第5話 決闘

「け、決闘?」

「あ、あの、が、ガーネットと……⁉ ほ、本気かよ⁉」

「な、何て無謀な……」


 ザワザワと今まで以上にざわつきをみせる店内。


 が、酔っ払い共のそんな声すらもこのバカ貴族の耳には届いていないようで、


「おい、何をしておるか、貴様らっ⁉ サッサとそこの汚いテーブルなどを端へ寄せないかっ‼」

「「「「「――は、はひぃっ!? わ、わっかりやしたぁっ‼」」」」」


 バカ貴族の一喝に酔っ払い連中が弾かれたように動き出し、指示された通り店の中央に陣取っていたテーブルやら何やら一切合切を邪魔にならないよう店の片隅へと移動させていく。



「――……ハァッ、ハァッ、お、終わりましたが、こ、これでよろしいので?」

「フン、グズグズしおって……。もういい、さっさと引っ込めっ‼」


 バキッ‼


「グゲッ!? ――ぐっ、し、失礼、しました……」


 殴られた酔っ払いが一瞬だけ睨み返すしぐさを見せるも、素直に引き下がっていく。


「フン……。よし、とりあえず、これで準備は整ったな――。さぁ、ここからが本番だ。私と貴様の互いの誇りを掛けた真剣勝負だっ‼」


 まだコチラは一言もヤルとも言っていないにもかかわらず、どこまでも自分本位なバカ貴族……。

 その主たるお姫様にしたところで、


「ハァ~~~、仕方のないやつだ……。勇者殿、申し訳ないがこういった次第になってしまった。済まないが、こうなってしまった以上、是非とも立ち合って頂きたい」

「………………」


 分かっちゃいたことだが、どうやらこいつ等貴族という人間種族は人の意見を聞き入れるという回路をはなから持ち合わせちゃいないらしい……。

 そんな奴ら相手にこれ以上口で言っても無駄だと悟った俺は……。


「おい、ミランダ……」

「……っ…………」


 止むを得ず俺は隣に座っていたミランダを立たせ、少し離れた場所へ行くよう促していく。

 そんな俺に対し、何か言いたげそうなミランダではあったが、ココは素直に俺に従ってくれた……。



「さぁ、これで互いに準備は整ったな……。さぁ、貴様もいつまでもそんなところに座っていないでさっさと立ち上がらんかっ‼」


 はやる気持ちを抑えきれないといった様子で俺に咆えてくるバカ貴族。

 さっき確か決闘の理由を誇り云々言ってたが、ソレはあくまでも建前……。実際はお姫様に自分の実力を知らしめたいってのが本音だろうな……。つまり、コイツはそんな下らねー理由で俺に戦いを挑んできやがったってことか……。

 ハァ~~~~、全く、クソだりぃ野郎だぜ……。


「――ぬっ!? き、貴様、何故立たん? まさか、この期に及んで怖気づいたのではあるまいな?」

「………………」

「………………」


 そんな野郎の挑発めいた言葉にさえ、依然席から立ち上がろうとしない俺に対し、再びバカ貴族お得意の演説が始まっていく。


「フフ、フハハハハハハハッ‼ そうか、やはりな……。どうやらメッキが剝がれたようだな……」


 自分なりの答えを導き出したのか、お姫様へと向き直るやいなや、


「カーネリア様、御覧のとおりです。こやつ、私の強さに恐れをなして立ち上がることも出来ぬ有様……。フフフ、勇者などと持て囃されていても所詮、平民は平民だったということでしょうな……。それどころかこの様子では今までだって真面に剣を抜いて立ち合ったことすらないのではないでしょうか⁉」


 ハァ~~~、全く、これ見よがしに言いたい放題だな、このバカ貴族は……。

 だが、いつまでもこんな茶番に付き合っているほど俺も暇じゃないんでな……。てか、正直もうウンザリしてきていたってのが本音だがね。


 とどまる所を知らないバカ貴族に対し、ついに俺は口を開いていく。


「フアァアア~、ったくよぉ~、勘違いもそこまでいくと最早笑いもおこらんな……。いつまでも下らねー能書き垂れてねーでとっととかかってこいや」

「な、なにぃっ!?」

「――⁉ ゆ、勇者、殿……?」


 俺のこの発言を受け、バカ貴族同様、驚いたような表情を浮かべるお姫様――。そして、いつになくハラハラした様子の酔っ払い連中とまぁ、三者三様の反応を見せる中、俺はハッキリと誰の耳にも聞こえるように言い放った。


「まぁ~~~だ分かんねーのかよ? こっちはテメーごとき相手にすんのに態々わざわざ立ち上がる必要もねーって言ってんだよ!」


 そう宣言した瞬間、酒場全体が凍り付いたように静まり返るも、


「――‼ ――……フ、フフ、い、いいだろう……。そ、そうまでして、そうまでして、わ、私を侮辱したこと、あの世で後悔するがいいっ‼」


 スラッ。


 さっきまでの余裕は何処へやら。額に青筋すら浮かべ、これまたアホみたいな装飾が施された剣を抜きとったかと思えば、キッとコチラを睨みつけ勢いよくも駆け出してくる。

 

