第5話 訓練所と小鬼族
魔王はお忍びで鍛冶屋へ尋ねに行った道すがら、フード姿のまま兵営へ足を運んだ。兵営の建物には、寄宿舎、訓練場、食堂が併設されており、様々な種族が日夜訓練に励んでいる。彼は以前憲兵の鎧を着て中の構造をざっくり見た程度で、所属の存在も知らなかった時に聞かれ揉めて逃げた事があった。
「おっす、ヴォルフいるか?」
兵営入って一声目に総隊長を名指しで呼び捨てた事に対し、兵営内での雰囲気が歪む。
「あぁあ?なんだあ、テメェ、ウチの総隊長に何か用かよ」
「なんでケンカ腰なんだよ……」
オレ魔王なんだよな…?と自分自身の知名度にげんなりしながら、喧嘩腰の
その姿は魔王と比べるとふた回り程背が低かった。その小さい姿を活かした機動力と繁殖力が小鬼族の特徴だが、小鬼族の中で流暢な会話を行えるのは
「オレ、魔王なんだけど。ヴォルフの場所教えてくれ」
「ああ?魔王だァ?本物の魔王様がこんなトコに足を運ぶわけがねえだろうが!総隊長が訓練場にいるなんてのは口が裂けても言えねえなぁ!!」
「口に出てんじゃねーか。訓練場か。邪魔したな。」
会話ができるという点では特別だが頭の善し悪しは別である。考えたことがそのまま口に出てしまう小鬼族は呆けた顔をしていたが、自分の失言に気づいた時には既に遅く、魔王は訓練場へ歩みを進めていた。
「まてやテメェ!勝手に歩き回るんじゃねェ!」
「いやいや……ヴォルフにあえばオレが魔王だってわか――――」
「総隊長を暗殺しに来た曲者だアアアア!!」
なんでこうなるんだよ。
という魔王の呟きは警笛と小鬼の怒号にかき消されてしまった。
* **
「……それで、どうなってるんですかね、陛下」
「あ〜……いや、お前に会いに来たらそこのゴブリンに暗殺者扱いされちまってな」
呆れた顔で呟くヴォルフだが、オレはついバツが悪く目をそらしてしまった。この状況をつくってしまった当事者としては……
この訓練場まで兵士たちから逃げながらたどり着き、ヴォルフに陛下、と呼ばれた時の兵士達の血の気が引いたのは中々見ものではあったが。追って来た兵士たちは理解とともに平伏姿勢にはいった結果……
訓練場が平伏する兵士たちで埋め尽くされてしまった。ここまで物々しい空気にするつもりはなかったのだが……
「申じ訳ござい゛ま゛ぜん゛でじだあ゛あ゛あ゛あ゛魔王ざま゛あ゛あ゛」
それに輪をかけてこの小鬼族。オレが魔王だと知るやいなや、冷や汗やら涙やら鼻水やらでひどい事になっている。馬鹿は馬鹿でも忠誠心みたいなものはあるんだろうか。
「な゛に゛ぞお゛お゛妻ど息子だぢだげは御許じを゛お゛お゛」
あ、ちげえや。これただの恐怖心だわ。先代魔王のイメージがそのまま今の奴らに伝わっているんだろうか……。
「いやいや……オレも、な?呼んできてもらうとか頼めば良かったしな?つい調子に乗って逃げ回っちまったし、お前もお前の家族の命も特には要らないし……」
「い゛ら゛な゛い゛ど言う゛事ば、自爆特攻要因でずがあ゛あ゛あ゛!?」
「なんでそうなるんだよ!奪うつもりもねえから落ち着け!」
「…………」
そんなオレと小鬼の問答を聞きながらヴォルフは腕を組みながら悩んでいる。この状況は確かにちょっと悩みどころではあるので助け舟が欲しい。
「ヴォ、ヴォルフ、どうにかしてくれ……」
「え?あ、はい……あー。とりあえず、問題ないからお前たちは自由にしろ!今日の訓練と鍛錬も一旦中止だ!自由行動!解散!」
「「「「了解です!」」」」
ババババッと綺麗な隊列行進を組みながら訓練場から離脱する兵士達。オレを捕まえることはできなかったとはいえ、兵隊としての練度はすごい……のかもしれないな……。
そしてその場に残ったのは、オレとヴォルフと、小鬼族。
「いや、お前ももう自由にしてもらっていいから。帰れよ」
「ハ、ハハハハハイ!」
先程まで泣きじゃくっていた小鬼族は落ち着いており、背筋を伸ばし一目散に訓練場から出て行った。
「それで、どうしたんですか陛下。わざわざ私に会いにくるとは、余程の事でも?」
「いや。兜の修理ついでにちょっと寄っただけだが?」
