第6話 戦うということは

 ――ザバァアアアアッ‼


「――ハッ⁉ んっ、ゲホゲホッ、ゲホッ……⁉」


 完全に意識を失っていたところへ、顔に大量の水を浴びせられ無理やりに叩き起こされる形も、


「おう、ようやくお目覚めかよ? どうだい、ちったぁイイ夢が見られたか?」


「……⁉ ――ハッ、き、貴様っ‼ ……ぬぅっ!?」 


 目覚めたばかり故か、はたまた脳天を強かに殴られたことが影響してるのか、最初こそボケッと間抜け面を晒していたバカ貴族だったが、俺の皮肉めいた物言いにようやっと全てを思いだしたのか、今にも俺に飛びつかん勢いですぐさま立ち上がろうという姿勢を見せるも、


「あぐっ、うぅっ、くっ……!」


 プルプルと、まだダメージが完全には抜けきっていないようで、膝に全く力が入らないのか真面に起き上がることすらできやしない。そんな自分が歯がゆいのか

唇をギュッと噛みしめ、何とも苦々しそうなバツの悪そうな表情を浮かべ俺から視線を外していく。


 そんな中、俺は相も変わらず椅子に腰を下ろした状態のまま、バカ貴族に向けて言葉を投げかけていく。


「おら、バカ貴族、ちったぁ身の程ってもんを理解できたか?」

「な、なにぃっ!?」


 お~お~、こんだけ盛大にヤラレたってのに一丁前にもまだ睨みつけてきやんの。

 が、俺から言わせりゃあ所詮は負け犬の遠吠えみたいなもんよ。ヤツの言葉を借りるならメッキが剥がれたポンコツに今更ビビるヤツもいねーってな♪


 と、そんなバカ貴族を見下ろす形でため息交じりにもボソッとこんなことを呟いていく。


「ったくよぉ~、あんだけ吠えっから多少はデキんのかと期待してたのによぉ~……。ここまでレベルが低いとは正直ガッカリだぜ……。まさか大ジョッキ一発で気を失っちまうなんて……。お前、それでもホントに騎士の端くれなのかよ?」

「――‼ ぐっ、き、貴様ぁ~~~っ‼」


 俺の一言二言に目を血走らせ、尋常じゃない悔しがりようをみせるバカ貴族。

 最早、奴の面子めんつは言うに及ばず、御大層なまでにかざしていた誇りとやらもズタボロなったことだろう。


 ウケケ、いい気味だぜ。ああ、こうしてると、まるでっさきまでの……。そしてあの国王ジジイに抱いていたイラつきまでもがスゥ~~~ッと晴れていくような気がするぜ♪

 ああ、一つ言っとくが何も野郎をおとしめようとして言ってるってだけじゃねーぞ?

 今言ったのは俺の偽らざる本音ってヤツさ。

 実際問題、こんなバカ貴族が幅を利かせてるってんなら、この国の軍隊の練度もハッキリ言って高が知れてると思ってな。そりゃあ、魔王軍とガチでやり合うなんて出来っこねーわな……。


 てなことを考えていたところへ、


「フフ、アハハハハハ♪ フェルナードよ、完全にしてやられたな。この決闘、誰の目にも勝敗は明らかだ……」

「うぅっ、か、カーネリア様……。も、申し訳ございませんっ、このような無様な……。こ、この失態の責は如何様にも……」


 主の前であり得ない失態を犯した部下のそんな殊勝な態度に、そこまで傍観していたお姫様がようやっと口を開いていく。


「よい、フェルナード。私は何も怒っているわけではないのだぞ。寧ろ逆だ、このところのお前はいささか天狗になっていたきらいがあった。そんな中で、今回の決闘はお前にとっても良い薬となったことだろう……。これを機に慢心していた自らをかえりみ、更なる高みを目指し、日々研鑽していくことだな……」


 てな具合にお姫様が偉そうにそんな能書きを垂れたかと思えば、


「ハ、ハハッ‼ も、勿体無いお言葉、フェルナード、心より感謝申し上げますっ‼」


 と、コチラもコチラで仰々しくもお姫様へと頭を下げる一方で、一転、キッと俺へと向き直るなり、


「………………」

「………………」


 暫しのガンのつけ合いの後、


「くっ……‼ い――いいだろう、お、オイ、貴様っ‼ き、今日の所は、わ、私のま、負けだ……。み、認めてやろうっ。だ、だが――この次やるときはこうはいかんぞ、か、必ずや、騎士の誇りにかけても次こそは貴様を打ち倒してしてみせ――」

「……ハァッ? この次ぃ……? 黙って聞いてりゃあ、揃いも揃って何間の抜けたことほざいてやがんだよテメーらは?」

「な、何だと? き、貴様、何が言いたいっ⁉」

「? 勇者殿……?」


 ガタッ――。


 ったく、どいつもこいつも何を勝手に完結させちまってやがるんだか……。

 

