『内緒』

「メリアお嬢様、プロト様。まだ月も出ているほどの早朝に帰ってこられるのはまったくもって構いません。私とて、そんなことで一々反応するほど子供ではありませんので」


 俺とメリアがレストランに帰ると、何故か起きていたカリメロが毛布にくるまりながら熱々のココアが入ったマグカップを両手で抱えて待っていた。寒かったのだろう、鼻がほんのり赤くなっていた。


 いや、鼻の赤さは寒さではない。


「ですが、何を楽しそうに手を繋いで帰ってきてるのですか! 私は! 妄想が捗りすぎて鼻血が止まらないじゃありませんか!!」


 本当に鼻血を垂らしながらカリメロが叫んだ。三人しかいないレストランに、無駄に反響した。


「ラブラブじゃないですか!」

「いやいや、これは違うから!?」


 メリアがすかさず手を振りほどき、カリメロに駆け寄って彼女の手を掴もうとする。

 カリメロはそれを器用に躱し、露骨に嘘っぽく泣いたような声を出した。


「私は嬉しいんですよ? 最近、プロト様に冷たくされたりして露骨に寂しがっていたメリアお嬢様がこんなに嬉しそうなのですから……でも! イケメンで紳士的な男であるプロト様を独り占めされるのは、いささか私も切ないではありませんか」


 ココア入りのマグカップをメリアに押し付けると、零さないように慌てながらメリアが両手でそれをキャッチした。


 そして、その隙にカリメロが俺の胸に飛び込んできた。小さな体が勢いよく飛び込んでくるので、反射的に抱きしめる形になってしまう。


「せっかくなので、ここからは私の時間で宜しいでしょうか?」

「だ、ダメに決まってるでしょ!?」

「なぜダメなのです?」


 カリメロが、俺の角度からでも見て分かるくらいにニヤニヤしていた。とても客の前では出来ないくらいに。

 これ、俺も見ていいのか分からんくらいにニヤケてやがる。


「私はあくまで、レストランという個人の敷地内で楽しく過ごそうという話ですよ。メリアお嬢様みたいに、夜中で誰もいないことを理由に往来で手を繋いで帰るなんてはしたないことをするわけではありませんから」


 メリアが声にならない声を上げながら口をパクパクしていた。


「聞こえてましたよ~鼻歌を歌っているメリアお嬢様のご機嫌な声。夜って静かだから、声が響くんですよね~。いや~聞いてるこっちが恥ずかしかったですよ。まるで子供みたいに楽しそうでしたもんね」


 メリアの顔がすでにドクターストップをかけたくなるくらいに赤くなっていた。なんなら、マグカップ程ではないけど湯気が出てきそうだ。


「声って、自分では大きくない気でいることが多いんですよね。でも、案外色んな人に聞かれていたりするんですよ。これきっと、私以外にも聞いてた人いたでしょうね~。いや~丸聞こえだったんですもん~」


 とうとう、メリアの瞳が羞恥の限界で涙を限界までため込んでしまった。


「私は……はしゃいでなんか……」

「えー? なーんでーすかー?」


 わざとらしく耳をそばだて、メリアの口元まで近づけた。


「さっきまで大きな声で鼻歌を歌っていたのに、声が小さくて聞こえませんね~」


 プツンッ。

 きっとメリアの中で、何かが吹っ切れた瞬間だった。一瞬で息を深く吸い込み、なりふり構わず叫び散らかした。


「私は! はしゃいでなんか! いないから!!」


 少し離れたところで聞いてた俺ですら、ちょっと耳が痛かった。近くでメリアの大声を直撃したカリメロは、何の反応をすることなく微動だにもしていなかったので、純粋に心配ではある。


 怒鳴ったメリアはマグカップのココアを一気飲みし、、肩で息をしながら奥の扉へ大股で言ってしまった。


 乱暴に扉を閉め、メリアは行ってしまった。その後にやっと、カリメロがその場に倒れ込んでしまった。


「おい、大丈夫か? 俺の声、聞こえてる?」

「いや~危うく鼓膜が飛び散るところでしたよ……」


 ふらふらしながら何とか立ち上がり、しんどそうに頭を揺らしていた。


「からかい過ぎだ」

「だって、本当に久しぶりに上機嫌だったものですから」


 カリメロはメリアの顔を思い出して、また吹き出していた。


「可愛いじゃないですか。プロト様が帰ってきたことがよほど嬉しかったんですね」

「迎えに来るほど信用が無いみたいだけどな」

「心配だったのでしょう」


 服についた砂をはたいて、俺に向き合った。


「それで? 何か分かりましたか? 家族について」

「あぁ。色々あるんだなってことは分かった。二人にしか聞いてないから何とも言い切れないが、人それぞれ家族の形があるんだなって」

「二人? サン様のほかに誰かいらっしゃったのですか?」

「リンドウがいたよ」

「あぁ……彼が……」


 リンドウの名前を聞いて、カリメロが露骨に嫌そうな顔をした。


「本当に嫌いなのな。良い奴だぞ、あいつは」

「悪い人とは思ってません。単純に、私は合わないってだけです」


 そう言って、ピーマンが料理に出た子供のような顔をしていた。


「彼のことはどうでも良いのです。プロト様は、メリアお嬢様との関係について何か思う所はありましたか?」

「まだ結論は出ない。でも、一緒にいることが一番なのかなって感じたよ」


 サンとリンドウの顔を思い返した。父親の言動に憤るリンドウと、離れた両親の話をするサン。


「それはどうして?」

「手を繋いでる時のメリアが上機嫌だったから」

「それ本人に言ったら殺されますよ」

「だから言わないでおく」


 いたずらに笑うと、カリメロも釣られて笑みを浮かべていた。


「悪い人ですね」

「俺はアンドロイドだ。悪いってのは、認めるがな」


 笑い飛ばすと、カリメロも楽しそうに目を細めて微笑むのだった。


「メリアお嬢様も可哀想ですね。信頼した男性が、裏でそんな意地悪なことを言っているなんて」

「内緒だぞ?」

「勿論」


 カリメロが小指を立てて俺の前に突き出した。


「指切り、しましょう」

「子供じみた遊びをするんだな」

「そういう積み重ねが、人との関係を築いていくものなのですよ」

「どうだかな」


 俺も小指を出し、カリメロの指に絡めた。


「ゆびきりげんまん。メリアお嬢様にバラしたら針千本飲ます~。指切った!」


 カリメロが指を離す。そして、小さな欠伸をした。

 

「これ以上起きてたら、お肌に悪そうだな、カリメロ」

「そうですね。メリアお嬢様から若さを頂いたので大丈夫でしょうが、そろそろ二度寝をしましょうか」


 腕を突き上げて伸びながら、カリメロも部屋へ帰ろうとする。

 その背中に、俺は声をかけた。


「気にかけてくれてありがとな」

「今度、何かお返し楽しみにしてますね」


 カリメロが部屋へ戻った。途端に、肌寒さが骨身に染みるような感覚がした。


「寝るか」


 早く布団に潜りたい。

 日記に書く文章を事前に考えながら、俺も自室に戻るのだった。

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