第22話 三人目の女友達ができました

「わたし、てっきりセリとミナが付き合ってるのかと思ってたわ」

「いや……友達だよ、俺と瀬里奈は」


 別にごまかしているつもりはなく、湊はあくまで瀬里奈とは友達だと思っている。

 おそらく、瀬里奈のほうも同じだろう。


 ここは、葉月家のリビング――

 茜はソファの上で膝を抱えて三角座りをしている。


 さっき、廊下でも同じポーズで座っていたので、この座り方がクセなのかもしれない。

 湊は、カーペットの上にあぐらをかいている。


 茜は湊の正面に座っているので、スカートの中が丸見えだ。

 もっとも、自宅での葉月や、ブルマをやめた瀬里奈と違って、生パンツではない。

 茜はきちんと黒いスパッツをはいている。


「友達……最近は、友達のスカートに顔を突っ込むの?」

「友情の形は人それぞれでな……」

「ふーん」


 茜沙由香は無表情で、納得しているのかいないのか、さっぱりわからない。

 スパッツをはいてるとはいえ、スカートの中を湊に晒しているのもわかっているのか、いないのか。


「んんっ!」

「…………っ」


 咳払いが聞こえて、湊はさっと視線を逸らす。

 葉月がダイニングの椅子に座っていて、わざとらしく咳払いをしたのだ。


 おそらく、湊の視線に気づいたのだろう。

 先に湊がカーペットの上に座って、あとで茜が正面に座ったのだが。


「じゃあ、葉月さんと付き合ってるの? ちょっとびっくりだわ。特定の彼氏がいないって話だったから」

「あたしの彼氏でもないよ。湊は、友達」


「最近は友達とキスしながら、なにかがこぼれてくるようなことをするの?」

「……友情の形は人それぞれよ」

「ミナと葉月さん、言ってることが同じね」


 茜は、やはり無表情だ。

 クール系美少女として有名な茜だが、びっくりしたと言っている割に表情が動かない。


「というか、アレなの? ミナと葉月さんはいわゆる――セフレ?」


「ち、違うよ!」

「そ、そんなわけねぇだろ!」


 葉月と湊は、焦りながら全力で否定する。

 二人が普通の友人同士だとまでは言わないが――


「なにが違うの?」

「そ、それは――そ、そういうことをするだけの関係ってことだろ?」


「み、湊の言うとおり! あ、あたしらは普通にスポッティ行ったりカラオケ行ったり、ファンスレとかレジェンディスとか一緒に遊ぶし」


「キスとかアレとかも遊びなの? 遊びの関係なの?」

「なんか、語弊がねぇか……」

「そ、そうだよ。ゴヘーがあると思う!」

 葉月はおそらく、“語弊”がわかっていない。


「ふーん。葉月さんってもっと堂々としたイメージあったけど、意外と攻められると弱いのね」

「……家と外でちょっとキャラが違うだけ。みんなそうでしょ」


 湊は口を挟まなかったが、常々思っていることではあった。

 二人きりのとき、あるいは瀬里奈と三人でいるときの葉月はスクールカーストの女王とはかなり違っている。


 まさか、この女王が友達の湊に頼まれたらヤらせているとは誰も想像すらしないだろう。


「あたしのことはいいんだよ。ていうか、茜――」

「ここで見たことを外で言いふらしたりはしないわ。わたしの口の固さは、ミナとセリも知ってるはずよ」


 相変わらず、茜は無表情のままだ。

 湊も茜を高校生らしからぬクールな少女だと思っていたが、予想以上だ。

 普通なら、同級生男女のあんなシーンを目撃したら、大騒ぎだろう。


「それに、今夜お世話になる身なのよ。恩を仇で返すようなマネはしないわ」

「だ、だったらいいけど……マジであたしと湊は友達だからね?」


「友達……もしかしなくても、セリとミナもそういう友達同士なの?」

「ど、どういう友達だよ!」

 思わず、湊が過剰に反応してしまう。


「ふぅーん……セリって小さい頃から男の友達なんていたためしがないのに。初めて男友達ができたうえに、もあげちゃったのかしら?」

「おおいっ!」


 まったくもって、茜の言うとおりなのが困る。

 とはいえ、湊も葉月も瀬里奈の初体験について本人がいないところで話すわけにもいかない。


