『甘い甘い、甘い』

「これが新作のスイーツですか……! 甘味とは思えない色をしていますね! まるで草原をイメージしているような淡い緑色をしていて、香りもどこか草を想起させるような自然の風味を含んでいる……正直、味が想像できません……」

「お気に召さないようでしたらおかえり下さいませ♪」

「カリメロさんが作ってくれたものなら無機質でも食べます!」

「……ごゆっくり」


 カリメロの嫌味にも顔を曇らせることなく、直視できないほどに眩しい笑顔でリンドウは返した。根負けしたカリメロは、小さく笑いながらリンドウに小さなスプーンを用意する。


「皆さんの分もすぐにご用意したします。しばしお待ちを」

「カリメロさんも一緒に食べるのですか?」

「はい、試食会なので研究も兼ねて」

「プロトくんも食べたのかい?」

「いや、俺もこれから初めて食べる。抹茶っていうらしいぜ」

「それは楽しみだね!」


 満面の笑みで抹茶のパフェを眺めるリンドウは、デュランタとスターチスにも大きな声で挨拶をした。


「お二人も御一緒とは、楽しい試食会だね。こういう集まりは、よくするのかい?」

「そんなに高頻度でしているわけではありませんわ。私もスーちゃんも、たま~にスイーツの研究でお呼ばれするくらいです。スーちゃん、甘味に一家言あるので」

「一家言なんか無い……あと、人前でスーちゃん呼びは辞めてくれないか……?」


 スターチスはあくまで平静を装って応えていたが、お冷を飲む手が羞恥に襲われて震えていた。


「いやはや、いつ見てもいつ聞いても羨ましいお二人だ! 僕もいつか、二人みたいに幸せなパートナーが欲しいものだよ」


 ちょうど皆の分の新作パフェを運んできたカリメロが、その言葉をしっかり聞いてしまった。

 露骨に嫌そうな顔をしていて、逆に笑いそうになったのを俺はアンドロイドながらに空気を読んで我慢する。


「リンドウ様はパートナーが欲しいのですね。私は一人が気楽で好きなので、相容れないですねぇ、いやぁ残念です」

「そうですか? 僕はむしろ別の価値観に触れられて新鮮です。また機会があればお互いの価値観について話がしたいくらいですよ!」

「オホホホホ、私はそんな気分はさらさらですわ~?」


 カリメロは表情が引きつり過ぎて、もはや口調すら暴走していた。さすがに我慢しきれず、俺とメリアは吹き出してしまった。


「ま、まぁそんな話は置いておけ。まずは目の前の新作スイーツでも味わおうじゃないか。俺も抹茶は初めて食べるから、楽しみだ」

「そうね、みんなの分も揃ったから、さっそく食べましょう」


 俺とメリアはカリメロの冷たい視線を振り払うように話題を変えた。リンドウも特に気を害さずに頷いてくれた。そもそもこれくらいで不機嫌になるほどコイツの器は小さくないのだが。


「みんな、召し上がれ」


 メリアの一言で、みんなのスプーンが動いた。

 パフェは、バニラアイスとフレーク、生クリームの層をグラスの中に閉じ込めている。いつもはストロベリーソースの赤や、チョコレートの甘い茶色がそれらを甘く彩っているのに、今回のパフェは爽やかな淡い緑色のムースが層に混ざっていた。ホイップクリーム自体に抹茶というものが混ざっているのだろうか、綺麗な緑が踊るようにパフェの頂上に盛り付けられている。そして、その上から濃い抹茶が粉雪のようにまぶされて、色味にアクセントを付けていた。

 ほんのり香る香りから、遠い東洋の国のまだ見ぬ清楚さを感じさせられる。


「不思議な食べ物だな、この粉」


 口に運ぶのを少しだけ躊躇いながら、俺はそのパフェを一口頬張った。


「……う、うまい」


 バニラアイスと抹茶を同時に口に含むと、バニラの濃厚な甘さと調和して広がる抹茶の不思議な苦さのような風味のような、大人が好きそうなほろ苦さが相まってつい二口目に手が進んでしまう。

 それは俺だけじゃないみたいで、あの騒がしいリンドウも忙しそうに首を縦に振りながら、どんどんパフェを口に運んでいた。

 リンドウの顔は、そのパフェの美味しさに興奮しているように目を光らせていて、何かを言いたそうにしている。俺も同じだ。


 なんと表現したらいいのだろう。この美味しさを表現したいのだが、初めての味で上手く文章が浮かんでこない。アンドロイドの知能をもってしても、味の感想が出てこないなんて恥ずかしい限りだ。


 感想を考えながら食べる俺を見て、メリアは嬉しそうに微笑んでいた。


「美味しい?」


 優しい笑みに、何か気の利いた言葉で返したい。

 だが、出てくる言葉は稚拙なものばかりだった。


「美味い。すごく美味い」

「そっか。それが一番よ」


 メリアはそう言って、俺の頬についたクリームをナプキンで拭い取ってくれた。周りのみんなが全員目の前のパフェに夢中でその光景を見ていなかったのだが、俺は不覚にもびっくりしてしまった。


「ありがとよ」


 やっぱり、出てくる言葉は稚拙なものばかりだった。

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