小6(2)

「最近休みすぎです。体調管理はしっかりして下さい。」

例の女教師からもらったお言葉だ。以前の私なら、「はい。わかりました。」とそのお言葉を素直に受け取るところだろう。だが、私はもう、教師を人間だと知ってしまったのだ。そして私が、女教師に返した言葉はこうだ。

「はい。わかりました。」

あぁ、なんと悲しいことだろう。私の心は決定的に変わってしまっていたのに、私はそれを態度で表すことができない、チキンであった。私は、人の顔色を伺ってばかりの、どうしようもない人間になってしまった。自分が嫌いとする人間になってしまった。いや、もうなっていたのかもしれない。実際小さな頃からそうだ。私は、5つにもならないうちに、親や教師等、周りの人間が不機嫌になり、自分に害をもたらすことを恐れ、嘘をついていた。それを続けていたら、このザマだ。せっかく決定的に心が変わり、教師も人間だという真実を知ったチャンスを掴んだというのに、言いたいことが言えるチャンスであったのに、私はそれを、みすみす逃してしまったのだ。私はその晩、非常に強い喪失感に襲われた。

しかし、そこからは楽だった。

1度の苦しい嘘、そこからは今までと同じ通りにするだけでよかった。

もう喪失感など感じることは無かった。そんなある9月の事だ。例のごとく、教師に理不尽にも叱られた私は、体育館へと急いでいた。運動会の応援練習があったのだ。私は応援団長という、その練習において絶対に居なくてはならない役職についていた。なので、遅れてはならぬと、急いで体育館へと向かった。

案の定遅れてしまった。体育館に入った私は、私のチームの団長の所へ謝罪しに行った。団長は成績優秀で、スポーツもでき、人付き合いもうまく、ガタイの良い出木杉君と行った感じの人間だった。私も彼とはよく話す機会があったので、彼の事は信用していた。多少の叱りはあっても、話ぐらいは聞いてくれるはずだ。あの理不尽極まりない教師の悪質さを分かってくれるはずだ。と。

団長は私の顔を見るなり言った。

「お前やる気あんの?」

ああ、この瞬間、私の心は2つに分離した。天使と悪魔などという綺麗なものではないが。

あの教師は悪質だ。理不尽極まりない。だが、私はどうだ?ズル休みをし、今回急いだとはいえ実際遅れた。それはやる気が無かったからかもしれない。そもそも、やる気があるとはなんなのだ。やる気があると、いつもより速く走れるのかしら。

例の「ガーン」という状態になっている私に、彼は私へのお叱りをまくし立てた。なにを言われたかなんて覚えてはいない。ただ、教師が人間だと知った時と同じような涙が、私の目に滲んでいた。

卒業式の日、女教師は、クラスの女子と同じような、自分の思う一方的な正義を話していた。努力すれば絶対うまくいく。やら、皆さんならなんだってできる。やら、文字にしただけで吐き気がするような話だ。女教師には、「あなたはとても優しいのだから」と言われた。優しい、優しいか。優しいとはなんだろうか。ただ隣から落ちた消しゴムを拾っているだけだ。しかし、もしかしたら私に拾われたくない人もいるかもしれない。そんな事も考えず、私は盲目的に消しゴムを拾っていた。結局自分も、自分の思う一方的な正義をぶつけていたのだ。もう「ガーン」なんてならない。もう涙は滲みでない。ただ力なく、女教師に「ありがとうございます。」と言い、笑うだけだった。

中学には、中学にはこんな人間居ないだろう。あのような教師も、団長も、あの女子達も、いないと信じたい。それは、小さな小さな希望だった。

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クズの作成方法 中下 @nakatayama

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