『味もまた、芸術?』

 俺がレストランの控室に戻ると、慌ただしい厨房とは裏腹に、気難しい表情をしたメリアが眉間の皺を指でもみほぐしながら、珈琲を啜っていた。

 誰の目にも分かる。ご機嫌ではない。


「よぅ、メリア」


 軽く話しかけ、隣の椅子に腰かけた。メリアは、目だけで俺の方を見ながら、揺蕩う珈琲の水面を眺める。


「デュランタとどんな話してたの?」

「スターチスの過去」

「え、何それ普通に気になるんだけど」


 やっとこっちを見てくれたメリアは、少し機嫌が直ったように思えた。


「デュランタは本当にスターチスが大好きだよな。初めてスターチスに会った時は、スターチスの方が溺愛なのかと思ったが、あれは案外、良いバランスで好き合ってるみたいだ」

「私も聞きたかったなぁ」

「メリアは聞いたこと無いのか?」

「なんか、親友の彼氏の話って、微妙に聞きづらいし、デュランタも話しづらいんじゃないかな。距離が近すぎて」

「そういうもんか」


 相槌を打っていると、メリアは席を立ち、俺に珈琲を淹れ始めた。メリアのものとは別の、香ばしい香りが漂っていく。 

 目の前に置かれた珈琲を受け取ると、少し熱くて手を離したくなった。


「サンキュ」

「いえいえ」


 再び隣に座ったメリアが、ゆっくりと口を開いた。


「……結婚するのかな、あの二人」

「するんじゃね? アンドロイドと人間でも結婚できる世の中なんだし」


 とはいえ、現状すでに同棲もしていて、わざわざ結婚する必要もないのではないのだろうか。何かけじめをつけたいというのであれば別だが、あの二人はお互いの気持ちが分かっていればそれで満足しているように思える。大勢の人に祝われるより、二人で小さなケーキを囲む方があの二人には似合っている。


「その時は、静かに貸切らせてやろうぜ。今日できた新作スイーツも出してさ」

「それ最高。プロトも良いこと言うじゃない」

「だろ?」


 俺の提案に、メリアも頷いてくれた。


「デュランタにも食べてもらおうと思って、今厨房で作ってもらっているんだけど、プロトも食べる? 結構甘めなものだから、珈琲が合うと思うんだけど」

「う~ん、俺は良いかな」

「そう。じゃあもう少し一緒にゆっくりしましょっか」

「そだな」


 二人でマグカップを啜った。不思議と笑みが零れた。


 メイドの一人が厨房から、トレーを掲げて出てきた。トレーの上には、今まで見たこと無いデザートが一つと、何か飲み物が三つ乗っている。あれが新作のデザートか。


遠目で見た感じ、パフェのような感じがするが、全体的に淡い緑色をしていた。なんだあの色彩の食べ物は。野菜か?


「あれ、珍しい色をしてるでしょ? 前にカブさんのお店から貰ってた『抹茶』って食品なの。苦味があるから、ちょっと使い方に悩んでいたんだけどね。色々と試行錯誤をしているうちに、あれを生クリームと混ぜてみないか? って話になって、試してみたの。すると、苦味の中に優しい風味が生まれて、何とも言えない素敵な甘さが現れたのよ! 流石はデザート番長とデザートチャンピオンよね。私たちの思考の数歩先を言っているわ……」

「味が想像できないな」

「う~ん。なんて表現すればいいんだろう……苦いんだけど、美味しいし、ちゃんとデザートなのよ……。なんでも、あれも東洋の島国の物らしいわ」

「カブは島国の食い物が好きなんだな~」

「今度カブさんにも食べさせたら、喜んでくれるかもしれないわね」

「じゃあ近々一緒に行くか」

「うん、行く」


 さて、じゃあいつカブの店に行こうかと話をしていると、控室にカリメロが戻ってきた。


「おう、カリメロ。どうしたんだ……」


 何事だろう。カリメロは酷く疲れた顔をしていた。


「いや、どうしたんだよ、マジで……」

「プロト様……」


 何かを言おうとするカリメロの後ろから、元気な声が響き渡ってきた。


「やぁ! 今日は人も少なくて、素敵な時間に来れたみたいだ! しかもカリメロさんもいる。今日の僕の運勢は最高だったのかもしれないね!」


 大きな声の主は、いつも絵具の香りを漂わせた未来の画家、リンドウだった。


「カリメロさん、今日も美しいですね! いつ見ても悩ましい表情を浮かべていますが、何か考え事でもあるのなら、僕が相談に乗りますよ! 悩みは話すだけでも楽になれるものですから!」

「おほほ……あなたのことで悩んでいるのですよ……?」

「奇遇ですね! 僕もカリメロさんが美しすぎて、毎日悩んでますよ!」

「……」


 助けてくれよ、仲間だろ?

 そう言いたげな顔で俺に顔を向けてくるカリメロ。それをみて、メリアはポンと手を叩いた。


「せっかくだし、リンドウさんにも食べてもらいましょうか。新作デザート」

「えぇ!? 追い返さないのですか!?」


 それは可哀想すぎるだろ。


「追い返しません。リンドウさんだって良い人じゃない。ちょっと暑苦しいけど」

「私にあの熱量と愛情は毒なんですけどね……」

「それでも、お客様なのに代わりはないので、普段通りの接客をしてね」

「じゃあ普段通り接客をプロト様にお任せしましょう!」

「カ~リ~メ~ロ?」

「……注文を取ってきます」


 すっかりしょげ返ったカリメロが、再びフロントへ戻っていった。ドナドナで運ばれる子牛のような寂しげな背中をしていた。


「辛そうだな、カリメロ……」

「そうだけど、だからといって失礼な対応は出来ないからね。見つからないように行動することは許すけど、見つかった後で避けるようなあからさまな対応はダメ」

「それは、メリアが苦手な客が来た時でもか?」

「私に苦手なお客様っていたかなぁ……?」


 少し考えてから、あからさまに嫌そうな顔をした。


「……その時はお願いね、プロト」

「へいへい」


 メリアにこんな顔をさせる奴は、いったいどんな人物なんだろうか。

 純粋に興味がある。


 そして、少し嫌悪感があった。

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