第10話 女友達は今日はお願いを聞かない

「今日は、えっちなお願いは聞きません」

「……いきなりなに言ってんだ、葉月?」


 毎度おなじみの、みなと家。

 湊の自室で、テーブルを挟んで二人は向き合っている。


「つーか、当たり前だろ」

「当たり前じゃないでしょ。湊、最近はパンツだのおっぱいだの、吸わせろだの揉ませろだの……乙女のおっぱいとか下着をなんだと思ってんの」

「乙女だから、吸ったり揉んだり撮影したりしたいんだろ」

「ああ言えばこう言うなあ……」


「そんな話はいいんだよ。俺だってわかってるって」

 湊は、テーブルの上にある教科書をぽんと叩いた。


「テスト勉強中に変なこと頼まねぇよ。むしろ、葉月には集中してもらわないと」

「ちぇっ、えらそーに」


 葉月が嫌そうに教科書から目を背ける。

 湊たちが通う高校は3学期制で、秋には中間テストがある。

 そのテストは、もう目前まで迫っている。


 初めて葉月が湊に勉強を教わったのが、7月の期末試験。

 葉月のお願いはいきなりだったが、今回は湊にも心構えができている。

 それに、湊は夏休みから秋にかけて、葉月をよく見てきた。

 この女、マジで勉強してない。

 湊は確信を持っている。


「おまえ、授業もろくに聞いてねぇだろ。教科書もノートも綺麗すぎる」

「うっ……ま、周りもみんなこんなもんだよ」


「おかしいな、陽キャのウェーイな連中ってあれで意外に成績も良かったりするもんじゃないのか?」

「それは人それぞれなんじゃないの……」


「葉月はクラスの女王様なんだから、馬鹿も度が過ぎると見放されるぞ」

「……もしそうなっても、湊は一緒にいてくれるでしょ」

「ん? なんだ?」


「なんでもねーよ! 今回はあたしがお願いします! 湊、あたしに平均点をクリアさせて!」

 葉月はテーブルに両手をついて、ぐっと頭を下げる。


 ミルクティーのような色の長い髪は、今日は後ろで縛ってある。

 こういう雑な縛り方を、オシャレな葉月はめったにしない。

 結ぶにしても結ぶ位置を細かく調整したり、三つ編みにしたり、編み込みにしたりとこだわっている。

 これでも勉強に集中するつもりはあるようだ。


「目標が低い気もするが……ま、いいか。あらためて言っとくが、俺の学力だって並より少し上、くらいだぞ」

「そりゃ、湊より頭のいいヤツはいくらでもいるよね」

「ケンカ売ってんのか、おまえ」


「でも、あたしに一番上手く教えられるのは、あんたじゃん」

「……そんなこともないだろ」


「友達だから、頭下げてプライドも捨てて教えてってお願いできるんだよ。ほら、あんたもさっき言ったけどあたしって女王様じゃん?」

「自分で言うか」


「女王としての友達とは違うでしょ、湊は。なにが違うのかわからんけど」

「……まあ、俺は葉月を女王様と崇めてはいないな」

「でしょでしょ。瀬里奈も湊と同じだけど……あいつは、やっぱ教えるのは上手くないし」

「そうか……」


 おかげで、湊は葉月と一対一で勉強を教えられるわけだ。

 ここに瀬里奈が加わると両手に花で嬉しいが、葉月と二人きりというのも最高だ。


 もっとも気の合う友人と、二人きりで勉強。

 これはこれで、湊にとってはテンションの上がるシチュエーションだ。


「……でも、瀬里奈さんが教えるのは苦手でも、一緒に勉強しなくていいのか? 仲間外れにされたとか……」

「大丈夫でしょ。つか、瀬里奈の家、厳しいんだって。勉強会だって言っても、テスト前にふらふら外に出てたら怒られるんじゃない?」

「なるほど、そういうもんか」


 学年トップクラスの瀬里奈なら、誰かに教わる必要もない。

 自宅でコツコツ勉強するのが一番だろうし、親もそれで安心するのだろう。


「あー、まさかまた瀬里奈のおっぱいが目当てだとか?」

「そ、そんなことはねぇって!」

「あの日はめちゃくちゃ、瀬里奈のおっぱいも吸って揉んでしゃぶりまくってたもんね。次の日、あたしに『おっぱい、まだ吸われてるみたいな感じがします』とか言ってたもん」

