【時間ペダル】

カクヨム誕生祭2021、

4回目お題「ミステリー、ホラー」


どちらかというとミステリー?

少しだけ津波の表現があります。



※※※※※※※※※※※※※※※※※


今日もまた、新しい一日が始まる。


"おはよ~"

今日も朝食を作ってくれていた母さんに

声をかけてみるが返事はない。

あの日から、何かがおかしい僕の家族。


食卓に並んだ三人分の食事を前に、

学校に行く準備や歯磨きを済ませ

"いただきます"を伝えて食べる。

そういえば、父と母が会話をしている姿を

最近ではほとんどみなくなったな。

前はあんなにも仲が良かった

理想の二人だったのに。


"ごちそうさま、いってきます"

無言の食卓を途中で切り上げて、

薄いトーストを青春アニメでよくある

シーンのように咥え家を飛び出した。

自転車に跨がり学校を目指す。

通学路を通っていると、楽しそうに会話をしながら歩いている学生達やイヤホンの音楽に集中しすぎて周りの音が聴こえず、後ろから来た車にクラクションを鳴らされて驚いている学生、一秒たりとも無駄にしないように参考書を片手に少しでも多くの知識を頭に詰め込もうと最後の努力を続けるガリ勉君など様々な生徒達が歩いている。

これだけの学生が歩いているのに…そこに、僕が友達と呼べる人は一人もいない。


それでも毎日学校には通い続ける。

アニメのように口に咥えられたトーストを

なんだよそれ!と突っ込んでくれる友人もいない。

昨日のドラマ見た?

お前のイヤホンから流れる曲は何?

そんな些細な会話すらも許されない日常。

最初は色々と理由を考えたりもした。

口に咥えたトーストが原因?

僕の制服が君達と違うから?

いいや、そんなことは関係ない。

そして辿り着いた結論。


僕は君たちとは違う世界を生きているから。


僕の全てが変わったあの日から、

どれくらいの年月が経ったのだろうか。

僕は毎日懸命に自転車のペダルを漕いでいるのに僕の時間だけは、永遠に進まない。

誰かに気づいてほしくて、大声をあげても

誰の耳にも届かない。

でも、いつかは届くんじゃないか?

と声にならない声を叫び続けた毎日。


"おはよ~"

今日も慌ただしく三人分の朝食を

用意している母さんに挨拶をする。

ま、聞こえてないんだろうけど。

いつものように準備を済ませ三人で食卓に

座る。また、無言の食事時間の始まり…

ではなかった。


「もう、明日で十年か…私達がそろそろ区切りをつけてあげないと、あの子も浮かばれないよな。」


僕が座っている席を、遠い目をしながら

見つめている二人。


「そう、ですよね…。

あの子は優しい子だから。」


区切りをつける?

もう、僕はペダルを漕がなくていいの?

そうか、あれから十年も経っていたなんて…

どうりで最近、父さんと母さんの白髪が増えてきたはずだ。家によく遊びにきては食べ物をねだっていた野良猫も最近では全く姿を見せなくなっていたし。


二人が前を向く、と決めたのなら

僕もこうしてはいられない!

勢いよく家を飛び出していつもの通学路を

自転車を漕いで駆け抜ける。

風圧で揺れたスカートの裾を押さえている

女学生、それをニヤニヤと嬉しそうに

眺めている男子学生。

僕のお陰だぞ、感謝しろよな!

そのまま学校を通りすぎ、小さい頃からの

思い出の場所を巡ることにした。

通っていた小学校に中学校。

学校帰りに友達と寄り道をしていた

小さな駄菓子屋の跡地。


そして、最後に僕が死んだ場所。


あの、黒い海が襲ってきた日。

僕は必死に生きようとした。

でもダメだった。

滅多に人が通らないこの場所で

死ぬなんて本当、不運だったよな。

もっと分かりやすい場所で死んでいれば

両親をこんなにも長い年月苦しめることも

なかったはずなのに。


僕は、骨と化した自分が埋まっている

海辺の土地に、目印をつけた。

よし、これで大丈夫。


家に帰ると、夕食の食卓には

僕の好物の食べ物ばかりが並べられ

僕の部屋はすっかりと片付けられていた。

僕は両親と最期の晩餐を食べる。

二人は僕の小さい時の話を

笑いながらそして涙を流しながら

語りあっている。

僕が産まれてきてくれてどんなに

幸せだったか、そして僕がいなくなって

どれだけ寂しかったのか。

どれだけ辛かったのか。

両親の心からの思いを聞いて

僕は大声をあげて泣いた。


翌日、母さんは朝食を二人分しか

作らなかった。

父さんと母さんは、前みたいに

”おはよう”の挨拶をして

少しだけ笑みを浮かべている。

きっと、もう大丈夫。


”行ってきます”

最期の挨拶をしてドアを開けると

父さんと母さんが走って玄関まできて

僕の名前を呼んだ。


もう、思い残すことはないや。

笑顔で乗り慣れた自転車に跨り

僕は新しい世界へと旅立った。

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