第33話 新たな女友達の正体をまだ知らない

 数日後――

 土曜日の午後に、湊はサンライザーと会うことになった。


「それはいいのですけど……どうして私まで?」


 湊は午前中で授業を終えて学校を出て、道を歩いている。

 その横にいるのは、瀬里奈瑠伽だ。


「いや、相手が女なのは間違いないし。男と一対一で会うのは警戒しちゃうだろ」


「警戒を解いて……隙あらばパンツを見せてもらう作戦ですか?」


「可愛くて無垢な瑠伽ちゃんはどこへ行ったんだ?」

「あ、すみません。つい……葵さんが言いそうなことが、頭をよぎってしまいました」


 ついでに葉月にも流れ弾をくらわせる瀬里奈。


 とはいえ、湊のこれまでのアレコレを考えると、疑われるのも無理ない。


「待ち合わせの打ち合わせしたら、相手も高校生ってとこまでは確認した。まあ、中学生とか小学生じゃなきゃ、二人きりで会ってもいいだろうが」


 サンライザーとの待ち合わせ場所は、スタバだ。

 人も多いカフェで会うだけなら、女子でもそう警戒はしないだろう。


 それでも、初対面の女子を安心させてやりたくはある。

 そういうわけで、湊も女子に同行してもらうことにしたのだ。


「……湊くんも、実は二人きりで会うのが不安なのでは?」

「そ、そんなことは……」


 ズバリ見抜いてくる瀬里奈だった。

 湊もネットの友人と直で会うのは、実は初めてだ。

 不安がないと言ったら嘘になる。


「サンライザーってちょっと情緒不安定なんだよな。普段はすげー明るいんだけど、スナイパーとかやってるときは“実は本職の方ですか?”って訊きたくなるような、なんつーか冷徹な感じになるんだよ」


「ゲームを遊んでいると性格も変わったりしますよ? 葵さんがファンスレやってるときとかも、3乙しそうになると絶叫が凄いですよ」

「それもそうか……」


 葉月のテンションの上下は極端だが……。

 ゲーム中に変なテンションになるのは、湊にも覚えがある。


「まあ、瀬里奈だって、サンライザーを知らないわけじゃないんだし、向こうも“るっかちゃんにも会いたい”って言ってたしし、いいだろ」

「る、るっかちゃんはここではやめてください」

「悪い、悪い。でも、会うのはいいんだよな?」


「ええ、土曜は予備校はお休みですし……」

「問題はそこなんだよなあ」


「……で、ですよね。午後からめいっぱい遊べるチャンスなのに」


 かぁーっと顔を赤くしながらうつむく瀬里奈。

 土曜は、瀬里奈を家に連れ込んで、たっぷりヤらせてもらえる日なのだ。


 時間を気にせず、気持ちのいい唇や細い身体を徹底的に楽しめるというのに。


「今日は、沙由香さんも生徒会のお仕事、お休みですしね」

「くそっ、それを知っていれば……!」


 昨日、新入生歓迎会は無事に終了した。


 まだ新年度予算の調整はあるらしいが、さすがにこの週末は生徒会の仕事はないようだ。


「久しぶりに四人揃って遊べるチャンスでしたね。葵さんの家にお泊まりすれば――」


「朝まで何回でもヤらせてもらえるところだったのにな……って、いやいや。茜も連日の仕事で疲れてるだろうし、休みたいだろ」


「沙由香さんは気にしないと思いますけど……むしろ久しぶりに時間を気にせずにヤらせてあげたい、みたいなことを」


「マ、マジか……くっ、でもサンライザーも日程が合わせにくいらしいんだよな」

「4月は新学年が始まって、どこの学校もバタバタしますからね……でも、サンライザーさんとお会いするのも楽しみですしね」

「チャンスは逃したくないよなあ」


 湊は瀬里奈の言葉で、即座に納得する。

 実のところ、サンライザーとリアルで会うのは不安もあるが楽しみのほうが大きい。


「湊くん、サンライザーさんとはずいぶん気が合ってましたからね。私がちょっと面白くないくらい……」

「え? それって、どういう……?」


「い、行きましょう! サンライザーさんが先にいらしてたら悪いですから!」

「あ、ああ」


 別に湊は難聴でもないので、ちゃんと聞こえていた。


 瀬里奈はレジェンディスのツーマンセルを「飽きました」と言ってやめていた。

 だが、まさか別の理由があったのだろうか……?



