第37話 Lase:Alternative


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 先程まで女神が居た部屋にて────


「ん?なんでこんな事になってるんだ?」

 魔力を無尽蔵に解放しているデルメアの中に一つの違和感が走る。

 『下』で何か、本能的に寒気を催す様な何かを感じる。

 常人ならばこの得体の知れない違和感に焦りを見せるなりするであろう。しかしデルメアは────


「ハハッハハ!!!マジかよ!いいね!いいね!!!ウケる!!!なんでこんな事になったの?なんで!?なんで!?リューアも焦ってるだろうなぁ!!!」


 腹の底から湧き出る笑いをこれでもかと言う程解放し、笑い、笑い、笑う────

 そして笑い疲れたのか目に浮かんだ涙を拭いながら急に態度を急変させ目を細め、冷たい声で言葉を紡ぐ。


「僕も直ぐに向かうよ。死に損ないを始末してね」


 デルメアの視線の先には、身体のありとあらゆる場所から血を流し、激しい息切れをしているセトの姿があった。


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 天界、とある場所にて────


「何が起きた!?」


 リューアはフィールドの状況を水晶の様なもので眺めながら慌てて辺りの者に説明を求める。


「わかりません!しかしラーゼさんの魔力が突如変化し!」


「……血を飲むなんて考慮していなかった!」


 ラーゼが収集される際にある程度使う能力などは把握されていた。

 しかしそれはあくまで使う能力である。

 ラーゼが『罪を喰らう者クライム・イーター』に対して今使っている能力は初めて対人戦で使った能力であり、それ故にデータなどある筈も無く────


「アレはダメだ……!ラーゼ君の身体が────」



「────乗っ取られるぞ」


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 フィールドにて────


 ────クソッ!なんだよこれ……!


 ラーゼの身体にわかりやすく走る違和感。

 それは確かな『形』となってラーゼの身体をむしばむ。

 やがて、実に簡単にラーゼの意識はぷつりと途切れた────



【なんだ、こんなひ弱で魔力も大して備わってない奴が俺の身体を操ろうとしたのか?】


 ────視界が眩む中、ラーゼは辺りに光が一筋すらも入りこむ事のない真っ暗闇の精神世界に足を踏み入れた。

 その世界には一人の男が立っておりこちらに意識を向けるとその口を開き、会話を求める。

 しかしラーゼは言葉を返す余力などある筈もなく黙って相手の姿を見つめる。


【何だ蹌踉よろめいているじゃないか。あのに比べたらお前は随分と普通なんだな】


 誰の事を言っているのか。

 そんな事など考える暇もないくらい頭がまわる。

 ゆらり、くらりと視界が滲んでいく。


の一部を含んだのだ。お前は遅かれ早かれ死ぬであろう。自分の魔術を恨むんだな】


 滲む視界の中で、一人言葉を紡ぐ男が一歩ずつラーゼに近付く。

 暗黒の空間に目が慣れると同時に段々と相手の顔がぼんやりと見えてくる。

 勿論ラーゼはその相手の事を見た事などある筈もないがその姿はラーゼの頭の中に確かな違和感を与えた。


 ────リューアって人に似てる……?


 大柄な男。黒い部屋にてわかる事はそれだけである。

 しかし何処と無く、雰囲気、纏う魔力の膨大さが似てるという錯覚を思わせる。

 しかし違和感はそれだけでは無かった。


 ────なんだ、この人の魔力……?


 膨大さだけで常人はまず驚くだろう。しかしこの人物の魔力はその膨大さに更に『恐怖』を覚えさせるような歪な魔力を纏っていた。


【なんだ?そんなに目を見開いて。余程俺が怖いか?】


 笑いながら更にまた一歩ずつ近付く男にラーゼは無意識に、本能的な恐怖から身体を後ろへ後退させる。


畏怖嫌厭いふけんえんと言った所か?そう構えるな。貴様の様な弱き者の憔悴しょうすいなど惨めで見るに耐えん】


 自信を避けるラーゼに男は自嘲気味に薄笑みを浮かべ、それと同時に弱者を馬鹿にする様な口上を述べながら更にまた一歩近付く。

 着々と目の前に近付く男の姿に視界が慣れる事もあってかより鮮明に見え始める────


 しかしラーゼの視界に映る男の姿はあまりに歪であり────


【この姿に恐れを為していると言った所か?良い良い。自分でも歪と言う事はわかっているからな】


 男の顔は全て白い布で覆われており、その真ん中には一つだけの巨大な目が描かれていた。

 かと言って男は布によって周りの景色が見えていない訳では無さそうでありラーゼの位置も全て把握した上で近付いているように見える。

 そしてその白い布に見事に噛み合っているかのようなねずみ色のボロボロになった服が更に得体の知れない恐怖を煽り立てている。


 そしてその男がいよいよラーゼの目の前に立ち、おもむろに右手を持ち上げ始める。


【どうせ死ぬのだ。その御襤褸おんぼろの身体を俺が有効活用してやろう】


「やめっ────」


【何だ喋れるのか。しかしその口調はいささしゃくさわるな】


 ラーゼの反抗的な言動など関係なしに男は更に右手を持ち上げていく。


 ────やめッ ...ち、ちがッ....こんなっ!!!


 本能的に恐怖が浮かび上がるがラーゼには最早抵抗する事など恐怖により身がすくんだ事により叶わない。

 そうこうしている内に男は持ち上げた右手をラーゼの頭の上にゆっくりと置き、薄笑みを凶悪な笑みに変えて最後の言葉を口にする────


【安心して死んで良いぞ。後は俺がお前の残りの余生を思う存分楽しんでやるからな】


 そして、ラーゼの意識は先に消え果てた。

 その代わり、空っぽになったラーゼの身体に得体の知れない男の人格が姿を現す。



 フィールド内にて────


 『ソレ』はあまりに歪であった。

 『ソレ』はあまりに恐ろしかった。

 『ソレ』はあまりに凶悪であった。

 『ソレ』はあまりにおぞましかった。

 『ソレ』はあまりに刺々しかった。

 『ソレ』はあまりに不穏であった。


 周りの者達は目の前で急に手を大きく開いた人間をラーゼとは認識しなかった。否、


 何処かの部屋でシステムの上書きをする李仁も。

 スナイパーライフルのレンズ越しに見るラックも。

 急いで『罪を喰らう者クライム・イーター』の元に向かう女神も。


 誰もが平等に『恐怖』を覚えた。


「何年振りの娑婆しゃばだ?」


 ────いや、この空間は娑婆とは言えないか。


 辺りを見るなりすぐさまこの空間が作られたフィールドに過ぎない事を察し、己の言葉を否定する。

 そしてラーゼの意識を乗っ取る前と同じ凶悪な笑みを浮かべながら次の瞬間、彼は恐怖をさらに煽る言葉を口にする────


「さあ、時間は僅か。皆殺しと行こうか」


 フィールド内に歪な笑い声が木霊する────

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