「くらえぇっ、【スキル・上級斬撃】 ――イヤァアアアアアアアアッ‼」


 と、何某なにがしかの付与を纏ったであろうヤツの剣が空気を斬り裂くがごとく上段から俺の左肩辺りを目掛けて一気に振り下ろされていく。


「イヤァアアアアアアアアアアアアアッ‼」


 迫りくる刃、そしてバカ貴族なりの裂帛れっぱくの気合ってヤツがこもった一撃が俺の左肩口に牙を立てんと襲い掛かってきた次の瞬間――。


 ガシッ‼


 明らかに金属同士の接触ではあり得ない鈍い乾いた音を響かせ、それと相まってその衝撃によって俺とバカ貴族との間の空気が爆ぜるように打ち震えていく中、


「なっ、――ば、バカなっ⁉」

「ッ⁉ ま、まさか――し、信じられん……。そ、そんなことが、か、可能なのか?」

「う、嘘、だろ……? あ、あれって……」

「さ、酒の飲みすぎ……か? お、俺、目が、変になっちまったみたいだ……」

「お、俺も……。ハハ、参ったぜ……。これからは、酒をもう少し控えよう、かなぁ……」


 剣を振るったバカ貴族は勿論、ソレを目の前で見ていたお姫様、更には酔っ払い野次馬連中と……。ミランダ以外の全ての人間がこの俺の到底人間業とは思えない奇跡のような神業を前に目を見張っていた。


 というのも、俺はヤツの剣が俺の肩に触れるすんでの所で左手一本――。もっと正確には、親指と人差し指、即ち指二本でもって全力で振り下ろされたであろうヤツの剣の威力を完全に抑え込んでしまっていたってわけさ。


「――ハッ⁉ ば、バカな……。そ、そんなことが、そんなことがあり得るものかぁああああああっ‼」

「………………」


 お姫様に至っては声すら発せられないという状況も、ハッと我に返ったバカ貴族はこの期に及んでまだ実力差を認めるでもなければ、再び剣を振り上げるべく躍起になって力を込めていく。


「ぬっ⁉ ――ぐ、ぐぎぎぎぎっ……‼」


 それこそ顔を真っ赤にして死に物狂いで頑張ってはいるものの、ガッチリ加え込んだ俺の指の力の前に一向に剣はピクリともしやしない。


 逆にこういった場合は剣を離せばいいだけだと思うんだが、どうやらそんな考えすらも今の奴には及ばないらしい。


「ふぐっ、ぐぐぐぐぐぐっ……‼」


 そんな中、余りにも真剣なバカ貴族の姿を見ているうちに、俺の中に沸々と悪戯心のようなものが湧き上がってきて……。


「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたよ? てか、俺、まだ指二本しか使ってないんだぜ? なっさけねーな、それでも男かよ? オラ、もっと頑張んねーと大切なお姫様に見限られちまうんじゃねーのか⁉」

「――‼ ぐっ、っふんぬぬぬぬっ……‼


 この一言が相当堪えたのか、頑張るのは当然として、ついには涙まで浮かべながらもこれまで以上に死に物狂いになっていくバカ貴族。


「………………」


 そんな姿を見続けているうちに、流石にコレはやり過ぎたかなぁ~~~~……なんて感情をこの俺が持ち合わせている筈もなければ、これ幸いとばかりに今まで散々言いたい放題だったバカ貴族のお株を奪うがごとくこれ見よがしに集中砲火を浴びせていった。


 そして、20分後……――。


 ――……あ~~~~、やべぇ~~、何かスッゲー楽しい気持ちになってきちまったぜ♪


 ここに至るまで延々とネチネチネチネチ今の状況がどれだけ情けないのか、そのせいでお姫様にどれだけの耐え難い恥をかかせているのかを重箱の隅をつつくがごとく、窓枠に指を滑らせ埃を掬い取っていく嫌みなしゅうとめのごとく逐一説明し続けてやった。


 そんなこんなでこれでもかと粗方言いたいことは言いつくし、すっかり喉が渇いてきたこともあって、俺は次の段階へと移るべくひとまず一応のケリをつけるべく行動を開始していく。


「あらよっと!」


 グイッ‼


「ぬんっ‼ ――う、うわぁあああっ⁉」


 そうと決めるや、俺は剣を掴んだ状態でもってヤツの身体ごとこちら側に引き込むべく勢い良くも引っ張り上げた。


 まるで綱引きで一気にもっていかれたような格好でバランスを崩したヤツが、俺の座っている場所へとたたらを踏むような格好でもって前のめりにも吸い寄せられてきたところへ、


「くっ、とっとっと、……へ?」


 俺は右手に持っていた空になっていた大ジョッキを振り上げるなり、


 ドゴッ‼


「ヘごぉっ!?」


 バカ貴族の脳天目掛けて一気に振り下ろした。


 バリーーーンッと砕け散る大ジョッキ。

 そんな大ジョッキによる直撃を真面に受けたことで脳震盪のような状態に陥ったのか、よろよろとよろけつつ一歩二歩と後ろへとのけぞっていったかと思えば、


「……お、おおっ⁉ がっ、ぐふぅん……」


 ――ガクっ、バッターーーーンッ‼


 頑張りもそこまで……。ついに力尽きたようで、膝から崩れ落ちるやいなやそのまま床へと倒れ込むのと同時に情けなくも意識を失っちまいやがった。


 そんな惨状も未だ頭が追い付いていないのか、困惑する野次馬連中を尻目に俺は誰に言うでもなく言い放った。


「はい、俺の勝ちぃ~♪」

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