第2話 女友達とは遊びの関係

 葉月葵はづきあおいに勉強を教えてくれと頼まれた、その日から――

 みなとは放課後に葉月の勉強を見てやり、無事に葉月は追試をクリアした。


 追試をクリアした日以降、葉月は“お礼”と称して湊を連れ回すようになった。

 最初の数日は葉月のおごりで、そのあとはさすがに割り勘になったが。


 割り勘になった頃には、湊は「葉月」、葉月は「湊」とお互いを苗字で呼び捨てするようになった。

 それでも、湊はなにも期待しなかった。

 やたらと葉月がかまってくるのは、彼女のただの気まぐれで、すぐに飽きるだろうと。


 だが、夏休みに入ってからも葉月に連れ回される日々は続き、夏らしくプールや海にまで連れて行かれた。

 男友達とならともかく、女子とプールや海に行ったのは初めての経験だった。


 葉月の友人たちも一緒で、何人かは「なんでこいつが?」「ていうか、こいつ誰だっけ?」のような反応をしていたが、その連中もすぐに気にしなくなったようだ。

 陽キャは細かいことにはこだわらず、楽しく遊べればなんでもいいらしい。


 夏休みが終わっても、葉月との遊びは続き――

 秋になった頃には、二人で遊ぶことも珍しくなくなった。

 特に理由も大きなきっかけもなく、放課後や休日に二人で行動することが増えた。


 いや、ちょっとした理由はあるのだが――

 その理由を除いても、湊はよくわからなかった。


 葉月と遊ぶのは楽しい。

 こんな可愛くて明るくて面白い女の子と遊んで、楽しくないわけがない。

 ただ――なぜ葉月のような校内でも人気の女子が、自分のような目立たない男子と遊びたがるのか。


 あるとき、ふと訊いてみたこともあった。

 なんで、毎日俺を誘うのか、と。

 葉月は三秒ほど考え込むと――


「なんでって……友達だからじゃない?」


 その単純な答えは、不思議と湊を満足させた。

 それ以来、葉月との時間がさらに楽しくなったのは言うまでもない。



「ねえ、ねえ。湊、聞いてんの?」

「あ、いや、聞いてなかった」


 スポッティの案内ボード前。

 葉月は、じーっとその大きな目を細めて湊を睨んでいた。

 なんとなく、葉月とのこれまでの日々を思い出してしまっていた。

 未だに、この楽しすぎる状況が夢のように思われてるからだろうか。


「聞けや。だから、なにすんのかって。あたし的には、トランポリン行きたい。実は、昨日からトランポリンしたくてたまんなかったんだよね」

「トランポリンしたい衝動なんてこの世に存在すんのか」

「あたしにはあるの。じゃ、トランポリンでいい?」

「いいけど……おまえ、スカートじゃん。着替えてこいよ。運動着も借りられるんだろ、ここ?」


「え? あー……でも、いいんじゃない? スパッツはいてるし」

 葉月は、ぺろりと制服のミニスカをめくった。

 確かに、黒いスパッツをはいている――はいているが。


「おまえな、こんなとこでスカートめくんなよ!」

「今時のJKで生パンツの女子なんて、まずいねーって。よっぽど露出願望があるヤツじゃない?」

「生とかそういう問題でもねぇよ。男は、スカートめくられたらドキッとするんだよ」


「えー、クールなクールな湊くんでもエロい気分になっちゃうわけ? 意外だなあ」

「別にクールってわけじゃ……ああ、いいから行くぞ!」

「ふぁーい」


 施設内の廊下を移動して、トランポリンの前に到着。

 あまり人気はないのか、他に利用者の姿はなかった。


「なーんだ。JKのエロいトコが見られるのに、誰もいないの?」

「ラッキーだろ」


「湊があたしのエロい姿、独り占めできるもんね」

「エロを推すな、エロを!」


 とりあえず、靴を脱いでトランポリンに上がってみる。

 ポンポンと跳ねているだけでも意外に楽しい。

 普通ではありえない高さまで跳び、目線が変わるとなかなか新鮮な気分になれる。


「よっ……っと!」

「うおっ!?」


 ふと横を見ると、葉月がくるりとバク宙を決めるところだった。

 スカートがひらりとめくれ、黒スパッツが丸見えになっている。


「お、おい。宙返りは禁止って書いてるぞ!」

「あ、そうだっけ? ま、他に人いないし、大丈夫っしょ」

「そういう問題でもないんじゃねえ?」


 宙返りなどして、首の骨でも折られたら大問題になるからだろう。

 葉月のバク宙は危なげはなかったが――湊としては不安になってしまう。


「あたし、運動神経だけは自信あるし。もうちょっとアクロバティックな技もイケるんじゃね? 月面宙返りとか」

「よくそんな技、知ってんな。頼むから、危ないことはやめてくれ」


「じゃあ、あんたがあたしの相手をしろーっ!」

「うおっ!」

 葉月がぴょーんと前に跳ねて、湊に飛びついてくる。

 ぐにょりと二つのふくらみの感触が確かに湊の胸に伝わり、明るい茶色の髪からはふわりといい香りがした。


 そのまま、二人はトランポリンの上に倒れ込み、ぽんぽんと跳ねてしまう。

「あ、危ねぇっ……なにしてんだ、葉月!」

「あははははははっ! さっきの湊の顔っ! やべぇー、撮らなかったのがもったいない!」

「そんなもん、データで残されてたまるか!」

「怒るな、怒るな、ちょっとジャレついただけじゃん!」