 待ち合わせのスタバは、かなり混んでいた。

 湊はディスコのチャットで、サンライザーがまだ到着してないことは確認済み。


 運良く開いていた席を確保し、瀬里奈と並んで座る。

 二人が注文してきた飲み物を飲みつつ、PCパーツの高騰について話しながら――


 周りに気づかれないように、湊は瀬里奈のスカートに手を入れて。


「きゃっ……♡ こ、こんなところで……」

「気づかれないようにしてるって」


「は、はい、少しくらいなら……」

「やっぱ、時間は無駄にできないもんな」

「そ、そうですね……やんっ♡」


 小ぶりな柔らかいお尻を撫でたり、パンツの中にも手を突っ込んでいじったりと――


 そんなことをしているうちに。


「お待たせしましたーっ!」


 どさっ、と湊と瀬里奈の前に、一人の少女が座った。

 ツインテールにした長い黒髪に、白のセーラー服。

 顔にはニコニコと明るい表情が浮かんでいる。


 目がキラキラしていて――瀬里奈にも劣らないレベルの美少女だった。


「えーと、そっちがトナミで……そっちがるっかちゃんか。きゃーきゃー、るっかちゃん、すっげ可愛いですね!」

「……は、はじめまして。るっかちゃんです」


「あ、ああ。はじめまして、俺がトナミ。サンライザー……だよな?」


 またえらく可愛いのが現れたな、と湊は軽く動揺してしまう。


 ネットで知り合った相手の顔形などどうでもいいと思っていたが、これだけの美少女が出てくるとさすがに――驚きを隠せない。


「そうそう、サンライザー。でも、二人は全然はじめましてって気はしないですね。特にトナミなんて、毎日通話繋いでましたしね!」


「す、すみません。私のほうはだいぶご無沙汰してて……」


「気にしないでくださいよ、ネットじゃ去る者は追わないもんですから!」


 畳みかけるように話すと、サンライザーは飲み物をストローでちゅーっとすすった。


「あ、トナミも割とイメージ通りかも。よかったです、チンピラみたいなやべーヤツ出てきたらどうしようかと思ってました! 実はネットの知り合いとリアルで会うの初めてなんですよね、ボク!」

