Re:Alternative

冬野立冬

一章 断罪の始まり

第1話 Fall to the dark


 ────悪人が正義ズラしているのが嫌いだった。


 ────自分の力でも無いのにそれを酷使している自称『正義の味方』が嫌いだ。


「だから俺は否定する事にした」


「本当に貴方はそれでいいのですか?」


 一面真っ白で殺風景な部屋に男と女がいた。


 男はこの世に絶望でもしているかのように冷徹で、どこか狂気を孕んだような目をしている。

 それを見て片一方の背中に白い翼を生やした銀髪の女は若干警戒をしながら再度質問をしていく。


「何が貴方を此処まで絶望させたのですか?」


 女の問いに男は少し考えるような素振りを見せたのち、徐に口を開いた。

 しかしそれは質問への回答とは些か呼べないものだった。


「女神様は自分が送り込んだ転生者が無敵の力とやらを使って他人を傷付けたらどうする」


「えっ……何の──」


「もし、悪人を転生させたとしてそいつが転生先で良いことをしたら罪は消えるのか?」


「それは……!」

 男の問いかけに女神と呼ばれている女の口は徐々に開き辛くなっていく。


 その言葉と同時に男は立ち上がり、女神の元へ近付いて行く。

 女神は男が近付く度に恐怖心を覚えたのか若干後退りながら男の問いに答えて行く。


「罪は消えない。それは確かです。しかし償う事はできる!神はその行いを見ています!例え過去に何があろうと、今を必死に善人として生きていればいつかその罪は消えずとも清める事が出来るのです!」


 その回答に男は苛立ちを覚えたのか少しばかり足を早めて一気に女神との距離を詰めた。

 そして────。


「ガハッ!」

 女神の首元に痛みという名の苦しみが走る。


「何を……」

 女神は首元に伸ばされた男の屈強な腕を自身の細い二本の腕で掴み、抵抗を試みるが男は意にも返さしていないのか表情が一切変わらず抵抗は虚しく終わる。


「罪人がその贖罪しょくざいを清める方法なんてありはしない。一生その罪を背中に背負い、死後もその罪を背負い地獄へ堕ちる。これが罪人に課せられた罪という名の重さだ」


「あっ……そ……れは……」

 女神の声は男の腕の力が強まる度にかすれた声に変貌していき、顔にもその苦しさを体現したような表情が露わになって行く。


「でもそれを理解している人間なんてこの世に居なかった。それはこの転生というシステムを作り上げたお前達にも少なからず非がある。だから俺が壊す事にした」


 女神はその男の理論に反論の声を上げようとするがあまりの腕の強さに声すらも出ない。

 そんな女神を他所よそに男は言葉を続ける。


「俺を転生させろ。そして自称善人の転生者共に罪を与える。それが俺の最後の使命だ」

 直後男の腕から力が抜け、女は地に落ちた。


 女神は直後に咳き込み、同時に今まで不足していた酸素を慌てて体に取り込む。


「英雄、冒険者、怪物、神。全ての転生者を俺は殺そう」


「そんな事させない────」

 女神は立ち上がり、男に対して右手をかざす。

 その右手には明らかに通常の現象では無い、淡い光が集まっていた。


「魔術か」

 男はすぐにその力を察するが特に逃げるような様子もなく、その場から動こうとはしない。


「私達女神の役割は神に誓って人を正しい道へ導く事。その邪魔はさせない……!」


 次の瞬間、女神の右手に収集された淡い光が男へ向かって放たれた。

 光は熱を帯び、攻撃性を増し、男へ突き進む。


 しかし男は相も変わらずその場から動かない。

 そして男に対して魔術が爆ぜた。


 白い殺風景な部屋には似付かない黒煙が男を包み込むように巻き上げられる。


「生身の人間はこの魔術を食らえば流石に死ぬでしょう……!」

 女神は何処か誇らしげな顔を露わにしながら目の前の黒煙へ言葉を放った。


 しかし────。


「なんで……?」

 煙が消えると同時に男の姿が露わになり、その光景を双眸そうぼうに映した瞬間に女神の顔から誇らしげな表情など消え去り、代わりに再び恐怖という名の化粧が顔を塗り上げた。


「お前達に試練が舞い降りた」

 男は一切の躊躇ためらいもなく女神に再度近づく。


「やめて、来ないで……」

 女はそんな恐怖を体現したかの様な男に尻もちをつき、それでも男から離れようと後ろへ後退る。


「向き合う時だ」

 しかし女の抵抗は虚しく男に再度捕まり、今度は銀髪の長い髪を掴まれ無理やり立ち上がらせられる。


「此処でお前が俺を転生させなければ殺す。もう二十三人もお前のような世迷言よまいごとを口にする女神を殺してきた。そろそろ飽き飽きしてきたんだ。出来れば俺も殺したくは無い。さあ選べ」


 女神はその言葉を聞いた後、双眸に涙を浮かべながら頷いた────。


 女神は圧倒的な恐怖を前に生への執着しゅうちゃくこだわってしまった。


 その頷きを見たのち、男はまるで道具の様に雑に女神の髪を離した。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 女は涙を流しながら神への赦しを請う。


「さあ、早くしろ。どこでもいい。お前が今まで転生させてきた奴らの所へ飛ばせ」


「はい……」

 女は男は再度右手をかざした。

 そこには先程の魔術とは違ったまた別の魔力が光を帯びて集まって行く。

 そしてその光は男を囲うように散らばって行く。


「これでいつでも飛ばせます……」


「飛ばす前に国の詳細を教えろ」


「ファルグリア王国。かつて魔王が支配していた国を転生者様が圧倒的な力で取り戻しました……」


「転生者の過去は」


「三十二歳までニート。コンビニで立ち読みをした帰りに車で跳ねられ死亡です……」


「ありがとう。では飛ばしてくれ」

 淡々とした会話はすぐに終わり、男は腕を組みながら転生を待つ。

 そして光は淡い光から眩い光に変化を遂げて行く。


「あぁ、そうだ。一つ言い忘れていたな」

 しかし男は飛ばされる瞬間に口を開いた。


「その世界の転生者を殺した後にまた此処へ戻ってくる。そしたら次の場所もお前に飛ばしてもらう。変な気は起こすなよ。もし何か不審な動きをしたのならばその時はお前を容赦なく殺すからな」


 次の瞬間に男の姿は消え、殺風景な部屋に女神が一人取り残されていた。


 その女神の顔は恐怖から絶望へ変貌をしていた。

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