『甘味』
今日のレストランは、異様に暇だった。
元々、予約が入っていない日だったが、そんな日でも、ある程度の来店があっていつの間にか忙しくなっていくのが通常なのに、今日は本当に暇だ。
厨房でもせっかくの暇だからということで、創作料理を作るほどだ。
ちなみに今日生み出そうとしている料理は女性向けデザート。フロア担当のメイド達がスプーン片手にテーブルに座り、どんどん運ばれてくる創作デザートを実食していた。
「なんというか、暇な日はこんな感じなんだな」
平和な実食風景を離れた所で眺めている俺も、違うテーブルに腰掛けながら肘をついていた。
俺と自分の分のマグカップを持ってきてくれたメリアは、同じテーブルに座ってその風景を遠巻きに観察する。
「いつまでも同じメニューじゃお客様も飽きちゃうからね。とはいえ、中々お店自体を休みにするわけにもいかないし。だから、今日みたいな日は皆ハイテンションで、こういうお披露目会をしてくれるの」
「どんどん出てくるな」
メリアが持ってきてくれた珈琲を啜りながら、どんどん運ばれてくるデザートを見た。
紫芋で作ったモンブランだったり、綺麗に皮を剥いた葡萄を浮かべたゼリーだったり、チョコを練り込んだ牛皮で包んだバニラアイスだったりと、簡単なレシピでありながらも味が良い意味で想像できる、美味しそうなものがどんどんメイド達のテーブルへと並べられた。
「シェフ達には、普段からいつ新作会があるか分からないから各々料理を常に考えておくように言ってあるの。毎回なにかメニューに加わるわけではないけど、もし正式に導入となったら、報酬も渡すから皆はりきってくれるわ」
「報酬ってお金か?」
「お金と、レストランの最高ランクコース料理を家族に無料で提供する券」
「最高ランクって、どれくらい高いんだ?」
「貴族しか食べたことない裏メニューよ。今後、これを頼む人っていないと思う」
そんなメニュー、何で存在するんだ……。
「にしても、うちのメイドは甘いものが好きなんだな」
あまりの量に、見ているだけで口が甘くなっていく気がする。そんな沢山のデザートを、メイド達は楽しそうに雑談や評価をしながら、みるみるうちに完食していくのだ。しかも飲み物はカフェオレやココア。オレンジジュースもいる。甘いものを食べながら、甘いものを飲んでいるのだ。
「糖分やばいぞ、あれ」
「甘いものを食べてる女子にそういうことをいうと、ずっと恨まれるから止めた方が良いわよ」
メリアは笑いながら指を口の前において、シーっと小さく言った。
「メリアは食べなくて良いのか?」
「私が食べて発言したら、それが結果になっちゃうもの。公平を期すためよ」
それに、とメリアは続けた。
「うちには『デザート番長』がいるから」
「デザート番長?」
いかついような可愛いような、不思議な二つ名だ。そんな名前を持つ人なんていそうにないのだが……。
いや、メイドの中に一人、ただならぬ迫力を放っている馬鹿がいた。
メイド達がキャッキャ楽しそうにデザートを口に運ぶ中、カリメロは静かに腕を組みながら、それぞれの料理をスプーンひと掬いずつのみ食し、何分もそれを噛みしめるという行為を繰り返していた。
「なぁ、メリア。なんでカリメロは、一口食べる度にモアイ像みたいな顔をしているんだ」
「あれは、味から材料を予想して、お客様に出すときの値段や予算を計算して現実的かどうか考えてるときの顔ね」
「今度は、般若のような顔をしてるぞ」
「あれは、お客様のことを考えずに、カリメロの好みだけを考えて作られた料理に怒っている表情ね」
「今度は、ムンクの叫びみたいな顔になったぞ。あいつの表情筋はどうなってんだ」
「あれは、メニューに入れてもおかしくない料理が見つかって驚いている表情ね」
