『長い夜へ続く』
次の日も急遽買い出しを命じられた。
今度はソーセージとトウモロコシが足りなかったらしい。
俺は特に構わないのだが、メリアは目に見えて怪訝な様子だった。
「今日の買い出しは私も行くわ」
特に断る理由もないので、俺も二つ返事で頷いた。
レストランの外で待つこと十分ちょい。出てきたメリアはジーパンに無地の白シャツという、実に簡素な服装だった。
「今日はやけにラフだな」
「ただの買い出しだからね。別段おしゃれする必要もないでしょ。それに帰ったらすぐ仕事着に着替えるんだし」
「その割に、この前一緒に買い出しに行ったときは可愛い服を着ていたじゃないか」
「そういうのは言わないでくれるかしら……」
ほんのり色づいた頬で睨まれた。怒ってんのか喜んでるのか分からん。
「あ、もしかして一緒に出掛けたいから適当に買い出しをお願いしたとか?」
「は? それは断じてないから」
途端に真顔になったメリアに否定された。
「冗談だよ。たしかにメリアは公私混同しないわ」
「でしょ?」
たしなめるように言い、俺の胸に財布をポンと押し当てた。
「よろしくね」
「おう」
それを受け取り、ズボンのポケットにしまった。
すると、メリアは俺の腕をいきなり掴んで引き寄せてきた。
「駄目よプロト! ちゃんと手に持ってて」
そう言われて思い出した。そういえば前にメリアと買い出しに言った時、子供に盗まれたんだった。平和に見えるこの街にも、根深い闇があることを頭の片隅には常に置いておかなくては。
「それにしても、不可解なのよね……」
道中、メリアは訝しげに呟いた。腕を組みながら顎に手を当てる姿は、声をかけづらいほどの真剣さを感じさせ、すれ違う人がメリアに気付いても声をかけるのを躊躇っていた。メリアもろくに前を見ないのだから、何度も俺はメリアを電柱や人から避けさせるために引き寄せるはめになる。
「おい、メリア。そろそろ前を見て歩いてくれないか? それ以上ふらふら歩くなら、抱き上げて運ぶぞ」
「やめてよ、恥ずかしい!」
やっと顔を上げたメリアは、未だ眉間に小さな皺を作っていた。
「一体何がそんなに不可解なんだ。食材の過不足なんて仕方のないことだろ? 毎日沢山の客が来るんだ。分量だって一グラム前後しただけで、合計で百にも二百にもなる。そりゃ足りなくなることもあるだろう」
「そういうことが無いように、普段から余分に買い揃えているのよ。お父さんからの教えだったわ。『提供する材料は大いに振舞えるようにしておけ。ギリギリは不足だったと捉えよ』ってね」
「じゃあなんで足りなくなるんだよ。しかも連日で」
「だから不可解なのよ」
またメリアが電柱にぶつかりそうになるので、もう一度肩を抱き寄せた。
「ごめん、ありがとう」
「次ぶつかりそうになったら本当に手を繋ぐからな。真昼間から」
「それだけは勘弁して……」
そういうメリアは、うっすら嬉しそうに笑って見えた。眉間の皺は消えていた。
「どうせおかわりした客がいたか、誰かがつまみ食いでもしたんじゃないか? もしかして、カリメロが子犬を拾って餌をあげてたり?」
「たしかにあの子は小動物に目が無いけど、だとしたらレモンが無くなるのはおかしいんじゃない? 今日なんてトウモロコシもだし」
「カリメロ、小動物が好きなんだ……」
あいつが子犬を拾ってメロメロになっている状況を想像すると、なんか笑えてきた。
「じゃあカリメロ自身が夜食でこっそり食べてるとか?」
「美の追求に真面目なあの子が夜食なんて食べるとは到底思えないわ」
「それは確かに」
「レモンはまだ可能性はあるけど、ソーセージは絶対に無いわね」
「じゃあカリメロが子犬を拾ってソーセージをあげながら、自分はレモンを齧ってたんじゃないか?」
「そんな特殊な状況を思い浮かべてまで、あの子を疑うのどうしたの」
メリアが笑った。たしかに状況として面白過ぎる。カリメロの色んな顔を垣間見てきたから、そんなあいつも想像できてしまうから不思議だ。
「でも、それならまだ良いんだけどね」
「何か思い当たる別の節でもあるのか?」
メリアは俺の顔を見上げ、言おうか迷ったように口を開け閉めして、そっと閉じてしまった。
「思い当たるって程ではないわ。ただ、そんな可能性も無視できないかなって……」
「なんだよ、教えてくれよメリア」
メリアは少し周りを見渡した後、俺の腕を引っ張って自分に俺を顔を引き寄せた。
「泥棒よ」
引き寄せられた耳に、メリアの囁きが吐息と共に届いた。言葉とは関係のない妙な緊張を感じたが、今は関係の無いことなので黙っておく。
「だとしても、もっと盗むものがあるだろう」
レストランには、売り上げを入れている金庫がある。売れば高い値の付く調理器具だってある。なんなら、俺やカリメロ、メリアの個人の部屋には個人の財産やそこそこの私物だってある。
それに目もくれず、レモンやらソーセージやらだけを盗む泥棒がいるだろうか?
「杞憂だと思うぜ? そんなもんを盗んでも利点がねぇ」
「そうなのよねぇ……」
そんな話をしているうちに、いつもの肉屋に辿り着いた。店主と交渉をしているメリアの背中を見ながら、改めて謎の食料消失について考えてみる。
だがやはり証拠も何もかも足りな過ぎて想像もつきやしない。
そもそも泥棒だとか、メリアに危害が加わりそうな存在が侵入してくれば、俺に搭載されている護衛機能が働いて気付くはずだ。少なくとも、誰かに危害を加えるつもりのない何かが関係している。
「……今夜、張り込んでみるか」
心配するだろうから、メリアには内緒だ。
何、一日くらい寝なくたってアンドロイドなんだから問題ないだろ。
交渉の結果、大目にソーセージを入手できたメリアは、可愛いくらいに満面の笑みを浮かべていた。
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