第3話
寝起きの体を無理やり起こし、行きたくもない学校に登校する。小中高とこんな日々を続けてきたが、何年経っても慣れる気がしない。
住宅地から学校に近付くに連れ、同じ学校の生徒が多くなっていく。「おはよう」と挨拶を交わしたり、昨日のテレビや家での出来事の話をしたり。俺のように無言で登校している生徒もいて、ここでは一人でいても目立たない。
校門に入るとそのまま真っ直ぐ昇降口に向かう。
いろんな人の話し声が混ざる中、俺の耳に何人かの声が聞こえて来た。
「秋﨑さんおはよう!」
「おはようございます、秋﨑先輩」
聞き覚えのある名前が前の方から聞こえて来た。その名前の人を探したわけではない。たまたま前を歩いていた人が近くに友達を見つけたようで、手を振りながら俺の前から消えた。その先に彼女を見つけた。
彼女に挨拶をする人は他にもいた。彼女が近くにいるとわかると男たちは話をやめ、足を止めて彼女の方を見る。一年以上この学校に通っていたのに、この光景を見るのは初めてだった。今まで彼女が来る登校時間と被らなかったからかもしれないけど。
その光景に少し違和感を覚えた。それが何なのかわからなかったけど、なんだか気持ちが悪かった。
退屈でつまらない授業を終え、いつものように購買に行って昨日と全く同じ物を買った。教室に戻ると昨日と同じ景色が俺の目の前に現れた。昨日と同じクラスメイトが昨日と同様に俺の席で昼食を取っている。
「はぁ~」
なんとなく席を離れればこうなるような気はしていた。だからといって昼飯を買いに行かず、空腹で残りの授業を乗り越えるのは無理。
登校通路にコンビニの一つでもあればいいのだが、家の近くのコンビニは学校の反対方向にある。学校付近のコンビニに行くには学校を通りすぎる必要があり、向かう気にはならない。スーパーなどは開いていない時間なので購買が頼りだった。
「今日も屋上に行くか」
ぼそりと呟いてから屋上に向かうために廊下を歩きだした。
屋上につながる階段は校舎の一番端っこで、人通りが一番少ない。昇降口や購買から離れていることもあるだろう。
その階段に差し掛かった時だった。
「うわぁっ!」
「キャッ!」
廊下を曲がった俺は、階段の方から勢いよく向かって来た人と激しくぶつかった。俺は少し後ろに倒れそうになっただけだが、ぶつかった相手は床に尻餅をついた。
「ごめん、大丈夫?」
声をかけながら痛そうにお尻を摩っている女子生徒に手を伸ばす。
「ありがとう、って高野くん?」
俺の手を取り、礼を言いながら顔を上げた女子生徒は秋﨑さんだった。
「こんなところで会うとは思わなかった」
「俺も。それより何を急いで」
「秋﨑さん待って!」
いるの?と聞こうとすると、それを遮るように階段の下の方から声が聞こえて来た。その声に彼女は何かを思い出したように慌て始めた。
「え、え~と・・・」
彼女は上につながる階段と二年の廊下をキョロキョロと交互に見渡す。眉間にしわを寄せ、何かを迷っている彼女。
「名前呼ばれているようだけど?」
聞くと彼女は一点に俺の顔を見た。そして短く「あ!」と声をあげる。何かを閃いたような、そんな顔をして。
「高野くん」
「なに?」
「ごめん」
彼女は謝罪を述べながら俺の体に抱きついて来た。
急なことに理解が追い付かなかったが、心臓の鼓動が速くなった。抱きついて来た彼女の髪からはシャンプーのいい匂いがする。胸の少し下辺りには彼女のマシュマロのような軟らかい胸の感触が伝わって来る。
「え!?秋﨑さん」
「お願い、私を隠して」
「隠してってどうやって?」
「背中に手をまわして」
「え~!?」
状況が全く理解できず困惑する。なぜ彼女が走っていたのか、なぜ手をまわせと言って来るのかわからない。
「秋﨑さ~ん!」
「お願い早く!」
徐々に近くなる彼女を呼ぶ声。それに比例するように焦りだす彼女。
「・・・わかった」
結局何もわからないがビニール袋を手に持ったまま彼女の背中に手をまわし、そっと彼女の体を抱き寄せる。初めて抱く女の子の体は男の俺とは全然違い、力を入れすぎると今にも折れてしまいそうなほど細く、軟らかい。密着しているせいで、早くなった俺の鼓動が彼女に聞こえていそうで恥ずかしい。