 困惑した面持ちのお姫様らをあえて無視シカトするかのように、俺は椅子からゆっくりと立ち上がるなり未だ床に尻餅をついたままのボンクラの前まで歩いていった。


「この俺に剣を向けたんだぞ? テメーに次なんてもんがある訳ねーだろうが?」


 ようやっと俺の雰囲気がさっきまでとは違うことに気付いたようで、慌てたようにお姫様が声をかけてくるも、


「ゆ、勇者殿、い、一体何を……」


 そんなお姫様の言葉が俺に届くよりも一足早く――。言うが早いが、俺は一瞬のうちに自らの剣を鞘から抜き放つなり、聊かの迷いもみせなければ、ソレを一呼吸も置かずに振り抜いた。


 ザシュッ‼


 刃を通して伝わってくる肉を斬り落とした確かな手ごたえとともに、


 ドサッ――。


「へ?」


 そんな間の抜けた声とともに、鈍い音を立て床へドサリと落ちていくバカ貴族の右腕――。そして飛散する鮮血が周囲を真っ赤に染めていくのと同じくして、


「ギャアァアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 バカ貴族の絶叫が酒場全体へと響き渡っていった――。


「おーおー、うるせーな、たかだか腕一本斬り落とされたくらいで子供ガキみたくピーピー喚きやがって……」

「「「「「いやいや、ありゃあ喚くだろ?」」」」」

「ん? そっか? 俺はまだ一度も斬られたことがねーから分かんねーや♪」


 とまぁ、酔っ払い野次馬連中相手にそんなやり取りをしていた間も、


「ぎ、ギャアアアアアアアアアアアアッ、わ、私の、私の腕がぁあああああああああっ⁉」

「だ~か~ら~、うるせーってんだよ、もっと静かに痛がりやがれっ‼」


 悠長にもバカ貴族にダメ出しをするそんな一方で、


「ゆ――勇者どのっ‼ こ、コレは、コレは一体何のつもりだっ‼」


 一部始終を見ていたはずのお姫様が激高した感じで俺に詰め寄ってきた。


「あ~~~ん? 何って……。決まってんだろ? この野郎にトドメを差すんだよ」

「――なっ⁉」


 俺のこの一言に目を丸くし、言葉を失っているお姫様に対し、俺は尚も言葉を続けていく。


「おいおい、そんな驚くようなことかよ? こりゃあ当然のことだろ? それによぉ~、言っとくけど、コイツはあくまでも正当防衛ってヤツだぜ」

「な、何っ、こ、コレのどこが正当防衛だというのだっ⁉」

「何言ってやがんだよ? そもそも始まりにしたって、いきなりコイツが俺に戦いを吹っかけてきやがったんじゃねーか? しかも、俺はあれだけやりたくねーって言ったにもかかわらずだ……」

「う、だ、だが……。そ、それにしたって、これはやり過ぎ――」

「オイオイ、マジかよ、勘弁してくれよぉ……。お姫様よぉ~、オメーも聞いてただろ? このバカ、たった今返り討ちにされたばっかりだってにもかかわらず、今後も俺を狙いに来るって大っぴらに公言しやがったんだぜ? そんな危ねー奴、俺が生かしておく道理がねーだろうが?」

「………………」

「それとも何かい? 俺が、『ああ、いつでもくるがいい、俺は逃げも隠れもせんっ‼』とでも言えばテメーらは満足するのかよ?」


「――――‼」


 どうやらドンピシャだったらしく、その透き通るような白い頬をこれでもかと赤面させていくお姫様。

 かぁ~~っ、やっぱそんなぬるいこと本気で考えてやがったか……。


 この超が付くほどの世間知らずなお姫様たちに俺は現実ってもんをまざまざと教えてやることにした。


「バァ~~~~カ、どんだけ頭の中がお花畑なんだよ? テメーら揃いも揃って戦いってもんを舐めてんじゃねーのか? 戦いってのはなぁ、そんな生易しいもんじゃねーんだよ。もっと言やあ、当然ソコにはテメーらが良く口にする卑怯なんてもんも存在しねー……。寝込みを襲おうが闇討ちだろうが毒殺だろうが、何をしようが勝ったもんだけが全ての世界……。一回でも負けようもんなら、そいつの人生はそこで終了なんだよ‼ 負けても次があるなんて考えてること自体、俺に言わせりゃあ本当の戦いってもんを知らねー、子供ガキどものお遊びと何ら変わんねーってんだよっ‼」


「――‼」


 俺のこの完璧なまでの正論にぐうの音も出ないお姫様。

 ケッ、分かったかバカが……。分かったら黙って引っ込んどけってんだ……。


「ってわけだからよぉ~、とりあえずコイツはキッチリ、ヤラせてもらうぜ……って、あん? ……――う、うっわぁ~~~~、き、きったねぇなこの野郎っ……‼ し、小便漏らしやっがたぜ……⁉ かぁ~~っ、さっきまでのえらそーな態度はどこいったんだよ? なっさけねー野郎だなぁ~……」


 腕からの大量出血とは別に、股間部分がまるで大量のお湯でもぶっかけられたかのように湯気とともにぐっしょりと湿っていて……。

 

「ハァ~~、ヤレヤレ……。この年で漏らすかねぇ~。……ま、いっか。よぉ、オメーも気持ち悪いだろーけど、それもあと少しの辛抱だ。ど~せすぐに何も感じなくなっからよ……」


