『回顧』
「あんまり私のスーちゃんをからかい過ぎないでくださいね? あの人、本当に恥ずかしがり屋さんなんですから」
「すまんすまん」
スターチスは、俺が店の控え室へと運んで寝かせている。カリメロが熱暴走したスターチスの面倒をみてくれているから問題は無いだろう。目の前で倒れたのを知っているデュランタも、口に手を当てて笑っているし。
「冷やしていればすぐに目を覚ましますよ。結構頻繁にああなっちゃうんです」
「デュランタも頻繁にからかってるんじゃないか」
「それはまぁ、私の特権ですから」
ご機嫌にウインクをして、店を見渡した。
「スーちゃんがいなくなってしまったので、テーブルへの案内をお願いしてもよろしいですか? 一緒に出掛ける時は杖を持たないので、一人では中々動けなくって」
遠慮気味に手を差し出される。
スターチスと手を繋いでいたのは、ただ仲が良いという理由だけではなかったらしい。
踊りの申し出を受けるように手を取ると、デュランタは優しく手を握り返した。
「ありがとうございます」
俺は、窓際の二人用の席に案内した。極力デュランタの歩幅に集中し、急かさないように気を張った。席に着き、椅子を引いてデュランタの手を椅子の背もたれに乗せると、デュランタは自分で椅子に座り、位置を合わせた。
「助かりました。プロトさんのエスコート、とても優しくて安心できましたよ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「それにしても、とても慣れた手つきでしたよ……もしかして、メリアにも日々エスコートを……?」
小さな声で俺に聞いてきた。なんというか、デュランタとカリメロは近いものを感じる。メリアの周りの人って皆、こんな人なのか?
なんて答えようか考えていると、いつの間にかお冷を持ってきてくれたメリアが俺とデュランタの間に割り込んできた。
「デュランタ~? せっかくお店に来てくれたんだから、静かなお店の雰囲気も味わっていってね~?」
「あら、私はプロトさんとの話も楽しみたいんだけど?」
「あんまり、うちのプロトと仲良くしてると、スターチスさんが悲しむわよ?」
「うぅ……確かに……」
途端に顔色が曇ったデュランタは、お冷を手に取りながら眉間に皺を寄せた。
「スーちゃん、拗ねると部屋の隅で編み物を始めるからなぁ」
「どんだけ可愛いのよ、あの人」
メリアとデュランタが二人して笑い合った。
こんな話をされてるってスターチスが知ったら、もうレストランに来てくれないかもしれない。でも面白いので俺もニヤけながら頷いた。
「あのスターチスが家ではそんな感じだなんて、想像も出来なかったなぁ。見た目もイカついし、声もめちゃくちゃ低いし。むしろ、ハードボイルドで煙草が似合う印象だった」
「昔の彼はそんな感じでしたよ。私の事なんて、その他大勢としか思ってなかったみたいですし」
デュランタが言った。
見えない目で窓の外を眺める。木漏れ日がデュランタの目にかかり、まつ毛がキラキラと煌めいていた。
「そうだ、プロトさん。スーちゃんが起きてくるまで、私の話し相手になってくれませんか?」
デュランタが俺の方を見て問いかけた。
俺の代わりに、メリアが割り込み気味に答えた。
「今プロトもお仕事中だからね~。ちょっと厳しいかな~」
「だって、スーちゃんが起きたらデザートの試食会をするんでしょ? 彼を呼んだってことは。そういう日って、決まって暇な日なのは、もう把握済みだよ~?」
図星を突かれ、メリアがくぐもった声を漏らす。
「それに、少し昔話をするだけだよ。何も、メリアのプロトさんを奪おうってわけじゃないんだから」
「私のって言い方、やめてくれる……?」
「え、でもさっきメリアが自分で言ってたような……?」
メリアが無言で首を大きく横に振った。
ここで俺が口を挟むと面倒になりそうだから黙っておこう。
言ってたけどね、メリア。
「ね~いいでしょ~?」
「ぐぬぬ……」
どうにか断れないか、頭をフル回転させながらメリアが考え込む。
そして、大きく一回溜息を吐いた。
「あーもう……分かったわよ。ちょっとだけよ?」
「やったー!」
渋々受け入れたメリアは、口を尖らせながら俺の方を向いた。ここまで不満気だと、逆に面白いな。
「そういうわけだから、ちょっとだけデュランタの相手をしてあげて」
「良いけど、俺の意見は聞かないのな」
「聞きません」
ジト目で俺を見てから、メリアは他のメイドの所へ行ってしまった。
「何を怒っているんだ、メリアは」
「可愛いじゃないですか、嫉妬ですよ」
デュランタは笑いながら、自分の向かいの席を指す。
「どうぞ、お座りください」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
椅子に腰かける。俺の方が座高が高い分、子供を相手にしている気分だ。
「それで、デュランタは俺とどんな話をしたいんだ?」
「メリアとの関係って、どんな感じなのですか?」
遠くから、メリアの殺気を背中に感じた。余計なことを言えば、後々大変なことになりそうだ。
「そういうのは、NGらしい」
「そう? それは残念」
「事務所が許してくれないらしい」
そんなに困る話でもないだろうに。
「メリアの言う事はちゃんと聞くんですね」
「まぁな」
「そういうの、結構嬉しいものですよ。口には出さないでしょうけど」
お冷を一口飲み、テーブルに置いた。
「プロトさんですよね。スーちゃんに喧嘩の相談に来たアンドロイドって」
「聞いたのか」
「えぇ。名前は言ってなかったけど、内容からしてプロトさんだなって」
メリアや他のメイド達に聞かれないように、そこだけ小声で話してくれた。
「スーちゃん、喜んでましたよ。普段は自分から話したり出来ない人だから、お話ができて楽しかったって」
「そうか、俺もプリン片手に伺って正解だったよ」
「プリンも美味しかったです。ありがとうございます」
律義に頭を下げるデュランタに、俺もつられて少し下げた。
「スーちゃんは、今でこそあんな感じなんだけどね」
デュランタが薄っすらと目を開けた。光を感じない綺麗な瞳が、俺を見たような気がした。
「本当に苦労をした、可哀想な人だったの」
デュランタが、儚げな笑みを浮かべ、小首を傾げた。
「話を聞いてくださるかしら。きっと、プロトさんの悩みにも関係してくるはずだから」
「俺の……悩み?」
突然そう言われ、驚いた。
「俺は悩みなんて」
「悩みじゃなければ、気にしていること、とかですかね」
見えていないはずの目が、俺の全てを眺めていく感触がする。
「ここで話す話は、スーちゃんには言わないでくださいね? また彼が熱暴走しちゃいますから」
「そういう類いの話なら、喜んで聞きます」
まぁ、深く考えなくてもいいか。それより、楽しい話が聞けそうじゃないか。
俺が前のめりになると、デュランタはゆっくりと話し始めるのだった。
「それは、私とスーちゃんが出会うよりずっと前の話です」
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