「セリ、男友達ができた以外は今でも処女オーラ全開なのに、そんなおかしなことになってるとはね。まあ、セリは昔から変わっていたけれど」


 茜は、ぶつぶつとつぶやいている。

 湊たちはなにも言っていないが、茜は湊と瀬里奈の関係をほぼ完璧に推測しているようだ。


「ちょ、ちょっと! それより、茜、あんたのことよ!」

「わたし?」


 茜は、ちょこんと首を傾げる。

 小柄な身体である彼女がそんな仕草をすると、本当に子供のようだった。


「家出ってどういうことなの?」

「ああ――そうね、まずそれを説明するのが礼儀よね」

 茜はソファの上で膝を立てた姿勢で、あまりお行儀はよくないが。


「そう、家出中なのよ、わたし。1週間くらい前からかしら」

「1週間も? 茜、その間はどこに泊まって――って、瀬里奈の家か?」


「半分正解ね。セリの家って広いでしょう?」

「ああ」


「……ふーん、ミナはセリの家にも行ったことあるのね」

「あ」

「ばーか」


 いつの間にか、葉月が湊の隣に座っていて、肘で脇腹をつついてくる。

 湊は、見事に茜の誘導尋問に引っかかっていた。


「ま、いいわ。セリの家って庭も広いのよ。だから、セリにお願いして、庭の隅にこっそりテントを張らせてもらってたの」

「に、庭に? もう夜は寒いだろうに……」


「ソロキャンプが流行らしいわよ」

「こんな寒い時期にはキャンプしねぇだろ」


 と言いつつも、湊もソロキャンプには詳しくない。


「でも、セリの家の人にバレちゃって。セリはこっそり自分の部屋に泊めるって言ってくれたのだけど、あまり迷惑をかけるわけにもいかないでしょう」

「よくわからねぇな……」


「そもそも、茜はなんで家出してたわけ?」

 葉月が手を挙げて質問する。


「わたしの家って、セリのお屋敷と正反対というか――いわゆる洋館なのよ」

「ヨーカン?」

「西洋風のお屋敷ってことだ。ほら、ヨーロッパの貴族とかが暮らしてる豪邸があるだろ」

「あー、なるほど。湊、よく知ってんね」


「わかってくれたようね。大きいけれど、古い建物なのよ。ミステリーで殺人事件が起きたり……いえ、むしろホラーで幽霊が出そうなお屋敷というべきかしら。雷がドドーンって鳴って振り向いたら白い影が廊下を――」

「ちょ、ちょっと、やめてくんない!?」


 葉月が焦りながら、湊の腕にしがみついてきた。

 薄いタンクトップ越しに、Fカップおっぱいの圧倒的ボリュームが伝わってくる。


「あれ? 葉月、もしかしてホラーとかダメなのか?」

「こら、湊。ニヤニヤすんな。いい弱点見つけた、みたいな顔しないでくれる?」

「いや、そんなことはー」

「だから、顔が笑ってんだよー。くっ、他の友達にもバレないようにしてたのに……!」


 どうやら、葉月には意外な――いや、女の子らしい弱点があったらしい。

 微笑ましいが、友人としてはからかってやりたくもなる。


「今度、今日のお礼に葉月さんを家に招待するわよ?」

「え、遠慮しとく」

 葉月は湊にしがみついたまま、激しく首を振った。


「残念ね。でも、その洋館に今はわたし一人なのよ。親が二人とも仕事が忙しくて家に寄りつかなくて」

「……ウチも今、親が長期出張中だから」


「おかげで助かってるわ。広い洋館に一人だと、ちょっと怖すぎるのよ」

「なんか最近、同じような話を聞いた記憶が……」

「うっさいよ、湊。黙って聞け」


 再び、葉月が肘で湊の脇腹をつついてくる。


「わたしの家は広い割に使用人なんかもいないし、それに……」


「ん?」

「まあ、一人で家にいたくないのよ。テントで寒さに震えてるほうがマシだわ」


「いや、テントは無茶だろ。けど、葉月の家だってずっと泊められるわけじゃないぞ。なあ?」

「う、うん。さすがに、ずっとは……」


 葉月は困ったように視線をさ迷わせている。

 1日2日ならともかく、さほど親しくない同級生をずっと泊めるのはコミュ強の葉月でも難しいだろう。


「わかってるわ、今夜泊めてくれれば充分よ。今日は、いきなりセリの家族に見つかっちゃったから、行く当てがないだけ。ネカフェとかは未成年じゃ泊まれないし、一人でファミレスとかにいると、変なのが寄ってきそうだし」

