第2話

 昼休みのチャイムが鳴るとクラスメイトの一部が一斉に飛び出した。その流れに少し遅れて俺も鞄から取り出した財布をポケットに入れて教室を後にする。


 俺らの目的地は購買。漫画やアニメに出て来る購買のようなイメージは全くなく、来た人から列に並んでいく。購入制限なんてものはないので、出遅れると人気のあるパンはすぐに買い占められる。


 俺は人気のあるパン目当てではないので、彼らのように走っては行かない。が、順番が後ろの方になると昼休みが短くなるので、階段ぐらいは二段飛ばしで降りた。


 購買の前に着くと見慣れた列が出来つつあった。走って行ったクラスメイトの一人が目当ての物をゲットしたようで、袋を嬉しそうにぶら下げながらすれ違った。


 俺が列に並んだ時には一クラス分の人数ぐらいが前にいた。この学校には食堂が無いので、自前の弁当がない人はどうしてもここだよりになる。


「うゎ~、もうこんなにいるし」


「焼きそばパン絶対ないじゃん」


 後ろに並んだ生徒が残念そうに言葉を交わす。そんな彼らの後ろにすぐに別の人が並んでいく。5分もしないうちに俺の後ろにも長蛇の列が出来上がっていた。


 それに比例・・・とまでは言わないが、順調に前の人が減っていき、ようやく俺の番がやって来た。


 黄土色のトレーに入ったパンを見渡すことをせず、いつも買うアンパン、クリームパン、それとたまたま残っていた人気ランキング3位のチョコドーナッツを手に取って目の前のおばさんに渡した。


「470円ね」


 この購買を一人で切り盛りしているおばさんは素早く暗算で計算する。俺は横に置かれた青い小さなトレーの上に財布から取り出した500円玉を置いた。それを有名なネズミのイラストが描かれた平たい缶の中に入れ、その中に混ざって入っている10円玉を3つトレーの上に置いた。


「はい、30円」


 お釣りを財布に入れる間におばさんは俺の買ったパンを袋に詰める。


「ありがとうね」


 礼を言いながら差し出された袋を手に教室に戻った。




 二階にある自分の教室に戻ると入り口前で立ち止まった。


 教室の一番後ろで外の窓に一番近い席、今日の一時間目の席替え以降、そこが俺の席になっていた。クラスでも一人でいる俺にとっては最高の席だった。


 そんな席に今、クラスメイトの女子が座っている。その周りには俺の前と隣の席になった女子と席をくっ付け、机の上には弁当も広げて楽しそうに話をしていた。


 教室内にある唯一の居場所の席がなくなった。孤立人間にはとても致命的なことだ。自分の席を取り返したいが、楽しそうに弁当を広げている彼女らに「そこ、俺の席だから」とは言い出せなかった。


 だからと言ってほかの奴の席に座るという考えはない。その席の人間に「退いてもらっていい?」と言われれば、一人でいる人間はそれに従うほかない。


「・・・仕方ない、か」


 教室まで戻って来たが、袋を持ったまま再び教室を離れた。


 一人になれる場所と言えば屋上ぐらいかな?


 11月ということで少し寒いが、それゆえにほかの人は来ないだろうと考え、行ったことのない屋上を目指した。




 予想通り屋上には誰もいなかった。廊下では肌寒さを感じたが、屋上に来ると日差しがそれを打ち消してくれて丁度いい。だが少し風が吹くとやはり寒いと感じるので、風を遮るよう塔屋とうやを背に腰を下ろした。


 袋を下に置き、適当にパンを取り出す。アンパンに巻かれたビニールを取って口に運んだ。


 屋上はかなり静かな場所だった。誰の話声も聞こえない。時々音楽室の方から楽器の音がするが、それがいいBGMになってくれる。


 アンパンをペロリと平らげ、次のパンを袋から取り出しているときだった。屋上のドアを開けたときに鳴った高い金属音が聞こえて来た。


「う~、今日は寒いな~」


 入り口の方から女子生徒の声が聞こえて来て、俺は入り口の方に視線を向けた。


 その視界に入って来るように塔屋から手に包みを持った女子生徒が、腰より長い髪を風になびかせながら寒そうに自分の体を抱いて出て来た。


 彼女の目的地が俺の居る場所だったらしく、お互い目が合い固まった。


 誰も来ないと思っていた屋上に人が来たことと、その人物が昨日告白されていた女子生徒だとは思いもしなかった。


 彼女の方も固まったのはよくわからないが、単純に人がいて驚いただけだろう。


 近くで見た彼女はかなり可愛いと一目で思った。座ると地面に着く程長く綺麗な黒髪。前髪は眉毛に少しかかるぐらいで揃えていた。肌は白く、きめ細かい。スカートの下から延びる足は細く綺麗だった。


