第11話 旅立ち

 泣いて引き留めてくるミランダ、俺の旅立ちを聞きつけ悲しみに打ちひしがれる街の皆を振り切り、見慣れた城下町に暫しの別れを告げ、北へ北へと歩き続けていくこと早一時間ってところか……。


 スタスタスタスタ……。

 ガラガラガラガラ……。

 スタスタスタスタ……。

 ガラガラガラガラ……。


「………………」


 スタスタスタスタ……。

 ガラガラガラガラ……。


「……(ぷるぷるぷるぷるっ)」


 スタスタ……。

 ガラガラガ……。


「ダァアアアアアアアアアアアアッ‼ さっきから、ガラガラガラガラうるせーってんだよっ‼」


 皆からは、雲一つないこの青空よりも広い心の持ち主といわれている俺も流石に我慢の限界ってなもんで、堪らず足を止め後ろへ振り返るなり、目の前に列をなしている馬車に向かってあらん限りの大声でもって怒鳴り散らしていく。


 と、


 ガチャッ‼

 

 勢いよくも手前の馬車の扉が開いたかと思えば、


「な、何だと貴様っ‼ 平民の分際で、我らに対し文句でもあるというのかっ⁉」

「あったりめーだ、タコっ‼ 金魚のフンでもあるめーし、うざってーに決まってんだろーがっ‼」

「なな……⁉ き、金魚の……。きっさまぁああああっ、由緒正しき王家の馬車をつかまえて、あ、あんな低俗な、き、金魚のフンなどと……。た、只でおかんぞっ‼」


 と、バカ貴族が咆えれば、


「……お、おい、聞いたか、今の……?」

「ああ、い、如何に勇者とはいえ、平民の分際で我らにあのような振る舞い……。とても許せるものではないっ‼」

「おのれ、平民め、目にもの見せてくれるわっ‼」

「あのような物言いを許したとあってはっ! 平民、許すまじっ‼」


 俺の至極真っ当な意見に対し、真っ向から対立する姿勢を見せていく馬鹿ども……。

 周りの連中も全員が全員でないにしろ、それなりの家格のバカ息子共ということも相まって、バカ貴族同様、これまた見事なまでの連鎖反応を引き起こしていく。

 

 おーおー、ボンクラ共が間抜け面並べてどいつもこいつもいきり立ちやがって。

 そんな風に今にも暴発しちまいそうな馬鹿どもを俺はぐるりと見渡していった。


「………………」


 フン、この中にはあの時、酒場現場にいなかった奴らも多いとはいえ……。

 テメーらの大事なお姫様があんだけ苦労して――。ある意味じゃあ命懸けでもって得たもんを部下のテメーらが全部台無しにしようってんだからな……。

 こんな笑える話はねーわな。くくく、揃いも揃って、ホント大したもんだぜ、テメーらは……♪


 そんなことを考えながらも俺はスッと剣を抜き去ると、奴らに向かって叫んだ。


「へっ、上等だ、ボケッ‼ オラッ、くるなら来て見やがれってんだ、カスどもがっ‼ どいつもこいつも返り討ちにしてやんぜっ‼」


 嬉々としてそう叫ぶなり、ジリジリとボンクラ共が俺との距離を縮めてくる中、まぁ、何となく予想はしていたが――。


「止めないか、お前たちぃっ‼」


 ハイハイ……。最早、お馴染みになりつつある鶴の一声とともに、今度はその奥の一際豪華な馬車の扉が開け放たれるやいなや、例によってお姫様が姿を現していく。


 と、


 ザザザッ‼


 自分らにとっての絶対的な君主様の登場に今の今まで咆えまくっていたアホ共がその場で一斉に跪き、お姫様に対し敬意を示していく。


 一方お姫様はというとそんな馬鹿どもには目もくれず、颯爽と馬車から降りたかと思えば、俺たちの方へ向かって歩いてくるなり、


「フェルナード、お前自らが率先して騒ぎを大きくしてどうするつもりだ? そんなことでは皆に示しがつかんだろうがっ‼」

「ハッ、も、申し訳ありませんでした。カーネリア様……」

「全く……。勇者殿も重ね重ね申し訳ないが、ここは私の顔に免じてこの場は矛を収めてもらいたい」


 仕方なく、お姫様の顔ってヤツを立ててやることにした俺は剣を鞘へと戻していく。


「済まないな、感謝する。それはそうと……。フェルナードよ、勇者殿が言われることにも一理あると私も思う。私もいささか荷が多すぎるような気がしないでもないのだが……。その点についてはどうだ?」


