第27話 Savior


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「君は、わかってるんだよね?」


 冷酷に、そして無慈悲に放たれたその一言はたった一瞬でその部屋にいる『罪を喰らう者クライム・イーター』と女神へ緊張感を走らせた。


 先程の飄々ひょうひょうとした態度の影に確かに垣間見える明確な殺意はこの場にいる二人の顳顬こめかみに冷たい汗を滴らせ、一気に場の空気を一変させている。


「お前は……何者なんだ?」


「ん?あぁ、記憶も消えちゃってるのか。僕の顔見れば名前ぐらいは思い出してくれるかと思ったけどこりゃよっぽどだなぁ」


 『罪を喰らう者クライム・イーター』の本能的に向ける警戒の視線をものともせず、今度は再び殺気を何処かに消し、先程と同じく飄々とした態度で齟齬そごがない会話を始めだした。


「何を言っている?」


 そんな目の前の男に『罪を喰らう者クライム・イーター』は訝しげな表情で質問をするが目の前の男は尚も口元に薄笑みを浮かべながら会話とは少しズレた言葉を続ける。


「本当に何も思い出せないんだ?ふ〜ん。まあ面白ければ何でも良いよ。君に関しては今かく言うつもりは微塵も無いしね。それより横に座ってる羽の生えたクソ女神に用があるんだ」


 結局『罪を喰らう者クライム・イーター』の質問の本質には触れる事なくさらりと話題を変えて再び男は明確な殺気を孕んだ声と表情を露わにした。


「君さぁ〜やっちゃったね!彼に情報与える際に殺されるとか考えなかった訳?普通頭にこれ言ったら殺されるよな……みたいの浮かばない?」


 殺気は確かに孕んでいる。しかし顔にはその殺気を中和するかのような笑みが張り付けられている。その笑みが逆効果となり中和するどころかその男の危険性と得体の知れなさを嫌という程体現しており女神の汗が全身から冷ややかに、されど大量に体を伝い始めた。


 ────殺される……何でこのタイミングで……!


 女神は突如『罪を喰らう者クライム・イーター』がこの部屋に転載されていることを知る由もない。故に未だに目の前の男によって『罪を喰らう者クライム・イーター』が自身の前に飛ばされたことを認知していない。


 それ故か女神の思考回路の中には最悪のタイミングでこの場に来た事になっており女神の顔にはそんな不運を呪うかのような顔を強張らせた表情が浮かんでいる。


「どうしようか、体の隅まで犯しに犯し尽くした後に飽きたら次は実験材料として死ぬまで秘薬やらを投与し続けるモルモットにしてあげようか?ねえ?どうされたい?犯された後どうされたい?」


 笑いながら、しかしその顔には相も変わらずに殺気が感じ取れる。

 そんな表情を浮かべながらこの世の地獄のようなセリフを淡々と吐き続ける男に女神は頭が徐々に混乱に陥り始めていた。


 明確な理由は無い。しかし確かに感じる。


 ────この男は、本当にやりかねない……!


 女神は自身の身を表面上だけでも渡さない意思を示す為に手を胸に翳し心は預けないし思い通りにはならないと言うことを訴えつつ目の前の男を睨み付けた。


 ────どうせ、殺されるなら……とことん抵抗する……!


 そんな女神の考えを察したのか男は肩を若干持ち上げながら言葉では残念そうに、しかし心の中では心底楽しそうに言葉を再度吐き出した。


「そう、じゃあもう殺すけど……いいよね?」


 一歩、また一歩と男が明確な殺意を撒き散らしながら歩み寄ってくる。

 一歩、また一歩近づく度に女神の心臓の鼓動は加速していき緊迫感と緊張をこれでもかと言う程体に訴えかけている。


 ────目を背けるな……!


