第9話 謝罪
店の入り口付近から発せられた一際鋭くも凛としたそんな声に、この場にいた全員の意識がそちらへと向けられていった。
あわや一触即発か⁉ そんな場面でもって現れたのは又しても例のお姫様ときたもんだい。
全く、ホント狙ったようなタイミングでもって現れるもんだな。
ひょっとして、どっかでスタンバッてたりしたんじゃねーだろうな?
そんな俺の考えはひとまず置いとくとして――。
ツカツカツカツカ……。
周りの奴らが息をのんで見守る中、その形の良い眉を吊り上げ、あくまでも無言のままバカ貴族の前までやってきたかと思えば、
パーーーーーーーンッ‼
店内にそんな乾いた音が響き渡った――。
「――ッ⁉ か、カーネリア様!?」
おっほっ、痛そぉ~……。
俺のそんな感想とともに、お姫様による鋭い平手の一撃がバカ貴族の頬を思いっきり打ち据えた直後、
「フェルナードッ‼ 貴様っ、これは一体何のつもりだっ⁉ 誰がこのような真似をしろと命じたっ⁉ そして、何よりも昨日の失態から一体何を学んだのだっ⁉ それをまたこのような……。フェルナードッ‼ お前の剣はそれほどまでに安っぽいものだったのかっ⁉」
「――‼ は、ハハッ、も、申し訳ございませんでした、か、カーネリア様っ……」
お姫様に叱責されたことが相当に堪えたと見えて、ガックリと床に
一方で、余りにも衝撃的な二人のそんなやり取りに凍り付いたかのように静まり返る店内……。
んで、そんな奴らのやり取りを目の前で見せつけられていた俺はというと――。
ケケッ、いい気味だぜ、バ~~カ♪ 調子こいてるからそーなんだよ。もう一生そうしてろってんだ、ボケが!
あ~、ついでにこのまま腹でも斬って死んでくんねーかな、コイツ……。
そうすりゃあ、その不愉快なツラ、二度と見なくても済むんだがなぁ……。
にしても、このお姫様のセリフも貴族様ならではだねぇ~。
てか、剣に高いも安っぽいもねーだろうが……。あるのは強いか弱いか、生きるか死ぬかだけなんだよ。
全くこのお姫様こそ昨日の件で一体何を学んだんだか?
相も変わらずズレた所でぬるま湯につかりまくっているボンクラ共によるお涙頂戴劇を延々見せつけられ、そんな感想を抱いていたところへ、
「――勇者殿っ!」
「?」
お? 何だ何だ……?
相も変わらず項垂れたままのバカ貴族にはあえて一瞥もくれず、お姫様が俺のことを見据えてきたかと思えば、軽い足取りでもってすぐ側まで近づいてくるなり、
スゥッ――。
「勇者殿、並びにミランダ殿、先ずは昨日の一件、心より謝罪したい――。昨日といい今日といい、今回の件は何れも配下の者たちの暴走を未然に食い止められなかった私に責任がある……。全ては私の未熟さゆえのこと……。本当に済まなかった……」
そう謝罪の言葉を口にするなり、これまた驚くほど素直に頭を下げてきやがった。
瞬間、店内にこれまでで一番大きなどよめきが起こった。
「か――カーネリア様っ⁉ い、一体、何をっ‼」
それこそ、今しがたまで項垂れていたバカ貴族を皮切りに、
「ひ、姫様っ‼ ひ、姫様が、あ、頭をお下げになるなんて……‼」
「そ、そんな、あ、あの気高き姫様が……」
「へ、平民ごときに……。そんなお姿を……」
まるで伝染でもしていくかのように、絶対なる存在の信じ難い姿を目の当たりにしたことですっかり動揺しまくる兵士共。
中でも一際激しく反応を示したのが、
「お――お止め下さいっ、か、カーネリア様っ‼ な、何もカーネリア様御自らが頭をお下げになるなど――。否、それ以前に、お、王女ともあろうお方が人に頭を下げるなど断じてしてはなりませんっ‼」
それまで大人しくお座りしていたお姫様に忠実な
てか、テメー、まだ立てとは命令されてねーのに勝手に立ち上がってんじゃねーよ‼ 全く、躾のなってねー
そんなバカ貴族に対し、叱責するでもなければ只々ジッと野郎の目をまじろぎもせず見つめ続けていくお姫様。
「か、カーネリア、様……?」
「………………」
俺が思うにお姫様のそうした一連の行動にはそれなりに意味があって、
『フェルナードよ、何故気が付かぬっ⁉ お前ならきっと分かるはずだっ‼ そう、言葉などではなく、自らの心でもって私の真意を感じ取って見せろっ‼』――。
みたいなことを考えてのことなんだろうけどよぉ~……。
ホント、くっだらねーこと考えてやがんなぁ~このお姫様はよぉ~。
んなもん通じるわきゃねーだろ? 心なんかでどないせいっつーんだよっ?
