第5話 女友達の可愛い友達

 何事もなく、数日が経過した。

 相変わらず、葉月は毎日のように湊の家に遊びにくる。


 しかし、レジェンディスを遊ぶ湊を後ろから煽ったり、できもしない料理にチャレンジして食べ物を粗末にするだけだ。


 この前のような美味しい展開は、残念ながら起きていない。

 もっとも、あのパンチラ観賞会からの撮影会のコンボが異常すぎた、というだけだ。


 あのパンチラ、パンモロの写真は湊のスマホからは削除済みだ。

 万が一、他の友人――特に男に見られたらまずい。

 それになにより、他の男には見せたくない。

 湊は、意外に独占欲の強い自分に気づいていた。


「ふう……」

 昼休み――湊は、廊下の窓際に立ち、スマホでレジェンディス動画を眺めている。

 そばでは、友人たちがどうでもいい雑談に興じている。


「湊、そのゲーム、ハマってるんだったな。ウチの妹もめっちゃやってるわ」

「へぇ、女子プレイヤーもけっこう多いとは聞くな」

「妹、陰キャなんだよ。まったく、ゲームばっかりでさあ」

「遠回しに俺も陰キャって言ってんのか」

「ははっ、陽キャではねぇだろ。俺も人のこと言えねーけど。ああいう連中とは違うからさ」


 友人の一人が、教室内を指差した。

 その指先にいるのは、華やかな女子のグループ。

 中心にいるのは、当然のように葉月だ。


「おまえも、葉月さんと仲良くても陽キャじゃねーもんな」

「葉月は細かいこと気にしねーってだけだよ」

 湊は苦笑いして答える。


 葉月とは友人でも、葉月のグループの連中とは友人とは言い切れない。

 夏は何度か彼女たちとも一緒に遊んだが、気が合うとは思えなかった。


「そうか? でも、葉月さんってあんま男の友達は少ないよな」

「カレシとかはいるんじゃね? さすがに、あれで男っ気ないってことはないだろ」

「なんとなく、年上と付き合ってるイメージだわ」


 友人たちが、わいわいと葉月をネタに盛り上がっている。

 よくあることなので、湊は気にしない。


 葉月にカレシがいるか――湊にも断言はできないが、おそらくいない。

 いたら、毎日毎日湊の家に入り浸っていないだろう。

 あの見てくれの良さで陽キャ、交友関係も広いのに、誰とも付き合っていないというのも不思議な話だ。


 かと思えば、あっさりと湊には恥ずかしい姿も見せてくれる……。

 多くのものを望まないと決めた湊でも、勘違いしそうになってしまう。


「あの……」

「…………」


 まさか、あの葉月が湊のことを好きだとまでは思わないが、あのチョロさ……。

 もしかすると、この前の撮影会の続きをできるのではという期待は未だに持ってしまっている。


「あの、あの……」

「おい、湊。呼ばれてんぞ」

「へ?」

 隣にいた友人が、トントンと肩を叩いてきた。

 スマホから目線を上げると――


「あの、すみません、湊くん……」

「え? あ、ああ」


 湊の前に、一人の女子生徒が立っていた。

 いや、前というには距離が少しばかり開いている。


 長い黒髪のストレート、色白の肌、すらりと華奢な身体つき。

 紺色のブレザーはきちんとボタンを留め、ネクタイもしっかりと結んでいる。

 スカートはミニだが、他の多くの女生徒よりやや長めで、黒いタイツもはいている。


「せ、瀬里奈せりなさん」

「ど、どうも……」

 湊と同じクラスの瀬里奈瑠伽るかだった。


 正統派にして清楚な美少女で、密かに人気が高い。

 なぜ密かなのかというと、どことなく“神聖不可侵”なイメージで、彼女をネタに盛り上がるのは気が引けるからだ。


「あの、ちょっといいでしょうか?」

「あ、ああ、いいよ」


 葉月のおかげで多少は女子慣れした湊でも、少し話しづらい。

 クラスメイト相手でも、丁寧な敬語で話してくる上品さのためかもしれない。