 彼女が座るのを見届けると、手に持っていたクリームパンのビニールを開けた。


 クリームパンを口に運び、味わいながら咀嚼していると彼女の方から声をかけて来た。


「昨日、二階から見てたよね?」


 彼女は何をとは言わなかったが、それだけで俺には十分伝わって来た。別に麻薬の取引や密猟の瞬間を目撃したわけでもない。それに彼女とは目が合って、顔もバレているので素直に答えるしかない。


「声、がしたから」


 すぐに答えたが、口に物が入っているときには話すのは行儀が悪いので飲み込んでから続きを言った。


「そっか」


 彼女は包みをときながら答えた。包みの中からは小さい弁当箱と箸ケースが出て来た。


 両手を合わせ、軽く頭を下げると彼女は弁当箱を開けた。箸を取り、弁当箱に入っていたミートボールと掴んだ。


「今日はどうして屋上に?」


 クリームパンを齧っていた俺に彼女は何げない問いをしてくる。俺はさっきの会話で終わらせて残り時間を無言で過ごすつもりだったが、彼女の方は違うらしい。


 ミートボールを咀嚼しながら俺の方を見て来る。


「・・・購買行っている間に女子グループに席を取られたから」


 ちょっと前の出来事を簡単に答えると彼女は「あ~」と声を漏らした。


「自分が一人で相手が複数いるときってなんだが話しかけずらいよね」


 彼女もそんな経験があるようで、共感してくれた。


「どうしてそんなことを聞くの?」


 質問された理由が気になり聞き返すと、彼女は少し口角をあげながら答えた。


「ここっていつも誰もいないから。だからほかの人が先に来てて、なんでだろうって気になっただけ」


 いつもってことは彼女は毎日ここに足を踏み入れているのだろう。誰もいないこの場所に。


「いつもここに一人でいるの?」


「基本ね、一緒に食べる人とかいないから」


「・・・そっか」


 俺はそこで話題を切った。一人でいる人に対して何で?という質問はしない方がいい。俺のように自ら孤立を選んだ人もいれば、周りの環境で孤立せざるを得なかった人もいる。どちらにせよ、話す側も聞く側も気持ちいいものではない。


 話が途切れると、袋に入っていた最後のチョコドーナッツを取り出した。


「それ!」


 すると彼女がさっきより大きい声を出した。急に声を出されたので驚き、彼女の方を見た。


「購買で人気ですぐになくなるって言うドーナッツだよね!?」


「え?うん」


 手にしていたドーナッツを彼女は物珍しそうに見ている。


「もしかして食べたことない?」


「うん、前に何回かそれが気になって購買に並んだことがあったんだけど、全く手に入らなくて。最悪な時は目の前の人に最後の一個を持って行かれた。あれは悔しかったなぁ」


「それは残念だったね」


 晴れた空を見上げながら懐かしそうに昔の思い出を話す彼女。


「今は?」


「今はもう行ってない。行っても手に入らないし、あきらめた」


 そんな話をされると購買の人気のパンのすごさを思い知らされる。


 人気のパンの数を増やせばいいのにと思うが、それができない理由でもあるのだろう。


 俺がドーナッツに手を付ける前に彼女が両手を合わせてから弁当を片付け始めた。


 下の包みに戻すと彼女は立ち上がった。


「じゃあ私は行くね」


 そう言って入り口の方に踏み込んだ彼女が立ち止まった。


「そうだ、名前!」


 彼女は半回転すると俺と向き合った。


「私は三年の秋﨑あきざき咲苑しおん。またここに来ることがあったらよろしく」


「先輩だったんですね。すみませんタメ口で。俺は二年の高野こうの陸翔りくとです」


「後輩だったんだ。・・・あ~、だから二階から。ふふっ、今さら敬語も変だからタメ口でいいよ」


「・・・わ、わかった」


 タメ口でいいというので彼女の言葉に甘えることにした。少ししか言葉を交わしていないが、今さら敬語っていうのは彼女が言うと通りなんだか変な気がした。


「またね、高野くん」


 彼女は軽く手を振ると屋上を出て行った。


 彼女がいなくなった屋上は一気に静けさを取り戻した。音楽室から聞こえていたはずの音も気が付けばしなくなっていた。


「人と話すのってこんな感じだったっけ」


 別に誰とも会話をしていないわけではない。家族や先生とは何かしら話をしている。ただ齢が近い人と話をしたのはかなり久しぶりな気がする。


 初めて会った相手に親しく話せるフレンドリーさを持っている人は、俺が関わった人の中では彼女が初めてな気がする。


「秋﨑さん・・・か」


 雲一つない空に向けて呟いた言葉は学校のチャイムの音にかき消された。

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