言葉で言って分かんねー奴には鉄拳制裁ってのが遥か神話の時代から脈々と受け継がれてきた一番手っ取り早い方法なんだよっ‼
ったくよぉ~、これだから温室育ちのブルジョアは困るんだよ。全く世間ってもんを知らなさすぎるぜ……。
そんなことを考えていた矢先、意外や意外、そんなお姫様の心を汲み取ったのか、バカ貴族が何かを決意したような――。そんな目つきでもって俺へと向き直るなり、キッとコチラを睨みつけてきたかと思えば、
「っ‼ ――ぅっ、も、申し訳ありませんでした、ゆ、勇者殿っ、そしてミランダ殿っ‼」
「「「「――申し訳ありませんでしたっ‼」」」」
バカ貴族は勿論、この場にいた兵士全員が俺とミランダに対して深く頭を下げてきた。
あ~~、俺ホントに貴族じゃなくてよかったわ。
「……………………」
「……………………」
とはいえ、このバカ貴族。口でこそ詫びを入れちゃいるが、目が全然謝ってねーぞ……。
俺は改めて、目の前で頭を下げているバカ貴族の目ってヤツをジッと見据えていった。
「(くそ、何で私がこんな平民如きに……‼)」
目は口ほどに物を言うとは言うが、しっかし、ここまで露骨な奴もそれはそれでどうなんだ?
まぁ何にせよ、ホラな? やっぱ俺の言った通りだったろ?
お姫様の心なんかコイツにゃあ全く以って通じてなんかいなかったってことがこれで証明されたって訳だ……。
どうだい、これで分かったろ、お姫様。所詮オメーらの考えてることなんてのは甘っちょろい夢見がちな
ま、今後は人に騙されないように精々気を付けるこったな♪
ま、いずれにせよ、貴族様のこんな姿は早々見れるもんじゃねーし、この機会にたっぷり楽しませてもらうとしますかねぇ~♪
「おいおい、それが謝罪しようって人間の態度かよ? そもそも謝罪する側の人間が俺より高い目線にいるってのはどんなもんなのかねぇ~?」
とりあえず、掴みとしてそんな意味深なセリフを投げかけていく。
といっても、俺が椅子に座ってる以上、
ま、何にせよ、俺の言わんとすることを理解できず相も変わらず間抜け面を晒しているバカ貴族に対し、俺はさらに言葉を続けていく。
「ケッ、相変わらず察しの悪いやっちゃなぁ~。分かんねーなら教えてやんよ。ようするに、地に伏して謝罪しろってんだよっ‼」
「な、何だとっ⁉ そ、それは、どういう……⁉」
「決まってんだろ? 土下座だよ、ド・ゲ・ザ‼ これこそが謝罪の頂点、キングオブ謝罪ってヤツだろーが? ホントに悪いと思ってんなら、それくらいの誠意は見せてもらいてーもんだよなぁ~」
「ふ、ふざけ――」
俺の余りにも出鱈目な要求に対し、カッとなったバカ貴族がいつもの調子ですぐさま反抗の意を示すべく噛みつく姿勢を見せるも、
「え? 何? もしかして、出来ないの? ふ~~~~ん、そう……。だったら無理にしてもらわなくても俺は全然構わないぜ……。オメーがやらねーってんなら、代わりにお姫様にやってもらうだけだしなぁ~♪」
「――⁉」
「……ムッ? 致し方あるまい……。勇者殿がどうしてもと、それを望まれるのであるならば……」
そう呟くと、その場で地面に向かって膝を折る構えをみせたその時だった――。
「ま――待ってくれっ‼ も、申し訳ありませんでしたっ、ゆ、勇者殿、ミランダ殿っ‼ ど、どうか、どうかお許しくださいっ‼」
慌てたようにそう叫ぶなり、それこそ床に顔を打ちつける勢いでもって深々と体を丸め、世にいう土下座を敢行していくバカ貴族。
と、そんな姿を目の当たりにした兵士共までもが、
ガバババッ‼
揃いも揃って全員が同じように土下座の姿勢をとっていく。
こうして俺の目の前には土下座の一団が形成されていった――。
と、そんな普通ではまずお目にかかれないそんな光景を目の当たりにした俺の感想はというと……。
くぅ~~~~~、さいっこうの気分だぜぇ~~~♡ マジ、気分いいわぁ~~♪
ちょい前まであれだけエラソーにしてたボンクラ共が揃いも揃って俺に土下座してるってんだからよぉ~……。