「秋﨑さんってば!」
彼女の名前を呼ぶ声が近くで聞こえると、下の階から上がって来たメガネの男子生徒と目が合う。彼は階段の広間で抱き合っている俺の顔を見た後、彼に背中を見せている彼女に視線を向けた。
「秋﨑さん?」
彼が彼女の名前を呼ぶと、彼女はビクッと体を震わせた。俺の背中に回された手に力が入るのがわかった。
「・・・いや、違うか」
彼女が無反応でいると彼は人違いと思ってくれたらしい。頭を掻くと「はぁ~」とため息を吐いた。
「しょうがない」
彼はそう呟くと階段を上がって行き、足音は次第に聞こえなくなっていった。
「行った?」
彼がいる間ずっと黙っていた彼女がようやく口を開いた。俺は階段の方に目を向け、彼がいないことを確認した。
「たぶん」
そう答えると彼女はスッと俺の体から離れ、彼が上がって行った階段を見た。そして誰もいないことを確認すると肩に力を抜いた。
「はぁ~・・・ありがとう、高野君。おかげで助かった」
「どういたしまして。・・・それよりさっきの人は?」
事がひと段落したところで、俺がずっと気になっていたことを彼女に聞くことにした。
「告白されたの、ついさっき」
彼女は苦笑いを浮かべながら答えた。
俺が彼女の告白を目撃してまだ二日目。だというのに、もう他の男子生徒から告白されるとは。登校中の様子からもわかるように彼女は相当男子に人気があるらしい。
「それで断ったんだ。そしたら「考え直してよ」って引き下がってくれなくて・・・」
「それで逃げていたのか」
彼女はゆっくりと頷いた。
「こういう事ってよくあるの?その、告白してきた人に追いかけられるってこと」
聞くと彼女は首を左右に振った。
「何度も呼び出して告白してくる人はいたけど、追いかけられたことはなかった」
「・・・そう、なんだ」
彼女のような経験をしたことがないので俺にはわからない。むしろ彼女のような経験をしたことのある人の方が少ないだろう。
話が途切れると彼女が手に持っていたビニール袋に目を向けた。
「今から屋上行くつもりだった?」
「あ~、うん。また席が取られていたから」
「ふふっ、この調子だと次の席替えまでずっと屋上に来そうだね」
「そうなりそう」
それも悪くないと思った。教室に比べれば断然居心地がいいし、クラスメイトのうるさい話し声などせず、落ち着ける。
「私も屋上行くつもりだったから一緒に行こう」
「うん」
別々に行っても目的地が同じなら一緒に行っても同じなので彼女の提案に賛同し、並んで階段を上がった。
三階に着くと彼女は小走りになった。
「お弁当取って来るから待ってて」
そう言って廊下に向かった彼女はすぐに戻って来て、廊下を身を隠しながら見始めた。
「どうかした?」
何かあったようなので、彼女に近付きながら声をかける。
「いる」
彼女は廊下を見ながら答えた。
「いるって?」
俺まで身を隠す必要があるかわからなかったが、念のため隠しながら廊下を見る。
「あそこ、消火器が置かれている柱の所」
彼女は指を指しながら場所を伝えて来た。そこに視線を向けると、さっき出会ったメガネの男子生徒が廊下をキョロキョロしながら待ち伏せているようだった。
「あれじゃあ教室に戻れない」
彼女は廊下を見るのをやめると「はぁ~」とため息をついた。
「屋上行こう」
彼女はそう言うと先に階段を上がり始めた。俺はもう一度廊下を見た。
柱に背を預けキョロキョロと周りを見る彼はかなり不審で、横を通る人の何人かが彼の方を見ていた。だが、彼はそんなことお構いなしのようだ。
廊下を見渡す彼がこちらを見たとき、彼と目が合ったような気がして素早く顔を隠した。
「高野君?」
名前を呼ばれそちらを見ると、彼女が階段の中間あたりで俺を待っていた。
「今行く」
俺はそのまま階段を上がり屋上に向かった。
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