第2話 魔王、城下町へ散策に向かう。

 魔王として目覚めてから五年。

 なんでも百年とちょっと前からオレは魔王として転生していたしていたらしいが、目を覚ましたのはほんの数年前ということだ。


 見たこともない「人間」を滅ぼす使命だの「王」としての責務だの、ベルからは口酸っぱく言われ続けてはいるが正直ピンと来てはいない。

 オレには確かに力がある。同族でさえ指先ひとつ触れれば消し飛ばせる程の力。

 だがソレをオレは力だとは思ってはいない。

 この力は同族にすら恐れられ、結界の外に出る事もできない。


 オレにとっては――――呪いでしかない。



 *           *            *



 今日は天気が良い。

 オレにとって一番の楽しみである「城下町散策」はお目付け役(ベル)が居ると困る。長期遠征さまさまだ。このままずっと帰ってこないでほしい。うるさいし。


 オレはいつも身につけている魔王としての黒い鎧を着替え、憲兵の装いに着替える。

 一度だけいつもの魔王の鎧のまま城下町に出て行ったが、通る度にひれ伏されるのは正直居心地が悪かった。


 それからはずっと憲兵の鎧で誤魔化している。時折厄介事には巻き込まれるが、背に腹は変えられない。震えながらひれ伏されるより全然マシだからな。


「今回は…北区画の方だったな。」

 隙を見て何度も抜け出してはいるが、未だ城下町全体を見たわけじゃない。王城を丸く囲むように都市が広がっており、その外周を巨大な城壁で囲んでいるらしい。


 らしい、というのはオレを閉じ込めている結界は城下町全体を囲んでいるわけではないのでその城壁まで見に行けないのだ。ともあれ、南側の城門から結界に沿って少しずつ時計回りに散策をしてきたオレは半分まで到達したわけだ。


 前回見回った道を思い出しつつある程度の賑わいがある路地を歩く。あまりにも人通りの少ない所を歩けば憲兵の格好をしているというだけで襲われる事もある。憲兵が何をしたと言うんだ。


 襲われたといっても鎧を多少凹ませるのが関の山で、特に大事にはなったことはない。身を明かすワケにもいかず、ベルにバレると困るので大事にしないように心がけただけだが。


「あー、そこの憲兵さん!よかったら一杯くらいどうだい!」

「いやいや、こっちの店でどうだい憲兵さん!安くするぜ!」


 以前の出来事を思い出しながら歩いていると、気づけばまだ来たことの無い繁華街だった。そこまで広くもない道の両端に小さな店が並び、店からせり出す形で日除けを出し、机や椅子が店ごとに並べられている。繁華街というよりは飲み屋街という感じか。


 大抵こういう場所は日が沈みかけてから賑わうものだが、日が真上を通る時間にも拘わらず賑わっていた。


 見渡せば非番なのかサボりなのか同じような憲兵の姿をしたモノたちがちらほらと酒を飲んでいた。非番でわざわざ酒を飲む時に鎧は着ないだろう。昼間から堂々とサボりか。


「兵士が仕事中に酒飲むのはどうなんだ?」と話しかけてみたが

「バッカ、オメー新入りか?何も問題が起きてねー時に酒飲むのくらい自由にさせてくれよ!」

「遠征帰りの息抜きくらい許してくレ」


 などと飲んでいた狼人ワーウルフの憲兵と魚人インスマスの憲兵に若干呂律が回らない舌で言われた。まあ確かに騒ぎがあったら魔術で酔いでも覚ませばいいだけだしな。魔術は万能だ。


 それを聞いて納得をしたオレは立ち去ろうとするが、声をかけた酔っ払い憲兵に呼び止められる。


「オイ新入り、奢ってやるから一緒に付き合えよ。酒の飲み方から上手いサボり方まで教えてやるからよ!」


 やっぱりサボってんじゃねーかオマエ。とはいえこう言うヤツに話を聞くのがこれまでの経験的に勉強になるんだよな。ただ酔っ払いはめんどくさい……どうするかな……。


 などと考えている間に狼人憲兵と一緒に飲んでいた別の魚人憲兵がオレの分のエールを既に頼んでいた。……まあ少しくらいいいか。酒も好きな方だ。


「兜くらい外して飲めばいいのによ。真面目ちゃんかオメー」

「まあ、一応は仕事中だからな。それに角が邪魔で外しにくい」


 兜外すと顔がバレるから困るんだよ。


「確かに魔王様に似た立派な角だな!鎧の下はこんなかもしれねーけどな!」


 指で豆粒程度のサイズを作りながらバカ笑いする酔っ払い。割と示威行為として兜の角を大きめに仕立てたりする事は多いらしい。オレ―――魔王の角に寄せた作りにするのも流行りらしい。それだと思われたか。