「……俺もリアルにボクっ子と会うのは初めてだ」


「あはは、意外とリアルにいるんですよ、ボクっ子。ボクの場合は、ちょっと事情もあるんですけどね!」


 あはははは、と明るく笑うサンライザー。

 どうやら、コミュニケーションに支障はないようだ。

 この明るいキャラなら、宇宙人とでも話せるだろう。


「あ、その……その制服、桜山女子、ですよね」

「そーそー、サクジョ。るっかちゃんたちは、室宮むろみや高校ですよね! 知ってますよ! その制服も可愛いです!」


「いえ、サクジョは……白セーラーで有名ですよね」

「そういや、その白セーラー、見たことあるな」


「あっはは、冬服も夏服も白セーラーですからね! 冬の白セーラー、見た目が寒そうなんですよ! あと、カレーうどんが食べにくくって!」


「そ、それは大変そうだな……つーか、別に敬語じゃなくてもいいぞ。俺もそうしてるし。ディスコでも敬語だよな。タメ口で全然いいのに」


「ディスコでは敬語をデフォにしてるんですよ!」


 そのとおり、サンライザーはレジェンディスでゲーム中も敬語が多い。

 ディスコのチャットでは文字数を減らすためか、敬語は最近減ってきているが。


「ほら、一番仲が良いのはトナミだけど、年上かもしれないから敬語が無難かなーって!」

「ネットだと、ある程度仲良くなったら年齢に関係なくタメ口でいいと思うけどな」

「ボクもそう思うんですけどねー。あ、るっかちゃんもリアル敬語ですね」


「あ、はい。私の敬語はクセみたいなもので……」

「ボクも似たようなもんですよ」


「そうなんですね。えーと、失礼ですがサンライザーさんは何年生ですか? 私と湊――トナミくんは、2年生です」


「あ、タメタメ! ボクもこの4月から2年生!」

「お、マジか」


 湊はだいぶ前からサンライザーにはほぼタメ口を利いてきた。

 向こうがそれを許可してくれたわけだが――同年齢なら、リアルでも遠慮なくタメ口で話せる。


「歳も一緒だし、仲良くできそうですね! よろしく、よろしく!」


 サンライザーは立ち上がると、がしっと瀬里奈の手を両手で掴んでぶんぶんと上下に振ってきた。


 続いて、湊の手も両手で掴んで、ぶんぶんと振る。

 ずいぶんと激しい握手だった。


 サンライザーは口調といい、えらく感情が表に出るタイプらしい。


「あはは、普段は女子高暮らしなもんで、男の子の手を掴んだのなんて、生まれて初めてかも!」

「じょ、女子高のほうが他の高校とコンパしてたりするもんじゃないのか?」


「人によりますって! ボクはゲームばっかしてるから、そういうのとは無縁ですよ! あ、手を離さないと!」


 サンライザーは、ぎゅっと握っていた湊の手を離す。

 湊も、葉月・瀬里奈・茜の三人以外の女子に手を握られたのは初めてかもしれない。

 

