第2話 暗君


 ファルグリア王国上空。


 女神の力を無理矢理に使わせこの世界に顕現した男が風の抵抗を受けながら地へ落ちて行く。

 勿論命綱などは存在せずに生身の状態である。

 このまま落ちれば間違いなく普通の人間は即死だが男に常識など当てはまらない。


 男の足が王国の大地を踏みつけるなり凄まじい轟音が響き、王国に住む人々が驚きの声を上げた。


「あんた今空から降ってきたのか!?」

 手に魚を持ったいかにも商人風の男が空から舞い降りた男に話しかけた。


 しかし男はそんな質問には答えず、逆に質問に質問を返す。


「この世界に、突如として現れ、この世界の魔王とやらを殺した奴はいるか」


 男の質問に商人風の男は若干怪しむ様ないぶしげな目線を送ったが男の身なりを見るなら武器のようなものも一切つけていなく、服も軽い軽装だった為危険は無いと判断し、心当たりのある人物を紹介した。


「こっから見えるだろ、あのでかい城にメイド?だがなんだかの役職を作って住んでるんだよ。そのメイドとやらが美人で──」


「もう結構だ、情報感謝する」

 男は商人風の男の話を最後まで聞く価値は無いと判断した為男の口を遮り、クラウチングスタートの様な構えをとった。


「おいおい、兄ちゃん。あそこまで走るつもりか?馬車を使った方がいいんじゃねえか?」

 商人風の男はそんな男を見て小馬鹿にする様な笑みを浮かべながら他の行き方を勧めるが男にはそんな事は関係ない。


 男の足に多少の魔力が混じり、力が入ると同時に地面にヒビが入り、その衝撃で辺りに小さな風が吹いた。


「ハッ!?お前さん何者だよ!」

 その圧倒的な力を前に商人風の男は思わず驚きの声を上げるがそれも男は無視して姿勢を低くし、スタートダッシュを切る。


 しかしそのスタートは『走る』とは言いがたく、言わばそれは────。


「飛んでやがる……」

 辺りにいた国民も思わずその光景を見て狼狽ろうばいの声を上げた。


 男は音速のスピードで牙城がじょうとでも言わんばかりにそびえ立つ城へ向かう。

 そして入り口から入る訳など無く、白の壁を飛んだ勢いで粉砕ふんさいして入城した。


 とてつもない音が城内に響き渡ったので慌てて使用人や専属の騎士の様な格好をしている人らが男の元へ集まる。

 男の周りを囲む様に人々は集まっていき、警戒心を高めて行く。


 しかしそんな光景を前にしても男は表情一つ変えずに冷静に状況を呑み込む。

 そして男は周りの人達に、と言うよりはこの城全体に響かせる様な巨大な声色で話しかけた。


「この城の主人あるじを連れてこい」

 巨大な声は巨大な城に響き渡り、壁に反響し木霊こだまする。


 すると階段の上からいかにも王様気取りの服を纏ったどこにでもいそうな平凡な顔が特徴的な男が現れ、男に拍手を送った。


「いや!まさかまだ賊が居たなんてびっくり!俺に楯突たてつこうとする奴がまだ居たなんて!」

 階段からその姿が露わになって行くと同時に両端に美しい女性がいるのも確認できる。

 その服はあの商人風の男の情報通りメイド服と言うものに包まれている。

 どちらもあの王族気取りの自称英雄と婚約を交わしているのだろうか、はたから見ればやけに距離感が近く感じる。


「お前、俺のこの道具を見れば勝てない事ぐらいわかるだろ?」

 男はポケットから長方形の手のひらサイズの機械を取り出した。

 男はその機械をプラプラと手で遊ばせながらその機械がいかに凄い物なのかを見せつけている。


「この機械には神の力が宿ってる。それを俺が使えばこの世界の魔王すら倒しちゃった訳なんだよね。言いたい事わかる?」

 男は何処か気色の悪い笑みを浮かべながら城へ侵入した男へ警告を告げる。


「逃げるなら今のうちだよ?まあ後々仕留めるけど!」

 機械を掲げた男は笑う。

 まるで自分はこの場の主導権を全て握っているのだと言わんばかりに。


 突入した男はそんな笑みを無視しながら辺りの使用人の元へ近づいた。


「何だよ……」

 使用人は急に近づいて来た男に対して槍を構え、警戒をする。


「その槍を寄越せ。さもなければあの暗君あんくんの同胞と捉え、殺す」


「貴様!我が王を眼前に暗君などとけがすか!」


「穢すに値する様な奴だ。何が悪い」


「この野郎!」

 使用人は槍を構え直し、その矛先を男へ向けて放った。

 鋭い矛先が男の胸へ目掛けて直進して行く。

 しかしその矛先は届くはずもなく、男は片腕一つでその槍を横から掴み、止めてしまった。

 それと同時に槍を横側へ大きく揺さぶり使用人を吹き飛ばす有様だった。


 くして、男に武器が渡ってしまった。


「へぇ、凄いね。その力を見込んで今なら使用人にしてあげなくもないぞ?」

 そんな光景を見ても王となった男は階段の上で気味の悪い笑みを浮かべている。


「黙れ」


「は?」

 男の顔から笑みが消え、同時に怒りがその顔を染め上げる。


「お前、誰にその口聞いてるの?俺は王なの。そんでもってお前は庶民なの。わかる?」

 その言葉を聞いて周りの美しい女性達も口元に手を当ててまるで突入した男を嘲笑うかの様にクスクスと笑う。


