第31話 Runaway


 先程女神と『罪を喰らう者クライム・イーター』が居た白い部屋にて────


「あ〜ほんとここに来て急に不運が度重なったなあ」


 別の異世界に逃げる為に穴を開けて逃亡した先がまさかの罠であった事。

 その逃亡経路にギリギリで気付き止めようとしたらそれを阻まれた事。

 『罪を喰らう者クライム・イーター』らが逃亡した先には些か面倒な集団が集まっている事。

 目の前の騎士に正体をバラされてしまった事。


 様々な厄運があまりにも連鎖的に起きた事により『罪を喰らう者クライム・イーター』の作成者であるデルメアは心の底から面倒くさがっていた。


 そんなデルメアを見てセトは口元に薄笑みを浮かべて挑発を試みる。


「お疲れ気味だな。あんたが何をしようとしているのかは知らんが万事休すのようだし大人しく捕まったらどうだ?」


 セトはいけしゃあしゃあと煽り文を言葉にして発していくがデルメアはそんな言葉に激情する訳でもなく退屈そうに会話を始めた。


「お疲れ?僕が?」


 度重なる不運による憂鬱でただでさえ顔が歪んでいるのにそれを更に歪めてデルメアは言葉を続けた。


「僕に。まぁ……身体的な疲労は認めるけどね」


 忌々しげな表情を隠さずにデルメアは更に言葉を繋いでいく。


「少しでも有利な位置に立ったと錯覚したらすぐに煽りの押し付け……はぁ、つまんない。早く『罪を喰らう者クライム・イーター』君に会いたいもんだよ」



「なんだよ、俺との戦いはそんなに不満か?」


 デルメアの気怠げな態度にセトが煽りを更に加速させていこうとするがデルメアはやはり気にも留めずに視線をうわの空へ流している。


 ────クソッ……余裕かましやがって。


 セトは常に剣を構えてデルメアにいつでも距離を詰めれるようにしているが対するデルメアは素手であり更にはその腕を後ろで組んでいる有様だった。

 そして更に言えばデルメアの思考回路にはセトの事などほぼ混ざってすら居なかった。


 ────あの魔術は一時的とは言え魔力を食うからなあ。無限の魔力とは言え回復するまでには時間が掛かる……でも背に腹は変えられないって言うしなあ。


 相変わらず『罪を喰らう者クライム・イーター』に歪な思いを馳せているデルメアに対してセトはじりじりとその間合いを詰め始める。


 先程の乱撃からデルメアはセトよりも戦いの点においては圧倒的にまさっている。それ故にセトは余裕をかましているうちになんとか一撃で首を仕留めたいと考えていたのだ。

 そして今この瞬間も着々とセトはベストな間合いに身体をずらしていく。


 しかしそんな最中デルメアは突如として自分からセトに話を振り始めた。


「君はさ、物事は最後にどうにかなれば過程はどうにでもなれって思える?」


 突如として口を開いたデルメアにセトは驚きながらも警戒を怠らずに耳を傾ける。

 そんなセトを視線の横に据え置きデルメアは話を続ける。


「例えば世界を救う英雄様がどんだけ非道なことをしても最後にはその過程で犠牲者となった者達より遥かに多い何万もの人を救えばそれはハッピーエンドなのかなあ」


「なんの話だ?」


 デルメアの唐突な話にセトは何か企みがあるのでは無いかと警戒を強めていく。

 しかしデルメア本人には何かの策略があるわけでも無い為淡々と、そして飄々とセトの警戒心を無視して話を続ける。


「僕はね〜終わりよければ全て良しだと思うんだよね。僕の価値観はちょっとけど」


 そうしてデルメアは突如顔から憂鬱な表情を消し去り、笑みを浮かべて話を更に続けていく。


「楽しければなんでも良いと思わない?最後に楽しくわらえたらそれで良くない?」


「俺は……否定はしない。だが、お前のその計画とやらで犠牲者を産むのは同情しかねるな」


「そう?多少の犠牲は必要じゃ無い?人が死ねばドラマが生まれるじゃん!二人目の転生者君なんて失敗作だったから余計に感動エピソードが生まれちゃってさぁ……」


「外道め」


 セトはデルメアのどこかネジが外れたような物言いに正々堂々、真正面から己の言葉をぶつけた。


「俺は騎士である。その道を肯定することなど絶対にありはしない事を断言しておこう。それ故にお前がそれ以上、その道を歩き屍を踏みつけるというのなら────」



「俺はお前を今ここで殺して見せよう」



「はあ、つまんないなぁ。やっぱダメだよ君」


 セトの渾身の騎士道についての語りは無論デルメアの芯に届く事はなくデルメアは再び憂鬱な顔を顔に貼り付けて言葉を再び紡ぎ出す。

 その言葉はこれから先、ただでさえ歪な歯車を更に大きく回す言葉であり────


「だから、もうなんかいいや。飽きた。リューアに対してこそこそやるのも裏から手引きするのも飽きた。僕が直接戦場に出向いて面白くしてやればいいや」


 最悪な言葉が確かにデルメアの口から放たれた────



 彼は腐っても最高神の一人でありその実力はリューアと同等である。

 そんな彼がいよいよもって謀叛むほんを宣言したのだ。

 セトは顳顬こめかみに汗を滴らせながらそんなデルメアを注意深く睨み付けている。

 しかし突如としてその視界はデルメアの放つ魔力によって黒く染め上げられた────


 ────なっ……!?


 黒い魔力の塊はデルメアを中心に放出され白い部屋を一瞬で夜の暗闇のような空間に変えてしまった。


「もう全部壊す勢いでやるから手加減はしないよ?リューアにもバレると思うけど彼には勝つがあるし何とかなる訳だから」


「リューア様を舐めんなよ……!ていうか俺が今ここで仕留めるんだからそんな算段だか何だかは関係ねえっての!」


「はぁ……いかにも小物っぽい発言はもう聞き飽きた。もういい」



「極限までもがいてむごたらしく死ね」


 ×                         ×


 フィールド上空、地上まで残り数百メートルの地点にて────


「貴方、先程背中に何かを撃ち込まれましたよね?」


「ん?ああ、まだ痛みは続いているが今はそんな事に気を取られている場合では────」


「いや違うんです。その傷、消えてきている?」

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