 いささかぁ~~? 駄目だ、こりゃあ……。このお姫様も結局こいつらよりほんの少しマシってなくらいで、基本的には世間とは掛け離れた考えをしてやがらぁ……。


「ハッ、で、ですが、これでも必要最低限に抑えたつもりではあるのですが……」

「ホォ~~~、必要最低限、ねぇ~?」

「な、何だ貴様? 言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうなのだっ!」


 そう言ってジロリと睨みつけてくるバカ貴族はとりあえず無視シカトするとして、俺は後続にずら~っと連なっている馬車連へと目を向けていく。


 と、そこには、数百メートル先までもギッチリ馬車の列が延々続いていて……。


「ハァ~~~ッ、ったくよぉ~、民族大移動でもあるめーし……。旅なんてもんはなぁ~、剣一本だけ持って後は着の身着のままで旅立ちゃあイイんだよ!」


 てな感じに声を大にしてハッキリと断言してやった。


「ホォ~~、流石勇者殿だ……。言葉に重みというか得も言われぬ説得力があるな」

「い、いけません、このような者の戯言に耳を傾けては……‼」

「しかし、郷に入っては郷に従えともいうしな……。旅ということに関していうなら、勇者殿の方が我らより遥かに明るいのも事実……」

「おーおー、流石お姫様はちゃんとわかってるじゃねーか……。それに引き替えテメーときたら……。頭の中に脳ミソじゃなくてタンポポでも咲き乱れてんじゃねーのか?」

「ぐっ‼ そ、それに他の者たちはいざ知らず、護衛の者たちまで帰すのは余りにも無謀すぎますっ‼」


 バカ貴族にしては真っ当な意見に対し、俺としては珍しくも野郎の意見に賛同の意を示していく。


「おーおー、その意見に関しては俺も同感だ。護衛の奴らだけは返さねー方がいいと俺も思うね。へぇ~、ちったぁテメーも賢くなってきたみてーだな」

「お、おい、き、貴様、今度は一体何を企んでいるんだ……?」

「おいおい、そんな、企むなんて人聞きの悪い……。俺はただ純粋にオメーのことを褒めてるだけだぜ」

「ふ、ふざけるなっ‼ 貴様に限ってそんなことある筈がなかろうっ⁉ 言え、何を考えているんだっ⁉」


 余りに俺らしからぬ物言いに不信感を抱いたのか執拗なまでに追及してきやがる。

 ま、気持ちはわからんでもねーがな……。


「いやいや、だから誤解だって……‼ 俺はよぉ~、オメーがようやく自分ってもんを理解したんだなと思って感心してたんだよ、いや、ホントそれだけだって」

「な、何だとっ? ど、どういう意味だ? さ、さっきから一体、貴様は何を言っているんだっ⁉」


 そんなバカ貴族の疑問に対し、自分で言うのもなんだが、それはもう底意地の悪い笑みでもって俺は答えてやった。


「――だからよぉ~‼ よ~するに、テメーはこう言ってるわけだろ? 僕一人の力ではお姫様を護り抜く自信がないので、護衛の皆さん、しっかりお姫様を護って下さいねぇ~……ってよ♡」

「――――‼」


 俺のそんな発言を受け、ぶるぶると肩を震わせたかと思えば、


「……ふ、ふざけるなっ‼ わ、私が、この私が……。一人では、か、カーネリア様を御守することが出来ないとでもいうつもりかっ⁉」

「あん? 違うのかよ?」

「あ――当たり前だっ‼ 貴様などと一緒にするなっ‼ 護衛などいなくとも、わ、私一人でも必ずカーネリア様は護り抜いてみせるっ‼」

「おーおー、スゲー自信だなぁ……。そっかそっか、なら俺の勘違いだったってことかぁ……。なぁ~んだ……。だったら一人でもお姫様を護り抜けるってところをしっかりとお姫様にも見せてやるこったなぁ♪」

「ふ、フン、そんなこと今更、貴様に言われるまでもないことだっ‼」


 吐き捨てるようにそれだけ言うと、今度は間抜け面並べてこの状況を見舞っていた部下共へと口を開いていった。


「聞いての通りだ、お前たちっ! お前たちはこれより速やかにヴァイセルグへと帰城しろっ‼ カーネリア様の護衛兼その他一切合切の雑事等も私一人で十分だっ! お前たちは速やかに帰城し、有事に備え普段通り練度を上げることに努めていけっ‼」


「し、しかし隊長……! そ、それは、余りに……‼」

「黙れっ‼ 私が大丈夫だといったら大丈夫なんだっ! いいからさっさとこの場から立ち去らんかぁーーーーっ‼」

「……は、ハァ……。そ、それでは我々は、これで……」


 こうしてお姫様にも一応のお伺い挨拶を済ませると、内心、後ろ髪惹かれる思いも早々にこの場を後にしていくボンクラ共……。

 

 結局、あれだけあった馬車や人員は嘘のようにキレイサッパリ消えうせ、残されたのは俺たち三人だけとなった。

 そんな状態にもかかわらず、満足そうな、それこそ自信に満ちた表情とともにクルリと主へと向き直るなり、


「カーネリア様っ‼ このフェルナード、身命を賭して警護に当たらせていただく所存っ、どうかご安心くださいませっ‼」

「む? あ、ああ、期待しているぞ、フェルナードよ……」

「ハハッ!」


 こんな状況だ。流石のお姫様も首を縦に振らざるを得ないわな……。


 とまぁ、そんなやり取りをすぐ後ろで見ていた俺は、正直噴き出さないようにするのに精一杯だった。


 ぷっ、くくく……。ホント、呆れるくらいに単純なやっちゃなぁ~。

 てか、やっぱバカだなコイツ……。この間、俺があんだけテメーの実力身の程ってもんを分からせてやったってにもかかわらず、大言壮語にもほどがあるってーの。

 全く、聞いてるコッチの方が赤面しそうになったぜ。

 そもそも本気でお姫様を護りてーってんならテメーのそのちっぽけなクソの役にも立たねー誇りなんかかなぐり捨ててでも、衛兵どもだけは死んでも連れていくべきだったんだよ……。にもかかわらず、このバカはそうしなかった。

 要するにこいつは誇り誇り言ってるテメーに酔っていたいだけのごみクズヤローってこったな。

 ケッ、間違いねー、コイツ、自らの行いで主を殺すタイプの大バカヤローだぜ。

 お姫様もさぞ喜ばれていることだろうよ。

 テメーみてーな向こう見ずなボンクラを部下に持っちまったことをな♪


 二人の後ろ姿にそんなことを考えつつも、ともあれ当初の予定通り、無事邪魔な奴らも追っ払うことにも成功したことだし――。

 こうして俺は新たなる旅路の一歩とやら踏み出し、ボンクラ共は地獄への一歩を踏み出していくことになるのであった――……なんつってな♪


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