第3話 女友達はいつもウチにいる

「ういーす。飲み物も取ってきたよ」

「お、サンキュー。気が利くな、葉月」

「あったり前じゃん」


 葉月は湊の部屋に来る前にキッチンに寄って、ペットボトルの紅茶とカップを持ってきてくれたのだ。


 ちなみに、葉月はいつの間にか湊家にマイカップを置いている。

 スタバのピンク色のカップで、お気に入りらしい。


 葉月の家も片親で、あちらは母親との二人家族だ。

 モモという飼い猫がいるが、独立心の強いタイプらしく、食べ物さえ与えておけば、特に文句は言わない――らしい。


 二人の親は多忙で、家に帰ってくるのは夜遅く。

 帰ってこないことすらたまにある。


 そんなわけで、友人の二人はマンションに帰り着いたら、どちらかの部屋に入り浸るのが日常になった。

 たいていは学校から家に直行していて、今日のように外で遊ぶことのほうが珍しい。

 まだ高校生で、毎日外で遊べない経済的な事情もあるので当然の話ではある。


「ふいー、疲れたねぇ」

「そりゃ、あんだけハシャげばな……って、んん?」

 よく見ると、葉月は制服のままだ。


「なんだ、葉月。家で着替えてこなかったのか?」

「着替えんのもかったるくてさ。ま、ちょっとくらいシワになってもいいし」

 葉月は、どさっと湊のベッドに横になる。


「はー、気持ちいいー……身体動かしたあとに、横になるの最高すぎー」

「くつろいでんなあ」


 もうすっかり、葉月は湊家に馴染んでいる。

 どちらかというと、葉月が湊家に来ることのほうが多い。


 湊としては、葉月には特に気は遣わないが、母娘二人――女性だけで暮らしている家だ。

 高校生とはいえ、男が頻繁に出入りしないほうがいいと思っている。

 といっても、週に一回二回は葉月家にお邪魔しているのだが。


「つーか、メシ食うか? インスタントカレーか……インスタントハヤシライスだけど」

「またそれぇ? あたしも料理覚えるべきかなあ。ほら、あたしがエプロン着けてキッチンに立っちゃったりしたら、湊もドキドキでしょ?」

「葉月の料理じゃ、違う意味でドキドキするわ」

「この野郎……言いたい放題じゃねーか」

 葉月が、ベッドから腕を伸ばして拳で肩をぐりぐりしてくる。


「あー、でもまだご飯はいいかなあ。さっき、ハンバーガー食っちゃったし。八時くらいでもいい?」

「ああ、俺もそんなに腹減ってないし」


 まだ夜七時前。

 八時となると、あと一時間くらいある。


「レジェンディスでもやるかなあ……いいか?」

「今日はあたしに付き合ってもらったからね。次は、あたしが付き合うよ」

「付き合うって見物するだけじゃねーか」

 湊はゲーム機を立ち上げながら苦笑する。


 何度か葉月にもゲームをやらせてみたのだが、下手すぎて話にならなかった。

 本人はかなりムキになっていて、何度テーブルを叩いていたことか。

 いわゆる“台パン”はゲーマーとしてはお行儀がよくない。


「こんな美少女の応援付きなら、ゲームもはかどるってもんでしょ?」

「おまえ、うるさいからなあ。“横から来てる”とか、“さっきのアイテムなんで拾わないの”とか、“あの女キャラおっぱい凄い”とか」

「そりゃ、湊がおっぱいデカい女キャラばっか使うからじゃん。おっぱいデカい女を見たいなら、横を見りゃいいのに」

「そっちはだいぶ見飽きたんでな」

「おいこら、こっちは生だぞ、生。しかも成長するおっぱいだぞ」

「えっ? 葉月、まだ成長してんのか?」


 思わず振り向いて、ベッドに寝転んでいる葉月の胸元を見てしまう。

 ピンクのカーディガンの下には白いブラウス、そのブラウスのボタンはいくつも外して、谷間が見えている。

 それどころか、白いブラジャーがわずかに覗いてしまっている。


「あたし、まだ高一だよ? 成長するに決まってんじゃん」

「そ、そうなのか……これ以上デカくなったら、邪魔そうだな」


「今でもけっこう邪魔だっつーの。グラドルじゃねーんだから、あんまりデカすぎてもメリットないね」

「ふーん……」

「って、こら、タダ見すんな。湊、ちゃんと前見ろ、前。ゲーム始まってんじゃないの?」

「おっと」


 湊は魅惑の谷間から目線を前に戻す。

 確かに、既にゲームは始まっていた。

 レジェンディスは輸送機で空中から降下するところからスタートする。

 湊のプレイヤーキャラはとっくに空中に放り出されていた。


「危なかった。くそっ、巨乳で妨害してくるとは……このゲーム、負けたらランク下がるんだぞ」

「巨乳って言うな。つーか、女子はわかりやすいのが不公平だよね。男子のは大きいかわかんないのに」

「おまえ、また品のないことを……」


 葉月は、いつからか下ネタもぽろっと口に出すようになっている。

 女子同士ではそういう話もするようだし、彼女にしてみれば女友達と話すような感覚なのかもしれない。


「今度さぁ、湊の見せてよ」

「通常時か、拡張時かどっちだ?」


 下ネタは湊も負けていない。

 あまり男友達とは卑猥な話をしないのだが、なぜか葉月相手だと言えてしまう。


「そんなの選択の余地はなくない?」

「は? どういうことだ?」

「だって、あたしにそんなもの見せつけてるシチュで、湊が興奮してないわけないじゃん。だったら、拡張しちゃってるんじゃない?」

「人を露出魔みたいに!」


