『美的センス』
「非常に……非常に申し訳ないんだけど……このスイーツは勿体なさ過ぎる!」
皆が抹茶を使った新作のパフェに舌鼓を打つ中、たった一人だけ、眉間にしわを寄せながら苦言を呈する者がいた。
リンドウだった。
リンドウも俺達と同じように、食べるスプーンが止まらない様子ではあったが、どうも何か気に食わないものがあったらしい。
「おいおい、一体何が勿体ないんだ? 確かに特殊な苦味があって好き嫌いが分かれるだろうが、これはこれで不思議な美味さがあると思うぜ?」
俺が生クリームを頬張りながらリンドウに笑いかけた。
だが、それをかき消すほどの舌打ちがこの卓に響き渡る。もはや爆発音ではないかと思うほどのそれに、一同が驚き目を丸くして、その人物に顔を向けた。
その人物は、もはや女性と思えないほどに鬼を模した形相を浮かべながら、金棒を掲げるかのようにスプーンをテーブルに叩きつけていた。
「何が御不満でしょうか……リンドウ様?」
普段は人目を繕った可愛らしい声なのに、今のカリメロの声は猛獣のような唸り声に近い。さすがに俺もメリアも言葉を失ってしまった。
それにも関わらず、リンドウだけは調子を変えることなく言葉を続けた。
「違うんですよカリメロさん! 僕が言っているのは不満じゃない、改善点です!」
「改善も何もないでしょう? 私とスターチス様、この街で一番と二番のスイーツ探求者が創り上げた甘味に、何をケチがつけれましょうか?」
カリメロにも、スイーツに関しては努力と自信があった。それを、料理に精通しないような男にいちゃもんをつけられては、良い気はしないだろう。ましてや、相手は自分が嫌っている男だ。さぞ腹の虫が収まらないのだろう。でも、気を抜いたらスプーンでリンドウを攻撃しかねないほどの殺気は過剰ではないだろうか……?
「やめるんだ、カリメロさん……あくまで個人の意見。聞くに値するんじゃないか? 俺だってただの甘い物好きだ。料理人じゃない。色んな意見だってあるさ」
「スターチス様は黙っていてください」
そう言われ、スターチスは黙って居心地の悪そうにパフェを静かに頬張るのだった。
「僕が言いたいのは、味云々じゃないんだ」
「だったら何だというのです?」
「盛り付けですよ」
そう言われ、カリメロが少しだけ表情を固めた。
「……盛り付けが不満ですか?」
「だから何度も言っているが、不満ではない。あくまで相乗効果を期待したいという話です」
リンドウは微笑み、自分のパフェを頬張った。
「このパフェは甘いのに、苦い。苦いのに、甘い。僕なんかじゃ言葉で上手に表現できないほど新しい感触の食べ物です。色味だって、今までの甘味には考えられない色彩で、目で見ても楽しませてくれる新しい食材だ。それなのに、既存のパフェと同じようにグラスに盛り付けてしまっては、新たな可能性を押さえつけるようなものです。それはあまりに勿体なさ過ぎる」
嫌味のない言葉に、さすがのカリメロからも鬼の表情が消えていた。真剣な眼差しでリンドウの話を聞いていた。
「味については僕は無知だ。非常識な提案になるかもしれませんが……僕はこの抹茶という食べ物は爽やかな草原を彷彿とさせてくれるので、ぜひ大地に広げたい」
「大地……? 土に掛けろとでも言うのか?」
俺が口を挟むと、リンドウは笑って答えた。
「土を模したい、ということだよ。例えばだけど、こういうパフェのグラスではなくて、広い皿に茶色のクレープの生地なんかを敷いて、その上に展開するのも映えるかもしれない」
「クレープ……確かに、この甘みはその食べ方も合うかもしれない」
スターチスも独りごちる。デュランタも想像したのか、うんうんと小さく頷いた。
「クレープで土地を表現し、そこに抹茶で豊かな草原を広げよう。小さなクッキーで可愛い小屋を建てるのも子供は喜んでくれるかもね。草原には牛がのんびりと暮らしている。そんな牛から摂った牛乳で作った生クリームで雲を表現したって良い。イチゴやチョコなどの色では作れなかった世界を皿の上に創造すれば、食べる人の想像も広がる。食事とは、目でも味わうものだと僕は思っているよ」
