第4.5話
翌日。
今朝までみっちり勉強をさせられていた魔王は昼近くまで寝ていた。
勉強会の後半は眠気でろくに記憶が無かったが、ノートには練習の跡が見られていた。
「あー、せっかくベルがいないのに時間を無駄にした気分だ」
すっかり日も登り、それどころか頂点に差し掛かろうとする太陽を眺めながら街中を進む魔王。
兜が無いので鎧の上から深めのフードの付いたローブを羽織って居るが、ツノがはみ出ている為に道端では逆に目立っていた。
魔王は昨日壊された憲兵用鎧の代用品を用意する為、城外の鍛治士のもとへ向かっていた。
「オヤジ、元気にしてるか?」
そこは比較的栄えている職人街の通りから一本裏手にあるこじんまりとした工房。
ひりつくような熱気と槌うちの音が工房内を支配している。
その中で作業していた初老の男が魔王の姿を一瞥すると即座に手を止め平伏し、それに気づいた他の職人達もそれに倣う。
「これはこれは若魔王様。わざわざこの様な小汚い工房にご足労して頂くなど恐縮にございます。何か火急の用件であればこちらからお伺いしましたが」
「その姿勢も畏まった口調もしなくていいといつも言っているだろ、オヤジ。作業の邪魔をするつもりは無いから弟子達にも普通に仕事に戻らせてやってくれ」
平伏体勢のまま畏る鍛冶屋の店主、ガルフォード。
それを呆れた様な口調で諫める魔王。
彼らが会うときの定型句の様な流れである。
彼、ガルフォードは狼人族とドワーフの混血という珍しい種族だ。肩から腕にかけて狼人族特有の体毛に覆われ、耳の位置には獣の耳。そして腰から立派な尻尾が生えている。そしてドワーフの特色なのか、身長は低いが全身の筋肉が異様に発達している。
狼人族は四柱の一人、ヴォルフがこの種族にあたるが、俊敏性の高さと嗅覚聴覚と言った視覚以外の五感も他種より優れ、斥候や哨戒に重宝する種族であり、先代の魔王の軍門に下った種族の一つでもある。
そしてドワーフという種族は巨人種と遠い親戚と言われ、その発達した筋肉で身の丈以上の槌や斧を振り回すのに長けている。それと共に手先の器用さも相まり、鍛冶には種族相伝の術が伝わる程の職人の血筋を持つ種でもある。
そのドワーフという種族は人間族側に味方をしている種族だ。
純血のドワーフが捕虜になった場合、彼らにしか作れない精巧な鎧が造れる為に奴隷と比べればかなりマシな処遇が受けられる。
もちろん、あくまでも捕虜の場合であり、軍の為にその腕を振るう者に限られる。
それでも“マシ”な待遇でしかなく、捕虜の者たちには一般の家を持ち、人並みの生活や、ましてや鍛治の工房を個人でもつなどはまず出来ない。
魔族領側と人間属領側もの混血であるガルフォードは難しい立場ではあるのだが、長くこの血で生きているのもあり、周りからも信頼されていた。
そんな彼の下、ガルフォードの弟子という名目の捕虜達は、一定量の装備納品と装備整備を定期的に納品する事を条件に共同の大工房が与えられ、例外的にその恩恵と共に優遇されていると言える。
「まあ…それで用件だが、前に仕立てて貰った憲兵鎧の兜を壊されてしまってな…仕事合間に新しいものを用意してもらいたいんだ」
「壊された…ですか。恐れ入りますが兜の方はどうされましたか?」
怪訝な表情を浮かべるガルフォードに、魔王はひしゃげ砕けた兜を見せる。
「…これはこれは…ここまでの損害となれば確かに作り直した方がよいですね。…勇者とでも一戦を構えましたかな?」
「いやいや。人間の奴隷だか研究体だかに殴られたんだよ。首から上が吹き飛んじまったよ」
縮れた長い顎髭を触りながら唸るガルフォード。
「それ程の人間族が勇者以外にいるとはにわかには信じられませんな。この兜の壊され方。ドワーフが戦鎚で打ち付けようともこうはなりますまい。余程の人間であったのでしょう」
「オヤジはその勇者とか言うのに会ったことがあるのか?」
「いえ、狼人族の父が同じ戦場にいた事があったと話してくださいました。なんでも石ころの投擲だけでも魔鉄の鎧を貫くほどの膂力を持った存在だったとか。この兜は魔鋼鉄…魔鉄を更に鍛え上げたモノですので素手で殴り壊したとなれば勇者程の存在に近いのかも知れませんな」
魔鋼鉄は雑兵のつけるそれとは全く違う。
斬撃、殴打、魔術攻撃。物理的干渉をする攻撃はもちろん、精神攻撃などにも抵抗する事ができる魔力が織り込まれた最高位の装備だ。
その上で、能力を強化する事ができる付与魔術と呪いに類する付与呪法を重ね合わせた一品だった。
だが、先の一戦によりその魔力そのものがちぎり壊されていた。
その様な力技は魔王自身もできない芸当だった。
「そんなバケモンがいる戦場でオヤジのオヤジさん…?はよく生き残れたな…」
「はて、確かに。片手で数えられる程度しか生き残りは居なかったと話していましたので、運が良かったのでしょう」
ひしゃげた兜を撫でながら懐かしそうに話すガルフォードの表情は穏やかだった。
その表情は魔王の心の中に何故かトゲが刺さった様な感覚を覚えた。
「…オヤジのオヤジさん…ってなんだか言いづらいな。名前はなんて言うんだ?」
「父の名はガルムです。魔王様にわざわざ覚えて頂くほどの戦士でもありませんでしたがね」
「ガルム、か。せっかくだから覚えておくさ。オヤジは尊敬していたんだろ?誇りこそすれ、謙遜するところじゃ無い」