「まったく……」


 などと、ひとしきり戯れていると、ドヤドヤとキッズの集団が入ってきたので遠慮して移動。

 次も葉月の要望で卓球をすることにする。


「いぇーいっ、見たか今のスマッシュ!」

「くっ……!」


 湊は運動神経は悪くない。

 卓球も中学時代に遊びでそこそこ打ったのだが、葉月のほうがずっと強い。


「ほらほら、もっと左右に打ち分けないと! ああっ、スマッシュのチャンスだったのに、なーにやってんの!」

「うるさいな、防御は最大の攻撃なんだよ!」


 湊は葉月の球を打ち返すので精一杯だ。

 葉月の攻撃が強力なのもあるが――


「しゃー、おらーっ!」

 楽しそうにラケットを振っている葉月の胸が、激しく揺れている。

 左右にぷるるんっと揺れたかと思うと、叩きつけるようなスマッシュとともに上下に弾むように動く。


 こいつ、いったい何カップなんだ……?

 葉月と遊び始めてから何度となく覚えた疑問だった。

 さすがに相手は女子、その質問ははばかられるので答えは得られていない。


「おらおら、くらえーっ!」

「つっ……!」

 葉月のスマッシュが、今度は湊の顔面に命中する。


「あ、ごめん。大丈夫、湊?」

「いや、ピンポン球だし……」

 実はちょっと痛かったが、湊は我慢して答える。


「ま、葉月のヘナチョコスマッシュが当たったくらい、蚊に刺されたほどでもねぇな」

「おっ、そう来たかこの野郎……」

 葉月は、湊が打ったサーブをぐっと引きつけるようにして打ち返し――


「うおっ!?」

 葉月の打った球がぐにゃりと曲がり、湊はラケットの側面で弾いてしまい、また顔面に命中する。


「な、なんだ今の?」

「ただのカーブドライブじゃよ。あたしにこの必殺技を出させるとはね」

「くっ、遊びの卓球で変な技使いやがって……!」

「ふはは、吠えるな。軽いイタズラだよ」

 ひゅっひゅっと葉月は軽く素振りしつつ笑う。


「んじゃ、続けようか。あと1ポイントであたしの勝ち。お腹減ってきちゃった、買ったら、ハンバーガーおごりね!」

「マッチポイントになってから言うなよ!」


 いい乳揺れを見せてもらったのだから、その代価としてはハンバーガーくらいなら高くない。

 葉月の球を打ち返しながら、湊は少しでもラリーを続けてその乳揺れをしばらく堪能させてもらうことにした。



 湊と葉月はたっぷり遊んでから、スポッティを出た。

 駅に向かい、10分ほど電車に乗って。

 電車を降りて駅を出ると、すぐに12階建てのマンションが見えた。

 二人はマンションのエントランスに入る。


「湊、今日はどっちにする?」

「昨日はそっちだったからな。今日はウチでどうだ?」

「おっけ、ちょっとモモの様子見てくるから」


 二人でエレベーターに乗り込み、湊は10階で下りた。

 扉が閉じる直前、葉月はひらひらと手を振る。


 実は、湊と葉月は同じマンションの住人だ。

 湊は10階、葉月は12階に住んでいる。


 もっとも、二人は同じマンションの住人だとしばらく気づいていなかった。

 湊は高校に進学した春に、葉月はその1年前にこのマンションに引っ越してきていた。


 二人が気づいたのは、夏休みに遊び始めて数日経った頃のことだ。

 クラスの友人数人とともに海に行った帰り、湊と葉月は帰りが同じ方向で――それどころか最寄り駅も、最終的に帰り着いた家も同じだった。


 複数の友人たちと遊びに行っても、最終的には二人きり。

 そんな日々が続き、今や湊と葉月は二人で遊ぶことも珍しくなくなったわけだ。


「意外すぎる展開だよな……」

 湊は自宅のドアを開けながら、独り言をつぶやく。

 彼の家は、父親との二人暮らしだ。

 マンションの部屋は2LDKで、広さも充分、建物も新しいので快適に生活できる。


 母親は湊が幼い頃に亡くなった。

 父は不慣れな家事を頑張ってくれたし、湊が高校生になった今は最低限の家事は自分でこなせる。


 特に生活に不満はない。

 しかも、今は可愛い女友達がいて、同じマンションに暮らしているのだ。

 これで文句を言ったらバチが当たるだろう。


 湊は自室に入り、制服から楽なTシャツとハーフパンツに着替える。

 もう秋だが、室内ならこの格好でもまったく寒くない。


 湊の部屋にあるのは、学習机にベッド、本棚、それに液晶モニターとゲーム機。

 それにクローゼットもあるが、服は少なく、ほとんど物置だ。


 TVの前には小さなテーブルがあり、無線のマウスとキーボードが乗っている。

 キーボードは派手な赤色に光っているタイプで――いわゆるゲーミングキーボードだ。もちろん、マウスもゲーミング仕様だ。

 ノートPCを24インチモニターに接続してあって、大きな画面で見られるようにしてある。


 湊はテーブルの前に座ってマウスを操作しつつ、適当にネットを見ていく。

 ネットはスマホで見てもいいが、自室なら大きな画面で見たほうが楽だと思っている。


「おーい、来たよー!」

 ドアが開く音がして、騒がしい声も響く。

 玄関ドアの鍵を開けておいたので、葉月がそのまま入ってきたのだ。

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