第6話 悲劇は突然、油断を撃つもの

 手に入った情報は、三つ。一つ目、ファントムには兄貴がいる。優秀かつ面白い人気な兄貴がいる。だからファントムは兄貴みたくなるためにあんな自虐ネタを披露してまで笑いを取り目立ちたがるそうだ。二つ目、キャシーベイツのキャシーはマリーナの母の名前らしい。そしてベイツは父の名前らしい。三つ目、ファントム・ミラーは昔にあった事件の名前らしい。結構大きな事件で有名らしいが警察によって隠蔽されたらしい。ファントムはそれを狙ってつけたのかはわからない。やはり本人に聞くのが一番いいな。

 ファントムの後ろ姿が見えた。金髪が後ろではねていて、制服をパーカーなどで着崩している。そして高身長。ファントムは俺に気づくと嬉しそうに笑って近づいて来た。

「ダイナマイト!ヤッホー。」

 陽気な奴だ。なんか呆れる。この後次の授業の話しなどをして、教室に向かった。



_____それから、情報収集をして数ヶ月が経った。正直、調べる意味など無いが生憎俺は『暇』を酷く嫌っているから情報収集をやめることはなかった。集まった情報はほんの少し。

 ファントム・ミラー事件の詳細がわかった。まずファントムの意味は 亡霊、幽霊 を意味する。そしてミラーは鏡。この事件は2067年に起こった。今から約12年前のことだ。しかし、本当の事件は夫婦亡霊化事件と呼ばれている。それはそのままで夫婦、ジン・クラッシュドーナーとメイは天才ハッカーでライバルハッカーにより “殺害” されたと言われている。しかし、殺害ともまた違った形で夫婦は発見された。 “何も” 傷が残っていない。中も外もどこにも。だから未解決事件として今だ隠蔽されている。とのこと。結局解らずじまい。


「ねぇ、ダイナマイト聞いてる?」

 肩を揺さぶられながらキャシーベイツに言われる。思い出したように返した。

「お?おーおー聞いてる聞いてる。」

 キャシーベイツは呆れたようにこっちを見て溜息混じりに言った。

「嘘でしょ。」

 そばでファントムは笑っていた。キャシーベイツは何にそんな真剣になっているのだろう。作戦も立て終えたし、技の確認もした。のに後、何する必要がある?あとは地道に練習するだけだろう。

「もうすぐ勝ち取り対戦なのよ?ナァニぼーっとしてんのよ。」

「だって、作戦も立てたし、技の確認もした。だから休み時間はしっかり休むべきだろ?」

 ファントムはそばで「一理あるぅ〜」と言った。だろ?そう言おうかと迷ったがタイミングを逃したのでやめた。キャシーベイツはまだ納得いかないようだ。

「キャシーベイツは心配症だな?」

 俺はそう言って笑った。するとキャシーベイツはどこか不安気に視線を落とした。

 それが何故かは聞こうとさえしなかった。


____しかし、これを聞いていれば良かったと実感した。



 新しい匂いが鼻をつく。それを懐かしいとさえ思えた頃には目を覚ましていた。脳裏を過ぎったキャシーベイツとファントムの姿。誰かが叫んだ。金切り声と低いながらに高められた高い声。それを懐かしいと思えた頃には白い天井が視界いっぱいに広がった。眩しいくらいの白。そして感じた。体の温度。熱い、とさえ感じてしまった。布団を重みに体を任せて少し目を瞑った。そしてもう一度開けた。景色は変わらない。しかし次第に珈琲の香りがしだした。気の所為かと思ったがなかなか珈琲の香りはなくならずずっと鼻の奥をついた。

「ん。おはよう。」

 そう、聞き慣れない男のの声にさえ動こうとできなかった。きっと、体は今、何が起きているのか理解していたからだろう。その声のした方を見た。白い白衣をまとった赤茶色の髪は短く切り揃えられており、薄い空色の瞳が小さく細く細められこちらを見返した。立派な大きな手には珈琲があり、ことっと音を立てて白い机に置かれた。珈琲カップからは白く透き通る湯気が立っていた。俺は怪しい嫌気を感じながら信じるようにして言った。