たしかに、モアイ像や般若の表情の時は、周りのメイドは意に介さず雑談を続けていた。
しかし、ひとたびムンクの叫びになると、皆その料理を食べようと集まるのだ。
「カリメロがムンクの叫びになるの、久しぶりに見たわ」
「よかった。頻度が低くて」
あいつは、本当に美人なのに。どこまでも美人の無駄遣いだ。
「でも……」
どうも皆のテンションに乗り切れずに珈琲を啜る俺とは別に、メリアは前のめりになりながら声を絞り出す。
「カリメロが……今回は二回、ムンクの叫びになった」
「それ、そんなに臨場感を出すところ?」
呆ける俺を置いて、レストランの中は騒然とした。
カリメロが反応した料理二つを改めてシェフが作り、再びテーブルへと運んでくる。メイド達はテーブルから一歩下がり、カリメロだけが残った。
カリメロは、並べられた二つの料理を眺めるだけで、スプーンを手に取ろうとしない。ずっと腕を組んだまま、目を閉じて眉間に皺を寄せていた。
メリアが唾を飲む。
誰もが、息を殺してカリメロの言葉を待った。
……そして、ゆっくりと、カリメロが口を開いた。
「……『彼』を呼びましょう」
カリメロは顔を上げ、メリアに視線を向ける。
「カリメロ……本気?」
メリアの言葉に、カリメロが黙って頷く。
揺るぎない決意を帯びたカリメロの表情に、メリアも静かに頷いて答えた。
「誰か、『彼』を呼んで!」
厨房から返事がした。裏で誰かが『彼』に連絡をいれるようだ。
「なぁメリア、『彼』って誰だ?」
「プロト……この店には、デザート番長がいるでしょ?」
「さも当然みたいに言ってるけど、それすらさっき知ったばかりだけどな」
「そして、この街には……『デザートチャンピオン』がいるのよ」
「そんな面白い街なのか、ここ」
どこまでも真剣な面持ちで、メリアが教えてくれた。
「どんな人なんだ?」
「すぐに分かるわ」
メリアは、緊張を隠せない表情のまま、珈琲を口にするのだった。
☆
それから十五分ほどして、レストランの扉が開いた。
メイドもシェフも、カリメロもメリアも一気に顔をそちらへ向ける。
入ってきたのは、手を繋いだ男女の二人組だった。男の方が店内を見渡し、ボソッと小さく問いかける。
「……呼ばれたんだが」
「スターチスじゃないか!」
つい大きな声で立ち上がってしまった。
どんな人が来るのかと思ってみれば、なんだ知った人ではないか。
しかも、スターチスが手を繋いでいる相手も見覚えがあった。
「デュランタも来たのか」
「あら、その声はプロトさんですね~」
スターチスに手を取られながら、二人でゆっくりと店の中へと入って来る。
「スターチス、あんたデュランタと仲が良かったのか」
「うるさい……」
頬がショートした。分かりやすく照れているな。
「いやー世間って狭いな。この調子だと、スターチスの同居人も俺が知ってる人かもな」
「いや、その……」
俺が笑っていると、デュランタが無言で俺の肩を軽く叩いてきた。
「ん? どうした?」
「スーちゃんの同居人、私です」
「……」
スターチスを見ると、ショートを通り越してなんか焦げ臭くなっていた。
「同居人じゃなくて、彼女って言えよ」
「すみませんね、プロトさん。スーちゃん恥ずかしがり屋さんなので」
「やめろ二人とも……熱暴走して倒れそうだ……」
これ以上からかったら、火が出るかもしれない。
もう少し冷やかしたいが、ここで止めるとするか。前に相談を受けてくれたお返しだ。
「俺はあんたの事、スーちゃんって呼べばいい? デザートチャンピオンって呼べばいい?」
それを聞いたスターチスが熱暴走で倒れてしまったので、少しだけ反省した。
ごめんな、面白くって、つい。
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