「この辺りではあまり見ない形ダ。別の区画の奴カ?」


 魚人族の方が聞いてきた。見ればこっちは余り酔ってないようだ。エールの香りを楽しむようにゆっくり飲んでいる。


「そうだな、城内の担当だ」


 オレのここ数回の散策の中で決めた設定だ。嘘はついてないし。以前所属なども知らない頃に追い掛け回された時は本当に大変だった。


「あぁ。てぇことは魔王様直属の兵か。そりゃ確かにお堅くもなるわな。俺はあんなトコで働きたくねぇから羨ましいとは思わんが」

「ワタシもダ。命がいくらあっても足りないと聞ク」

「皆そう言うが言うほど危険でもないんだがな」


 運ばれてきたばかりのビールはよく冷えており、勢いよく呑むと喉に沁みる。魔王直属兵だとかは数人いるが、オレは基本的にそこまで理不尽なことをしていないつもりなのだが。


「どーだかなぁ……、なら王城勤務に新入りってのは失礼だったか?」

「一応は5……いや6年目だからな。どこからが新入りじゃなくなるのかはわからん」

「ちげえねえな!50年も1年も100年未満は全部新入りみてーなモンだからな!」


 バカ笑いしながらビールを流し込む狼人。100年以上前から兵士をしているのか。魔族以外の種族の年齢はつかみにくくてこまる。


「あの時の魔王様が居た戦争はすごかったからナ。あれを知らない奴は新入りみたいなモノダ」

「まあアレを戦争と言っていいのかわかんねーけどな。ありゃ虐殺に近い」


 そう言うと兵士の二人は突然凍った水のように顔を強ばらせた。その二人の顔を見て、聞いていいものか迷ったがそのまま聞く。


「確かにオレは当時を知らないんだが、そんなに酷かったのか?」

「ああ……魔王様の力は強大だったが……いや、強大すぎた。敵味方関係なく爆裂し、辛うじて生き残った味方も魔王様自ら修復させ、また渦中に飛び込ませ、また敵味方関係なく燃やし尽くす。敵にとっても恐ろしいだろうが、味方にとっても恐ろしいモノだった。」

「降伏した人間に寄生型の魔物を潜ませて村に戻す、なんて陰湿な方法もしていたナ。魔王様にとっては悲鳴は敵味方問わず、讃美歌にでも聞こえていたんじゃないカ。」

「うへぇ……」


 正直ドン引きだ。敵味方問わずに吹き飛ばす所業もそうだが、ベルの語る先代魔王の武勇伝を幾度となく聞かされていたオレには、皆ベル程じゃないにしろ尊敬していると思っていたのだが……


 聞く限り酷い恐怖支配をしていた事実に、だ。喜々として語っていたベルはドMの変態か何かなんだろうか。……思えばあの先代魔王を語る目は危なかった、真正のドMかもしれない。今後アイツを見る目が変わりそうだ。


「魔王様の逸話に関しては上げるとキリがないガ……勇者が来て結果的に平和になったのは皮肉な話ダ」


 勇者?その話は初耳だが……先代魔王を討伐した人間が勇者と呼ばれているということか。


「その勇者って何者なんだ?」

「人間族の中で極稀に生まれる特異体質の者を指ス。何度か目にしたが魔王様に劣らない凄まじい能力を持っていタ。」


 劣らないというより実際勝っていたから先代魔王は負けたんだろうけどな……。


「なんで魔王……様は負けたんだ?護衛とかも居ただろうに」

「一人で暗殺しにきたらしい。勇者が単独で王城に乗り込み、護衛や幹部達を一掃した上で魔王様と刃を交わせたと聞いていル」

「まさか強いとはいえ人間が単独で来るとは思わねーからな……。しかも勇者も勇者で通りがかった村や街の兵士も村人も見境なく全て血も肉片も残らないレベルで殺し回っていたらしい」


 勇者も中々エグいヤツだな……。だがそういう話はベルとかからも聞かなかったし、これまであまり聞かなかったな。


「それくらいぶっ飛んでいたから先代の魔王様は討たれたってことか」

「いや?まさか。魔王様が討たれるハズないだロ。今も昔も魔王様は同じじゃないのカ?」

「……俺は魔王様は勇者と戦い、弱体化なされてからは裏方に徹していると聞いているぞ」


 情報が錯綜してるようだ。討たれたの自体100年も前の話だしな。勇者の逸話も噂半分だと思っておいた方がいいのかもしれない。


「おれは百余年前に討たれて転生された……と城内で話しているんだがな……」

「…………」


 酔いが若干醒めたのか、狼人の憲兵は急に真面目な顔をして黙っている。魚人の憲兵は「そうなのカ?」と怪訝な表情を浮かべている。


「城内勤務と言っていたが、魔王様の出立で暇になったのカ?」

「正確にはベルが……ゴホン!……ベル様が出立されただけだけどな。前より暇になったのは確かだが。それに、魔王様は結界のせいで城外に出れないからずっと場内にいるぞ?」


