第12話 一日目・終了

 道中、あーだこーだと俺とバカ貴族の間で幾度となく衝突が繰り返されるも、その都度、お姫様が間に入るといった状態の中、それでも旅は続いていき――。

 延々歩き続けること数時間――。

 ついには人が立ち入った形跡すらない鬱蒼と樹々が覆い繁る密林の中、道なき道を自ら切り開きながらも深い深い原生林の中を突っ切っていく。


「…………」


 と、ここに一歩足を踏み入れた瞬間から感じてはいたが、常に誰かに監視されているかのような、ネットリと纏わりつくような視線のようなものがずっと付き纏ってきていて……。

 

「へぇ~、コイツは中々どうして……。期待してもよさそうだな……♪」


 足を止め、ボソッとついついそんな感想を漏らしていたところ、


「む? 何だ? 何か言ったか?」

「勇者殿?」


 目ざとくも二匹揃ってすぐさま俺へと声をかけよってきやがるも、


「あん? 別になんでもねーよ。そんなことより、のんびり歩いてっと日が暮れちまうぞ?」

「なっ⁉ き、貴様が急に足を止めたんだろうがっ‼」

「ささ、とっとと行くとしようぜ、お姫様」

「あ、ああ、そうだな……」

「お、オイ、コラッ‼ わ、私を無視するなっ‼」


 こんな感じに相も変わらず喚きまくっているボンクラは無視シカトしたまま更に森の奥へ奥へと突き進んでいく――。


 それから更に数時間が経過し、俺の懸念した通り、案の定、辺りは一面墨汁をぶちまけたかのように真っ暗になっており。

 ホ~ホ~と、梟の鳴き声とともに何かようわからん獣の鳴き声までもがしてくると同時に、空には見事なまでの月が姿を現し、自らの美しさを誇示アピールしていく中――。

 体感ではあるが、おそらく森の中間地点くらいに差し掛かったところで、


「ふぃ~~~っ、ちょいと早い気もするが……。とりあえず、今日のところはこんなもんにしとくとするかな……」


 誰に言うでもなくそう呟くなり、


 ドサッ!


 倒れるように地面へと身体を投げ出すなり、手足を左右へ大きく伸ばしていった俺の目に宝石箱を散りばめたような満天の星空が飛び込んできた。


 と、そんな俺を見下ろすように、


「おい、一体どうしたというんだ? 街まではまだ大分あるぞ? こんなところでグズグズしている時間はないのではないか?」

「勇者殿? 一体どうされたのだ?」


 そんな二人の問いかけに対し、


「……今日はもうしまいだ」

「な、何ぃ?」

「む? というと?」

「だから、今日はここでおしまいだ。もうこれ以上、一歩も歩かねーって言ってんだよ!」

「なっ⁉ ば、バカなことを言うなっ‼ そ、それでは今日は一体、どこへ泊るというのだっ⁉ 宿らしきものもどこにも見当たらんぞっ⁉」


 俺の返事を聞くなり、毎度のことながら喚きたててくるバカ貴族。


「チッ、相変わらず声だけはデケーやっちゃなぁ~……。あったりめーだろ、こんな森の中に宿屋なんかあるわきゃねーだろうが……。あったら逆に不自然だっつーの!」

「だから、どうするつもりなのかと聞いているのだっ‼」

「あ? どうするもこうするも……。ここで野宿する以外、他に何があるってんだよ?」


 あっけらかんと喋る俺に対し、バカ貴族はというと、


「な――⁉ の、野宿、野宿だとぉおおおおおおおおっ!? ……の、野宿とは、アレか? あの野宿か⁉ あの野宿のことを言っているのではあるまいなっ⁉」

「だから、うっせーってんだよっ‼ ったく、野宿ったら一つしかねーだろうが……。それとも、テメーはそんなに色んな野宿を知ってんのかよ?」

「そ、そういうことを言っているのではないっ‼」


 俺の返しに増々ヒートアップしていくバカ貴族に対し、肝心のお姫様はというと、


「ふむ、野宿、か……。そういえば、まだ一度もしたことがなかったな」


 てな感じに、コッチはコッチで野宿という響きに興味津々といった様子のお姫様。


「い、いけません、カーネリア様っ‼ 王族であらせられる貴女様がこんな密林の中で一夜を明かしたなどということが世間の知る所となれば、カーネリア様、ひいてはヴァイセルグ王家までもが軽んじて見られかねませんっ‼」

