第10話 メリット

「――勇者殿、今回の一件、本当に済まなかったな。勇者殿の広い心に救われ思いだ……。本当に感謝する」


 再度謝罪の言葉を口にするなり、改めて俺との話し合いを進めるべく向かい合う形でもって俺の正面の席へと腰を下ろしていくお姫様。


「おう、死ぬまで感謝しろい! それはそうと、とりあえずミランダ、俺にウェェルの大ジョッキ頼まぁ! バカの相手してたらすっかり喉乾いちまったぜ」

「ぬっ、バッ!? ――き、貴様っ‼」

「あいよ」


 そう返事をし隣の席に座っていたミランダが立ち上がろうとした矢先、


「お、おい、き、貴様っ、これからカーネリア様が大切なお話をなさるというのに、よもや酒を飲みながら話を訊くつもりではあるまいなっ⁉」

「あん? あたりめーだろーが。酒場にやってきといて態々わざわざ水注文する奴がどこにいるってんだよ? オメーそこまでバカなのかよっ?」

「そ、そういうことを言っているのではないっ‼ わ、私が言いたいのは、カーネリア様に対し――」

「構わん、フェルナード……」

「し、しかし、こんな無礼な振る舞いを許したとあっては――」

「私が良いと言っているのだ……。そんなことより、ミランダ殿……。済まないが、私にもウェェルとやらを頂けまいか? 無論、金銭は支払うつもりだ」


 そんなこんなで二人分の注文を受け、ミランダが店の奥へと姿を消していった。


 にしても、あんだけイビリ倒してやったにもかかわらず、相も変わらず復活の早いこって……。まぁ、腕ぶった斬られた次の日に、平気な顔でもって現れるくらいぶっ飛んでるヤローだしな、気にするだけ疲れるだけかもな……。


 ともあれ、こうして俺とお姫様二人によるサシの飲み会ってヤツが始まった。



「待たせたね、ホラよ、ガーネット……。それから、お姫様も……」


 そういうとウェェルがなみなみと注がれた大ジョッキを俺とお姫様の目の前へと置いていくなり再び厨房の方へと消えていくミランダ。


 そんなミランダ見送る一方で、早速運ばれてきた大ジョッキへと視線を落としていくなり、


「へへ、きたきた♡ では、早速……」


 待ってましたとばかりに、ガッと大ジョッキの取っ手部分を掴み取るなり、


「んぐ、んぐ、んぐ、んぐ……――」

「…………」


 これでもかと豪快にあおっていく。

 と、そんな俺の姿を何やらお姫様がジィッとつぶさに観察しているも、そんなこといちいち気にしてられっかってなもんで、ぐぐいっと更に大ジョッキを傾けていきゃあ、オメー……。


「――プッハァアアアアアッ‼ くぅ~~~~っ、や、やっぱウェェルは最高だぜぇっ♪ この一杯の為に生きてるって言っても過言じゃねーな♪」

「………………ごくっ‼」


 そんな俺の姿に触発でもされたのか、


「なっ⁉ か、カーネリア様っ⁉」

「んぐ、んぐ、んぐ……――フゥ~~~~ッ‼ ほ、本当に、う、美味いな……♡ 生まれて初めて飲んだが、ウェェルというものはこんなにも美味いものだったのだな……♪」


 そんなお姫様の姿にハラハラしっぱなしだったバカ貴族が又してもここで口を挟んできて、


「か、カーネリア様っ⁉ そ、そのような、ま、まるで平民のような下品な飲み方をなされては……‼」


 チッ、人が気分良く飲んでる横で鬱陶しいヤローだなぁ~‼

 くそ、やっぱりあの時、首を要求しとくんだったぜ。そ~だ、何なら今からでも言ってみっかな?