 とにかく、湊はスマホをしまい、瀬里奈とともに廊下を少し歩いた。

 廊下の突き当たり、空き教室の前で立ち止まり、向き合う。


「すみません、お話し中に」

「どうでもいい話だったから、別にいいよ。それより、どうかしたのか?」


「湊くんは……葵さんとお友達なんですよね?」

「アオイ? あ、ああ。葉月か」

 普段は、“葉月”と苗字でしか呼ばないので、一瞬わからなかった。


「正面から友達かって言われると、なんか答えにくいけど。そうだな、友達だよ。瀬里奈さんもあいつと友達なんだよな?」

 そう訊きながら、湊は葉月の言ったことを思い出していた。

 瀬里奈なら、葉月のパンツ写真を撮りたがるかも、と。


 この清楚で、絵に描いたような大和撫子の瀬里奈がそんな恥ずかしい真似をするとは到底思えないが。


「え、ええ。仲良くしてもらってます。ただ、あまり学校の外では遊んでいませんが」

「ふーん……」


 葉月は、湊の家に来ないときは、陽キャ友達と遊んでいる。

 そうなると、いったいいつ瀬里奈と遊んでいるのだろうか?


「葵さん、最近はよく湊さんのお話をするんですよ。ゲームが凄くお上手だとか」

「あ、あはは、上手いってほどでもねぇけど。メインはPCだから、あんま家庭用ゲーム機では遊ばないんだけど」


「あ、CPUはやはりRyzenですか? コスパを考えるとRyzen一択ですが、intelのパワーも負けてませんし、アプリとの相性を考えると充分に選択肢に入りますよね。ただ、最近はマイニング需要のせいでグラボが品薄で、私も3000番台に更新したいのですが、悩んでいるうちに今のような状況に――」

「…………」


「……あっ。あ、いえ。今のお話は忘れてください」

「そ、そうか」

 清楚な見た目から想像できない話が飛び出してきて、湊は怯んでしまう。


「そうではなくて――この前、葵さんが言ったことがわからなくて、ずっと悩んでいるんです。ですが、葵さんの他のお友達に話しかけるのは……」

「あー、そうだよな」


 葉月が普段付き合っている友人たちは、揃いも揃って陽キャばかりだ。

 おとなしい瀬里奈には、話しかけづらいだろう。

 もっとも、スクールカーストでいえば、優等生で美少女の瀬里奈は陽キャグループに匹敵する高みにいる。

 一度はずぶずぶと海の底まで沈もうとした湊とは、身分が違う。


「あっ、葵さんのお友達が嫌いというわけではなく! みなさん、私にも親切ですし、ただ……」

「まあ、ノリが違うよな。俺も夏休みに散々あいつらに連れ回されて、ちょっと疲れたし」

「そうでしたよね」

「そうでした?」


「え? 私が夏休みに葵さんと遊んだときに、三回くらい湊くんもいましたけど……」

「そ、そうだっけ」


 湊は、すっかりそんなことは忘れていた。

 いや、葉月グループとのお出かけは、プレッシャーばかりが強くて、湊はメンツの顔もろくに見ていなかった。


「いえ、私は目立ちませんでしたし……」

「そんなことはないと思うが」


 この美貌の瀬里奈にも気づかないとは、どこまでテンパっていたのか。

 湊は、さすがに自分に呆れてしまう。


「それで……葉月の友達にも言えないことっていうのは?」

「その、葵さんが急に変なことを……えっと、なんといいますか……パンツ、ではありません。下着を撮ってとかなんとか……」

「…………」


 あの馬鹿は本気で、清楚な友人にそんなことを頼んだのか。

 湊は、今度は頭がクラクラしてきた。


「すぐに笑ってごまかしてましたけど、あの目は本気でした……葉月さん、頭は大丈夫……いえ、どうかしたんでしょうか?」

「ま、まあ……俺から訊いておくよ。ズバリそのままの意味じゃなくて、陽キャ特有の俺たちには理解できない遊びとかじゃないか?」


 いったい俺はなにを言ってるんだろう?

