亡時に魔力が消滅している以上、魔石にならないのは道理かと。さらに言うと、陛下は魔術の類も効きませんから」

「いや、でもそれだと……うーん」

「まだ何か引っかかる事が?」


 引っかかる事があるというか、明らかに違う点があるが、それを言って良いものか迷うんだよな……。


「うーん。まあ、ちょっとというかかなりな……」

「そんな風に言われるととても気になるのですが」

「……まあ、そのうちにでも言うよ。そんなポンポンいう事でもないしな……」


 ――――オレが見た、殺した48人分の龍人族の記憶についてはな。



「……そうですか。まあならいいでしょう。ちょうど良いですし一度ご昼食を頂いてから、勉強の続きをしましょうか」


 そういって部屋の扉を開け、食堂への移動を促すアイリ。


「ん、そうか。じゃあ……ちょっとメシ食ってくるからな」

「はい。次の勉強の準備だけしたら私もすぐ向かいますので」


 おう、と声をかけ、鳴り始めたお腹をさすっていたオレは気づけなかった。


「隠し事が下手ですよ、陛下」

 アイリが手製の精油を壺に混ぜている時の邪悪な顔に。


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