「なぁ~なぁ~、お姫様よぉ~、ちょっといいかい? さっき言い忘れてたんだけどよぉ~……」


 それこそツマミでも頼むみたいな軽いノリでもってバカ貴族の首を注文するべくお姫様に声を掛けようとするも、


 ドンッ‼


「――⁉ うおっ、な、何だよ、急に……?」


 そんな音とともに俺のテーブルにまだ頼んでもなかった追加のウェェルが運ばれてきて。


「はいよ、お待ちどおさん、ガーネット」

「み、ミランダ? え? お、俺、まだ頼んでなんかねーぞ?」

「知ってるよ、だけどね、これ以上店を汚されるのは御免蒙ゴメンこうむりたいと思ってね……」

「………………」

「………………」


 へーへー、わっかりやしたよぉ~。


 どうやらミランダには全部お見通しだったようで、釘を刺しにきたってところか……。

 少し納得いかないものを感じつつも、折角運ばれてきた大ジョッキだとこの際有難くソイツに手をかけ改めてソイツをグイッとあおろうもんなら、


「んぐ、んぐ、んぐ、んぐ……プッハァアアアアアアアアッ、くぅ~~、チキショーッ、や、やっぱりうめぇえええええっ‼」


 そんなこんなでコレを機にいつものどんちゃん騒ぎに突入かと思いきや、不意に俺が零した一言によってその様相を一変させていくこととなる――。



「ハァ~~、うめえぇ、やっぱここのウェェルは最高だぜ♪ ……で、話ってのは何よ? そろそろ本題に入ったらどうよ?」

「――‼」

「――‼」

「「「「――‼」」」」


 俺のそんな声に今までの緩い空気から一転、酒場全体にある種の緊張感が走るやいなや、再び水を打ったような静けさに包まれる店内でお姫様がゆっくりとその口を開いていく。


「……気付いていたのか?」

「あったりめーだ、テメーがさっきから切り出すタイミングを窺ってたのなんかバレバレだっつーのっ‼」

「ふむ、流石勇者殿、といったところか……。いいだろう、私も余り言葉を飾るのは好みではないのでな……。ここはあえて率直に言わせてもらおう――。勇者殿、私を貴殿のパーティーに参加させてもらいたいっ‼」


 言葉を濁すでもなくハッキリそういうと、赤尖晶レッド・スピネルの瞳が真っ直ぐに俺を見つめてくる。


「ケッ、何の話かと思えば、やっぱりその事かよ? その話なら昨日ハッキリと断った筈だぜ?」

「ああ、勿論覚えているさ。だが、私も言ったであろう? コチラとしてもおめおめと引き下がるわけにはいかないと……」

「おいおい、コッチの事情はお構いなしかよ? テメーら貴族ってのは、ホント自分勝手な生きもんだなぁ……。全く、どういう教育を受けてきたらこんな捻じ曲がった性格になっちまうのかねぇ~。やれやれ、ホント、親の顔が見てみたいもんだぜ……」

「父上の顔なら昨日王城で見たのではないか?」

「あん?」

「………………」

「………………」


 ああ、そういやあ、このねーちゃん、お姫様だったっけか? …………ウゲッ!? あの国王ジジイの顔を思いだしたら何だか気分悪くなってきちまったぜ……。


 にしても、このお姫様……。女にしとくにゃあ勿体ないくらいのいい根性してるぜ。

 もっともヤロー相手だったら、散々ボコった挙句、手首足首縛り上げてそのまま肥溜めにでも蹴り落としてやったところだがな……。

 女に生まれたことを精々神様とやらに感謝するこったな。


 そんなことを考えつつも、再びジョッキを手に取りグビリグビリとやっていたところへ、


「ふ~~む、どうしたものかな? 正直、この話は勇者殿にとってもそんなに悪い話でもないと思うのだがなぁ~。私が勇者殿のパーティーに加えてもらうにあたって十分な見返りメリットがあると思うが……?」


 そんな意味深なセリフを口にしていくお姫様。


「ほ~、おもしれーじゃねーか、一体、どんな見返りメリットがあるっていうんだよ? ぜひともお訊かせ願いて―もんだな」


 そう言って今一度、大ジョッキを呷っていく。


「そうだな、一番わかりやすい例でいうなら、例えば、コネクション作りもその一つだな」

「ハァ~? コネクション作りぃ?」

「うむ、気を悪くしないで聞いてもらいたいのだが、いかな勇者殿とはいえ、悪くいってしまえば所詮、平民だ……。中にはそのことを見下し、陰口をたたく者も少なからずいるだろう……」


 ああ、テメーの部下に特にな……‼


「だが私という王家に連なるものが側にいればそういった煩わしいことからも解放されるし、何より今後必ず必要となってくるであろう相応の地位にある者たちとの交渉、より自分たちに有利な条件での協力関係の形成などに役立つと思うのだが? 更には、勇者殿自身の宣伝といったら聞こえは悪いが、各国の王や権力者たちに顔を売る絶好の機会だと思うのだが?」


 どうだとばかりにドヤ顔を向けてくるお姫様に対し、俺の答えはというと、


「ふ~~む、コネクション……。コネクション作りねぇ~。悪いけど、全く以ってこれっぽっちも興味ねぇ~なぁ~」

「え……? き、興味、ない……?」


 駆け引き云々じゃなく、提示された案にマジで魅力を感じられなかった俺はいとも簡単にお姫様渾身のカードを一蹴していく。


 ち、何だよ、見返りメリットなんて言うから期待してみりゃあ、そんなことかよ?

