第4夜 fall
リビングから廊下へ出て、少し奥の階段を降りて、患者を治療する設備がある地下へ行く。
階段から続く長めのコンクリートの通路を通り、2つほど途中にあるドアを通りすぎ、突き当たりの両開き自動ドアの前まで来た。
自動ドアの横に数字のパネルがあり、そこへシュウ博士が背伸びをしながらパスコードを打ち込む。
ピッと高めの機械音がなってパネルの横にスキャン装置が出てきた。
これもシュウ博士は背伸びをして、目をスキャン装置に近づけた。
空気が抜けるような音が鳴り、ゆっくりと自動ドアが開く。
毎回ここへ来る度に感じるのが、何故背伸びをしないといけない位置にパネルを設置したのかだ。
コウは女性にしては背が高い方で難なく届くが、シュウ博士は成人男性の割りにものすごく身長が低い。
小学生と背比べしたら勝てるかも?しれないレベルだ。
初めてこの施設に来たときにシュウ博士に聞いたらものすごく怒られたので、それ以来聞かずにピョンピョン飛び跳ねる姿を暖かく見守っている。
コウが事故に遭ってから歩けるまで回復すると、シュウ博士はこの病院では眠り病の治療は出来ないと言って、設備が整った場所へ移動させた。
それがコウ達が今いる研究所兼シュウ博士の自宅だった。
部屋の中はガラスの壁で2つに横に仕切られていて、端のドアで2つの部屋が繋がっている。
出口に近い手前の部屋は、患者の状態や患者の頭の中、今見ている夢を写し出す天井に届きそうなぐらい大きなスクリーンと、それを操作する制御装置が取り付けられた小型のモニターが3台とキーボードがある、モニタールーム。
ここにはコウや患者が着ける器具や、機材も置いてある。
奥の部屋はモニタールームより広く、部屋の中央に人一人分のベッドがあり、ベッドの頭の部分に白い大きなドーナツの半円のような機械が取り付けられ、足元には複数のコードが手前の部屋まで繋がっていた。
まるで全身をスキャン出来るMRIのような機械。
これが患者の頭とコウを繋げる唯一の手段、fall《フォール》だ。
fallの横に全自動の車イスが1つ置いてあるが、こちらはコウ専用である。
夢の中に入ると眠った状態になり身体は動かせなくなるので、コウはここに座って患者の中に入る。
fallの動作確認が終わった頃に、患者の到着を知らせるチャイムが鳴った。
「患者のお出ましだ。迎えにいってくる」
「わかりました」
シュウ博士は足早に部屋を出ていく。
患者はシュウ博士がいた病院から紹介された眠り病の重症患者を、シュウ博士が選別し、研究所に搬送してもらっている。
コウは迎えに行けないので待機するしかない。
シュウ博士に止められているからだ。
コウはまだ状態が安定していないし、誰かと偶然会い、突発的に記憶を思い出したら何が起こるかわからない。
何も起こらずだた記憶が戻るならいいが、パニックになり倒れたりしたらどうする?など、不確定要素がある限りシュウ博士の許可無しには他の人に会ったり、外出はするなと言われている。
幸い、このシュウ博士の研究所は広く、トレーニングルームや難しい本から絵本まで取り揃えた図書室や、バランス感覚などを鍛える体験型ゲーム機があったりするので、外に出なくても充分快適に過ごせてはいる。
だが、屋内だと風だったり、晴れや雨といった天気、自然には触れられない。
それを考えてか、シュウ博士はたまにコウをドライブで山や海など自然の多い所へ連れて行ってくれる。
今のコウの一番楽しみなご褒美だ。
「今月はまだどこにも連れていってもらえてないですね・・・・・・」
モニターを見ながらボソッと呟く。
fallの部屋に患者が到着したらしく、男の子を乗せた担架と、2人の男がfallの横の部屋へ通じる自動ドアから入ってきて、手際よくfallに患者をのせる。
1人はシュウ博士で、もう1人はコウと同じぐらい背の高い白衣の若い男だ。
髪は茶髪で右側の前髪はアゴのラインまであり、三つ編みに結っている。
いつも患者を連れてくるのはこの男で、シュウ博士と何かしゃべって部屋を出ていく。
去り際にコウに気づき、ニコッと笑ってバイバイと手をふられた。
コウもつられて手をふり返す。
それを見たシュウ博士にとっとと帰れ!と足で蹴られ、追い返されるように帰っていった。
「ったくあいつは余計なことばっかりしやがる・・・・・・」
文句を言いながらモニタールームに帰ってきたシュウ博士。
ドカッと荒々しくモニター前の椅子に座る。
「さてと、役者は揃った。やるぞコウ」
「はい!」
眠れる患者を救うため、コウはfallの部屋に入っていった。
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