第4話 魔王晩餐会後

「いやぁ、どの様な会になるのか不安ではありましたが、陛下は寛容な方でしたね」

「だから言ったろうが。陛下なら大丈夫だって」

「それでも、粗相がない様にある程度知性がある奴で、信頼できる面子揃えたんだろ?この顔ぶれ見たらわかるぜ」

「殺されないからと無礼を働いていいわけではなイ。今の我々の王ダ」


 つつがなく、魔王の晩餐会が終わり、解散となった。


 兵舎への道すがら、軍人達は感想を思い思いに言い合っていた。


 ヴォルフによって集められたのは、率いる軍の中でも在中していた兵士の中から上位の十数名だった。


 魔王からしてみるとその細かい階級やレベルと言ったものの意味は理解できていなかったが、軍内部での幹部クラス達、程度の認識でいた。


 その中にはポワンの姿もあり、どうやらヴォルフの次点にあたる存在だったようだ。


 魔王はあの場で街の復興を手伝った兵士達を呼んでこい程度の意味合いだったのだが、階級などで気を遣った結果、ポワンとヴォルフ以外初めて会うこととなった。


 この十数年は魔王がほぼほぼ軟禁に近い城暮らしだったため、この会食は事実上の現魔王のお披露目会になる――――



 その事実に、この幹部達は先代魔王のことを知っている者も多かった為、この集まりに対してヴォルフからの集合要請があった際にはパニックにもなりかけていた。先代魔王のお披露目会の際には礼式の知らない者は全て粛清された事に、関係がないとは言えないだろう。


 なお、このパニックには四柱の一人のヴォルフ、《精神掌握》の異名を持つポワンの二人の存在のお陰で鎮まった。……ポワンの精神鎮静魔術のおかげでもあるが。


 そして、いざ食事会が始まるという時に魔王の手作りであると知らされ――ヴォルフが伝えていなかった――また騒然となりかけた一幕もあった。


「にしても、珍しい料理であった。初めて食したが、とても美味であったな!」

「確かに、城内で食べるには珍しいか。南方の種族が似たモノを食べていたぞ。長らくその辺りで過ごしていたこともあったから懐かしく感じたよ。その時と比べればかなりマイルドではあったがね」

「マジか?アレでマイルドなのか。俺様にしたらあのシュリンプの赤い煮物?は辛過ぎたぞ。俺はあの柔らかいパンの中に肉が入ったのが好きだ」


 巨人族一人と狼人族の二人は料理についての感想を言い合う。


 城内での料理は基本的に味付けは塩か胡椒を用いた物が多く、魔王が使った花椒や唐辛子など辛味はあまり一般的では無かった。


 だが、一つが苦手でも他の料理には別の香味が付けられており、この場にいる、狼人族、魚人族、巨人族の三種族の味覚の差異に対して気を遣った調理だった。


「我にとってはもう少し刺激があっても良かったくらいであったな。だが食べる側への配慮として控えめにしていたのかもしれぬな。狼人族は我らと比べて舌が鋭敏すぎる故」

「俺様はアレを陛下が作ったと言うのが驚きだね。先代魔王様だったらワタシの用意したものを食えぬのかー!と言いながら激辛珍味出してきてもおかしくないぞ」

「流石にその表現は馬鹿にしすぎだろう。崇拝者に聞かれたら殺されるぞ。とはいえ陛下が下々の俺たちに気を遣うのは流石にどうかとは思ったが」

「だが俺様は今の陛下に魔王でいて欲しいな!」

「それは我もである。かの実験場も陛下が廃止にしたと言う。あそこには捕虜とはいえ同胞も数多く居た。それを救ってくださった陛下に感謝しているからな」


 魔王としてはあくまでも不快であったから実験場を廃止し、憂さ晴らしで作った料理を処理させた程度の認識であったが、意図せず魔王への兵士達の評価は高く、親近感をもたらしていた。


 ちなみに、魔王自身も作り過ぎたかと思った量をこの面々は平らげたどころか足りなさそうだったために追加で作って来る状態であった。普段食べる相手も少食なため、完食してもらった事に魔王はとても喜んでいたりする。


「……実際、本当なのか?実験場を廃止したってのは。」

「まあ、廃止と言うより停止だがな。あの拷問空間を停止したとはいえ、実験場としての本来の実験は今も行われているだろうよ」

「……であるな。あの施設そのものの廃止をするには陛下の勅命だけでは難しい所はあろう。……我としては、あの施設そのものを無くしてしまった方が国の為にも思うが」


 そんな話をしている3人に対して、離れて前を歩く一人の狼人、ヴォルフは静かに聴いていた。


 その眼は鋭く、険しかった。


(どうしますかね、魔王様は)



