第3話 汚泥


 前世の記憶。そんなものは王にとって邪魔な物でしか無く記憶の奥底に今まで封じ込めていた。

 二度と開かないように固い鍵を掛けて。


 しかしその鍵が今、一人の男によって無理矢理にこじ開けられようとしている。


 溢れ出る汚泥おでいに似た日々が男の今の記憶を黒く染め上げる。


 ────やめろ、やめろ。


 己の記憶に無理矢理蓋を閉める様に否定の言葉を心の中で叫ぶ。

 しかし意識の外から語りかける男の声にその蓋は尚も強引に開けられ、記憶が鮮明にフラッシュバックして行く。


 そして転生者の王は過去を振り返る────。


 ×                         ×


 転生者がまだ小学校だった頃────。


「あれは……」

 転生者となった男は空から過去の自分を俯瞰ふかんしていた。

 その双眸そうぼうにはまだ幼い自分が映っており、小学校のグラウンドを駆け回っていた。


 まだ自分の身体が腐る前。

 まだ運動が出来ていた身体の時。

 他人との隔たりを作り、この世からすらも隔たりを作る前の自分。


 ────なんで、こんな場所に……


 グラウンドで遊び終わるとチャイムが鳴り響き生徒達はぞろぞろと教室へ帰り、眠そうに授業を受けている。

 放課後になると家でゲームをし、あるいは外で遊び、夜になるとテレビを見て眠る。

 そんな当たり前の日常が映し出されている。


 そうかと思えば突如場面は転換し、転生者は中学生になっていた。


 ────やめろ。


 突如として男の額に汗が噴き出る。

 それはまるでこれから映し出される映像を本能的に拒否しているかの様に。


「お前なんか最近うざくね?」


「えっ……?」

 突如転生者の男に同級生から厭悪えんおの言葉が投げられた。


「俺なんかしたかな……」

 転生者の男は唐突な事に戸惑いながらもその言葉の意味を問いただす。


「いや、小学校の頃から薄々思ってたけどお前調子乗りやすいよなって。気をつけた方がいいぜ?俺はまだいいけど他の奴の前でお調子者気取ってたらそんな好かれねえぜ」

 同級生はそう言うと座っていた席から立ち、他のグループに行ってしまった。

 転生者は一人残されているだけになってしまった。


 ────あの言葉の真意って何だ?


 ────俺なんかしたのかな?