 俺はてっきり、世界中の女(美女限定)抱きホーダイとか何もしねーでも金が無限に手に入るとかウェェル一生飲みホーダイとかそういうのを期待してたのによぉ~……。

 コネクション作りねぇ~? ハァ~、貴族ってヤツはそんなめんどくせーことしてまでも今ある自分の地位を護りてーもんなのかねぇ? ホント、くっだらねー生きもんだな……。


 そんな俺の態度に目に見えて動揺するお姫様。

 この様子じゃあ、俺が『マジかよ⁉ そりゃあイイ、是非とも頼むわっ‼』とかなんとか言ってくるとでも思ってたんだろうなぁ……。

 ケッ、全く……相も変わらずお目出たいというかなんというか……。

 テメーらみてーに常に群れてねーと生きらんねーような雑魚共と俺を一緒にすんじゃねーってんだよっ‼


 が、そんなこととも知らず、泡を食ったような勢いでもって尚も食い下がってくるお姫様。


「し、しかし、か、考えてみてくれ、勇者殿っ⁉ 魔王を倒すにあたっては各国の協力が必要な場面も当然やってくるであろう? そ、そんな時に私やその他の協力者の存在があった方が断然話が円滑に進むと思うのだが⁉」

「あ~~ん? 別に関係ねーよ、んなもん。そもそも魔王なんか倒しに行くつもりなんてサラサラねーわけだし……」

「は? ゆ、勇者、どの……。い、今、何と……?」

「あん? …………――あっ⁉ い、いや、あの、その……」


 い、いっけねーいっけねー。このことはまだ伏せといた方がいいかもしんねーな!


「ま――まぁ、そ、そうだなぁ~、コネクション作りは大切だっ‼ うん、た、確かにお姫様の言う事に一理あるかも知んねーな‼」

「う、うむ、わ、分かってもらえてよかった……。ああ、うむ、……?」


 あ、あぶねーところだったぜ。酒が入ってるせいかついつい余計なことまで喋っちまいそうになっちまったぜ。


 一旦頭を落ち着ける(?)意味でも、再び大ジョッキへと手を伸ばしていく。


「んぐ、んぐ、んぐ……」

「ごほんっ――。そ、それはそうと、他にもこんな見返りメリットもあるぞ。例えば、そうだな……。――昨日、王城から忽然と消えたいくつかの美術品の関しての話……とかな♪」


「んぐ、んぐぅっ!? ――ブゥウウウウウウウウウウッ‼」


 俺は口に含んでいた大量のウェェルをすぐ隣のテーブル席に座ってこちらの様子を食い入るように観察していたバカ貴族の顔面に向けて盛大に噴き出してしまった。

 

「なっ⁉ き、貴様、い、一体何のつもりだっ‼」

「ゲホゲホゲホッ‼ ――ああ、し、しまったっ⁉ お、俺としたことが、うぅ、も、勿体ねー、せっかくのウェェルが……‼」


 横で喚くバカ貴族はシカトしつつも改めてお姫様へと視線を戻していく。

 と、そこには、


「よもや、身に覚えがないとは言うまいな、勇者殿?」


 そう言って笑顔を向けてくるお姫様。


 チッ、この調子じゃあ調べはすでについてるってことかよ?

 ってことは、あの道具屋のオヤジが口割りやがったのか?