「分かりたくもないな。自分の力でも無いのにその座について偉そうにしているその感性だけはな」


「何!?」

 王となった男は怒りの沸点が限りなく高くなったのか先程手に持っていた機械を男に向ける。

 そして呪文の様なものを唱え始めた。


「大いなる精霊よ、俺に力貸せ!エルフーラ!」

 突如その機械から光が放たれ、男を吹き飛ばす勢いで爆散した。

 辺りにはその衝撃が原因となり煙が巻き上げられている。


「はっ!避ける暇もないだろ!俺の現代機器『スマホ』は最強────」

 突如、言葉を無理矢理にさえぎられるかの様にが王の頬をかすめた。それと同時に横の女性が血を流しながらビチャリと倒れた。


「……は?」

 男の横には頭に槍が突き刺さった婚約相手、言わばヒロインが倒れている。


「何が……え?」

 その光景を見て男は状況整理が追いついていないのか語彙ごい力がいちじるしく低下している。


「どうした、お前のスマホはその程度か?」

 煙の中から響く絶望の声。

 冷たく、怨嗟えんさを孕んだその声に狼狽ろうばいする王は更に恐怖心を覚える。


「所詮お前も神の借り物の力という訳だ。その程度の力は俺には効かない」

 男は煙から出るなり愚かな王を睨みつけながら足をその場へ進めて行く。


「おい!来るな!周りの奴ら戦えよ!」

 男は一気に戦意が喪失したのか、それともショッキングな光景を見て気が動転してしまったのか前世でも見せていた本来の姿を晒してしまっていた。


「情けない」

 そんな暗君に対し男は同情やあわれみの言葉とはかけ離れた侮辱ぶじょくの言葉を掛け、一歩、また一歩と近付いて行く。


 周りの使用人らは魔王すら倒したスマホの力で倒しきれなかった、なんならかすり傷すら付いていない男に対して畏怖いふの感情を抱き、反撃する事などままならず、挙げ句の果てには男の歩くであろう道を無意識に開けている有様だった。


「何なんだよ!お前ら俺を見捨てるのか!俺はお前らを救ってやったのに!」

 そんな叫びに使用人達は顔をしかめるが足は動かない。

 ただただこれから殺されるであろう王を悔しさを孕んだ目で見つめるばかりである。


「お前の言っている事は間違っていない」

 そんな状況を見つめつつ男はこれから殺される男に言葉を掛け始めた。


「確かにこいつらは全員薄情だ。いざとなれば自らの命欲しさに刃を下ろし、嵐が去るのを待つのみだ」


「それは違います」

 男が続ける言葉に突如女性の声が入り混じった。

 その女性の声は少し恐怖心を隠しきれていなくとも自身の考えを紡ぎ始める。


「此処に一人、薄情ではない私がいますから」

 その女性は王の隣にいたもう一人の女性であった。


「私は何があってもこの御方に命を捧げると誓った身。この御方を殺したいのならば私を殺してからにしなさい」


 女は高らかと男へ宣言をしたのち、両手を大きく広げ、男の進路を立ちふさぐ様に間に立った。


「やめろ!ウィゼ!俺はこれ以上大切な物を失いたくない!」


「大丈夫ですよ」

 後ろでわめく王を前にウィゼと呼ばれている女性は微笑みながら安堵あんどの言葉を掛ける。


「覚悟は出来ている様だな」

 男は近くに落ちていた剣を拾い、女の首元へ剣を差し向ける。

 大した覚悟だと男は思ったのか最後に女性へ賞賛の言葉を送った。


「素晴らしい覚悟だ。せめて楽に即死をさせてやる」


「ふふっ、優しさの基準がズレているのですね」


 次の瞬間、女の首が飛び地面に鈍い音と共に転げ落ちた。

 頭を切り離された胴体どうたいも同様にバランスを崩し、地に倒れ、その床をき止めるものを失い、止まることを知らない血が赤く染め上げている。


「うっ……!」

 王はその光景を見て今まで喉でき止めていた嘔吐物を吐き出し、顔を白くする。


「これがお前の果てだ。その首を持ってこの様な惨劇は終わらせよう」


 そして男は女の首を切った剣を今度は王へ向ける。

 王は死を悟っているがそれでも生へ一秒でもしがみ付こうと男へ言葉を投げる。


「何で、何でこうなんだよ!」

 嘔吐物の次は堰き止めていた前世を含めた自身の生き様への文句を吐き出した。


「俺が……何をしたっていうんだ……」

 男は地面にこうべを垂れる形で己の憎悪を吐き出し続ける。


「俺は!善人だ!この世界を救ったんだぞ!」

 その言葉に男は疑問を思ったのか首を斬首する前に質問を投げつけた。


「それは前世でも言えることか?」


「……」

 王はその言葉を前に突如として口がくぐもった。

 そんな王を他所よそに男は質問を続ける。


「ろくに世間に貢献もせず、肉親の首を締め続け、挙げ句の果てにはその肉親へ自らの苛立ちを当てたことは無かったのか?」


「それは……」


「お前の前世は本当に善人としてあるべき姿だったのか?」


 質問を繰り返す度に王の頭の中に腐敗に腐敗を重ね、黒く濁った汚泥おでいの様な日々が蘇る────。

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