屋上の片隅で愛を叫びたい
加藤 忍
第1話
ホームルームが終わって十分近くが過ぎた。部活や放課後の予定のある生徒たちはそそくさと教室を出て行き、教室に残された俺は面倒な日誌を一人黙々と書かされていた。学校の外からは部活や下校する生徒の声が聞こえて来る。
今日の日課、欠席人数、そしてクラスの様子という不必要な気のする欄を埋め、走らせていたペンを止めた。
「終わった~」
座ったまま背伸びをし、ペンを筆箱に戻した。そのまま机の横に掛けている鞄に入れ、肩に掛けた。戸締りのために窓に近付き、ついでに外の様子を見渡す。
グランドに出てトンボをかけている野球部、必要なコーンやボールの入った大きな籠をグランドに出すサッカー部。帰宅する生徒を避けながら校内をジョギングしている陸上部。そんな運動部とは違い、グループになって校門を目指す帰宅部。中には部活が休みの者もいるだろう。
窓の鍵が全部閉められていることを確認し、次に教室の後ろのドアに向かい鍵を閉めた。教室を出る際に点いていた電気を消し、ホームルームの終わりに担任から預かった鍵で教室の外から閉めた。
他のクラスの方を見るとすでに扉は閉められていて、廊下に人影はどこにもなかった。
仕事を済ませ職員室に向かおうとしたとき、どこからか吹いた冷たい風が襲って来た。その冷たさに反射的に鳥肌が立ち、自分の体を抱いた。
「こんな時期に窓を開けておくなよ」
初冬の昼間はまだ温かいと感じる日もあるが、夕方に近付くとそう感じることはもうなくなっていた。
廊下側の窓も仕事の範囲に入るので、仕方なく開いている窓の方に向かう。明日も日直をさせられるのはごめんだから。
「あ、あの・・・」
何のために開けられたのかわからない窓に手をかけた時だった。部活の声とも雑談をしている声とも違う、緊張が伝わって来るような声が外の方から聞こえて来た。
目の前には校舎裏に植えられた木々や、近くの道路を走る車などしか見えない。どこから声がするのか気になり、窓の真下に視線を向けた。
日差しに遮られ、薄暗い校舎の真横に二人の男女が向かい合うように距離を取って立っていた。
男子生徒は白い野球部のユニフォームを着ている。一方の女子生徒は制服姿で、足元にはその子の物であろう鞄が置かれていた。
「えっと・・・その・・・」
彼は俯いては前を向き、喉辺りまで出かかっている言葉を必死に言おうとしている。スカートにまでかかる長い黒髪が目立つ彼女は、彼が言おうとしている言葉が出るまで後ろで手を組んで待っていた。
彼は意を決したように腕を広げ深呼吸をすると、目の前の彼女に真っ直ぐな視線を向けた。
「アキザキ先輩、好きです。僕と、付き合ってください!」
彼は一息に自分の気持ちを彼女に伝え、頭を下げてから彼女に向けて右手を伸ばした。
どうやら彼女の名前はアキザキと言うらしい。そして告白をしている彼は彼女の後輩のようだ。二人がどういう関係かわからないが、もしかしたら野球部の選手とマネージャーなのかもしれない。
告白の後、彼は見えていないだろうが、上から見ている俺には見えてしまった。ずっと彼の方を見ていた彼女が顔を逸らすのを。
これは振られたな、とすぐに察した。その答え合わせをするように彼女が口を開いた。
「告白してくれてありがとう。でもごめんなさい」
答えを聞いた彼は伸ばした手を戻し、ゆっくりと体を起こした。
「そう、ですか。・・・すみません、お時間取っていただいて」
「ううん、気にしないで」
「・・・じゃあ僕、部活があるので。失礼します」
そう言うと彼はその場から逃げるように走って行った。
振られた後に部活とか、練習に身が入らないだろうな。もしかしたら今から「今日部活休みます」とか顧問に言い出しそうだ。
走って行く彼の姿が見えなくなるまで目で追った後、まだ下にいる彼女にバレないようにゆっくりと扉を閉めた。
「告白・・・か」
したことがないから彼がどれほどの勇気を出してあの言葉を口にしたのか計り知れない。でも相当の覚悟が必要なのは彼の姿を見てわかった。
そんな告白を好きになった相手にしている自分がまったく想像できないのは、今の自分に好きな人や気になる人がいなからだろうか。
告白が自分からは遠い出来事だと思いながら階段を下りた。
「失礼しました」
中にいる先生たちに軽く頭を下げてから職員室を出た。扉を閉め、そのまま昇降口に向かった。
昇降口に着くと、一人の女子生徒が俺の下駄箱の横に背を預けていた。鞄を両手で持ち、昇降口の外の光景を眺めている。その見慣れた後ろ姿だけで彼女が誰なのかすぐにわかった。
彼女の名前は
学校の規則に一切違反のない彼女は一度足元に目を向けた。その視界の中に俺を見つけたのだろう。彼女はすぐに俺の方を向いた。
「終わった?」
「待ってたのか?」
聞かれた質問に対し質問を返すと、彼女は少し笑顔を作った。
「うん、一緒に帰ろうと思って」
そんな彼女の横に近付き、自分の上履きとスニーカーを履き替える。
「連絡してくれればもう少し早く終わらせてきたのに」
靴を履きながら聞くと、彼女は出口の方に向かって歩き出した。
「待っている時間も楽しいからいいの」
「なんだそりゃ」
彼女とは家が隣で、幼稚園に入る前からのいわゆる幼馴染だ。そんな長い付き合いなのだが、それでも彼女の考えがわからない時がある。付き合いがどんなに長かろうと、やっぱり女の子の考えていることは理解できないようだ。
昇降口を出てすぐの階段を下りて、二人並んで校門を目指す。
「今日は直帰?」
「そのつもりだけど・・・どこか行きたかったか?」
「ううん、別に。それより聞いて。今日ね・・・」
校門を出てからお互いの家に着くまで、俺らはそれぞれのクラスであった出来事を話し続けた。
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