「どーせ誰も見てねーんだし、そこまで気にすることもねーだろ?」

「や、喧しいっ‼ 貴様は黙っていろっ! そ、それにこんな屋根もなければ――。それこそ、こ、こんないつ魔物が襲ってくるともしれないこんな密林のど真ん中で悠長に野宿するなどと……。し、正気か、貴様っ⁉」

「何だよ、こえーのか? なっさけねーヤローだなぁ。魔物如きにビビるくらいなら、最初っから付いてきたりするんじゃねーよ。テメーみたいな腰抜けは一生家から出ねーで大人しくベッドの中で震えてろってんだ」

「――‼ ふ、ふざけるなっ、だ、誰が魔物なぞ恐れるものかっ‼ わ、私が言っているのは、カーネリア様にご不便を掛けることになることに対し、心苦しく思っていただけだっ‼」


 俺の的を射た指摘に対し、苦し紛れの言い訳を並び立ててくるバカ貴族。


「あ? ご不便ってのは何のこった?」

「色々あるだろうがっ‼ 差し迫った問題として、まず第一に食事にしてもそうだ。今から準備するにしてもこんな密林の中ではろくな食材がある筈もあるまい?」

「あ~~~、ハイハイ……。食材、食材ねぇ~。」


 バカ貴族の話に頷く素振りを見せつつも俺は改めて二人をジッと見つめていく。


「な、何を見ているんだ? お、オイ、き、貴様っ‼」

「? 勇者殿? 本当にどうしたというのだ?」


 俺の不躾な視線に戸惑いを見せる二人に対し、


「ん? ああ、気にすんな、コッチのことだ。え~~~っと、何だっけか? あぁ~、そうそう、食材の件だったな……。その点についちゃあ何も問題ねーと思うぜ。多分、もうそろそろやってくる頃だろうからな……」

「な、何だと? それはどういうことだ?」

「勇者殿……? それは一体? やってくるとは、もしや、勇者殿の知り合いなりがここまで運びに来るということなのか?」

「知り合い? 知り合いねぇ……。ま、知り合いともいえなくもねーか……。うん、ま、そんなところだ……。とりあえず飯のことに関しては大丈夫だから安心してもらって構わねー。で、他には?」


 とりあえずお姫様たちの質問には、あえて言葉を濁すような感じでもってはぐらかしていった。何故かって? そりゃあネタが割れちゃあ面白くねーからさ。ま、所謂ところの俺なりのサプライズってヤツだな♪

 そんなこんなで、再びバカ貴族とのやり取りへと戻していく。


「ぐっ、ほ、他には……。そ――そう、こんな場所だ……。普段であるならこの時間帯は湯浴みをしていただき、心身の疲れを癒すとともにゆったりとお寛ぎなっておられるものを……。この状況ではそれすらも儘ならないではないかっ⁉」

「何だ、んなことかよ? 別に風呂くらい入んなくても死ぬわけでもあるめーし……。あ! そーかそーか、よーするに、テメーはお姫様がくせーっていってんだな?」

「――⁉ そ、そうなのか、フェルナードよ……。じ、自分では気づかなかったが、わ、私は、そんなにも汗臭いのだろうか⁉」


 その雪のような頬を朱に染め、ジト目でもってバカ貴族に対し非難の視線を向けていくお姫様。


「イィッ⁉ め、滅相もございませんっ‼ カーネリア様が汗臭いなどと……。誓って、そのようなこと思ったことはございません。私やそこの平民などと違い、カーネリア様の汗は、言わば天から降り注ぐ女神の祝福‼ 寧ろ私など瓶にでも集めて常に携帯していたいくらいでありますっ‼」

「………………」


 うっわぁ~~、自ら墓穴掘ってねーか? てかコイツ、けったいな性癖してやがんなぁ~。お姫様、ドン引きしちまってるぞ……。


「と、ともかくだ、今言った点もそうだが、何より一番重要なことは、カーネリア様が、そ、その、は、花摘みに行かれる際などは一体どのように対処するつもりだっ⁉」


 花摘みという単語に対し、何やら言いづらそうな……。同時に何やら顔を赤く染め、しどろもどろといった感じのバカ貴族。


「あん? 花摘みぃ? …………――ああっ‼ そうか、ションベンかっ!? ションベンのことだな? な~んだ、だったら最初っからションベンってハッキリ言いやがれってんだ! スカした言い方しやがって……」

