『見せられないものが出来た』
アンドロイドと人間には、人工物か否かという他にも大きな違いがある。
それが、睡眠とシャットダウンの違いだ。
睡眠は意識の遮断であり、臓器も脳も神経も働き続けている。細胞の全てが機能を停止するわけではない。それに比べてアンドロイドは全ての機能が完全に停止するのだ。臓器・脳・神経の代替となる機能は一切の感覚や躍動を止める。自分でいうのもアレだが、その瞬間は生物ではなく静物になる。いわゆるモノだ。
夢を見ることは無いし、幽霊になることもない。魂というものが無い代わりに、精密な計算の元、性格や意識を再現することが出来る。
体の中の構造も違えば、そのもっと奥深くの所も違う。本当に近いのは皮膚より上の部分だけ。よく出来た科学の到達点なのだ。
「……終わったみたいだな」
目を閉じてから起きるまで、瞬きのように思えた。顔を上げると、様々な機械や部品を散らかしながら機械油にまみれたサンが汗だくになりながら笑いかけてくれた。笑顔を浮かべているものの、その瞼が開ききらないほどに疲労が溜まっているらしい。おはようと俺に掛けてくれた声も、もはや溜息に似た勢いだった。
「苦労かけたな。すまん。ありがとう」
「本当に疲れたよ……殆どの部品に汚染された循環油が巡り巡ってて、隅から隅まで洗浄しないといけなかったんだからね?」
「あはは、そりゃキツイはずだわ」
治療前の激痛や倦怠感が嘘のように取れていた。体が軽くなり、俺は跳び起きるようにベッドから降りた。
「あ、左腕も動く」
「そこが一番時間かかったんだからね。筋組織を模した腱が見事に切り落とされてたよ。プロトが人間だったら、二度と腕が動かないとこだったんだから」
「マジかよ。アンドロイドで良かった」
能天気に笑いかける。サンはあまりの疲労に笑みを浮かべてくれなかった。
「何があったか軽く聞いたけど、プロトが泥棒に負けたってどういう事? 人間より明らかに強い素体や機能を有しているのに。何か欠陥でもあった?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
サンが自分の科学技術のミスではないかと危惧していた。全然そんなことは無い。むしろ、本気を出せば殺しすら容易かったと思う。
「何というか、邪魔が入ったんだよ」
「邪魔、ねぇ……」
サンは考えるように顎を撫で、小さく溜息を吐いた。
「またメリアの正義心か」
「さすが幼馴染。分かってんじゃん」
「でもまぁ、そこがメリアの良いとこだろ」
「でも、下手したら怪我してたのはメリアなんだよ?」
「それは俺も思ったから怒った」
「もしメリアが怪我をしてたらと思うと……」
汗にまみれた顔がうっすらと青ざめる。
「ま、結果何事も無くて良かったろ」
「……そうだね。サンの治療がてら、点検やアップデートも出来たし」
「アップデート?」
話をしながら、昨晩着ていたスーツを探す。窓に綺麗に掛けられていた。メリアがやってくれたのだろう。俺なら絶対投げ捨てるから。
「まぁ目立ったものじゃないよ。今回みたいに身体が壊れないように循環油の洗浄機能を付けたり、記憶を別媒体に自動で記録できるようにしたり設定したんだ」
「ふ~ん」
自分の身体のこととはいえ、俺もサンの言っていることが全部分かるわけでは無い。人間だって、医者から細かく説明されても何のこっちゃだろう。
「つまりどうなるんだ?」
「毒やウイルスによる攻撃に強くなったんだ。護衛たるもの毒味も考えないとって思ってはいたんだ。もっと早くこの機能をつけていたら寝込まなくて済んだのに。ごめんね」
「いや、それは全然かまわん。むしろ助かる」
「で、もう一つは一定の時間にその日の記憶を整理し、僕のパソコンにデータとして受信できるようにしたよ。これで自動的にデータは僕の所へ届くから、わざわざ僕の家に来てもらわなくても点検ができるってわけ。凄いでしょ!」
「うん、まぁ確かに凄いけど……」