「マ、マジか……ちょっとやりすぎたかな……」


「うーん、なんか初めての感覚で楽しかったみたい……大丈夫、あいつ? あんなにチョロくて?」

 人のことが言えんのか、と湊はツッコミかけて呑み込んだ。

 瀬里奈も気持ちよさそうにあえいでいたが、葉月はそれ以上だった。


「って、待て待て。そんな話はいいから勉強するぞ!」

「はぁーい、湊せんせい」


「真面目にな。よかったな、おまえん家はすぐ上だから夜遅くまで勉強しても、帰りも安心だ」

「あたしは、ファミレスかカラオケボックスでもよかったんだけどね」

「そんなトコじゃ集中できねぇし、夜遅くまで居座れねぇだろ。いいから、始めるぞ」

「しゃーないなあ……」


 湊と葉月は向き合って勉強を開始する。

 湊の成績は中の上レベルだが、葉月に勉強を教えるにはちょうどいいらしい。


 二人の成績が極端に違いすぎない分、葉月がどこでつまずいているのか、湊にはわかりやすい。

 そういう意味でも、瀬里奈ではなく、湊が適任のようだった。

 葉月は大の勉強嫌いだが、なだめたりすかしたり、夕食を挟んで数時間ほど勉強を続けて――


「ね、ねえ、湊。そろそろもういいんじゃない?」

「うん? ああ、10時過ぎたか……」


 集中していたせいで、湊は時間に気づいていなかった。

 二人の親は、いつも帰りは夜の11時を過ぎる。

 さすがに、親も湊と葉月が同じマンションの別部屋に入り浸っていることは知っている。


 ただ、どちらの親も二人揃って、子供に深く干渉するタイプではなかった。

 外をふらふら出歩いているわけでもないので、湊は父親から文句は言われていないし、葉月も同様らしい。

 とはいえ、親が帰宅するまでにお互いの部屋から引き上げる決まりになっている。


「じゃあ、今日はこれくらいにしとくか」

「ふーっ……こんなに勉強したの、生まれて初めてかも。えらい?」

「無事に平均点をクリアしたら偉いな」

「ちっ、厳しいよね、湊は。まあ、これだけ苦労したからご褒美も楽しみになるってもんだよ」


「は? 待て待て、平均点クリアしたらご褒美なんて話、したか?」

「ふふふ、あえてお家にこもって勉強は受け入れようじゃねーか。けど、終わったら、スポッティとカラオケと……あ、“フェアラン”行こうよ」

「遊び回る気満々だな……」


 フェアラン、というのは“フェアリーランド”という巨大テーマパークの略称だ。

 湊も二度ほど行ったことがあって楽しかったのだが、陽キャ御用達感はある。


「学校サボって、泊まり込みで遊び倒してもいいよね」

「と、泊まり込み?」


「なにびっくりして……あっ! ちょ、ちょっと、変なこと考えてないよね!?」

「ま、まさか……遊びに行くだけだろ。いつもの陽キャのみなさんも一緒だろうし」


「陽キャ言うなや。いや、まあ、あたしは……うん、湊と二人でもいいよ?」

「えっ……」

 驚く湊の前で、葉月はなにやらもじもじしている。


「ほら、カップルでフェアラン行くと別れるって言うじゃん」

「あ、ああ、言うな」


 アトラクションの長い待ち時間で会話が続かなくて気まずくなったり。

 人ゴミが凄まじいので、イライラしたり。

 あるいは、フェアランへの入れ込み具合でも、お互いの気が合わなかったりもする。


「あたしらはカップルじゃなくて、友達だから大丈夫でしょ、二人でも」

「なるほど……まあ、友達とフェアランなら別になにも迷うことないな」


「そうそう、だから泊まり込みで遊び倒してもオッケでしょ」

「……つーか、あそこのホテルって高いんじゃね?」

「同じ部屋でも……いいんじゃない。ベッドは別だし、今さら寝姿くらい見られてもね」

「…………」


 友達同士で同じ部屋でお泊まり……確かに、おかしくはない。

 男女でなければ、の話だが。


「……葉月は、寝てる間にパンツ見られても平気だもんな」

「へ、平気なわけじゃないって! あたしをビッチみたいに言うな!」

「わ、悪かった」


 湊は葉月をビッチとは思っていないが、チョロいとは思っている。

 チョロすぎて、もう少し警戒心を持ったほうがいいくらいだ。


「まー、友達に見られても気にしないけどさ。あたしも友達のパンツ、普通に見たいし」

「おまえ、それよく言うよな……」


「それで……ど、どうする?」

「は? どうするって?」

「今日はえっちなお願いは聞かないけど……えっちじゃないお願いなら、聞くよ? 勉強たっぷり、それはもう厳しくじっくり教えてくれたしね」

「ヘイトが垣間見えるんだが。別に、友達に勉強くらいタダで教えるっての。俺もそんなに浅ましくねぇぞ」

「ホントに?」


 ずいっと、テーブル越しに葉月が身を乗り出してきた。

 何度も味わったおっぱいが、テーブルにどすんと乗っている。

 やはり、あのボリュームたっぷりの胸は凶悪すぎる。


「……なんか、逆に葉月がお願いしてほしいみたいだな」

「ばっ……馬鹿! そんなわけねーだろ!」


「つってもな、エッチなこと以外でやりたいことなんてなあ……」

「男子って、これだから。あんたさ、もしも仮に万が一カノジョができても、えっちなことばっかじゃフラれるかんね?」