 夕陽が沈み、夜が深まる。


 二つの半月が空に泳ぐ。



 満ちる日は近い。



 ◇ ◇ ◇



 魔王城――――寝室


 ストレスの発散を料理にぶつけ、食事会が概ね高評価であったことに満足した魔王は巨大なベッドに埋れながら食べている配下達の顔を浮かべていた。


 いつも作っても無表情で食べているベルと比べ、反応が有るのはとても新鮮であり、喜ばしく感じていた。

 

(えーっと、狼人族のヴォルフ、ジーク、ライラに、巨人族のカーン、ガング…に、魚人族のポワン、ハプーン、ピポルカ…の他の名前は思い出せねぇな…そのうちにでもまた聞こう)


 在中の軍の中ではそれなりに武勲を積んでいた者たちと聞いていた者達なので、覚えられる限りは覚えようとしている魔王。


 だが、魔族の見分けはついても他族は中々見分けがつかない。ヴォルフなどは顔に無数の傷が残っている為まだわかるが、同じ狼人族の中から探せ、と言われると一苦労しそうである。


(まあ面白い奴らだったし、時々こうして飯を喰うくらいはしたいな)


 美味そうに食べていたのを思い出し、ニヤけている魔王。



「なにをニヤついているんですか、魔王様。気持ち悪いですよ」

「うぉっ!?」


 ノックも無く静かにドアを開け、ティーカートに紅茶と精油、勉強道具を運んできたメイドが入ってきた。


 素っ頓狂な声を上げながらベッドから飛び退く魔王。


 そこにいたのは背中から蜘蛛の脚を生やした――蜘蛛人アラクネ族――メイド服の女がいた。


「……アイリか。毎度の事ながら仮にも魔王にもその態度っておかしくねえ?処すよ?」

「毎度の事ながら同じ定型句、芸がないですよ魔王様。それはそれとして今日はどちらにいらっしゃったのですか?」

「うっ」


 蜘蛛人族の女、アイリは城内のメイド長であり、ベル指名の魔王専属お目付役である。


「今日のお昼過ぎ、城下町にて騒ぎがあったとか。そしてそれを魔王様が鎮圧された、との報告がありました」


 外堀が埋められている、と冷や汗をかく。アイリが『魔王様』呼びをする時は決まって小言を言う時なのだ。こう言うところはベルに似ていて嫌だなーなどと魔王が考えていると


「聞いていますか?ま、お、う、さ、ま?」

「あ、ああ、聞いているとも。ちょっと歩いていたら人間が暴れててな!取り押さえたんだよ!」

「それだけですか?」

「ん?ああ、町で起きた騒ぎはそれだけだぞ?その後ちょっと実験場の方を見に行ったくらいか」


 その話を聞き、目を細めるアイリ。


「入ったのですか?」

「いや、なんか魔術で見せてもらった。そんであそこの閉鎖を命じた」

「魔王様……ベル様に通さなくとも良かったのですか?あの場所に関しては、遠い昔の魔王様方から受け継がれた研究もありますので」

「研究の方は見てないが、閉鎖させたのはあの悪趣味な拷問空間だ。その大層な研究の方は知らんが、あの空間はただただ不快だ。理由も知りたくも無い。ベルに何か言われても絶対に閉鎖させる」


 そんな頑なな態度を見せられ、アイリはため息を溢す。


「陛下のご決定とあれば仕方がありませんね。一介のメイド風情が出過ぎた真似をしました」

「だからと言って突然畏まった言葉を使って逆に嫌味を言うのはやめろよ。その堅苦しいの苦手なんだよ」

「おや、今代の魔王としての自覚が芽生えたのかと思いましたが?」

「バカ言え、先代の魔王と何かと比べられるがオレはオレだ。俺の好きなようにするだけだ」

「でしたら『好きなようにする為』のお勉強のお時間ですよ。昼間遊んでいた分、本日分は終わるまで寝かせませんよ」


 げぇーっと魔王の嫌そうな顔には目も向けず、書物をだす。


「オレでも魔術は使えるようになんのかね」

「もちろんですよ。その為の勉強ですから」


 ため息を吐きながらも昼間にポワンが見せた魔術を思い出し、心の奥では静かにやる気を出す魔王。


 集中力を高めるらしい甘い香りを出す精油壺に火を灯しながら、アイリはぼやく。


「本来、転生されてすぐ目覚めていただけてれば今頃には超級魔術まで使えていたんでしょうけどね」

「しょうがねーだろ。赤ちゃんなんだから」


 転生は100年前でも目覚めたのはほんの3年前だ。

 文字や言語は不思議とすんなり見についたが、歴史や算学といった部分が苦手で後回しにしていた。

 初代魔王から先代魔王までの長ったらしい歴史を聞くのにうんざりしていたのが大きいが。


「今日の内容さえしっかり覚えていただければ魔術の基礎に移っても良い段階ですので、頑張って下さいね」

「……それなら、頑張ってやらんでも無い」


 アイリの苦笑いから退屈な勉強会が開始された。


 ――ちなみに勉強会はみっちり朝日が昇るまで続けられ、覚えられるものも覚えられなかった。

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