自分で持ってきたハンカチで油まみれの手を拭きながら、サンは自慢げに胸を張る。相当納得のいく機能が作れたのだろう。
「この機能、実は他のアンドロイドには付いてないんだ! 僕の作ったアンドロイドが初めて装備されたってことさ!」
「う~ん……それって、本当に必要なのか?」
「必要かどうかはさておき、かなりの効率化を図れるんだよ?」
「効率ねぇ」
俺は何とも答えにくい気持ちをかみ砕き、せっかく機能を付けてくれたサンにはっきりと言った。
「その機能、要らないわ」
「なんでだい?」
「サン、お前が作りたかったのはアンドロイドだろ?」
体を捻り、腕を伸ばし、身体の調子を整える。サンは首を傾げながら、汚れた機材をボロ雑巾で機械油を拭き取っていた。
「ただただ効率化を求めた進化は、生き物として本当に正しいのか? わざわざそんな機能を付けなくたって、俺はサンの元へ定期的に戻ることに不満を感じちゃいないんだから必要ないだろ。むしろ、たまに会う口実があるってだけで俺の楽しみでもあるんだよ。ここのレストランは忙しいから、そういう理由があった方が休みも取りやすいしな」
俺がそう言って笑うと、サンも口に手を当てて笑い、肩を揺らした。
「何それ。プロトって人間よりも人間らしくなったね」
「当然だ。人間に似せて作られてるんだから」
「そうだね」
「だからこそ、そんな機能を付けられたらプライバシーが無いんじゃないか?」
「それは確かにそうだねぇ……」
「それにここに来てから、日記を書いてるんだぜ」
「日記? また前時代的なことをしてるね」
「メリアから書けって言われたんだ。面倒だが、これが意外と面白くってな。だから一々改めて記録を取る必要は無いさ」
「へぇ。じゃあその日記見せてよ!」
「…………」
サンの言葉に、俺は身体が強張った。
そもそも日記は、何ともなしに話していたし、むしろ見せようかと思いながら話題に出した。なのだが、いざ見せようかと考えた時、その内容が無性に恥ずかしいもののように感じて来たのだ。
あれの内容なんて、本当に些細なことから何まで全て書き記されている。サンに伝えるような機密内容は逆に一切載っていない。そんなものを見せてサンは納得するだろうか。というか見せるのがこっぱずかしくて嫌すぎる。
どう誤魔化そうか、思考を巡らせてみる。
そんな俺をみて、サンが笑った。その笑みは優しかった。
「恥ずかしいよね、日記って」
「えっと、その…………あぁ、その通りだ」
申し訳なくなり、鼻の頭を掻いた。
「個人的には気になるけど、それを君はプライバシーと呼ぶのなら僕は無理強いはしない。プロトが僕に見せたくなったら、その時は楽しませてもらうけど」
「そんな日は来ねぇ。あんなもん、見せられっか」
「つまりよほど恥ずかしい内容なんだね。製作者として感慨深いものがあるよ」
「親にエロ本をバレた子供みたいになってるけど、全然違うからな!?」
慌てて訂正するが、サンは冗談なのか本気なのか分からない表情で何度も頷いた。
「本当に違うからな!?」
「分かってるって。大丈夫、大丈夫」
意地悪な笑みを浮かべたサンに殴りかかってやろうかと考えている矢先、部屋のドアがノックされた。カリメロか?
「入って良いぞ。治療も終わってる」
ドアに向かって声をかけた。サンも目尻に滲んだ涙を拭いつつ、カリメロが入室するからを姿勢を正す。
そして、ドアがぎこちなく開いた。
「…………おい、お前」
俺とサンは何の言葉も浮かばなかった。扉を開けたそいつはぶっきらぼうに言い放ち、キョロキョロと部屋を見渡した後、俺に向かって偉そうに指を指すのだった。
「お前、風呂ってなんだ」
「……風呂は風呂だろ」
ドアを開けたのは、昨日の泥棒、クソガキだった。
機械だった俺が人になるまでの日記 2R @ryoma2
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