 しかし、女神はそんな男から一秒たりとも目線を逸らさず睨み続けている。

 これが女神にできる唯一の抵抗であるが故に女神の中にこの行為を辞めてしまっては完全敗北を意味すると心の何処かで悟っていたからである。


 しかしそんな睨みに屈するどころか更に笑みを強めて男は近付いていく。


 ────あぁ、今から殺せるんだなぁ……楽しみだなぁ……


 殺意が際限なく溢れ出し、無言の圧力を二人に与え続ける。


 そして、遂に男が女神と『罪を喰らう者クライム・イーター』の目の前に立ち、その歩みを止めた。


 そして────


「────ッ!」


 まるでその行為がさも当然の様に女神の美しい銀髪を鷲掴みにし片腕の腕力のみで女神の身体を持ち上げ始める。


「見てたよ〜君と『罪を喰らう者クライム・イーター』君の出会いもこんな感じだったよね〜あの時は首だっけ?」


 目の前で苦しむ女神を見て更にその腕の力を強めて女神の銀髪を持ち上げる。


「止めろ……!」


 その光景に思わず『罪を喰らう者クライム・イーター』は批判の声を上げるがその声は男の心には届く筈もない。


「何?回復してくれたから情が湧いた?でもでも〜君も最初こんな事してたんだから説得力ないよ〜?」


 『罪を喰らう者クライム・イーター』の言葉に耳を傾けるが心底楽しそうにその言葉に皮肉で応答しその手の力を緩める事はしない。


「それも全部……貴方の思惑の一つでしょう……!」


「あ?」


 痛みに耐えながらも苦し紛れに放たれた女神の言葉に男はこれまでに無い程の不快な顔を浮かべながら端的にその不快な気持ちを表現する言葉を吐いた。

 そしてその不愉快な思いは更に言葉を羅列していく。


「どうやらよっぽど死にたいらしいな……それともそんなに犯されたいのかビッチなのかなおいおいおいおいおい」


 徐々に羅列し、吐き出される言葉のスピードが増していき、いかに目の前の男が不機嫌なのかを嫌と言う程感じ取れる。

 しかしそんな男に屈する事もなく女神は言葉を続ける。


「全部が全部。貴方の思惑通りになる事なんてない……!!」


 その女神の言葉に男は言葉を詰まらせ、初めて顔の表面から本当の意味で笑みを消して実に不愉快そうな顔を満面に展開させる。


「神様なんてもんはこれから消えるんだよクソ女神。僕が消すんだ。リューアもリティシアもハーネスもリブラも使徒十二神祖もなぁ!」


 男は明らかに怒気を混ぜた声で神の中でも上位に位置する者達の名前、そして組織を口に出す。

 しかし、女神はそれすらも否定する。


「出来ませんよ。彼らは必ず貴方なんかに負けませんから」


 その一言を聞いたのち、男は一度手の力を若干緩めて言葉を紡いだ。


「犯すとかもうどうでも良いな。今すぐブチ殺してやるよ」


 そして空いていたもう一つの腕を横に展開させ、その終着点を首元に定める。


「止めろ────!」


 すぐさま『罪を喰らう者クライム・イーター』はこの男が首の骨を折ろうとしている事を察し声を上がるが身体が動かない以上その行動をいさめる事は叶わない。


 そして更に激情に駆られているが故に先程とは違い男の耳に『罪を喰らう者クライム・イーター』の言葉は届いてすらもいなかった。


 そして、男の腕が横に完全に展開された。


「死ねよ、クソ女神」


 素早く、確かな殺気を含んだその打撃は抵抗が出来ない女神の首元に迫っていく。


 しかしその瞬間────


 女神の首元と男の腕の間に一本の剣が入り込んだ。


 ────何!?


 勢いを殺せる筈もなく、剣を察知していながらも拳は剣に直撃し辺りに鈍い音を響かせた。


 そしてその結果、男の体は僅かながら後ろにそれ、女神の元から五歩分程距離が生まれた。


 少し離れた場所にその足を置いた男はその剣の持ち主を見て怒気を押し殺し、その代わり再度笑みを浮かべてその持ち主に声を掛けた。


「早かったね!弓兵!」


 女神のすぐ後ろには、どこからともなく現れた第二の世界で『罪を喰らう者クライム・イーター』の肩を射抜き、そして今持っている巨大な部類に入る剣でトドメを刺そうとした弓兵が鎮座していた。


「貴方は────!?」


 女神は思わず驚きの声を上げる。

 その横で『罪を喰らう者クライム・イーター』も珍しく若干目を見開き、声には出さないが女神同様驚きの表情を露わにしていた。


 そんな弓兵、もとい最高神リューア直々の使いである騎士は声を紡ぎ始める。



「これ、どういう状況?」


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