凱旋のプロローグ

浅井恭平

第0話 プロローグのプロローグ

 僕を助けてくれた村で唐突に起きた災禍。

 記憶を失い彷徨っていた自分に温かく手を差し伸べてくれた村、家、人。

 それらを突然に奪い去る魔族軍。


 平和に過ごしていた村が燃え尽きるのを眺め、その熱さに対して震えの止まらない手足が酷く冷たく感じられた。


 何人の命を刈り取ったのかも分からない程に紅く血塗られたゴブリンと眼が合い、その眼は新たな標的として歓喜の色を燈し、駆け込んでくる。

 その動作が酷くゆっくりと流れ、僕へ跳びかかり命を奪うまでが残酷なまでに永い時間にも感じられたのを覚えている。


 だが、そこからの一瞬は何が起きたのか理解ができなかった。


 僕を裂こうとしたナイフが届くことはなく、自分が恐怖のあまりに突き出した腕にはゴブリンの亡骸だけが残されていた。


 僕は触れるだけで悪しき魔の種族を屠れる力に目覚めたんだ。


 その日、この村を全滅から救った勇者として僕は旅に出る事にした。


 僕を、助けてくれた人を助けられなかった僕を、変えるために。



 そうした旅の中で同じ悲しみを味わった仲間と出会い、戦って、成長した。

 兄を失った憎しみを抱く魔術士の少女。

 魔王を討つ為に不老の身体を手に入れた老剣士。

 ただ自分を慕って付いてきてくれた剣闘士。


 残った仲間はもうこれだけだが、魔王のいる城まで僕たちは迫っていた。




        *      *    *





「ハァ……ハァ……ハァ……!」


 呼吸も鼓動も酷く耳障りに感じる。血が燃える様に熱い。視界も黒く掠れ歪む。

――――彼の姿は黒く硬く人からかけ離れている。


 だが、ここまで失ってきた命の為に、討たなければならない。魔王を。

――――彼の心は他人を言い訳にしなければ保てない。


 俺はとうとう玉座の元まで辿りついた。

――――かの王は一人佇んでいた。


「魔……王ッ!!」


 頭痛が酷い。だが、だがだがこいつさえ倒せば俺は俺は俺は……

――――彼は痛む頭と混濁する意識の中で、ただひたすらに目の前にいる化物の事だけを考える。

――――そうする事が、自分が自分でなくなるような、そんな正気を失いかけている彼の心を繋ぎとめている。



「ほう、貴様が勇者か。噂だけは聞いていたが……なかなかどうして……化物みたいな風貌ではないか。人間の勇者と聞いていたが、それではまるで――――」

「うる……サい……!!」


 低く響くその声を聞くと反吐が出る。その声の元を絶たないと殺さないと消さないと。逃がさない逃げさせない……。そうだ、これを使わなければ、使うんだった。


――――彼は懐に忍ばせたの宝玉を飲み込み、発動させる。

――――悪しき魔族の王の逃亡を阻害する絶対領域結界の宝玉だ。


 これで、もう何も考える事は、無くなった。後は何も考えず、ただ、目のマエの、化物、化物バケモノを――――


「――コろしてやる……!!」

「フハッ面白い!本当に化物じゃあないか貴様!」


 息子の……仇アアアアチガう、ちがう、そうじゃナイ……誰だ、誰の


「そうだ、兄の……兄のォオオオ!命ィイイイ!!」

――――混濁した記憶が彼の発言を狂わせる。


 セイ、聖剣がトめられる、なんで殺せないなんでなんで

「なんで殺せないンだァアアア!?ころす殺すコロスゥウウアアア」

――――青白い壁が魔王を囲む様に形成されていた。

――――彼はその壁を一心不乱に殴りつける。


「正気を失ったか。最早我への憎悪でしか動けない人形か」

――――魔王の目から興味の色が薄れる。


「貴様の攻撃ではこの防御結界を破る事は出来ない。勇者と聞いて期待してここまで来させてやったが見た目以上の驚きは無かったか。残念だ」

――――魔王は壁を解き、距離を取る。


 逃げるな逃げるな逃げ「るな命、命を命をおいて逝ケ」逝け、いけ

――――彼の思考は混濁し支離滅裂になっていく。


「遅いな。貴様は魔力に干渉する力を持っているだけだ。触れさせずに、物理的手段であれば死ぬのであろう?」

――――立てかけられていた装飾の槍を投擲する。


「ガャアアアアアッッ!アツ熱いッ!アタマが灼けるァアア!!」

「フハハハッ!頭から槍を生やしてなお死なぬか!!それ、どんどんくれてやるぞ!」

「グアアアアアアアアッ!!」


 灼ける、灼ける、カラダが全身灼ける灼ける。

 痛み?痛い痛い苦しい苦シイ苦シイ死ぬ死ぬ死ぬしぬ死死死

――――槍、剣、短剣。無数の凶器が彼の身体を刺し貫く。


「愉快な針刺しになっているぞ!フハハハ、あと少し腕を伸ばせば我に届くぞ?ほら、がんばれがんばれ」


 死死死死死ね死ね死ね死ね死「ね死ね死ね死ねェアアアアアアア」

――――地面に縫い付けられた彼を煽るように、魔王は息がかかりそうな距離まで近づく。


「だが、残念だったな、その腕もただの肉片だ」

 「ギャアアアアア、腕腕腕アアアアア」

――――彼の腕は魔王に届くことはなく、両断される。



 腕が斬る斬られられられた腕腕腕うでうで、とどかない届かない届か届かないィイイ消す、消す消ス。

 ――――彼の身体は斬られた先から腕を生やす。それでもなお魔王には届かない。


 「欠損した部位も生えるのか。残念だな。正気であれば虐め甲斐もあったのだが――」

 

 腕、足りない足りないタリない増やせ伸ばせ触れ掴め殺せ潰す潰す潰潰潰せ


「潰れろ」


「なッ!?」

――――突如、彼の身体が爆ぜる様にその体積を増大させ、魔王を飲み込む。



「こ、この化物め!ここに来て人の身体を捨てるか!」

――――咄嗟の防護結界。空間を隔絶する魔王の権能が辛うじて彼の命を救った。


「潰せ潰せ潰潰潰せ潰れろ潰れろ」

――――だが彼の身体は防護結界をも包み込んでいた。


「おのれ!これでは我の魔力が保たぬ!」

 「潰れろ殺殺す殺されろ死ぬ死ね」

 ――――もはや彼に残されていたのは殺意だけを持った肉片であった。


 「――――クソが。今回はお前たち人間の勝ちだ。だが、我は必ず転生する。人間を一匹残らず……いや、死が救いになるような地獄を体現させてやる」

――――こうして魔王は彼、勇者に討たれたのだった。

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