『はぐれ話:メリアとプロト』

 全ての電気を消した狭い寝室で、少しだけ広い布団に俺とメリアはただただ無言で横たわっていた。

 意識せずとも隣で呼吸をするメリアの音が聞こえてくる。一緒に使っている掛け布団が、胸の隆起に合わせて小さく動き、一人で寝ている時とは違った感覚だ。


「メリア、お前は毎晩こんなにぎこちない呼吸で寝てるのか?」

「うるさい話しかけないで」


 不機嫌、ではないはずだが、メリアはそういって俺に背中を向けるように寝返りを打つ。布団に生まれた隙間が寒くて、身体を少しメリアに寄せた。


「寒いだろうが、あんま動くな」

「……ごめん」


 メリアの小さな声は、布団に包まれて聞き取りづらかった。


 だから、俺は椅子にでも腰掛けて寝ると言ったのに。

 俺もメリアに背を向けるように寝返りを打った。


「プロト、寒いから動かないで」

「……」


 わざと布団をバサッと浮かせてやった。ちょっと叩かれた。

 真っ暗な寝室に、二人の小さな笑い声が舞った。


「……腕、まだ痛い?」

「微塵も痛くねぇよ」

「嘘。強がりでしょ」

「これが本当なんだよな」


 見えないだろうが、包帯が巻かれた腕を自分で軽く叩いて見せた。


「こんなことをしても何も感じないぜ」

「音しか聞こえないけど変なことしてるんでしょ! やめなさい!」


 手探りで俺の腕をメリアが掴む。包帯越しに強く握られ、傷から少しだけ血が滲んだ。


「ご、ごめん!」

「だから大丈夫だって。痛覚をシャットダウンしてるから」


 そもそもアンドロイドに痛覚なんて追加コンテンツのようなものだ。無いと危機管理能力に影響が出ることもあるが、こういう事態の時は一時的に意図的に切ることが出来る。極端な話だが、骨が折れて関節が増えようが引きちぎれようが、眠れるほどに何も感じないように設定も出来るのだ。傷が治るわけでは無いから処置は必要だけど。

 今だって、左腕は痛くないものの指が一切動かないのは変わりない。


「今は何しても左腕は痛みを感じない。何ならメリアを腕枕したっていいんだぜ?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ」


 メリアは適当に俺の言葉を流しながら、包帯を優しく撫でてくる。


「……痛みを感じないんだ」

「おい、何か良くないことを考えてないか?」

「う~ん……」


 メリアの指が俺の腕を滑っていく。些末な感触は残っているので、背筋がぞわぞわするような不思議な感覚になってくる。嫌じゃないが、なんか変な感覚だ。


「なんだよ」

「痛みが無いって、なんか嫌だなって」

「もっと痛みに苦しめって言いたいのか?」

「今日のプロトは意地悪が多めね」

「いつも多いだろ」

「今日の意地悪は少し心臓に悪いわ……」


 メリアの指が俺から離れた。取り残された腕が寂しがっている気がした。バカみたいな感想である。


「私のために怪我をしたプロトには悪いんだけどね?」

「うん」

「個人的には、痛覚のシャットダウンはしてほしくないかなって」


 また何か意地悪を言ってやろうと思って、喉まで上がってきた憎まれ口を飲み込んだ。

 少しだけメリアが近寄ってきた。


「痛みも人の大事な経験なの。勿論、苦しんでほしいわけではないし、楽ならそれが一番いいんだけどね……でもなんか、人間じゃない部分を見せつけられてる気がして怖くなるの……」

「化け物に見えたか?」

「……これからもこうやって無理していくのかなって思った」

「そう何度もあってたまるか、こんなこと。これっきりにしたいね」

「でも、もし私が襲われたら身を挺して守るでしょ?」

「護衛だからな」

「私はそれが一番怖い。家族なのに、遠く感じちゃう……」


 そこまで言って、数秒の沈黙が生まれた。どちらも何も言葉が浮かんでこない時間は瞬き三回分くらいだろうか。

 メリアはまた俺に背を向けるように寝返りを打った。


「何言ってんだろ、私は。やっぱ忘れて」

「……なんていうかさぁ、メリアって苦労する性格してるよなぁ」


 俺は小さく丸くなったメリアの背中に近づき、布団を綺麗にかけ直した。その背中は少し緊張したように強張ったが、抵抗は無かった。


「全部杞憂だ。むしろ安心しろ。俺は体術にも長けてるし、刃物で刺されても元気なんだ。遠くどころか、ずっと近くにいてやんよ」

「……でも三か月建ったらサンの元へ帰るんでしょ?」

「たまには遊びに来てやんよ」

「待って、なんか寂しくなってきた。この話おわり!」

「だったら俺が子守歌を歌ってやろう。いつまでもウジウジして寝ないクソガキを寝かしつけるのも仕事だからな」

「そういうの要らないから! やめて! 優しくポンポン叩かないで!」


 じたばた暴れるメリアに構わず、そのままあやし続けた。盛大に暴れた布団は、次第に動くのをやめていった。


「……このことを明日カリメロに言ったら許さないからね」

「どれくらい許さないんだ?」

「本当に泣くから」

「本当に?」

「本当だからね!」


 そんなくだらないやり取りが数回、寝室を行き来した。

 外で梟が鳴く頃には、メリアは小さな寝息を立てていた。本当に赤子を寝かしつけたような疲労がうっすらと腕に残る。


「無駄に心配ばっかしやがって。こんなに頼りになるアンドロイド他にはいないぞ」


 俺も仰向けになり、天井を眺めた。真っ暗で、手を伸ばしても届かないはずなのに目の前に天井がありそうな圧迫感がして息が詰まる。


「……」


 深く息を吐き、痛覚のシャットダウンを切った。

 鋭い痛みが腕を襲い、そこから鉛のような倦怠感まで巻き付いてくる。それでも声が出るほどのものでは無かった。時間も経っているから、落ち着いてきたのだろう。


「あ~……くっそ……痛ぇ」


 不快な痛みを押し込むように目を瞑る。眠ってしまえば勝ちだ。早く寝よう。

 起きる頃には痛みも和らいでいるだろう。

 

 うっすらと額に汗を浮かべながら、メリアの吐息を聞いていると、いつの間にか俺も眠気に襲われてきた。

 刃物を持った泥棒が別室にいるという異常な中、不思議と深い眠りにつけたのは、隣にメリアがいたからなのかは分からない。

 でも考えるのも面倒だ……眠くて……。

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