『闇に潜む』

 その日の業務は、少し遅くなってしまった。

 頻繁に不足してくる材料の確認を念入りにするということで、従業員を帰らせてから、俺とメリアとカリメロは膨大な数の食料のチェックに苛まれた。


「メリアお嬢様、こちら調味料は問題ありません」

「こっちの肉類も問題なしだ。あと、魚類もな」

「ありがとう、二人とも。果物も記録通りの数が揃ってたわ。おかげで、明日は買い出しに行く必要も無さそうね」


 メリアが額の汗を手の甲で拭いながら一息ついた。俺もしゃがみっぱなしだったので固まりかけた関節を伸ばしながら椅子に座った。


「お疲れ様でした、お二人とも。気が付けばもうこんなに夜も耽ってまいりました。すぐにお風呂の準備を致します」


 息抜きする俺とメリアを横目に、カリメロは一切疲れた表情を浮かべずにニコニコと厨房を後にしようとした。

 それをすかさずメリアが呼び止めた。


「待ってカリメロ! あなたも疲れたでしょう? 今日はゆっくりとして?」

「それは嬉しいのですが……だからといってメリアお嬢様にお湯を貯めてもらうなんてことも出来ませんし……」


 嬉しそうにしながらも困惑するカリメロの背中を押して椅子に座らせ、メリアはカリメロの分の紅茶を淹れた。しっかりミルクも添えて。


「私たちはこの後、公衆浴場にでも行きましょう」

「公衆……浴場……!」


 カリメロの目が見開いた。


「なんだ、カリメロ。お前、公衆浴場が好きなのか?」

「何を仰いますか、プロト様。メリアお嬢様と公衆浴場に行くということに意味があるんです!」


 鼻息を荒げて目を光らせるカリメロは、メリアが淹れた紅茶を一気に飲み干した。淹れたてだから尋常じゃない熱さだろうに。


「最近、メリアお嬢様と一緒に湯浴みをする機会が無くて寂しかったんですよ~」

「なんだ、二人で風呂に入ってたのか?」

「勘違いしないでプロト。私が小さかったから一緒に入ってただけよ」

「もう三年くらいご無沙汰ですもんね」

「あなたが唐突に胸を揉んだからでしょう」

「そこに胸があったら揉むでしょう? 何を馬鹿なことを」

「あなたのそのスタンス、従者としては最低だけど大好きよ。でも胸は揉まないで」


 目で訴えるメリアに意を介さず、嬉しそうに体を揺らすカリメロは、今宵も胸を揉んで怒られるんだろうなぁ。


「プロトも一緒に行く? 行ったこと無いでしょ」

「いや、俺はここの風呂で良い。シャワー派なんだ」

「もったいないですよ、プロト様。一緒に行けば私とメリアお嬢様の美しい裸体が見れると言うのに」

「いやいやいや別だからね? どうしたの今日は格段とおかしいじゃないの!」

「おかしくもなりますよ……あんな莫大な量の在庫確認、正直気が狂います」

「ごめんね、急に頼んじゃって」

「こういう単純作業とかをしてみると、改めてプロト様がアンドロイドだなって感じさせられます」


 カリメロは感心するように頷いた。


「一定の速さを保ちつつ、最後まで大量の作業をこなす姿は流石と言わざるを得ません」

「まぁな。やっとアンドロイドらしい仕事が出来たんじゃないか?」


 大袈裟に胸を張ってやると、カリメロも大袈裟に手を叩いて褒めてくれた。


「それでも、無理しすぎちゃダメだからね? アンドロイドだって疲れるんだから」

「分かってるよ。ありがとな、メリア」


 メリアも笑顔で頷き、自分のコップを空にした。


「じゃあカリメロ。早く準備して行きましょうか。早くしないと入館時間が過ぎちゃう」

「そうですね。ではプロト様、我々は先に上がりますね」


 カリメロとメリアが自分のカップを洗い、厨房を出ていった。俺も一度だけ体を伸ばし、コップを片付ける。


「シャワーも浴びて、ゆっくりするか」


 今日は夜通し食糧庫を見張るつもりだ。まだ若干冷えるとはいえ、もう薄着でも心地よい。ぬるめの珈琲があれば十分に過ごせる。本でも読みたい夜長だが、明かりを点けていては意味が無い。窓の外の月を眺めることで時を楽しもうか。


 先にシャワーを浴び、メリア達が出掛ける前に上がった。念のため、動きやすいようにまたスーツを着込む。洗面道具を抱えた二人を見送り、俺は部屋に戻るフリをして再び食糧庫へ入り、その隅に腰を下ろした。

 もし俺がここに見張ることをメリアが知ったら、自分も見張ると言って聞かないだろう。いくらメリアが強くとも、そんな危険に晒せやしない。守る自信はあるが、安全に越したことはないだろう。

 それに、俺はあくまで『人より強い』アンドロイド。

 いつの間にか人の家の食い物を漁るような、飢えた獣のようなものより強いかは不明だ。


 それに、飢えているのが獣だけとも、限らない。


 今夜は長くなりそうだ。何事もなく、くだらない時間になってくれ。

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