「そ、そうですか……昨日の今日で皆少し殺気だっていたところがありまして……ご迷惑をお掛け致しました。」
「あーいいから、そういう堅いのは本当に。それこそ昨日みたいにサボって飲んでた時のノリで話してもらいたい位だよ」
バツが悪そうに頬を掻いているヴォルフ。ヴォルフからしたら一番上の人間にサボりを見られてるのは気まずいのだろうな。
だが、切り替えたのか真剣な面持ちでヴォルフは聞いてきた。
「それで、本当はどの様な御用で?」
「ハッハッハ、本当も何も」
「…………」
「……あー。ああ。その、昨日の昨日の事だけじゃなく、人間の事を聞きたくてな」
切り出すタイミングはもう少し後にしたかったのもあり誤魔化そうとしたところを目で殺されてしまった。
昨日の人間の事、研究所の事、そして聞きかじったばかりの勇者の事を聞こうとしていた。ヴォルフは100年以上兵士として戦場に出ている四柱の一人だ。ここ数年でベルがオレに伝えてこなかったということは、何か隠したい事実があったのかもしれない。
「……私が知っている限りのことはお答えしましょう。とはいえ敵としての人間の事くらいしかお答えできませんよ」
「それなら、研究所とかいうトコの事はどうなんだ?あの場所は……」
「あの場所は――――ただの、研究所とは名ばかりの……拷問用の施設ですよ」
そう答えるヴォルフの表情は暗く、獣の耳は萎れている。ポワンは『実験』が行われていたと言っていたが、ヴォルフは知らなかったのか……隠しているのか。
「あの場所に捕らえられていたのは、他族の捕虜なのか?」
「……ええ。捕虜達です。捕らえた人間の他にも軍門に下らなかった同族、大罪を犯した下手人の様な者たちも含まれていますが」
「オレが目覚める5年前どころか、先代が存命だった時から考えると100年どころじゃない期間あの場所で繰り広げられて来たと聞いたが、何の為なんだ?」
「……文字通りの拷問の為だけ、としか私は、お答えできません。申し訳ありません」
「…………」
素直にその言葉を受け取ることもできるのだが、ヴォルフには答える事が出来ない、というニュアンスが含まれている……ということだろうか。四柱ともいわれているヴォルフより権限が上の者なんて……
「まて、お前は四柱の一人だ。そのお前が答えられないとなると上にいるのはベルだけだろ?ベルに口止めされているのか?」
「……いえ、誰にとお答えすることも出来かねますが、私はあくまでも武力や軍事的観点での四柱と言われているので、……魔王様が隠居なされてからできた
「魔王が隠居される前、ね。今のオレが中央機関の代わりに命令してもダメだっていうのか?」
「……申し訳ありません。その決定権に関しても現状私にはお答えできません……。今の中央機関の中でも色々とある様でして……機関員の中の、魔族領の各箇所を統治している領主の方たちが権利を主張している、といったことなども発生しているので一枚岩では無いようでして」
95年以上戦争だのなんだので好き勝手命令できた奴らが、オレの復活と共に制限されるとなったら非難もでるということか。元からそういう政治みたいなモノに興味はないから勝手にやってくれるのなら助かるんだが。
「まあ答えられないって言うならしょうがない。その中央機関とか言うのはどこにあるんだ?そのうち殴り込みにでもいくが」
「殴りこまれるのは立場上辞めていただきたいのですが……場所としてはこの兵営から左程離れていませんが、更に西の方になるので……」
「ああ、オレははいれねえ場所か。めんどくせえな」
この兵営からさらに西となると結界がある。狙って建てた訳ではないのだろうが不便でしょうがない。そのうちにでもそこの奴らに挨拶でもさせて文句でも言ってやろう。
「まあいい。それなら人間の話だ。それも勇者の話が聞きたい」
「勇者、ですか。陛下からその名が出るとは」
「ちょっと聞きかじっただけでどういう奴かは知らん。何なら昨日酒の場での話が初めて聞いただけだから聞きたい。これも答えられないのか?」