「俺は…どうしてこんなところに居るんですか。」

 何かに祈りながら問いかける。しかし彼は残念そうにこちらを見て、ゆっくり、首を横に振った。それがどういう意味か理解しだして、何度も信じることをやめた。

「覚えて…ないかい?」

 その優しい、子供をあやすような、また同情するような声色にゾッとしながら言葉を紡いだ。

「は、はい。覚えておりません。」

「なら、君を家族のように、否それ以上に心配してくれている友達に聞いてみるといい。連絡はこちらから入れとくよ。」

 俺はなんとも言えない苦しみを覚えながらゆっくり口を開いた。

「そうだ…。ファントムとキャシーベイツは無事なんですか?」

 すると数分間無音になった。そして、その後彼の乾いた笑い声が響いた。

「驚いたな…。それは覚えてたんだね。優しいな、自分より先に友達の心配をするなんて。………多分そろそろ来ると思うよ。」

 彼、否病院のカウンセラーはそう言って微笑むと珈琲カップと資料を持ってどこかヘ行ってしまった。しばらく横になってゆっくり体を起こした。すると体に電気ショックとよく似た激痛が走って思わず顔を顰めた。そばでドタドタと足音と女カウンセラーが「走らないでください!」と言ってるのが聞こえた。ファントム達が来たのだろうか。病室の扉は大きな音を立てながら開いた。そこには案の定顔を蒼くしたファントム達が居た。ファントム達は俺を確認すると近づいてきた。

「ダイナマイト…元気?って変よね。」

「も、もう〜心配させんなよ〜。」

 ファントム達は“いつも通り”を演じるように笑った。ファントム達の瞳に映る俺は見るに見がたい惨めな姿だった。こんな姿の自分をこいつ等に見てほしくないと思った。こいつ等には強い誰にも負けない無敵な俺だけを見ていて欲しかった。きっと、こんな俺を目の当たりにして幻滅しただろう。そんな無謀な馬鹿な考えだけに苛まれるばかりだった。


 あぁ、…嫌だなぁ。


 自分がちっぽけに見える。否、今はちっぽけだ。それすらも嫌だ。一生懸命、励まそうと笑いかけて、いいとこだけ取り上げて話してくれるそんな心遣いにも苛立ちを感じてしまった。何もかもが苛立たしい。何も、今の俺は何も見たくない。

 ファントムもキャシーベイツも。

「悪い。もう、帰ってくれ。」

「え…?」

 キャシーベイツは俺の言葉に向けて不安気に口を開いた。一番に取り乱したのはファントムだった。

「ど、どういうことだよ!?」

「そのままの意味だよ。うるせぇな。」

 初めは怒りに体を支配されていたが、次第にその怒りは悲しみに変わり、目を細め眉をハの字にして俺を見つめた。

「そんな、…そんなのって…。」

「酷いって?俺としたらこんな惨めな姿でボロ負けして一番信頼してたお前らに見られて慰められる方がよっぽど酷ぇわ。もういい、帰れよ。」

 ファントムは俺の喉元めがけて飛びかかりそうな勢いで体を乗り出し「でもっ!!」と言い出した。しかしキャシーベイツに止められてしまい、惨めに俯いた。


 さっさと離れてくれよ。見ないでくれよ。


 キャシーベイツはファントムを連れて横を通り過ぎるなり俺をじっと見つめた。俺は視線をすぐ外してしまったが、その瞳がやけに冷たかったのは焼き付くように鮮明に脳裏に浮かんだ。

 ファントム達は病室を出ていってしまった。キャシーベイツはきっと、俺に幻滅したのだろうな。すぐ、そう感じ取ることができた。

 

 あぁ、…くっそぉ。


 オレンジ色の光の差し込む病室の中、一人で頭を抱え俺は自分の惨めさに浸っていた。

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