第3夜 本日の患者
顔を洗ったコウは2階の自分の部屋から、1階のリビングへと急いだ。
リビングから甘い香りがただよってくる。
コウが覗くと、真ん中のダイニングテーブルでシュウ博士が、右手で書類を持ち、左手でテーブルに並べられた美味しそうなイチゴのショートケーキ、カヌレ、チーズケーキ5、6個を手掴みで豪快に食べていた。
シュウ博士はかなりの甘党で、朝からケーキだったりアイスクリーム、時にはパフェを自分で作って食べている。
天才は脳をものすごく使うから、糖分をすぐに補給しないといけないと言うのがシュウ博士の言い分だ。最初に見たときは胸焼けがしそうだったが、もうコウには見慣れた光景だ。
「今日もすごく甘そうですね」
「頭の栄養を補給してんだよ、そんなことより今日の患者の説明すっから、朝飯食べながら聞け」
ほれ、座れ座れとテーブルへ手招きする。
テーブルには、ケーキ達の向かい側にコウが起きてから作ってくれたであろう白い湯気がのぼるスクランブルエッグとソーセージ、トマトとキュウリをのせたレタスサラダ、その横に食パンの袋が置いてある。
シュウ博士はもろもろの面倒はみてやるって言っただろうが、とコウの食事も毎日用意してくれる。
これで口が悪くなければもっといいのだが、世話になってる身で文句は言えないし、なによりシュウ博士のご飯はめちゃくちゃおいしいのだ。
コックさんになればいいのにと毎回思う。
コウはシュウ博士と向き合って座る。
「いただきます」
「おぅ、味わって食えよ」
コウが食べ始めると持っていたA4用紙をコウに見えるように置いた。
「今回はどんな人なんですか?」
「ガキだ。小学3年の畑
A4用紙にも、顔写真とその横の簡単なプロフィール項目に強いストレス反応ありとも書いてある。
用紙の中の畑剛志くんは遊んでいた時の写真だろうか、元気よく友達と肩を組んでカメラにピースをした活発そうな男の子の姿が写っていた。
こんなに明るそうな子が何故、睡眠薬を必要とするぐらい精神的に追い詰められたのかコウには検討もつかない。
シュウ博士がカヌレを口に放りこみつつ説明を続ける。
「この剛志ってガキは児童誘拐殺人事件に巻き込まれたんだと」
「えっ誘拐殺人ですか・・・・・・かわいいから目をつけられたとか?」
「そんな単純じゃねぇよバカたれが。拐ったクソ野郎、警察の事情聴取では、眠り病の症状が出て鬱々としてた時に夢の中であの子が良いって指示されたから拐った、なんて言ってやがるからな。誰にそんなこと吹き込まれたんだか自分でも解らねぇ覚えてねぇの一点ばり」
「眠り病が怖いからってそんな誰かもわからないモノにすがったんですか?なんで?」
「あーなんでも、夢の誰かさんはガキと添い寝すると怖い夢も見なくなるし、必ず朝起きられる、それはこんな奴だってガキのイメージ画像まで寄越してきやがったんだと」
「えぇ!じゃ添い寝するために拐ったんですか?!」
あまりにもお粗末な理由だったのでおもわず叫んでしまう。
口に含んでいたスクランブルエッグが華麗に空を舞ってシュウ博士の白衣が黄色くなってしまった。
「飲み込んでからつっこめ!」
きぃったねぇ!とティッシュで黄色い染みをぬぐうシュウ博士に構わずしゃべるコウ。
「おかしいですよ!それにさっき児童誘拐殺人って」
「あぁ、拐って添い寝していい夢が見れないときはカッとなって絞め殺しちまうんだとっ」
シュウ博士はティッシュを勢いよくゴミ箱に投げ捨てる。
犯人はティッシュを捨てる感覚と同じに男の子を使い捨てしていたのか。
もう要らない、使えないと。
体の奥から怒りが込み上げて胸が痛くなる。
コウは着ているシャツの胸の辺りをギュッと掴んだ。
「なんか、酷すぎませんか?」
「殺人犯す奴に酷いも酷くないもねぇだろうが。まぁ怒る気持ちはわからんでもないがな。でもな、勘違いすんなよ?コウ、今日、お前が入るのは犯人の頭じゃねぇ。被害にあったガキの頭ん中だからな。しかも、被害にあった3人のガキん中で唯一救助された生き残りだ。お前がカッとなってガキの頭ん中めちゃくちゃにしたら、せっかく助かった命も助けれねぇからな?」
被害にあった男の子は、かなりの辛い体験をして夢の中で苦しんでいるはずだ。怖い思いをさせてはいけない。シュウ博士の言う通りだ。
「わかってますよ。気を付けます」
「よし、じゃとっとと飯片付けて、患者を迎える準備だ」
「了解ですっ」
コウはその他の細かい説明を聞きつつ、朝ごはんを片付け、地下の治療室へシュウ博士と一緒に降りていった。
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