「いえ、驚いただけですよ。そこまで気になりますか?何か……思う所でもありましたか?」
ヴォルフのこの聞き方には威圧感というか、殺気の様な物が感じられた。昨日の昼間酒の場で話すのとは違う真剣身を感じる。わざわざそのことを聞きに来たというのが何か特別な感情を抱いている様に思わせてしまったのだろうか。鍛冶屋のオヤジも勇者は凄まじい力を持っていたとか言うし、痛い目にでもあっていたのか。
「んー、聞きに来ておいてなんだが、そこまで深い意味はないからそう睨むな睨むな。昨日の人間がその勇者だったんじゃないかとか言う話もあって、気になったんだよ。オレの頭吹っ飛んだし」
「昨日の人間が勇者……?ハハッ、確かにアレ程の膂力を持っているとなると人間族の中で持っている者というのはそういないでしょうね。ですがあの人間は勇者ではありませんよ。もしも勇者だったら目撃者含めて私やポワンは瞬殺でしょうね。強い弱いの話ではなく、相性の問題ですが」
笑いと共にヴォルフからの威圧感が霧散した。
「相性?相性の問題でそんなに違うのか?」
「ええまあ、ひと口に力と言っても、腕力だけで村一つを壊滅させたりだの魔王様を倒すだのできませんからね」
「いやだからオレ昨日頭吹っ飛ばされてんだけど」
「それでも死んでおりませんから。それに昨日のはポワンを守ろうとした結果であり、1対1で陛下が負けるはずもありません」
「どうだかな。オレは目覚めてから今まで戦い方なんて学んでもいなかったしな。魔術もようやくそろそろ学べるかどうかくらいだよ」
「ですが、ウチの精鋭達に捕まる事無く此処までこれたんでしょう?しかも陛下は殺そうと思えば容易だったはずです」
確かに。ヴォルフ達の様な狼人族は例外としても、あの小鬼族達相手であれば殺す事についてで言えば可能ではあった。
「だがそれはアイツらを消す選択肢しかない。でもそれはしたくねえしな」
「そういう事ですよ。きっと陛下であればあの人間を殺すというつもりになりさえすればどうとでもなったと思いますよ」
「そういうもんかね……っていうか話が逸れた。昨日の奴が勇者じゃないとしたら、本物の勇者はどういう奴なんだよ」
大筋の話題に戻す。殺す殺さないの話をしに来たんじゃなかったんだよ。
というと、ヴォルフはまた笑いながら勇者の話をしてくれた。
「勇者は称号みたいなもので、現在の人間族に2人、
「多いな。というか勇者って人間だけってわけじゃないんだな」
「ええ。称号と言いましたが、同時に
フールというのが先ほどの小鬼族の事らしい。小鬼族同士での会話はある程度可能ではあり、繁殖力と失敗から学ぶ能力は高い種族らしい。その中でのフールは他種族との言語が可能な分、小鬼族の指揮隊長として重宝されているらしい。会話ができるだけの
「人間やドワーフやらエルフの特殊個体はもっと凄いってことか?」
「そうですね。現在届いている情報をざっくばらんに言うのなら、人間族の一人は不老不死、もう一人は退魔の能力、炭鉱族と長命族にはどういった力かは秘匿されているようですが未来予知に似た能力がどちらかの種族にはある模様です」
「未来予知だの不老不死だのなんでもアリじゃねーか。だけどこの退魔ってのはなんだ?名前だけだとよくわからないが」
「退魔……魔を退く者と書きますが、要するに魔物や魔族の様な『魔力』で活動する個体を屠る者だそうです」
「それって……」
似ている。
呪いにも似た指先一つで同族を屠る事の出来るこの力と同じものを持つ勇者。もし互いに出会ってしまった場合どういう事になるのか――――
「まあ、陛下の下位互換ですかね。魔力の霧散といった能力なので、陛下の能力からすれば相性的にはこの退魔の勇者の方が分が悪いと思いますよ」
深刻に考えてたところに冷や水をぶっかけられたような気分にさせられた。下位互換?
「いえ、魔王様のお力で言えばその本領は――――」
「「敵襲!! 敵襲!!」」
警笛と共に会話が中断される。
……ヴォルフと一緒にいるとこういう事ばっか起きんの?
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