第1話 働かない魔王
この世界では数千年にも及ぶ人間と魔族による争いが続いていた。
両者の力は拮抗していたが魔族の王―――魔王が前線に現れてから人間側は劣勢に立たされた。
魔王は人の血肉と絶望を何よりも好み、その強大な
――――――そして百年前に一人の勇者が生まれた。
勇者は人の身で唯一生まれ持つ、魔族に対抗しうる力を宿し、人間の希望として人々を導き、その身を犠牲にして魔王を倒したのだ。
その際に魔王の居た城は強力な結界により封印されることとなった。
しかし、新たな魔王が誕生し、現在も魔王の城の内部で魔族の指揮を執り、世界を滅ぼす算段をしていると人間の間では今なお囁かれていた。
だが、その実情は――――
「お~いベルー、暇だー、暇すぎて死ぬわー。この鎧脱いでゴロゴロしててぇよ~」
「だらしないことを仰らないでください、魔王様。」
ベルと呼ばれた者は魔王の先代の魔王から仕える側近であり、人間に対しての知名度こそ無いがその指揮力は魔王にも匹敵する器を持つ……と魔族の間では噂されている。その姿は華奢な身体に纏う燕尾服とその片側を覆う外套、そして黒い髪。黒で彩られた執事といった風貌である。
魔王と呼ばれた者はその名の如く魔族の王、次代の魔王として誕生した極悪非道の権化とも称される魔王である。大柄なその全身を黒い外套と鎧で包み、銀髪が強調される。その頭には黒い二本の角が生えており、見た目こそ魔王の風体である。
だがその魔王本人は玉座で胡坐をかきながら気だるそうにあくびをかいていた。伝記とは兎角独り歩きしやすいものだった。
「魔王さまは暇でも私は暇ではありません。どこかの魔王様が働かないおかげで毎日仕事に追われているのですよ。そんなに暇ならお仕事しますか?」
「いや~有能な部下を持つと楽だわー」
「そのまま寝首を掻かれても文句は言えませんね」
ベルは溜息を零しながら呆れた顔で呟く。それを見た魔王は抗議をするように
「そうは言ってもこんな城の中じゃ何をすりゃ良いのかわかんねぇし、敵の人間の事もなーんもわかんねぇし、数字だのも良くわかんねぇし。転生してから色々勉強はかなりさせられてるんだけどな~。わかんねぇ尽しだよ」
「魔王さまがお目覚めになられてから既に五年。その間に魔王様が出来るようになったことが何もないのは如何なものでしょうか」
「オレだって家事に洗濯、料理と出来ることは多いぞ。今日は久しぶりにオレがメシ作ってやろうか?」
明らかに魔王らしからぬ生活力を自慢する魔王に対してベルは更に呆れ顔を深める。
「どこの世界に家事で人間を恐怖に陥れられる魔王がいるんですか」
「言っておくが料理で毒殺なんて美学に反する事はオレには出来ないぞ」
「何故家事の範疇で話を進めようとするのですか!人間たちを恐怖に陥れているのは主に私ではありませんか。魔王様が職務放棄した分、私が先代様の意思を引き継いで人間世界へ侵攻の指揮を行っているのですよ!」
百年前に作られた結界によって魔王は城から出ることが出来なくなってしまっていた。
だがその対象は魔王に限られたモノであり、配下の魔族達は行き来することが出来る。
なので、対外的には『魔王が魔族を指揮して人間に対して侵攻している』事になるが、その実、ベルが総指揮官として先導していた。
「この先封印を解く方法が分かった時の為に、広域殲滅魔術の一つでも覚えて街の一つや二つ消し飛ばす事が出来るくらいの芸当を学ぶべきです。先代様はお一人で人間の大国を圧倒的な力で吹き飛ばし、時にはじわじわと苦しむ様に彼らの飲み水に、食料に、空気に毒を―――」
(あー……また始まっちまった……)
ベルが叱責を咎める勢いで先代の魔王の話に花を咲かせてしまった。先代の魔王がどういう人物だったかという幾度となく武勇伝を聞かされ続け魔王当人はうんざりしていたのだった。