「そりゃ寄ってくるだろうな……」


 茜は、葉月や瀬里奈にも劣らない美少女だ。

 身体は小さいが、茜のようなタイプが好みな男はいくらでもいるだろう。


「まさか、セリが泊まる先を紹介してくれるとは思わなかったわ。しかも葉月さんの家で、ミナも同じマンションだなんて」


「まあ、事情はわかったよ……って、俺が言うことじゃないか」

「あたしも一応わかったよ。瑠伽の頼みだし、好きにくつろいでくれていいよ」


「ありが……くちっ」

「くちっ?」

「今のくしゃみか。つーか、風邪引いてんじゃないのか?」


「んー、大丈夫だと思うわ」

「いやいや、夜道も歩いてきたし、コンビニでも実はけっこう待ってたんじゃないか? 店に入ってりゃよかったのに」


「ミナに会うのが楽しみで、ついお店の外で待っちゃったのよ」

「は…………?」


「ちょっと、湊。あんた、いつの間にこんな小さい子にまで……?」

「待て待て、俺は茜にはなにもしてねぇぞ!」

「……ふーん。本当かなあ?」


「冗談よ、葉月さん。というか、君の“小さい子”ってほうが引っかかるわ」

「あ」


 葉月はばつが悪そうに、茜から目を逸らす。

 ついでに、まだ湊にくっついていたことに気づいて、ぱっと離れた。


「でも、ちょっと身体冷えてるかも……」

「あ、お風呂のお湯は入れてあるから、シャワーしながら追い炊きすればいいよ」


「え? でも、泊めてもらう身だし、葉月さんのほうが先に――」

「いいから、いいから。タオルとかも用意するから。えっと……下着は?」

「一応、持ってるわ」


 葉月と茜がボソボソと小声で話しているが、湊にもしっかり聞こえている。

 茜はリュックを背負っていて、今はリビングの床に置かれている。

 家出中だというなら、着替えくらいは持っているだろう。


「それじゃ、お風呂いただいていい?」

「どうぞ、お客さんから先だよ」


 茜がリュックを持って立ち上がり、葉月が風呂場へと案内していく。

 そういえば、さっき葉月に風呂で一回ヤらせてもらうところだった、と湊は思い出す。


 とりあえず、茜の事情はわかったし、特に深刻なものではなかったようだ。


 もっとも、茜はすべてを説明したわけではないかもしれない。

 今日1日くらいは、我慢して家に帰ればいいような話なのだから。


「ちょっと、湊」

「ん? ああ、茜、風呂入ったのか」

「まだっつーか……ちょっと」


 なぜか、葉月がリビングのドアのところで手招きしている。


「なんだよ。ああ、そうだな、茜が風呂に入ってる間に、一回くらい――」

「ば、馬鹿。ん、まあ……あたしもそう思ってたんだけど……」


「んん?」

「いいから、来て」


 葉月は湊の手を掴むと歩き出した。

 数メートル進んで、いきなり脱衣所のドアを開けた。


「お、おい、茜が風呂に入ってるんじゃ――」

「ああ、来たわね、ミナ」

「…………っ!?」


 脱衣所には、茜の姿があった。



「な、なにしてんだ、茜?」

「ちょ、ちょっと、茜、なんで脱いでるのよ……!」

 湊だけではなく、案内してきた葉月も慌てている。


「脱衣所で服を脱ぐのは普通よ。慌てることもないでしょう」


 制服のブレザーとパーカーを脱ぎ、その下のキャミソールも脱いで――

 スカートははいているものの、上は白のブラジャーだけという格好だった。


 しかも、なにか違和感が――


「ああ、このブラジャー? はっきり言ってジュニア用よ。ノンワイヤーのヤツ。葉月さんは、とっくに卒業してるわよね」


 茜は、またもや無表情で言い切った。


 別に湊はブラジャーには詳しくない。

 葉月と瀬里奈のブラジャーは何度となく見ているが。

 確かに、葉月や瀬里奈が着けている、カップ付きのものとは全然違うものだ。


「ど、どういうことなんだ?」

「あたしも冗談だと思ったんだけど……」

 葉月は顔を真っ赤にして、もじもじしている。


「ミナと葉月さん、どうせ一緒にお風呂に入ってるんでしょ? わたしもご一緒してみたくて」

「な、なにを言ってるんだ、茜?」


「こんな夜中に一緒なんだし、わたしとミナと葉月さんも友達でしょ? 友達なら……こういうこと、できるのよね?」

「「…………」」


 湊と葉月は、黙り込んでしまう。

 理屈としては通っているような、通っていないような。


 湊は――ほっそりとした茜の上半身を見つめる。

 葉月や瀬里奈とは違うが、彼女もまた色白だ。


 しかも、肉づきが薄くて小さい。

 ジュニア用のブラジャーに包まれた胸も小さいが、わずかにふくらんでいるところが妙にエロい。


 腰などは瀬里奈よりもさらに細く、折れてしまいそうだ。

 それでいて、茜は子供ではなく、同級生だ。

 葉月とも瀬里奈とも違う、妙な色気が漂っている。


「……茜、顔を突っ込みたくなったって言ったらOKしてくれるのか?」

「もちろんよ」


 茜は頷いて、制服のミニスカートの裾を持ち上げ、めくった。

 白いパンツが、ちらりと見えている。


「ちょ、ちょっと! 茜、マジでいいの!?」

「葉月さんが慌てなくても。別に、宿代で見せてあげてるわけじゃないの」


「や、宿代はいらないからね? あたしも、もちろん湊も」

「でしょうね。だから、宿代を払うとは言わないわ」


 茜はさらにスカートをめくり――飾り気のない、白いパンツがほとんどあらわになってしまう。


「ミナとセリと葉月さん……君たちが面白そうだから、わたしも仲間に入れてほしいのよ」


「……仲間にって」

 湊は、言葉に詰まってしまう。


 湊と葉月と瀬里奈、この三人の関係は――友達だ。

 だが、友達同士としてやや特殊な遊びをしている。


 そして、茜沙由香は唯一、三人の秘密の一部を知っている部外者だ。

 いや、もう部外者ではないのかもしれない。


「ミナ、葉月さん――わたしも、あなたたちの友達になりたい」


 そう言うと――

 茜は初めて、わずかに口元を緩ませて――微笑んだ。

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