 そう言いって剣を振り上げようとした時だった。又しても邪魔が入りやがる。


「ま――待て、ゆ、勇者殿っ‼」


 かぁ~~~、テメーもしつけーやっちゃなぁ~。だから、待たねーってさっきから言ってんだろ――。


「――くっ‼」


 スチャッ‼


 再び剣を振り上げようとした矢先、微かな金属音のようなものを俺の耳が捉えた。

 部下の、この絶体絶命の窮地を救うべく、お姫様が自らの剣に手をかける姿勢を見せるも、


「……おい、先に言っとくがなぁ、俺に剣を向けた瞬間からテメーも敵とみなす……。例え相手が子供ガキだろーが女だろーがこの国のお姫様だろうが俺には関係ねぇ……。俺は容赦せずに斬り殺すぜ?」

「――――‼」


 さっきまでとは明らかに違う俺の内側からあふれ出す、俗にいう剣気ってヤツに充てられたようで、すっかり顔を青ざめさせ、かつて経験したことのないであろう恐怖でもって体をガタつかせてやがる。


 へっ、ま、いくら強いとはいっても所詮は女、俺を止めることなんかできる訳ねーだろうが……。

 ま、それでもこの状況で俺を睨みつけてくるその根性だけは認めてやるがな♪


 フンっと鼻で笑うと、俺は改めてバカ貴族へと意識を戻していく。


「さぁ、お待たせバカ貴族くん。ま、精々あの世でも騎士ごっこを楽しんでくれたまえ♪」

「あ、あぁぁっ……」


 腕を斬り落とされた激痛と恐怖で最早真面に喋ることすらできなくなっているバカ貴族に止めを刺すべく、剣を振り上げようとしたその時だった。


 スッ――。


「――そこまでにしときなガーネット……」


 そんな台詞とともに、いつの間にやら近づいてきていたのかミランダが俺の腕をそっと掴んでいた。


「あん? 何のつもりだよ、ミランダ? まさか、お前まで俺のやり方に口を挟むつもりじゃねーだろうな?」

「そんなつもりもサラサラないけどね……。ただ、これ以上店の中を汚されちゃ敵わないって言ってんのさ」


 そんな意味深なセリフを吐いたかと思えば俺に目配せしてくるミランダ。

 そんなミランダに促されるかのように俺は改めて店内へと目を向けていくとそこには――。

 砕け散った大ジョッキの破片に加え、べったりとこびりついたバカ貴族のきったねー血、更には盛大にぶちまけられた水に、小便と、ある意味混沌カオスな世界が広がっていて……。


「……………………」

「……………………」

「……………………」

「「「「「……………………」」」」」


 それこそ酒場中の視線が俺へと集まってくる中、俺が出した答えはというと……。


「……チッ、何だか白けちまったい……」


 ボソッとそれだけ呟くと俺は振り上げかけていた剣を鞘へと納め、野次馬連中に向かって大声をかけていった。


「おう、オメーら、もう一回飲みなおすぞ‼ ったくよぉ~、くっだらねーことですっかり酔いが冷めちまったい。オラ、ミランダ、オメーも付き合えよな、それとウェェル大ジョッキ追加だっ‼」

「あいよ」


「「「「「………………」」」」」


 俺とミランダのそんな普段と何ら変わらないやり取りを見てホッとしたのか、


 「お、おおっ、よ、よぉ~~し、上等じゃねーかっ、お、俺も今日はガンガン飲むぞぉおおおおおっ‼」


 一人がそんなことを叫ぶや、続けざまに――。


「よ、ヨッシャァアアアア、付き合おうじゃねーか、コンチクショオオオオオっ‼」

「お、俺も俺もっ‼ み、ミランダ、俺にもウェェル大ジョッキお代わりだぁあああああっ‼」


 ってなもんで、今起こったことが嘘のように再び飲めや歌えの大騒ぎが繰り広げられていく。


 そんな中、


「おい、お姫様よぉ、テメーもいつまでもボケッとしてねーでさっさと手当してやんねーと出血多量でコイツ死んじまうぞ? ま、俺としてはその方が有難いがね♪」

「――‼」


 今の今まで凍り付いたように固まっていたお姫様だったが、そんな俺の声を受けすぐさま行動を起こしていく。


「くっ、お、お前たちっ‼」


 窓から何やら店の外に向かって大声で呼びかける仕草を見せたところ、これまた店の外に控えていたお連れの部下共がわらわらと店内へと入ってくるなり慌てた様子でバカ貴族に対して応急処置ってヤツを施していく。


 そんなお姫様らを尻目に俺は今一つ囁いていった。


「あ、そーだ……。それと、帰る前にちゃんと床掃除だけはしておけよな♪」


 それだけ言うと、俺はミランダが持ってきた大ジョッキへと手を伸ばしていくなり、


「んぐ、んぐ、んぐ、んぐ……。プッハァ~~~~、う、美味ぇええええええええっ‼」


 心の底からそう叫ぶなり、俺は再びウェェルの入った大ジョッキを呷っていった――。


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