『手土産に甘いものを』

 とある昼頃、予約客のディナーで使う予定のレモンが足りないことに気付いた。

 たかがレモンくらい無くても良いだろうと言うと、メリアにめちゃくちゃ怒られてしまった。


「いい、プロト? レシピってのは、無駄が無いの。どれを外しても味や完成形が崩れてしまう。改良はしても改悪だけは何があってもしてはいけない。それが信頼にもなるんだから、軽率に言ってはいけないわ」

「す、すまん……」

「とはいえ、材料の確認を怠った私の責任でもあるからね。悪いんだけど、街の果物屋さんに行って見繕ってきてくれない? お金を渡すから」


 そう言われて、息抜きがてらブラリと街へと繰り出してきた。

 夜のシフトまで仕事も無かったので、急ぐ必要もない。久しぶりに一人の時間を賑やかな道で過ごした。


 人を眺めながら、空を見ながら歩く街は新鮮だった。何度も通った道なはずなのに、思い返してもこれといった記憶が無い。アンドロイドである俺が忘れているわけではないのに。


「いつもメリアが話しかけてくるからなぁ」


 川を眺めては涼しそうと笑い、空を見ては心地よいと手を伸ばし、果物を見ては美味しそうと頷く。浮かぶ景色にはいろんなメリアが必ずそこにいた。

 だからこそ、今見ている景色は新鮮で……何か物足りなくもある。


「そうだ。なんかお土産を持って帰ってやろう」


 あての無い散歩に、行き先が生まれた。手短に目的のものを買い、袋一杯にレモンの爽やかな香りを敷き詰めて、軽い足取りで歩く。重い袋も苦ではない。


 ☆


「なるほど。それで、うちに来てくれたってことね」


 突然の訪問だったが、カブは快く受け入れてくれた。店はいつものように客はいなかったが、先客がいたのだろう。テーブルに一人分のティーカップが置いてあった。その周りには菓子の欠片が散らばっている。いかにも行儀の悪い人がいたのだろう。


「ちょっとごめんね。汚れてるから綺麗にするわ」

「お構いなく。突然来たんだ。ゆっくりしていてくれ」


 俺は椅子にレモンの袋を乗せ、奥の台所に向かった。


「今日は土産があるんだ」

「あら、あのレモンかしら? でも、あんなに貰ってもうちじゃ使い切れないかも」

「いや、あれはただのおつかいだ。一個たりともやれん」

「じゃあ、お土産って?」

「冷蔵庫、開けていいか?」


 カブが頷く。普段から店用の業務用冷蔵庫を見ているから、カブの家の一般的な冷蔵庫を見るとおもちゃのように小さく感じた。

 中はカブの性格に合った、しっかりと整理されたものだった。想像通り、老人が食べそうな食物が多い中、俺が求めた食材も全て揃っている。素晴らしい。


「生クリームとかも常備してるんだな。意外だぜ」

「そんな冷蔵庫の中をまじまじと観察しないでね。恥ずかしいから」

「悪い。でも、感心したんだ。気を悪くしないでくれ」


 いくつか使用したい食材をピックアップして、使っていいか確認する。


「良いけど、何をするの?」


 不思議そうなカブに、腕まくりをしながら俺は笑って見せた。


「俺の土産をカブに食べてもらいたいんだ」


 そう言って、俺は俺のこみかみを指で軽く叩いて見せた。


 ☆


「なんとまぁ……可愛らしい……!」


 少し時間がかかってしまったが、カブに手伝ってもらいながら、俺が作った料理がテーブルに並ぶ。それを見たカブは、まるで少女のように手を叩いて目を輝かせた。


 俺が作ったのは、抹茶のパフェだ。

 カリメロに作り方を教えてもらい、レシピをインプットした。俺は料理に特化しているわけではないから、レシピを知っているだけでは上手く作れない。何度か練習をして失敗作を食べてきた。そして今日は、まぁ及第点ってくらいは出来たのではないだろうか。


「俺からの土産は『スイーツのレシピ』だ。まぁ、これはまだ試作段階だし、カブの手伝いが無ければこんなに上手くは出来なかったけどな」

「こんなに可愛くて美味しそうな食べ物、中々食べないからドキドキしちゃう」


 なんとも新鮮な反応だ。こんな気分になるのだから、美味しさを追求しているレシピを手抜きしてはいけないのだろう。メリアに言われたことを、ほんの少し理解できた気がした。

 カブが食べている間、俺もカブから用意された和菓子を頬張りながらお茶を啜る。


「甘くて……美味しい……! これをレストランでも出すの?」

「これはまだ試作段階だ。でも将来的にこの類いのものを出す。カブがくれた抹茶のおかげだ」

「こんな美味しい食べ方を思いつくなんて、やっぱり凄いわねぇ」

「うちのスイーツ番長らは最強だ」

「あら、そう呼ばれている人がいるのね。心強いわ」


 カブが楽しそうに笑う。本当に気に入ってくれたようで、あっという間に平らげてしまった。まだまだ元気な胃袋をしている。


「これ、本当に美味しいわ! 作り方も見せてもらったし、今度は自分でも作ってみようかしらね」

「おいおい、一回一緒に作っただけで再現されちゃ、俺の立つ瀬がないじゃないか」

「そこは、年の功ね。まだまだ舐めてもらっちゃ困るわね~?」


 カブが自信ありげに笑った。これは、次に来る時は最高のもてなしをしてもらえそうだ。


「次に来る時は作ってもらおうかね」


 俺は皿を片付けてそのままレモンの袋を持った。


「あら、もう帰るの?」

「おう」

「何か用事があったわけじゃなかったの?」

「いや、特に無いけど」


 俺はさりげなく紅茶の手土産を持たされながら答えた。


「普通に、ふと寄りたくなっただけだぜ?」

「あなた、うちの子にならない?」


 カブが元気そうに笑いながらそう言った。俺も笑い返して、答える。


「俺はメリアの護衛だ。それ以外には、何もなりゃしねぇさ。だが、そう言われると嬉しいな。ありがとよ」


 手土産の礼も言い、カブの店を後にした。思ったより時間を食ってしまったが、まだのんびり帰るくらいの時間はある。少し遠回りして帰るとするか。


 にしても、生クリームなんてよく冷蔵庫に入ってたな。よく使うのか?

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