「…そう…ですな。失礼いたしました。覚えていただけると父も報われるでしょうな」
そう言って頭を伏せ礼をするガルフォード。
その肩は震えていた。
「あー。話が逸れたな。兜は出来たら手紙を送ってくれ。また来るから。頼んだぜ」
「はい、かしこまりました。すぐに取り掛かります」
そんな急がなくてもいいぞ、と魔王は声はかけるものの、毎度直ぐに仕上げてくるのもわかっていた。
しかも「魔王様に来ていただく訳にいきませんよ」などと言いながら、毎回自ら届けに来るのだ。
それも魔王の兜はお忍びの為に使用することも分かっている為、他の憲兵鎧の納期を大幅に繰り上げて併せて納品する事でベルの眼を誤魔化していた。
魔王にとっては、頑固者の多い鍛治師の中で融通が効き、腕も良い相手としてとてもありがたがっているが、その当人が向けてくる純粋な敬意に対して理由はわかっていない。
(毎回納品するときに付けてるお酒が効いてるのかもな。ドワーフは酒好きが多いと聞くし)
なおそのお酒もベルが隠れて管理している酒蔵から勝手に持ち出している物である。
酒蔵と言うには規模が大きい為バレてはいなかろう、と魔王は考えている。
また無理するだろうし、少し多めに渡してやろうかな、などとベルが聞いたら激怒必至な事を考えながら魔王は城への帰路についた。
* * *
魔王の去った後、鍛冶屋からは一際大きい槌打ちの音が鳴り響き始めた。
先ほどよりもより一層の速さと大きさを持った音を響かせていた。
それでいて速さで雑な仕事はできない、と気合を入れるガルフォード。
「おや。何かあったのかい、アンタ」
恰幅の良い犬人族の女性が鍛冶場に入ってくる。
ガルフォードはその声にムッとした表情を浮かべ、文句の一つでも言ってやろうかと考えたところで
彼の背中に小さい子供が大量になだれ込んで来る。
「パパー!いいことあったー?」
「どうしたのパパー?」
気合を入れた矢先に出鼻を挫かれた苛立ちも、現金なもので愛子達に囲まれ霧散してしまう。
「おいおい、なんだ仕事中に〜危ないだろ〜?火仕事してたりしたらあっついんだぞ〜?」
「ちゃんと火を使ってないの見たからのったもん!」
「姉ちゃんが乗ったから大丈夫だと思った!」
やいのやいのと総勢6人の子供たちがガルフォードの背で騒ぎ立てている。
混血のガルフォードと犬人族の血。兄弟でありながら血の現れ方は様々な子供たちである。
その子供たちを一度に抱え上げながら恰幅の良い女…妻のマルクードに向き直る。
「まったく、仕事の時には連れてくるなと言っているだろう」
「何言ってんだい。今日の昼飯は家族で食うかーって約束したのはアンタの方だろう?」
口では不平を漏らしながらも愛子に囲まれて頬を緩ませているガルフォードにマルクードは呆れた様に呟いた。
日は頂点に達していたため、飯時であった。
「ああ、もう飯時だったのか。ちょうど今さっき魔王様がいらっしゃってな。ちょうど入れ違いだったな」
「父ちゃん、魔王様と会ったの!?いいなあ!」
「ボクも会いたかったなあー」
「皆んなが良い子にしていたら、いつかパパから会える様に話してみてあげようなー」
魔王が来た、という言葉に子供達は更に盛り上がっている。
今代の魔王の話はガルフォードが日頃からしているため、子供達には先代の悪評が根付いていないのもあるが、『有名な偉い人とパパは知り合い』程度の印象でもある。
「魔王様が来てたのかい。どおりで飯時なのに頑張ってたわけだ。また変な仕事頼まれたのかい?」
「変なとはなんだ、光栄じゃないか。魔王様のおかげで生活できてるんだ」
「でもアンタ、魔王様が来た時はいつも無理して納期早くしちゃうじゃないかい。そのうちぶっ倒れるよ」
こんなもんで倒れてたまるもんかい、と鼻で笑いながらガルフォードは外へ出る。
「約束は約束だからな。みんな一緒にお外でお弁当食べるか!」
子供達の歓喜の声に笑いながら魔王の城を眺める。
(この生活は魔王様のおかげで出来ている。妻と子供とこうして笑いながら過ごせる様になるなんてな)
ガルフォードは混血だ。
それも人間族に肩入れをしているドワーフと、魔族の軍門に下っている狼人族との相性はどちらの種族にとっても最悪だった。
元々は人間領での迫害から逃げる様な形で魔族領にやって来た彼は、妻子を得たが魔族側から間者と疑われ、一時は通常の捕虜以下の扱いを受けていた。
だが偶然若魔王様と出会い、身の潔白を証明し専用の大工房を用意してもらうことが出来た。
父から聞いていた魔王様の印象からはかけ離れていたが、会ったことのない先代魔王の風評などよりも、若魔王様への恩義に尽くしたいと考えていた。
きっとこの忠誠心は父の狼人族としての血も濃く出ていることだろう。
だが、日に日に自分の背中に乗り切らなくなっていく愛子達の成長を感じるたびに思う。
若魔王様には我々にとっての勇しき者として導いてくれる気がしている。
そしてその導きには、我が子達の屍の上の路ではない、違った路が開かれる予感がある。
どうか、我々を導いてくださいませ、魔王様。
今代の魔王の、数少ない理解者は今日もその小さな平和を甘受する。
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