 サンライザーが立ち上がって、湊は初めて気づいた。


 サンライザーは小柄な瀬里奈、さらに小柄な茜の二人よりは長身だ。

 葉月と同じ程度、160ちょっとくらいだろうか。


「…………」


 それに加えて――

 湊は、白いセーラー服の胸元が、湊と瀬里奈の手を振り回すと同時に、ぶるんぶるん揺れていたのをつい見てしまった。


 分厚い冬服のセーラー越しでも、はっきりとわかるほど胸元は大きくふくらんでいる。


 もしかすると、Gカップの葉月と同じか、あるいは――


「こほん」

「…………っ」


 突然の瀬里奈の咳払いに、湊は慌てて視線を逸らした。

 瀬里奈は、湊の視線の先になにがあるか気づいたらしい。


「あ、えーと……そうだった。サンライザーは俺になにか話があるんじゃなかったか?」


「あー……そうでした……話さなきゃいけないことが……」

「な、なんだ?」


 しゅーん、といきなり萎れてしまうサンライザー。

 湊の印象どおり、情緒不安定な少女らしい。


「実はボク、本格的にネットでゲームやったのはレジェンディスが初めてで……」

「俺も本格的な対戦ゲームはレジェンディスが初めてだよ」


「そうなんですか! あ、でも……ボク、ルールとかマナーとかよくわかってなくて」

「ん? 別に……サンライザーは、特にマナー違反とかしてないだろ?」


「ええ、私が見た限りでもなかったと思います。そもそも、そんなにマナー違反ができるゲームでもありませんし」

「だよな」


 あるとしたら、倒した相手を煽る“死体撃ち”くらいだが、湊はサンライザーが死体撃ちしているところは見たことがない。


「そうじゃなくてですね、ボクたちはちょっと事情が特殊というか……」

「事情?」

「うん。実は――」


「ごめん、お待たせー」


「あっ!」

 サンライザーが驚きの声を上げて、見つめた先にいたのは――

 一人の少女だった。


 紺色のブレザー、白いブラウスに、膝下までの長いスカート。

 スカートは長すぎるが――湊たちが通う高校の女子制服だった。


「あ、あれ……?」

「生徒会長……さん?」


 そう、現れたのは茜が役員を務める生徒会のボス――生徒会長だった。


「どうもー、湊くん、瀬里奈さん」


 生徒会長は二人に一礼すると、当然のようにサンライザーの隣に座った。


 三つ編みにした長い黒髪。

 前髪も長くて目がほとんど隠れている上に、黒縁の眼鏡をかけていて顔がわかりにくい。


「私のほうは自己紹介はいらないかなー? 生徒会長の朝日奈だよー」

「え、ええ、存じてます」

「なんで、生徒会長が……?」


「まだ説明してなかったんだねー」

「う、うん。なかなか切り出しにくくてさ……これから話すとこだったんですよ!」


「うん、私も一緒のほうがいいと思ってたし、ちょうどいいよー」


「だ、だよね――お姉ちゃん」


「「お姉ちゃん!?」」


「はい、そうなんだよー」

 生徒会長はそう言うと、さっと前髪を払い、黒縁眼鏡も外した。

 よく見ると――


「えっ、似てる……よな?」

「は、はい……そっくりです。もしかして、生徒会長とサンライザーさんは……」


「そう、私は朝日奈あかり。こっちのボクっ子が朝日奈ひかり。双子ってヤツだねー」

「双子……!」


 生徒会長のほうがほとんど顔が隠れているせいで、一見しただけではわからなかった。


 だが、こうして生徒会長が素顔を晒すと、本当に目の前の二人はよく似ている。


「まさか、トナミくんとるっかちゃんが同じ学校の子だったとはねー。しかも、二人のことはよく知ってるし」

「え、瀬里奈はともかく俺のことも?」


 瀬里奈は成績が学年トップクラス、それに加えてこの圧倒的な美貌。

 校内では知らない者のほうが珍しい。


「そりゃそうだよー。あの空き教室の使用許可、誰が出してると思ってるのー。使わせてる人たちのことくらい、知ってるってばー」

「そ、そうか」


「もちろん、使……ってこともねー」

「…………」


 湊はぎょっとしてしまう。

 隣で瀬里奈もびくりと固まっていた。


 あの空き教室ではもちろん生徒会の仕事もしていたが――

 他のお楽しみにも使ってしまっていた。

 まさか――


「あ、そういや、さっきトナミ、るっかちゃんのスカートにお手々が――二人って付き合ってるんですか?」

「「…………っ!」」


 今度はサンライザーのほうが畳みかけてきて、二人はさらに硬直してしまう。

 まさか、見られていたとは思わなかった。


「あ、ごめん。二人の服装は聞いてたんですけど、本当にこの二人がトナミとるっかちゃんなのか、じーっと観察してたんですよ。そしたら、トナミがスカートに――」


「へ、変なトコ見せてすまん! ただ、あれは――」


「あ、そうだったねー。まず、こっちの事情を説明しないと」


 生徒会長が、ぽんと手を打ち合わせて、湊の言い訳を遮ってくる。


「実はサンライザーって……私とこの妹、二人の共用アカウントなんだよー。つまり、私と妹、二人合わせてサンライザーなんだよ。中の人が二人もいて、ごめんねー?」


「ごめんなさい、トナミ、るっかちゃん!」


「共用アカ……」


 確かに、驚かされる話だ。

 毎日ディスコで通話していた相手が一人ではなく――二人だったとは。

 だが、湊は今、別のことに驚かされていてそれどころでもない。


「その辺の事情、もうちょっと説明するねー。私たち、いっぱい話すことありそうだよねー」

「……そうらしいな」


 湊は頷きながら、ふと気づいた。

 四人目の女友達ができたと思ったら――


 いつの間にか、までできていたのかもしれない。

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