 ツッコミつつ、湊はフィールド内を駆け回って武器や弾薬、アーマーなどを集めていく。

 レジェンディスは銃で撃ち合うFPSだが、初期装備はナイフ一本。

 フィールド内にいくつも設置されたボックスを漁って装備を揃えていくのだ。


「きゃはははははっ、でもまあ通常時も見たいなあ。そうなると、寝込みを襲うしかないか」

「襲う!?」

「そうそう、湊のミナトくんはどうなってんだよ!」

「なんだよ、俺のミナトって。つーか、おまえ、本当にやりそうだから怖いよな……」


 うっかり湊が眠り込んでいる隙をついてズボンを下ろされ、アレを見られる……。

 興奮してしまいそうなシチュエーションだが、恥ずかしすぎる。


「はっはっは、あたしのイタズラは常識を越えていくよ?」

「まだ起きてるときに見られるほうがマシだな……っと、来た来た!」


 湊は、はるか遠くに敵影を発見。

 銃を構え、狙いを定めて数発撃つ。

 しかし、わずかにダメージを与えただけで敵は物陰に隠れてしまう。


「あーあ、逃がした。そんな調子じゃ、ランク上げどころじゃないね」

「うるさいよ」


 葉月も毎日のようにレジェンディスを見ているので、ゲーム内容は把握している。

 レジェンディスはいわゆるバトルロイヤル。

 100人のプレイヤーが同じフィールドで潰し合い、最後の一人になったプレイヤーが勝利者となる。

 葉月は中途半端に知っているものだから、後ろでやいやいと煽ってくるのだ。


 どうも、今回の戦いは分が悪い。

 上級プレイヤーが集まっている雰囲気だ。

 湊も中の上くらいではあるが、一日中ゲームをやってるようなガチ勢には勝てない。

 稀に、対戦者の中にプロゲーマーが混ざっていることもあるので、そういう場合はムキになるほど損をする。


 湊は慎重に立ち回り、他のプレイヤーが脱落していくのを待ち、時には撃ち合いに後ろから乱入して漁夫の利を狙う。

 中級プレイヤーには中級なりの立ち回りがある。

 上級プレイヤーでも、キャラの攻撃力や防御力は同じ。

 後ろを取れれば、初心者だろうと世界チャンピオンを倒せるのだ。

 湊は慎重に慎重に立ち回り――


「ああっ……!」

 慎重すぎて行動範囲が狭くなり、敵に位置を読まれていたようだ。

 明らかな待ち伏せに遭い、あっさりと倒されてしまった。


「あー、しまった……まあ、10位以内に入ったからよしとするか……」

 トップでなくても、10位以内に入賞すればポイントが入る。

 ポイントをためてランクアップを狙うのが、このゲームの醍醐味だ。

 負けが重なるとランクが落ちるという地獄も経験できるのだが。

 さらに二戦して、二度ともギリギリ10位入りだった。


「んーっ、ダメだ! すぐに次に――いや、メシはどうする……って、あれ?」

 湊が後ろを振り向くと。


「すう……すぅ……すー……すー……」


「……おい」

 葉月は、湊のベッドですやすやとお休みだった。

 うつ伏せになり、スマホを手に持ったままだ。


 レジェンディスを見物するのに飽きて、スマホをいじっているうちに眠ってしまったらしい。

 スポッティであれだけハシャいでいたのだから、疲れて寝ても不思議はない。


「まったく……メシはどうするんだ」

 まだ八時前だが、熟睡してるようなので起きるのはいつになるか。

 先に食事を用意してしまって、できたら無理にでも起こすか。

 ただ、よく寝てるみたいだから起こすのはさすがに気が引ける。


 湊は悩みつつ、ベッドの上の友人をじっと見つめる。

 寝顔は可愛い。

 いや、起きていても葉月は可愛い。

 クラスどころか校内で評判の美少女なのだから、その寝顔は天使だろう。

 そんな歯の浮く表現は本人の前では死んでもできないが。


「すぅ……すー……」

 寝息に合わせて、わずかに身体が動いている。

 うつ伏せになっているので、自慢の巨乳がぐにゃっと押し潰されていて、それが妙にエロい。


 友人だろうが――異性ならやはり顔や身体をつい見てしまう。

 葉月に悪いと思うが、これは本能みたいなものでどうしようもない。


 男女の友情は存在する。

 湊はそう言い切れるが、友情だけというわけにはいかないのも事実だ。


 はっきり言って、葉月と遊び回っているのは下心もある。

 これだけ可愛くて身体もエロい美少女と遊んでいて、下心がないなどありえない。

 いくら高望みをしなくなった湊でも、葉月に欲望を覚えないわけがない。


「でも、おまえも気づいてんだろ……?」

 湊は、人差し指で葉月の頬をつつく。

 ぷにぷにとプリンのように柔らかい頬だった。


 葉月は成績は悪いが、決して鈍くはない。

 友人も多い彼女のことだ、男の欲望のこともよく知っているに決まっている。


「あ、そうだ……」


 ふと、湊は思いついた。

 葉月は寝込みを襲うだのなんだの言っていた。


 普通なら、冗談だと思うだろう。

 だが、葉月の場合はガチである可能性が高い。

 冗談だと思わせて、ガチで信じられないイタズラを仕掛けかねない。


 今日もトランポリンでいきなり飛びつかれたり、卓球ではドライブとかいう謎の技術をくらった。

 こちらも少しくらい逆襲してもいいだろう。

 いや、むしろ先手を打って寝込みを襲ってやるのもアリだ。

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