ハァ~~~、やべぇ~な、この快感は一度覚えたら病みつきになっちまいそうだぜ♪
そんなこんなですっかり気をよくした俺は、その後も益々調子に乗っていき――。
「へっ、ったくよぉ~、最初っからそうしろってんだ、アホ共が。だがなぁ~、言われて反省するなんざ猿でもできるってんだよ。要するにテメーらは猿以下なんだよ。分かるか? 分かったらこれからは人の言語喋ってねーで、キーキー言ってろ! 猿以下の分際で誇りがどーたらこーたら言ってエラソーに人間様に指図してんじゃねーよ‼」
「ぐっ、き、貴様ぁっ‼ だ、黙って聞いていおれば、い、いい加減にっ……‼」
と、言った具合に、少しでも反抗の姿勢を見せようもんなら、
「うわぁ~~っ、何、その反抗的な態度ぉ? ――お~~~~い、お姫様ぁ、コイツ全然反省してるようには見えないんですけどぉ~? もしかして、この謝罪は口だけってヤツですかぁ~?」
「――‼」
「……フェルナードっ!」
俺のそんな声にお姫様はというと、苦虫を噛み潰したような困り果てたような何とも言い難い表情でもってバカ貴族に対し、致し方あるまいといった感じも苦言を呈していった。
「――‼ ハハッ、ぐぬぬっ……‼ も、申し訳ありませんでしたっ、ゆ、勇者殿っ‼」
「だから、人語を喋るんじゃねーって言ったばかりだろーが、お前が喋っていいのはキーだ、キー‼」
貴族としてどうしても譲れない、ヤツなりの最後の一線って奴なのかもしれんが、俺の執拗なまでのしつこさに遂に――。
「………………き、キーー……」
「声が小せぇんだよ、何時ものアホ丸出しのデケー声はどうしたんだよっ⁉」
「キーーーーーーーーーーーーーーーッ‼」
店の天井を突き破らんほどのデカい声でそう叫ぶやいなや、俺に対し再び頭を垂れていくバカ貴族。
くぅ~~~~~、やっぱ面白れぇ~♪
こうして俺はその後も延々30分近くにわたってこのバカ貴族共を玩具にして楽しませてもらった♪
んで、きっかり30分後――……。
「――……ゆ、勇者殿……? そ、そろそろ、ご勘弁願えないだろうか……?」
「あ~~~ん?」
俺の執拗なまでのイビリによって息は荒く、顔面は赤鬼の如く赤面し、浮き出る血管に至っては今にもブチ切れそうになっているそんな部下の身を案じてか、お姫様が助け舟を出してきやがった。
正直、俺としてはまだまだ遊び足り言い足りなかったが……。
ま、これ以上事を荒立ててめんどくせーことになってもなんだし……。
ま、バカ貴族とは違ってここは大人の対応ってヤツを一つ――。
「おう、いいぜ、アンタに免じて勘弁してやらー。とりあえず、今回の件はそこのバカ貴族の首一つで我慢しといてやるよ♪」
「そ、そうか、あ、有難い、そう言って貰えるとコチラとしても助かる。本当に済まなかったな、勇者殿……」
心底ホッとしような表情でもって俺に感謝の意を表してくるお姫様。
「………………」
「………………」
……アレ? それだけ? どういうこった?
その後しばらく様子を窺ってみたがお姫様にいたっては、すっかり頭がおかしくなり掛けてたバカ貴族を部下共に介抱するよう指示を出したっきり、一向に動こうとする気配がみられない……。
え~~~と、コレって、もしかして……。冗談と捉えられたってことか? 俺は本気でこのバカ貴族の首を要求したつもりなんだが……。
う~~~む、どうにも伝わっていないみたいなので、俺はもう一度要求してみることにした。
「あのぉ~、お姫様よぉ~。さっきのは冗談なんかじゃな――」
「………………」
そこまで言いかけた時である。あの時のようにいつの間にやら俺のすぐ隣へと座っていたミランダがそっと俺の手に触れるなり、俺の目をじっと見つめてきたかと思えば無言のまま首を横に振る仕草を見せていく。
「………………」
「………………」
へ~へ~、分かりましたよ……。
ともあれ、こうして俺の楽しい時間は終わりを迎え、話はいよいよお姫様らによる本題へと入っていくのであった。
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