「し、ション――⁉ き、貴様の方こそもっとオブラートに包んだ言い方は出来んのかっ⁉」

「ケッ、ビブラートだか何だか知らねーが……。んなもんそこいらで済ませりゃあいいじゃねーか」


 そういうと俺は森の奥を指さしていく。


「なっ⁉ ふ――ふざけるなぁあああああああああああっ‼ き、貴様っ、私はともかく、か、カーネリア様にまで、こんな森の中で用を足せと言うつもりかっ⁉」


 そんなバカ貴族の大声に驚いたように、ギャーギャーと飛び立つ鳥ども。

 過去最大クラスの大声が森の中に木霊していった。


「ッ~~~~~~‼ うっせーな、ボケッ‼ デケー声張り上げてんじゃねーよっ‼ ったく……。ケッ、この間、人前で散々ションベン撒き散らしたションベン小僧が今更気取ってんじゃねーよ」

「――‼ き、きっさまぁ~~っ‼」


 俺のこの発言を受け、またしても、ブチギレて向かってくるかと思いきや、


「……――くっ、か、カーネリア様っ、やはり帰りましょう。こんな野蛮で品性の欠片もないような平民と同じ空気を吸っているだけでも御身にとっては害悪となりかねません。さもなければこの者とはこの場で別れ、我らだけでも先へと進みましょう。私の記憶が確かならば、この森を抜けた先のディマール草原にエルモランド伯爵の屋敷があった筈……。今から立てば、今夜中には辿り着けるかと……」


 おーおー、ホント好きかって言ってくれるぜ。害悪ときたもんだ……。でも、ま、これでこいつ等がいなくなってくれるってんなら俺としても万々歳ってなもんだぜ♪

 これで、態々わざわざ策を弄さなくても済むってもんだい。


 とまぁ、内心ほくそ笑んでいたのだが、


「構わん」

「ハ? か、カーネリア様? い、一体、何を仰って……?」

「構わないといったのだフェルナードよ。それにこう暗くなってしまっては、帰るにせよ前に進むにせよ、夜の森を迂闊に歩き回るのは余りにも危険極まりない」

「流石にお姫様はちゃんと理解してるねぇ~。それに引き替えテメーときたら、あえて主を危険に晒そうってんだから、いやはやホントご立派な騎士道精神ですこと♡」

「ぬっ⁉ お、おのれぇ~っ‼」

「それによぉ~、さっきから黙って聞いてれば言いたい放題だけどよぉ~。そもそもこうなったのも元を正せば、全部テメーのせいじゃねーかよ」

「な、何だと? 聞き捨てならんな、ソレは一体どういう……」

「おいおい、忘れたのかよ? テメーがお姫様を護るだのお世話はしてみせるだの威勢のいいことばかり並べ立ててお付きの奴らを帰しちまったことがそもそもの原因だろーが……。なのに、いざとなったらテメーはクソの役にも立ちゃしねーときたもんだ。自らの無能さを棚に上げて俺に文句垂れるってのはどうなんだい?」

「――‼ ぐぬぬぬっ……‼」


 ピンポイントで痛いところを突かれ、最早、ぐうの音も出ないって感じのバカ貴族。

 ついには、歯ぎしりまでして悔しがってやがらぁ~♪ ざまーみろってんだ♪


 そんなバカ貴族に対し、お姫様が改めて声をかけていく。


「気にするなフェルナード。時にはこういう経験を積んでおくのもいいものだ」

「か、カーネリア様……⁉ うぅ、も、申し訳、ございません……」

「おーおー、お姫様はお優しいこって……。オラ、テメーも聞いただろ? お姫様がこう仰って下さってんだ、テメーもいつまでもそんなところで無能を晒してしてねーで、少しは役に立つところ――。焚き火に使う薪ぐらい集めてきたらどうなんだよ? どんだけ役立たずなテメーでもそんくらいは出来んだろうが? それとも何かい? 騎士様にとってはそんなことバカらしくてやってられるかってか?」

「ぐぬぬぬっ、う、五月蠅い、五月蠅いっ‼ き、貴様なんぞに言われずとも、い、今から行こうと思っていたところだっ‼」


 そう叫ぶなり、改めて薪拾いに行く素振りを見せるも――。たかだか枯れ木を拾い集めに行くだけってにもかかわらず恭しくもお姫様に挨拶をし、ようやっと動き出していくバカ貴族。


 ったく、何かするにしてもいちいち格好つけねーと出来ねーのかよ、テメーらは?


 ともあれ、こうして俺たちは大した怪我もなければ無事、ヴァイセルグを旅立った最初の一日をこの密林の中にて終えようとしていた――。

 もっとも、無事というのに関してはちと早計すぎる気がしないでもないがなぁ~。

 何故かって? そりゃあオメー……。夜はまだまだ終わらないってこったろ?

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