「葉月が、俺にカノジョができる可能性を限りなく低く見てるのはよーくわかったよ」

 失敬な話であると同時に、真実でもある。


「いや、今は特にお願いはねぇよ。疲れただろ、帰って風呂入って早めに寝ろ。スマホとか見て夜更かしすんなよ?」

「お母さんか、あんたは。ふーん、せっかくのあたしへのお願い、無駄にしたことを後悔すんなよ」

「するか。俺も、今日はちょっと疲れたしな」


「そういえば、ちょっと顔が赤くない? もしかして熱とかある?」

「え? まあ、頭使ったから知恵熱的な?」


 湊は、自分の額に手を当ててみるが、よくわからない。

 顔が赤いとしたら、テーブルの上に乗っている凶悪な二つのふくらみのせいだろう。


「うーん……どうかな?」

「…………っ」


 葉月が湊の隣に座り、こつんと額を合わせてきた。

 嘘のように整った葉月の顔が、これ以上ないほど近くにある。

 葉月は目を閉じて、額の熱を確認しているようだ。


「……あたしもよくわかんない。ま、大丈夫かな……って」

 葉月も、そこでようやく自分が湊に密着しすぎているように気づいたようだ。

 ボッと音が聞こえそうなほど、葉月のほうが真っ赤になってしまう。


「……そういや、えっちなお願いはダメなんだよな?」

「ダ、ダメ……」


「キスって……えっちか?」

 目の前にある唇があまりに魅力的すぎて――湊の口から、思わずそんな台詞が飛び出していた。


「……キ、キスかぁ……あ、挨拶みたいなもんだよね……」

 葉月は、少しだけ顔を離して――こくんと頷いた。


「あ、でも! 一回だけ! 一回だけだからね!」

「あ、ああ」


 普通はカノジョでもない、男女の友達同士でキスなどするわけがない。

 だが、葉月は一回だけならOKらしい。


「……本当に、一回だけなら……キスして、いいよ……」

「じゃあ……」


 湊は葉月の華奢な肩を軽く掴んで。

 再び、顔を近づけていく。


「んっ……」

 ちゅっ、と軽く触れるだけのキスをする。


 それだけで――トロッととろけるような柔らかさが、葉月の唇から伝わってきた。

 そのあまりの柔らかさに――湊の理性が飛んだ。


「んっ……んんっ!? んっ、んむむ……!」

 湊は軽く触れていただけの唇を強く押しつけ、はむはむと葉月の唇をむさぼるようにする。


 ちゅばちゅばと音を立て、その柔らかな唇をむしゃぶるようにして味わい、強く吸い上げる。

 さらに夢中になって舌を伸ばし、葉月の口内に舌を差し込み、内部をかき回す。


 葉月の舌を見つけて絡ませ、吸い上げ、唇をまた味わい――葉月も舌を差し出してきた。

 湊は伸ばした舌先で葉月の舌に触れ、また絡め合わせる。


「んんーっ、んっ、んむむ……んっ、んむむ……!」

 湊は葉月の細い身体を抱き寄せ、唇をしゃぶるようにして、舌を絡め合い、自分の口の中に差し込まれてきた舌を強く吸い上げていく。


「んむっ、んっ、んんーっ、んっ、んむむ……んっ、んーっ、んんん……♡」

 じゅるじゅる、ちゅばちゅばと唇を激しく重ね合い、舌を絡め合う音と、葉月の口からわずかに漏れる吐息のような声だけが部屋に響いている。

 たっぷりと――本当にたっぷりとキスしてから。


「ふぁーっ……! い、息が止まるかと思った……! ば、馬鹿ぁっ、長すぎよ!」

「わ、悪かったって……でも、一回だけだっただろ?」

 身体を放すと、葉月は耳まで真っ赤になって、湊を睨んできた。


「あ、あれも一回っていうの? そ、そりゃそうかもしれないけど……一回が長い! 5分以上やってたんじゃないの……?」

「さあ……計ってたわけじゃねぇからな」


 とはいえ、一回だけという約束を守るために、その一回を徹底的に楽しんでやろうという浅ましさは間違いなくあった。


「キ、キスってこんなんなんだ……おっぱい吸われるより、なんか凄かった……」

「…………」


 考えるまでもなく、順番がおかしい。

 普通ならキスをしてから、胸に行くものだろう。

 そもそも、友達同士でキスもしないし、乳首も吸わないが。


「な、なんか腰が抜けちゃった……動けない……」

「お、おい、大丈夫か?」


「動けないから……たぶん、なにされても反撃できない」

「は? 葉月、なに言ってんだ?」

「……もう、一回とは言わないから。でも、もうちょっと手加減して」

「…………」

 つまり、もっとキスしてもいいとお許しが出たらしい。


「優しく……優しく、だよ♡」

 ちゅっ、と葉月のほうが身を乗り出して軽くキスしてくる。


 腰が抜けて立てないが、一応動けるらしい。

 湊は、また興奮が高まってくるのを感じ――


「やんっ、んっ……ちゅっ、んんっ……♡」

 葉月を再び抱きしめ、今度は何度も軽く触れるだけのキスを続ける。


 長く濃い一回だけのキスも最高だったが、こうして軽いキスを繰り返すのも悪くない。

 少し顔を放すたびに、葉月の可愛い顔が恥ずかしそうに真っ赤になっているのも見える。


 この可愛すぎる女友達とのキスは、どっちみち一回だけで済むはずもなかった――

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