ベルはまるで自分の武勇伝を語るかのように饒舌に話を続ける為、魔王が聞いているかなどとは無関係に話し続ける。こうなっては中々止まらない。
「まおうさま~~!!」
援軍……もとい、一匹の
「どうした突然、そんなに急いで」
魔王はノックなども無しに飛び込んできた妖精に対して率直に問うが、ベルは話を遮られた事もあってか魔王への非礼に露骨に不快を露にする。
「魔王様の御前で無礼であるぞ。この場でその口が二度と聞けぬようにしてくれようか」
「まてまてまて!それだけ急ぎの報告だったのかもしれないだろ落ち着け!」
止めなければ本当に殺しかねない程の殺気を放ったベルに対して魔王は焦って諫める。
元より魔王自身はその程度の事で怒ることも無く、話の途中で入られただけで殺すのは余りにも理不尽だと同情した。
「も、もも申し訳ございません!非礼をお詫び申し上げます! ……べ、ベル様からご命令されていた準備が整いましたのでそのご報告に……伺った次第です」
「準備?」
震えながら恐縮した妖精の報告に対して魔王に思い当たる節がなかった。
「ああ……そうでした、そのご報告の為に私は来ていたのでした。私はこれよりスティーゼ帝国へ行って参ります」
スティーゼ帝国とは複数の王国を支配している人間側の最も大きい国である。魔王の城から決して近くはない場所への遠征という事になる。
「飛龍隊と共に行き、私は人間に扮して帝国の情報を手に入れ、今後の侵略に役立てようかと思っております」
「人間に扮する?すぐに魔族だとばれちまいそうだが……?」
魔王は結界の封印により人間の世界の事を知らない。それ故に魔王自身は人間という存在を聞くだけで過ごしており、見た目などの情報を何も知らなかった。
「幸か不幸か私は魔力がありませんので。私であれば人間に扮する事は可能です」
魔力(マナ)。空気中にも存在するが普段は目に見えず触れる事もできない。この魔力を介することで、炎や水などの四大元素を自在に操る事が可能になる。
人間と魔族を大きく二分する差として、人間は個体差はあれども魔力を体外で操作する事が出来る種族だが、魔族は
だがベルはその魔族の中で唯一の「魔力を持たざる魔族」である。
「魔力が無いのは解るけどよ……その、見た目だとかそういうのってどうなんだよ」
魔王もベルが魔力を持たないことは勿論知っていた。だが魔力を持たないだけであり魔族である以上身体的特徴に差が出るのではないか、と魔王は危惧していた。
「ご心配は無用ですよ、魔王様。私の姿は人間に近しい為特に怪しまれることはありません。それは既に実証済みです。」
「……これまでに経験があるような言い方だな」
「ええ。月に一回程度は視察に人間たちの村に行っておりますよ」
「初耳だよ……。まあそういう事なら止める理由もねぇけど。魔族だとバレて殺されんじゃねえぞ」
危険度はそこまで無いと安心したのか快諾する魔王。
「魔力が無くとも膂力で人間に負ける事はありえませんよ」
最後の心配もベルは一言で説き伏せる。
「それもそうだな。どの位で戻ってくるんだ?」
「状況にもよりますが、一か月ほどで帰って来る予定ではあります。私が戻るまでの間はヴォルフに全軍の指揮権を委任させていただきます」
ヴォルフ、魔族軍の幹部、四柱の一人の
「まあオレは誰が指揮でも構わないけどな。いつも通りオレは適当に過ごしてるしよ。折角遠征するなら何か面白そうな土産でも頼むよ」
何処までもやる気の無い魔王に改めて呆れた顔をするベル。
「ええ……畏まりました。でしたら楽しみにしていてください」
少し含みのある言い方をするベルに対して違和感を感じるが、特に追及する程でもないと考えた魔王。
そうして、ベルが率いる飛竜隊を見送り、魔王は独りごちる。
「さて、
魔王は、ベルが居ると遊びにも行けない城下町へと繰り出すことに決めた。
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