「……あなたの言っていることは、まぁ空想に近い理想でしょう。確かにそういう風に作れれば、それに越したことはありません。でも、作ってそれを商売とする以上は、製作コストや時短、調理の簡略化を考えなければいけません。見た目がどうでもいいとは言いませんが、他にも重要視するものは多いとだけ言っておきます」
カリメロは淡々とリンドウに返した。
そして、少し間を空けてから、視線を逸らした。
「ただまぁ……クレープにするという発想はありだと思うので、参考にはさせていただきます。あくまで新作研究の一部として、ですが」
「本当かい? 僕はてっきり出過ぎたことを言ってしまったかと思ってドキドキしてましたよ!」
「そうですね、確かに出過ぎてます」
そう言って、カリメロは再び自分のパフェを一口食べ、舌に集中しながら吟味した。
「リンドウ……お前、度胸あるなぁ」
カリメロが味に集中して俺の声が届いていないことを確認してから、リンドウに小声で話しかけた。
「マジで殺されるんじゃないかと思ったわ」
「何を言うんだい、カリメロさんはそんな野蛮な人じゃないさ」
「お前の目には、あの鬼は映らなかったのか……」
あの表情すらも怖くないなんて、やはり俺に好きという感情は分からん……。
「でも、このスイーツが美味しいことに変わりはないから、完成形ができたらまた食べたいね!」
リンドウは残りをかきこみ、一気に平らげた。
「なんか、このパフェを食べてたらインスピレーションが湧いてきた! 帰って作品にしたいから、僕はこれで失礼するよ! 値段はいくらだい?」
「今日はお金はいりませんよ。正式にメニュー化した時に、また食べてくれたら嬉しいです」
メリアがそう答えると、リンドウは笑顔で頷き、そのままレストランを去っていった。
「パフェを食って絵を描くかぁ……生粋の芸術家だなぁ」
同じものを食べても、俺には一向にそんな景色は浮かんでこない。ぜひともリンドウが思い浮かべた景色を見たいものだ。
リンドウが出ていったレストランの入り口がまた開いた。
次に入ってきたのは、リンドウとは真逆の生態である、マグナムだった。
あまりにも正反対過ぎて、顔を見ただけで笑ってしまった。
「おいおいプロト! 何を人の顔を見て笑ってんだ。これでも若い頃は美少年だったんだぜ、おい?」
「やめてくれ、食事中だぞ? 笑わせるんじゃない」
マグナムは大笑いしながら、スターチスとデュランタに手を挙げて挨拶した。
「おう、二人もいらっしゃい! 何を食ってんだ?」
「新作のスイーツだ。マグナムも食うか? 甘いけど」
「甘いのも辛いのも俺は大好きだぜ? 頂こう」
俺が自分の食べかけのパフェを差し出すと、マグナムはそれをビールのジョッキのように掲げて飲んだ。豪快すぎるだろ。
「これ、抹茶か。ほう……こんな食い方も出来るのか」
「さすが年の功だ。抹茶を知ってるんだな」
「小せぇ頃にカブさんが飲んでるのを貰ってな。あの時は苦すぎて罰かと思ったが、こんなに美味い食べ方もあるなんて知らなかったぜ」
グラスに残った生クリームを見ながら、唇についた残りを舐めとった。
「だが、せっかくの抹茶なんだ。こんなに美味いんだし、なんか見た目も変えてみたらどうだ?」
「え?」
カリメロが声を出して聞き返した。俺だって言いそうになった。
「珍しい食いもんなんだ、売り方も珍しくしないと勿体ねぇ。例えば……そうだな、色が草っぽいし、茶色いクレープの生地とかを皿にしいて、その上にクリームなりアイスなりをトッピングするのなんてどうだ? 見た目も新しいし、それを自分で巻いて食えば、ちったぁ面白い食い方になるんじゃねぇか?」
マグナムの言葉に、誰も言い返せなかった。
芸術家であるリンドウと、ただの酒飲みな大男であるマグナムが同じ感想を言っているのだから、こちらの脳の処理が追い付かない。俺とスターチスの情報回路ですら混乱しかけた。
「ま、俺みたいな人間に料理の口出しする知識も何もねぇけどな! がっはっは! 美味かったぜ、これ! じゃ、俺は一眠りしてくるわ!」
誰もが口を開けぬ中、マグナムは一人で笑いながらその場を後にした。
「リンドウ君……今のセンスじゃ芸術家になれないかもしれないわね……」
メリアが小さく呟いた。
申し訳ないが、俺は腹を抱えてこれでもかと笑ってしまった。
いやぁ……楽しい一日だったぜ。
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