 その時男はさして事を深く考えずに他の人に接する事にした。

 しかし、その忠告は徐々に頭角を表し始めた。


 男にはかつてそこそこに友人が居た。

 別に運動も悪くはないし勉強もそこそこだった。

 しかし本人すら気付いていない致命的な欠点があった。


 友人の忠告通り調子に乗りやすい事だった。

 彼はその致命的な欠点を学生時代結局一度も自覚する事が無かったのだ。


 それは悪性腫瘍の様に彼を内側から貪り、気づけば手遅れになっていた。


「ほら!盛り上げ役になんか一発芸やれよ!」


「えっ、でも俺にそんなこと出来ないし……」

 ある日男はクラスの中でもオタクに部類される同級生を転生者はふざけながら弄っていた。


 本人はただ自分が位置するグループが笑えればいいと思っていた。

 他人は二の次だと、そう思っていた。


「何だよ出来ねえのかよ」

 転生者の男は拒否を示した同級生に不服の声を掛けて罵倒をした。


「つまらねえ」


「ご、ごめん。それじゃ俺行くね!」

 同級生は理不尽な謝罪の言葉を口にして足速にその場を去っていった。

 その後ろ姿を見て転生者の男は舌打ちをしながら再び陰愚痴を口にする。


「つまんない奴だよな。あれぐらいやって貰わないと」


「じゃあお前がやってみれば?」

 その時、突如として投げられた同じグループのリーダー的存在からの声。


「え……?冗談きついぜ?」


「は?お前出来ないの?」

 転生者の男に向けられる冷たい視線。

 転生者の男はすぐに違和感を感じたのかすぐに笑いながら質問を投げる。


「どうしたんだよ?ほら、さっきのやつ連れ戻してくるからさあ」


「いや、いいよ。トイレ行こうぜ」


「トイレ?いいよ」


「いや、お前に言ってねえけど……」

 残酷で無慈悲な声が男の心の中に突き刺さる。


 その後、男は自身に今まで他の奴に向けられいた矛先が自分に向けられたのだと理解するまでそう時間は掛からなかった。


「昨日のグループの会話本当に面白かったよな!」


「あれ?新しいグループ作ったの?何だよ入れてくれよ〜」


「えっ、いや。まあ、俺達に入れる権利ないし……」


 明らかに周りの人間達も自然と男から距離を取り始めた様に感じる。

 静かに、されどあからさまに周りが手を引いていく。


「だから調子乗り過ぎるなって言ったじゃねえか馬鹿」

 忠告していた友人から罵声の声が響く。

 

「ごめん、本当に。気づくの遅かったかな。ハハ……」


「何が笑えるんだ?」

 冷徹に響く声。

 笑みが一切含まれていない目。

 笑うという言葉が似つかわしくない程固まった頬。

 全てが鋭い槍に変わって男の胸に突き刺さる。


「お前、自分は人をいじめたり、悪口を言う時は心底笑うのにいざ自分がやられたら誰よりも被害者ヅラをして悲しむんだな」


 その時男は理解した。


 ────あぁ、俺は知らぬ間にいじめられてたんだな。


 そこから高校卒業までは酷いの言葉に尽きる生活をした。

 高校二年からは不登校。

 三年生で中退をした。


 家では度重なる自慰行為。

 そして泥沼にハマる様に落ちた二次元への世界。


 全てが、男を堕落させた。


 気付けばニートになっていた。

 大学に行く気などさらさら起きず、かと言って仕事もする気は起きなかった。

 容姿も醜い豚の様なものに気付けば変貌していた。


 親が求人表を届ける度に罵声の声を上げた。

 夜な夜な泣く母親の姿を見て寝付きが悪いと舌打ちをした。


 そして金も無いため気になる漫画をしぶしぶ立ち読みに向かった帰り、男は何の前触れもなく飲酒運転をしていた老人に轢き殺された。


 何もかも手遅れだった────。


 転生した後は容姿も良く都合よく女が周りにたかって来ていた。

 力も、名声も、富も。全てを手に入れた気になっていた。


 しかし、が来たのだ────。


 ×                         ×


 王の首は男によってゆっくりと落とされ、目の前の女同様に血を噴き出しながら床に倒れた。

 男は王の絶望した顔を見ても相も変わらず表情を変えず見下した様な目つきでそのしかばねを見つめた。


 すると男は王の胴体に手を伸ばし、心臓の部位を腕で突き刺した。


 辺りの使用人達は何をするつもりなのかと目を丸くしながらその光景を見つめていた。

 その使用人の中には残酷な現場に耐えかねたのか涙を流す者もいた。


 男は王の体から心臓を取り出したのだ。

 まだ死んでも無い為、小刻みに心臓が生を証明しようと躍動している。

 その心臓を男は口元に近付けていく。


「まさか……」


「嘘だろ……」


 これから行われる行為を察したのか使用人達は目の前の光景に否定の言葉を投げる。

 しかしその言葉は男に届く筈もなく男は心臓を口の中へ放り込んだ。


 口から飲みきれなかった血が吹き出すがお構いなしに男は胃の中へ心臓を押し込む。


 そして喉の奥へ入った直後に男は大きく目を見開き意味深な言葉を吐いた。


「これが神のか……」

 そう呟くと同時に男は天へ向けて城内に響かせた以上に巨大な声色で叫んだ。


「俺を戻せ女神よ」


 その声は天だけではなく王国全体にも響き渡り、辺りの使用人達はあまりの大きさに耳を塞いでいる有様だった。


 すると突如男の周りに淡い光が出現し、消えた────。


「何者だったんだ……?」

 使用人の一人がその光景を見て恐怖と疑念が入り混じった声を上げた。

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