 くそ、あのヤロー……‼ 大切な顧客の情報をあっさり喋りやがったなぁ~、チキショーめ、今度会ったらぶっ殺してやんぜ、あのオヤジっ‼


 道具屋のオヤジに対し、沸々と殺意が芽生えてきたところへ、


「それと最後にもう一つ、この店についてだが……」

「――⁉」


「私たちが旅に出ている間はもとより、私の名において誰であろうとこの店には今後一切手出しをすることは許さんと命じることも可能だ」

「そいつは一体、どういうことだ?」

「何、万が一に備えてだ。流石に昨日のようなことがあったばかりだからな、良からぬことを考える者も出てくるかもしれない……。つまりは保険のようなものだな」

「………………」

「? どうかしたのか、勇者殿?」

「……何だそりゃあ。この俺相手に人質でもとったつもりでいやがるのかよ⁉」

「――――⁉」

「――――⁉」

「「「「――――⁉」」」」


 そういうとお姫様を睨みつけていた俺の目がスゥーーッと鋭くなっていく。


 と、同時に、


「……ん? お、おい、お前……。さ、さっきから、な、何で震えてんだ?」

「へ? あ、あれ? お、おかしいな……? って、お、お前の方こそ、震えまくってんじゃねーか」

「え? な、何だコレ? ふ、震えが止まらない……⁉ お、俺の身体、い、一体ど、どうなっちゃったんだよぉ⁉」

「くっ!? こ、これは……⁉ か、カーネリア、様ぁっ……⁉」


 バカ貴族はもとより、どいつもこいつも自らの身体に起こった突然の変調に狼狽えだしていく。

 これでも大分抑えちゃいるつもりなんだが、それでも僅かに漏れ出す剣気に充てられ、酒場にいるミランダ以外の全ての人間がガタガタと訳も分からずその体を恐怖によって震わせていく。

 当然、ソレはお姫様も例外ではなく、


「で、どうなんだよ、お姫様よぉ?」

「ゴクッ……。そ、そんなつもりはない。これはあくまでも一般論だ……」


 額にこれでもかと冷や汗を浮かべながらも俺相手に、目を逸らすでもなければ一歩も引かずに真っ向から向かって来ようとするお姫様。


「………………」

「………………」

「………………」

「「「「………………ごくんっ‼」」」」


 そんな俺たちを、固唾を呑んで見守るバカ貴族たちを尻目に、俺が口を開いていった。


「チッ、まぁ、いいだろう……。だが、コッチにもいくつか条件がある」

「――‼ ……そ、そうか、よ、よかったぁ……! も、勿論、遠慮なく何でも言ってみてくれっ!」

「前にも言ったと思うが、俺は誰ともパーティーなんか組む気はねー。ソレはテメーの話を訊いた今でも変わらねー。……だが、そんな俺にテメーらが付いてくるのは勝手だ……」

「それは、つまり……⁉」

「ああ、そのかし、付いて来れねーときは遠慮なく置いてくし、後、テメーの身はテメー自身で守れよな。この際だからハッキリ言っとくがテメーらが途中で死にかけようがピンチになろうが、俺は助ける気なんてサラサラねー。それともう一つ、途中でテメーらが怪我、病気、はたまた魔物ないし誰かに殺されておっ死んじまったとしてもそいつは自己責任だ。一切俺に責任を求めたりしねーこと……。ソレを守れるってんなら好きにしたらいいさ」

「ああ、それで構わないっ‼」


 ようやっと念願叶って俺との交渉を成立させ、握手を求めてくるお姫様に対し、俺は今一度釘を刺しに行く。


「フン、浮かれるのは結構だが、最後にこれだけは言っとくぜ。万が一にでもテメーが言ったことをたがえてみやがれ……。この店を引き合いに出した以上、例えそれがテメーの関係者であろうがなかろうがそんなもんは俺には関係ねー……。この店、並びにミランダに何かあった日にゃあ、そんときゃあ、あの国王ジジイの命はもちろん、テメー、あの城の関係者、並びに家族、近親者、恋人、友人に至るまでことごとく皆殺しにしてやんぜ……‼」

「……肝に銘じておく」



 とまぁ、そんなこんなで大分予定とは違っちまったが今回は一件落着ってヤツかな……。

 ま、こちとら元々旅に出るつもりで当座の資金を作ってたわけだしな。今回のことがなくても近々この街を出るつもりだった訳だし……。踏ん切りがついたとでも思えばいいか……。


「ってことでよ、ミランダ。俺はしばらくこの街を留守にするぜ? ま、俺がいなくなって寂しいかもしれねーけど、我慢してくれや。なぁ~に、ほんの少しの辛抱よ、すぐにまた会える日もくらぁ~な♪」

「そうかい」


 あえて明るく言う俺に対し、素っ気なくもそれだけ言うと又黙り込んでしまうミランダ。


「おいおい、そんだけかよ? 『嫌、行かないで、ガーネット‼』とかそういう言葉は出てこねーのかよ?」

「…………」

「ったく、相変わらず可愛げのねー女だぜ」


 そう言って店を後にすべく、店の入り口近くまで歩いていった時だった。


「ガーネット」

「あん?」

「今度、アンタが戻ってくる時までに極上のウェェルを用意しといてやるよ」

「あ?」

「………」


 思いもよらなかったミランダからのそんな一言にキョトンと何とも間の抜けた顔を晒すことになるも、


「へっ、そいつは楽しみにしておくぜ、んじゃ、あばよっ♪」


 こうして俺は、ヴァイセルグの城下町を後にすることとなった――。

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