 ベルを呼び捨てにするところだったがどうにか誤魔化した……つもりだが、二人はこちらを見て少し呆けた顔をする。早口になりすぎて怪しまれただろうか。


「……なんだ?変なことを言ったか?」

「……あー、いや。……いや、お前真面目ぶってたクセに暇だからサボリにこっちの区画に来たってことなんだろ?」

「あーーー。……確かに、そうなるな」


 バツが悪い。つい口を滑らせてしまった。


「城内勤務から羽を伸ばしたかったんダロ?じゃなきゃ態々この辺りの飲み屋街歩いたりしないゾ」

「なんでえ、外に出てみたら同じ兵士が昼間から酒飲んでるの見て妬んだなさては!」

「妬むなんて人聞きの悪いこと言わないでほしいが……とはいえオレもサボりの仲間入りしてしまったワケだ」


 誤魔化す様に半分ほどジョッキに残っていたビールを一気に飲み干す。そんな様子に狼人族と魚人族は目を見合わせてから口火を切ったように笑い出す。


「良い飲みっぷりじゃねえか!辛気臭ぇ話なんざ酒の場でする事でもねえしな!オヤジ!おかわ―――」


『実験体が脱走したぞおおおおおおお!!』


 狼人の声は警笛とこの叫び声によって掻き消える。

 この叫びを聞いたヴォルフ達は一瞬で装備を持ち、周辺の店に警告をうながし、それを聞いた店主は大慌てで日除けを巻き上げ、机をしまい始めていた。


「いくゾ!」

「おうよ!……オメーもついてくるよな?」


 一気に切り替えて得物を手にした二人に若干気圧されるが、それも一瞬。


「ああ、サボりだけじゃなく仕事もきちんと見せてくれよ!先輩?」

「ケッ、減らず口叩きやがる!」


 先輩、の言い方をわざといやらしく言ってからかうと狼人は心底愉快そうに笑う。思えばこの二人の名前聞いてなかったな。後で聞くか。


 そんな彼らの駆ける方へ付いていく。この二人、身体能力が高いのか足が速い。100年以上兵士をしている事はある、という事か。自分自身の身体の限界は知らないが、オレの身体能力でいえば魔族軍全般の中では素の身体能力は相当高いはずだ。そんなオレが割と真面目に本気を出さなければおいてかれる所だった。


「…………。」


 狼人がオレが付いて来れるのを見て微かに笑っている。更に速度を上げる気なのか、狼人は姿勢を沈ませた、が


「いたゾ!あいつダ!」


 魚人の声。その声に釣られ、速度を緩ませて前方を見ると『実験体』がいた。黄色……いや、金の髪に白い肌。服というにはあまりに簡素な麻布を纏った、二足歩行の生物だった。オレたちの様な魔族や獣人、魚人などとは違う見た目。


 見るのは初めてだが、多分――――

「ちっ、よりにもよって人間の実験体か!」


 悪態をつく狼人。話には聞いていたが人間を初めて見た。だが、見た目はベルに近いか……?オレの様な角も無ければ、狼人族や魚人族のような毛も鱗も無い。だがその肌感はどことなく魔族と通じるモノがある。


 そして何より、魔力。目視できる程に強大な魔力があの人間の内側から溢れ出ている。一体アレでなんの実験をしていたのか。


「――――■■■■■■■!!!」


 目は血走り、理性ある者の目ではなく完全に獣のソレだった。咆哮にも似た叫びには何を言っているか分からないが、何かを伝えようとしている。人間の言語だろうか。


「ふっ!」


 一度沈めた体勢からそのまま瞬間的に加速した狼人。加速を利用し、人間へ脳天直下のかかと落とし。速度もあいまったこの一撃の威力はすさまじく、土埃が爆発の様に巻き上がり、地面に亀裂を作る。


「■■■■■■■■!!!!」

「ッ!!?」


 だが、その巻き上がる土埃を引き裂くような風圧と共に人間は狼人へ反撃を試みる。対して狼人は凄まじい蹴りを放った直後。身体は宙に残したまま、身体は天地逆転した状態。


「クソがッ!」


 為すすべなく反撃を食らうかに見えたが、いつの間にか背に携えていた得物――身を隠すほどの大剣――を突き出して防御姿勢。


 人間の掌底が耳を劈くほどの甲高い音と共に撃ち込まれる。人間の撃ち込まれた掌底も先ほどの狼人の放った蹴りと同等かそれ以上の威力。


 狼人は防御こそとれたものの、受けた場所は宙。持ちこたえる事が出来ず吹き飛ばされる。延長線上にあった建物を貫通させ、3軒目に衝突したところで止まる。


「ヴォルフ!!!」


 魚人が叫ぶが、それに反応したのはヴォルフと呼ばれた狼人ではなく、人間の方であった。すさまじい加速度を以って魚人とオレの方へ接近する。


 魚人の己の叫びと共に生じた隙。相手の掌底が魚人へ迫る瞬間、すさまじく周囲がゆっくりに感じられた。


 自分の思考とは別にオレの体の反射だけが発生する。オレの手は魚人の襟首の鎧を掴み、膝を蹴手繰る。


 咄嗟の行動で魚人は体勢を崩し、攻撃を回避できた。だが咄嗟に魚人を庇ったオレは無防備になり、顔面でその掌底を受ける。


 不快な金属音と回る視界。

 そして何か硬いものにぶつかる音と共に世界の時は正常に動き出す。


 オレの眼に映ったのは――――


 倒れ伏す魚人、掌を振りぬいた人間、そして


 ――――首が失われたオレの鎧だった。

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