 ごまかしが下手にもほどある湊だった。


「そ、そうですか。ですよね。自分のパン――下着を撮れなんて、そんな楽しそうな……いえ、恥ずかしいことをするはずないですよね」


 どうも、瀬里奈もおかしい。

 何度も本音が――どうかしてる本音らしきものが飛び出している。


「そ、それでは湊くん。お願いしても……」


「なーにをお願いすんの?」


「ほぇっ」

 急に変な声がしたかと思えば、瀬里奈のスカートがぐいっと大きくめくれ上がっていた。

 雪のように真っ白な太ももと、その付け根に黒いパンツが――


「きゃっ、きゃあっ! な、なにをしてるんですか?」

「あはは、そっちこそなにしてんの、湊、瀬里奈」


 ぱっ、とスカートが重力に引かれて落ちる。

 だが、湊ははっきりと瀬里奈のスカートの中を見てしまった。


「あ、葵さん……いきなりなんなんですか!」

「別にいいじゃん。ちゃんと中にはいてんでしょ?」

 瀬里奈の背後に回っていた葉月が、笑いながら彼女の横に並んだ。


「え? はいてなかっただろ?」

「えっ、はいてないの!?」

 葉月がぎょっとして目を見開いた。


「せ、瀬里奈……いくらスカート長いからって、ノーパンはまずくない?」

「ノ、ノーパ……下着ははいてます! はいてなかったというのは……下着の上になにも、という意味ですよね、湊くん?」

「あ、ああ」


 湊は、自分が失言したことに気づいてうろたえてしまう。

 瀬里奈は、見せパン的なものははいてなかったように見えた。


「そっか、知らん人が見たらパンツに見えるよね、アレ。ブルマだよ、ブルマ」

「ブルマ……?」


 湊はつぶやいてから、気づく。

 名前だけは聞いたことがある。


 昔、学校で体育のときに女子がはいていた運動着。

 黒か濃紺で、形はパンツそのもので、太ももは剥き出しの恥ずかしいシロモノだ。

 昔はあんなものをはいて校内をウロウロしていたなど、正気を疑う。


「ス、スパッツとかショートパンツはしっくり来なくて……新品を探して手に入れたんです」

「よく売ってたよね、そんなもん」


「今でもごく一部で使っている学校があるみたいですよ。これがしっくり来るんですが……人様に見せるものではないんです!」

「湊、パンツ好きだから大喜びだよ」

「だ、男子を喜ばせるためにはいてるんじゃありません」


「い、いや……すまん。つい、しっかり見ちまった」

「湊くんは悪くありません……いえ、もういいです。葵ちゃんのやることにも慣れましたし……」

「じゃ、もっかいめくっとく?」

「遠慮します」


 じろり、と葉月を睨む瀬里奈。

 今のやり取りで得をしたのは、湊だけだろう。

 ブルマだろうと、美少女の瀬里奈のスカート内部を見られるなど、ラッキーすぎる。


「あはは、怒んないで。んー、瀬里奈は可愛いな。ちゅっ♡」

「あ、葵さん……!」


 葉月は瀬里奈の肩を掴むと、ちゅっと頬にキスした。

 タイプが違う美少女二人が戯れている――和むとともに妙にエロい画だった。


「それで、なんの話をしてたの、二人で?」

「…………?」


 一瞬、葉月が鋭い目で湊を睨んできた。

 本当に一瞬すぎたが、殺気めいたものまで感じるほどだった。


「い、いえ。最近特に葵さんと湊くんが仲が良いみたいですね、と」

「ふーん……じゃあさ」


 葉月は、ぐいっと瀬里奈の首を抱え込み。

 同時に、湊の首も抱え込んで引き寄せてきた。

 葉月の豊かな胸のふくらみが湊の腕に当たっている。


「今日は、あたしとあんたら二人で遊ぼうよ。友達の友達は友達ってことで、湊と瀬里奈にも仲良くなってもらいます!」


「えっ……?」

「お、おい、葉月……」

 湊は思わず抗議したが、葉月はかまわずにさらに強く引き寄せてきた。

 どうも、湊にも瀬里奈にも拒否権はないらしい。

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